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平成27年8月4日

科学技術振興機構(JST)
名古屋大学

土壌を模したミクロな人工空間でセンチュウの生態を解明
〜小さな虫が食糧・環境問題の解決に貢献〜

ポイント

JST 戦略的創造研究推進事業 ERATO東山ライブホロニクスプロジェクトの東山 哲也 研究総括(名古屋大学 WPIトランスフォーマティブ生命分子研究所 教授)、ナノ工学グループの肥田 博隆 元研究員(現所属:神戸大学)と新田 英之 元グループリーダー(現所属:ミリマン・インク)らは、目に見えないほど小さなセンチュウの生態を詳細かつ簡便に解析する手法を発明しました。

センチュウは、生物学上重要なモデル生物であるC.エレガンス注1)や、農作物に甚大な被害をもたらす植物寄生性センチュウなど、その種類は多岐に渡り、大半は土壌や海洋中に生息しています。センチュウの生態の詳細な理解は、生物学の発展のみならず、食糧増産技術や疾病診断の簡素化など、社会に直結した技術革新への展開が期待できます。しかし、体長1mm未満と、目に見えないほど小さなセンチュウの行動を、大量の個体を対象として精度よく解析することは困難で、簡便かつ効率よく行動を解析できる技術の開発が望まれていました。

肥田元研究員らは、マイクロ流路注2)と呼ばれる透明なゴムのチップ表面に作った微小な溝に、特定条件のゲルを満たすことにより土壌を模倣した環境を形成し、その中で大量のセンチュウの行動を一度に効率よく定量解析する手法を発明しました。本手法により、世界規模で農作物に甚大な被害をもたらす害虫であるサツマイモネコブセンチュウが、硝酸カリウムに対して、高い濃度勾配注3)を回避する一方、低い濃度勾配を好むことを発見しました。この知見から、適切な化学環境の形成によりセンチュウの行動を制御し植物への寄生を防ぐ、新しい防除法の開発が可能となり、農作物の生産の安定化につながり、世界規模での食糧・環境・エネルギー問題の解決に貢献することが期待されます。

本研究は、熊本大学 大学院自然科学研究科 澤 進一郎 教授および西山 英孝 大学院生らと共同で行われました。

本研究成果はオランダの科学雑誌「Sensors & Actucators B:Chemical」のオンライン版で近日中に公開されます。

本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。

戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)

研究プロジェクト 「東山ライブホロニクスプロジェクト」
研究総括 東山 哲也(名古屋大学 WPIトランスフォーマティブ生命分子研究所 教授)
研究期間 平成22年10月〜平成28年3月

多細胞生物の細胞が種々のシグナル分子を介して、他の細胞と情報のやり取りをすることで自身の振る舞いを決定し、生物としてのバランスを取るための仕組み「ホロニックコミュニケーション」の全容解明に向けた、多くのライブセル解析技術の創出を目指します。

<研究の背景と経緯>

センチュウは、主に土壌や海洋中に無数に生息しています。センチュウの体長は一般に1mm未満と小さく目には見えません。人間の神経系や遺伝メカニズムを理解する上で重要なモデル生物であるC.エレガンスや、世界中で農作物に深刻な被害をもたらしている植物寄生性センチュウなど、その種類は50万以上と推定され、人間にとって深く関わりのある生物です。センチュウの生態を深く理解することは、生物学の発展だけでなく、将来的には私たちの生活環境の向上へとつながります。例えば、植物寄生性センチュウの行動を自由に制御できれば、これまでの農薬に代わって、環境や動植物に無害な新しい防除法を実現できます。農作物も安定して供給できるようになり、食糧、エネルギー問題の改善に貢献します。また、近年、C.エレガンスの化学走性(化学物質の濃度勾配に対する方向性を持った行動)を利用した新たながん診断技術が報告されており、簡易な機器を使って自宅で疾病診断できるなど、革新的な医療技術への展開が期待されます。しかし、微小なセンチュウの行動を、大量の個体に対して詳細に解析する技術は確立されておらず、その開発が望まれていました。

