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平成27年8月28日

科学技術振興機構(JST)
名古屋大学

天然に豊富なカルボン酸を効率よくアルコールに変換する触媒を開発
〜再生可能な資源として炭素循環社会の実現に貢献〜

ポイント

JST 戦略的創造研究推進事業の一環として、名古屋大学 大学院理学研究科の斎藤 進 教授らは、多様なカルボン酸注1)をアルコールに変換(水素化注2))できる触媒を開発しました。

カルボン酸は、酢酸やアクリル酸などを始め、私たちの身の回りに豊富に存在する物質です。このカルボン酸を、燃料や医薬品など多くの用途に利用できるアルコールに変換する「水素化」は、水しか排出しないクリーンな反応です。そのため、カルボン酸を水素化する触媒はこれまで精力的に開発されてきましたが、カルボン酸は安定した構造のため反応に大きなエネルギーが必要であるほか、水素化できるカルボン酸の種類が限られ、また副生成物が多く目的のアルコールのみを得られない、といった問題点がありました。

本研究グループは、カルボン酸の水素化触媒として、新しいルテニウム錯体注3)を開発し、安定な水素分子とカルボン酸の両方を反応しやすい状態にする重要な触媒構造の原型を見いだしました。

新しい触媒は温和な条件でも反応が進み、水素化できるカルボン酸の種類が大幅に増えたことに加え、カルボン酸と類似した構造を持つエステルやアミド注4)が共存していてもカルボン酸のみが水素化されるという、これまでにない特徴も見つかりました。

カルボン酸は天然に豊富に存在する再生可能資源として近年注目されています。本研究で開発した触媒を発展させることで、生物由来の有機性資源であるバイオマス資源注5)に含まれるカルボン酸をアルコールに変換し、有効利用できると考えられます。カルボン酸は二酸化炭素から合成できるため、二酸化炭素の資源利用にも貢献すると期待されます。

本研究成果は、2015年8月28日(英国時間)にイギリスの科学誌「Nature  Communications」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 先導的物質変換領域(ACT−C)

研究領域 「低エネルギー、低環境負荷で持続可能なものづくりのための先導的な物質変換技術の創出」
(研究総括:國武 豊喜 公益財団法人 北九州産業学術推進機構 理事長)
研究課題名 「分子触媒と固体触媒のクロスオーバー領域の精密化に基づく二酸化炭素の資源化法の開拓」
研究代表者 斎藤 進(名古屋大学 大学院理学研究科 教授)
研究期間 平成24年10月〜平成30年3月

上記研究課題では、光エネルギーもしくは熱エネルギーを用いて二酸化炭素を資源化するための新しい触媒化学的方法論の開発を目指しています。

<研究の背景と経緯>

酢酸やアクリル酸に代表されるカルボン酸は、今日の私たちの生活を支える石油化学工業で大量に生産されるだけでなく、再生可能資源として天然にも豊富に存在します。近年、このカルボン酸をアルコールに変換し、資源としてより有効利用することが求められています。アルコールは溶媒や燃料としての利用を始め、医薬品、農薬、香料、化粧品、洗剤、繊維の原料になるなど、その用途は多種多様で、私たちの生活に必要不可欠な化合物です。カルボン酸をアルコールに変換する上で、最も理想的な方法の1つが水素化反応です(図1)。水素化は水素ガス(水素分子)の2つの水素原子を無駄なく反応物質に結合させる方法です。カルボン酸からアルコールに変換する水素化は、水のみを廃棄物とするクリーンな方法です。しかし、カルボン酸は豊富に存在する反面、非常に安定な化合物で、水素化が困難な化合物の1つとして知られています。そのため、カルボン酸の水素化には高温・高水素圧といった大きなエネルギーを必要としてきました。また、水素化できるカルボン酸の種類が少ない、望まない反応が多く起きて目的のアルコールのみを得られない、といった問題点がありました。

<研究の内容>

本研究グループは、多くの種類のカルボン酸を水素化してアルコールに変換することができる触媒の開発に取り組みました。触媒として注目したのは「錯体」と呼ばれる金属と有機化合物との複合体です。特に、ルテニウムという金属を用いた錯体は水素化反応で優れた性能を示すものが多く、2001年にノーベル化学賞を受賞した野依 良治氏もルテニウム錯体を水素化触媒として用いて、当時不可能といわれた「分子の右手型・左手型の作り分け」に成功しています。