<研究の内容>

センチュウの生態を簡便かつ詳細に解析するためには、自然界と同様にセンチュウが自力で行動できる環境を作ると同時に、簡易な顕微鏡でも容易に観察が行えるよう、行動範囲を解析可能な範囲に限定することが重要です。そこで、研究チームは、「マイクロ流路」と呼ばれる高さ数十マイクロメートル (マイクロ:100万分の1)の微小な空間内でセンチュウが自由に運動できる環境を作りました。センチュウの顕微鏡観察を容易にするため、マイクロ流路は、光透過性、柔軟性および生体適合性の高い、ポリマーの一種であるポリジメチルポリシロキサン(PDMS、poly−dimethylsiloxane)を材料とし、厚さ約2mm、大きさ2cm角の小型チップ上に、MEMS注4)加工技術により作製しました。マイクロ流路内を0.5〜2wt%(質量パーセント濃度。溶液全体の質量と溶質の質量の比をパーセントで示した単位)のアガロースゲル注5)で満たすことで、水溶液中では移動できなかったセンチュウが、ゲルに物理的に支えられて流路内を自由に移動できることを見いだしました(図1)。これにより、目的や条件に応じ、任意の形状を持つマイクロ流路を使い、センチュウの行動を高効率で定量的に解析できるようになりました。本手法を応用し、植物寄生性センチュウのサツマイモネコブセンチュウ(トマトやサツマイモ、メロンなど多種多様な植物に被害をもたらす植物寄生性センチュウの代表種。以下、ネコブセンチュウ)を対象とし、化学走性を効率よく、定量的に解析する技術を発明しました。

本手法では、アガロースゲルで満たしたT字型マイクロ流路中に化学物質を拡散させることで、空間内に濃度の差、すなわち勾配を形成します。その後、解析の対象領域内にいるネコブセンチュウの個体数の増減を数値化することで、化学走性を定量的に評価できます。本研究では、実証試験として、ネコブセンチュウが忌避行動を示すことが報告されている硝酸カリウムを用いて化学走性の解析を行いました。この結果、ネコブセンチュウは硝酸カリウムの濃度勾配の緩急に応じ、これまで知られていた忌避行動のみでなく、誘引行動を示すことを初めて明らかにしました。濃度勾配が高くなる硝酸カリウム水溶液 (990mM(ミリモーラー注6)、 3マイクロリットル)では、従来の報告例と同様に忌避行動を示しました。一方で、比較的低濃度の勾配となる硝酸カリウム水溶液(99および50mM、各3マイクロリットル)を滴下した場合、初期段階で強い誘引行動を示した後、時間の経過とともに忌避行動へと転じることが分かりました。さらに低濃度の勾配となる硝酸カリウム水溶液(9.9mM、3マイクロリットル)を滴下した場合では、誘引性に低下が見られたことから、ネコブセンチュウに対して強い誘引性を示す濃度勾配には、適切な値が存在することが示唆されました。(図2)。一方で、対象領域内の硝酸カリウムの濃度が一定、すなわち濃度勾配がない場合、濃度の大小に対して、ネコブセンチュウの行動に明確な変化は見られませんでした。これは、本手法により微小空間内の化学環境を制御し、濃度勾配を数値化することで新たに得られた知見であり、ネコブセンチュウの行動制御を行うには、化学物質を導入するのみでなく、適切な濃度勾配の形成と維持が重要であることを発見しました。

<今後の展開>

本研究で確立したセンチュウの行動解析手法は、さまざまな種類のセンチュウへの応用が可能であり、学術的に重要な知見の獲得のみならず、将来は農業、医療など幅広い領域での革新的な技術開発につながると期待されます(図3)。

今回、ネコブセンチュウの行動解析より、化学走性を積極的に利用することで植物寄生性センチュウの行動を制御する新たな防除法の開発に向けた道筋を示すことができました。この新しい防除法は、農作物をセンチュウの被害から守り、食糧やバイオ燃料の増産技術に直結するため、食糧・環境・エネルギー問題への貢献が期待できます。

また、本手法はこれまでの実験結果より、モデル生物であるセンチュウ、C.エレガンスの行動解析へと適応可能であることを確認しています。最近の研究でC.エレガンスはがんに由来する匂い(化学物質)に応じて行動が変化することが報告されており、本手法は将来的にC.エレガンスの行動を指標とした在宅がん診断用チップへと応用展開が期待されます。

<参考図>

図1 オンチップ極微小空間内でのセンチュウの生態解析

T字型マイクロ流路内でのネコブセンチュウの泳動の様子。濃度1wt%のアガロースゲルで満たしたマイクロ流路内において、ネコブセンチュウは、自然界での生育環境である土壌中と同様、自由に運動できます。その様子を顕微鏡で詳細に観察し、行動を解析できます。