そこで、本研究グループはさまざまなルテニウム錯体について、カルボン酸の水素化触媒としての性能を比較しました(図2中段)。その結果、1973年にノーベル化学賞を受賞したジェフリー・ウィルキンソン氏らによって合成され、40年以上前から知られているルテニウム錯体が、特殊な添加剤を加えて高温・高水素圧にした条件下に限ってカルボン酸をアルコールに水素化できることを発見しました。今回、野依氏らが開発したルテニウム錯体も若干ではあるものの、カルボン酸を水素化できることが分かりましたが、無視できない量の副生成物が問題となりました。

続いてカルボン酸の水素化触媒としての性能を大幅に向上させるため、ルテニウム錯体の有機分子部分(配位子)を詳細に調べました。その結果、有機リン系配位子注6)を持つこれまでにない構造のルテニウム錯体が、カルボン酸の水素化触媒として非常に優れていることを発見しました(図2下段)。これらの新しい錯体は、ウィルキンソン氏らの錯体では全く機能しない温和な反応条件でもカルボン酸を水素化し、非常に有効な触媒となることが分かりました。

これまでの錯体に基づく触媒では多くの場合、炭素を2つしか持たない酢酸など、サイズの小さい飽和なアルキル鎖注7)を持つカルボン酸以外は水素化しにくかったのに対して、本研究グループが開発したルテニウム錯体を用いると、二酸化炭素から作られるカルボン酸、バイオマスに含まれるカルボン酸を始め、大きいカルボン酸も水素化できるようになりました。望まない反応が起こりにくいため副生成物が少なく、高い割合で目的のアルコールを得られます。また、カルボン酸と類似した構造を持つエステルやアミドが共存していてもカルボン酸のみが水素化されるという特徴も見いだされました。

開発したルテニウム錯体がカルボン酸の水素化触媒としてうまく機能する理由を調べました(図3)。その結果、水素化の反応条件の下では、ルテニウムとカルボキシラート注8)が結合することで、水素分子(H)がルテニウムとカルボキシラートの両方に作用します。ルテニウムに結合する水素原子は、還元力が強く高い反応性を持ち、もう1つの水素原子は、カルボキシラートと結合することで、反応性の高いカルボン酸を再生します。このように、安定な水素分子とカルボン酸の両方が反応しやすい状態になることで、カルボン酸の水素化が進むことを初めて示すことができました。

<今後の展開>

本研究成果は、発展途上にあるカルボン酸をアルコールに変換する水素化反応の高効率化・省エネ化を目指すなかで、「触媒構造の原型」と「触媒設計の指導原理」を提供するもので、今後さらに活性の高いカルボン酸の水素化触媒を開発する基盤となると考えられます。そして、天然に豊富に存在するカルボン酸を再生可能資源として水素化することで、持続可能な炭素循環社会に寄与できると期待されます。また、カルボン酸を二酸化炭素から合成する方法は数多く知られており、その技術と本研究成果を組み合わせれば二酸化炭素の資源化にも貢献できると期待されます。

<参考図>

図1 カルボン酸からアルコールへの水素化反応と従来法の問題点

  • 上段:カルボン酸に対して2つの水素分子が反応しアルコールと水が生成される。アルコールは多目的に使用できる重要な物質である。カルボン酸の水素化の鍵は、H−H結合を切断することとカルボン酸の反応性を高めることの2点である。
  • 下段:従来法では、アルコール以外の副生成物が高い割合で生成されてしまう。

図2 水素化触媒として有能なルテニウム錯体

  • 上段:ルテニウム錯体の概念図
  • 中段:歴史的マイルストーンであるルテニウム錯体。カルボン酸以外の有機化合物の水素化に使われてきた。紫色部分は配位子を表す。
  • 下段:本研究グループが開発したルテニウム錯体。ウィルキンソン氏や野依氏らの開発した錯体にはない特徴、すなわちカルボン酸の水素化に有効な有機リン配位子と錯体の構造が明らかとなった。

図3 カルボン酸の自己誘導によるカルボン酸の水素化
水素化条件下でのルテニウム錯体の構造の移り変わり

上段開発したルテニウム錯体は水素化反応の条件下で、触媒として機能する上で重要な[Ru(OCOR)]で表される構造へと変化する。この際、反応基質のカルボン酸(HOCOR)がカルボキシラート(OCOR)として触媒構造の一部になる。 下段左[Ru(OCOR)]が水素分子(H)を捕まえる。このHと、ルテニウム(Ru)およびカルボキシラート(OCOR)のOとの相互作用によってH−H結合が切れやすくなる。 下段中央:H−H結合が切れると同時に反応性の高いRu−HのH(H)ができ、H(H)がカルボキシラート(OCOR)と結合してカルボン酸(HOCOR)が再生される。このカルボン酸(HOCOR)はルテニウム(Ru)との相互作用によって活性化され反応しやすくなっている(第1段階)。 下段右カルボン酸(HOC=O)のCとRu−HのHとの間で結合が形成される(第2段階)。

<用語解説>

注1) カルボン酸
分子式RCOOHで表される化合物の総称。Rはさまざまな炭素鎖を表す。例えば植物のクエン酸回路では、コハク酸、リンゴ酸、フマル酸などのカルボン酸が生合成される。特にコハク酸は現在世界各地で、バイオマス資源利用の一環として人工的に大量生産できるようになり注目されている。
注2) 水素化
対象となる化合物を、水素分子を用いて還元(電子を入れる)する反応。水素分子H−Hの2つのHが両者とも対象となる化合物に結合することで2電子が注入されることになる。
注3) ルテニウム錯体
ここでは、金属と非金属の原子が結合した構造を持つ化合物を錯体という。その中で、有機分子が配位子としてルテニウム原子に結合する構造を持つ錯体をルテニウム錯体という。
注4) エステル、アミド
カルボン酸と類似した構造を持つ化合物で、カルボン酸から容易に合成できる。エステルはRCOOR’、アミドはRCONR’R”という一般式でそれぞれ表される。
注5) バイオマス資源
生物由来の資源。廃棄物系バイオマス、未利用バイオマスおよび資源作物(エネルギーや製品の製造を目的に栽培される植物)に分類できる。廃棄物系バイオマスは、廃棄される紙、バイオディーゼル系廃棄物、家畜排せつ物、食品廃棄物、建設発生木材、製材工場残材、黒液(パルプ工場廃液)、下水汚泥、し尿汚泥などである。未利用バイオマスは、稲わら、麦わら、もみ殻、林地残材(間伐材、被害木)などである。資源作物は、さとうきびやとうもろこしなどのでんぷんや糖質系作物、なたねなどの油糧作物が挙げられる。化学原料、工業原料、液体燃料としても利用できるが、石油などの化石燃料と違い、枯渇しない。大気汚染物質の発生量が少ないという性質も持つ。
注6) 有機リン系配位子
構造中に炭素(C)とリン(P)が含まれており、そのリンが金属に結合できる有機分子。金属に結合する有機分子を配位子という。
注7) 飽和なアルキル鎖
炭素(C)と水素(H)からなる原子団で、すべての結合がC−C単結合とC−H単結合からなる部分構造。
注8) カルボキシラート
カルボン酸(RCOOH)から水素イオン(H)が脱離し、マイナスの電荷を帯びたもの。RCOOもしくはOCORという一般式で表される。

<論文タイトル>

Cationic mononuclear ruthenium carboxylates as catalyst prototypes for self-induced hydrogenation of carboxylic acids
(ルテニウム−カルボキシラートを触媒の原型とするカルボン酸の自己誘導型水素化)
Masayuki Naruto and Susumu Saito
doi :10.1038/ncomms9140

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

斎藤 進(サイトウ ススム)
名古屋大学 大学院理学研究科物質理学専攻 教授
〒464-8601 愛知県名古屋市千種区不老町
Tel:052-789-5945 Fax:052-789-5945
E-mail:

<JST事業に関すること>

水田 寿雄(ミズタ ヒサオ)
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3528 Fax:03-3222-2068
E-mail:

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
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名古屋大学 総務部 広報渉外課
〒464-8601 愛知県名古屋市千種区不老町
Tel:052-789-2699 Fax:052-788-6272
E-mail:

(英文)“Discovery of salt-free methods for producing alcohols from carboxylic acids abundant in nature and obtainable from CO2:
Contribution toward sustainable society based on renewable carbon resources