図2 硝酸カリウムに対するサツマイモネコブセンチュウの化学走性分析

硝酸カリウムを導入しない状態で、マイクロ流路内におけるネコブセンチュウの行動解析を行った結果、T字型マイクロ流路の左右のマイクロスリット(解析対象領域)にほぼ均等に侵入することを確認しました。次に、高濃度の硝酸カリウム(990mM)を滴下したところ、高い濃度勾配が形成された左側のマイクロスリット内ではネコブセンチュウの個体数の減少が見られました。1時間後には滴下前の約半数となったことから、この条件下ではネコブセンチュウは忌避行動を示すことが分かりました(左下図)。一方、低濃度の硝酸カリウム(99mM)を滴下した場合、左側のマイクロスリット内のネコブセンチュウは増加したことから、低い濃度勾配に対して、ネコブセンチュウは誘引されることが示されました(右下図)。本手法により、化学環境やネコブセンチュウの個体数を数値化することで、化学走性の高精度評価が可能となりました。

図3 センチュウのオンチップ行動分析技術の波及効果

植物寄生性センチュウのオンチップ行動分析から得られた知見より、動植物や環境にやさしい新しい防除法の開発がされ、食糧増産、環境・エネルギー問題が改善すると期待されます。また、操作が簡便で、自宅ならびに遠隔地でも利用可能なポータブル診断チップとして応用展開することで、グローバル規模での医療・生活環境の向上に貢献できます。

<用語解説>

注1) C.エレガンス
体長約1mmのセンチュウの一種であり、自然界では土壌中で細菌類を捕食し生活しています。 生物学では、神経細胞が少ないなど、体のつくりが比較的単純である一方で人間と共通する要素が多く、卵から成虫になるまでの期間が短く、飼育も容易であることから、代表的なモデル生物として広く扱われています。
注2) マイクロ流路
マイクロ流路は体積が小さいことから、加熱・冷却、溶液の混合や化学反応を高効率で行うことができ、マイクロ化学分野での重要な構成要素の1つとされています。主にガラスや樹脂を材料とし、微細加工技術によりマイクロメートルサイズの溝を付けることで作製します。
注3) 濃度勾配
ある空間内において物質の濃度が異なる場合、場所ごとの変化の割合を示すものです。
注4) MEMS
Micro Electro Mechanical Systemsの略称。マイクロマシンとも呼ばれ、機械要素部品、電気要素部品を、1つのチップ(主にシリコンやガラス)上に集積化させたデバイスを指します。
注5) アガロースゲル
寒天の主な成分であるアガロースを水に溶かし、冷却、凝固させたものです。生物学では、微生物や細胞を培養する時の足場としてよく用いられます。
注6) mM(ミリモーラー)
モーラーは濃度を表す単位名称の1つで、1リットルの溶液中に何ミリモルの物質が溶けているかを表します。

<論文タイトル>

Chemotaxis assay of plant-parasitic nematodes on a gel-filled microchannel device
(ゲルで充填したマイクロ流路デバイス上における植物寄生性センチュウの化学走性分析)
doi :10.1016/j.snb.2015.07.081

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

肥田 博隆(ヒダ ヒロタカ)
神戸大学 大学院工学研究科 機械工学専攻 助教(ERATO東山ライブホロニクスプロジェクト 元研究員)
〒657-8501 兵庫県神戸市灘区六甲台町1−1
Tel:078-803-6058 Fax:078-803-6148
E-mail:

東山 哲也(ヒガシヤマ テツヤ)
ERATO 東山ライブホロニクスプロジェクト 研究総括
名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所 教授
〒464-8602 愛知県名古屋市千種区不老町
Tel:052-747-6404 Fax:052-789-2497
E-mail:

<JST事業に関すること>

大山 健志(オオヤマ タケシ)
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3528 Fax:03-3222-2068
E-mail:

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
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名古屋大学 総務部 広報渉外課
〒464-8601 愛知県名古屋市千種区不老町
Tel:052-789-2699 Fax:052-788-6272
E-mail:

(英文)“A new assay to analyze behavior of nematodes using a gel-filled microchannel device
– Toward improving global crop productivity –