ポイント
- 電子顕微鏡で半導体pn接合界面をナノレベルで観察することは非常に難しかった。
- 新規分割型検出器で電子線が電場によって曲げられる効果を高精度に計測し、pn接合の界面電場をナノスケールで可視化することに成功した。
- 半導体デバイス、太陽電池、LEDなどの開発を強力に支援。
JST 戦略的創造研究推進事業において、東京大学 大学院工学系研究科 附属総合研究機構の柴田 直哉 准教授らは、開発した分割型検出器注1)を用いて、半導体pn接合注2)界面の電場を世界で初めて直接可視化することに成功しました。
半導体のp型領域とn型領域の界面であるpn接合は、トランジスタ、発光ダイオード、太陽電池などの性能を決定づける極めて重要な界面です。これらのデバイス開発では、この界面をナノ(ナノは10億分の1)スケールレベルでいかに正確に作ることができるかが重要なポイントとなります。しかし、これまでの電子顕微鏡法では、pn接合のナノレベルの正確な位置やそこに形成される局所的な電場を直接観察することはできませんでした。そこで、さらなる高性能材料・デバイス開発のためには、材料・デバイス中のナノスケールのpn接合を直接観察する手法の確立が望まれていました。
本研究グループは、新たに開発した分割型検出器を備えた走査型透過電子顕微鏡(STEM)注3)により、pn接合に形成される電場を高空間分解能、かつ定量的に可視化することに世界で初めて成功しました。pn接合での電場強度が直接可視化できることで、pn接合界面で電子や正孔の挙動を正確に予測できる手法に展開できると考えられます。
本技術により、半導体デバイス中のpn接合の位置、形状、電場強度を詳細に解明できるようになれば、高性能な半導体デバイス開発に必須の精密かつ効率的なキャリア(電子、正孔)制御が可能となりコンピューター、スマートフォン、LED、太陽電池などの性能向上や省エネ化へ大きく貢献できます。
本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の一環として行われ、東京大学の幾原 雄一 教授、松元 隆夫 特任研究員、オーストラリア・モナシュ大学のスコット フィンドレイ 博士、古河電気工業株式会社、日本電子株式会社(JEOL)と共同で行ったものです。
本研究成果は、2015年6月12日(英国時間)に英国科学誌「Scientific Reports」オンライン版で公開されます。
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
研究領域 |
「エネルギー高効率利用と相界面」 |
研究総括 |
笠木 伸英 JST 研究開発戦略センター 副センター長・上席フェロー/東京大学 名誉教授 |
研究課題名 |
「原子分解能電磁場計測電子顕微鏡法の開発と材料相界面研究への応用」 |
研究代表者 |
柴田 直哉(東京大学 大学院工学系研究科 准教授) |
研究期間 |
平成23年12月~平成27年3月 |
<研究の背景と経緯>
電子顕微鏡は、光(可視光線)よりはるかに波長が短い電子を用いて、光学顕微鏡では見ることのできない微細な構造を拡大して観察する装置です。このなかで、走査型透過電子顕微鏡(STEM)(図1)は、薄い試料上で電子を走査しながら透過散乱した電子を検出器で検出して像として拡大観察する顕微鏡です。
この電子顕微鏡は、現在原子1個1個を直接観察することができるレベルにまで発達しています。しかし、原子が寄り集まった材料中に広がって存在する「電場」を直接観察することは極めて困難でした。この電場は、材料中の電子の流れや偏りに大きな影響を及ぼすため、その制御は半導体デバイスや発光デバイスの開発において非常に重要です。つまり、今後さらなる高性能なデバイス・材料を開発していくため、実際のデバイス内部にどのような電場分布があるのかを高分解能で観察する顕微鏡技術の開発が待望されていました。
<研究の内容>
今回、柴田准教授らは、新開発の分割型検出器を用いたSTEM(図2)により、半導体pn接合の内蔵電場観察に世界で初めて成功しました(図3、4)。また、その像コントラストを定量的に評価し、像のシミュレーション計算と融合することにより、その電場強度の定量検出にも成功しました。本観察では、ナノレベルに絞った電子線が、pn接合界面に形成された局所的な電場によって僅かに偏向される現象を利用しており、分割検出器によりその曲り角を検出することでpn接合界面の位置をナノスケールで正確に決定することを可能にします。この手法は、微分位相コントラスト(DPC)法と呼ばれ(図4)、今後材料中の電磁場観察に広く応用できることが期待できます。また、pn接合での電場強度が直接可視化できることで、pn接合界面で電子や正孔がどのようにふるまうのかを予測したり、目的とするpn接合界面が実際に形成できているかどうか検証するための不可欠な手法になると考えられます。
<今後の展開>
近年、太陽電池、発光デバイス、トランジスタなどの研究開発において、材料のミクロな構造を積極的に制御し、特性向上を目指す研究開発が精力的に行われています。特に、電流を制御したり、光エネルギーと電気エネルギーを相互に変換したりすることのできるpn接合界面の制御は、エネルギーの高効率利用を考える上で極めて重要です。本研究成果により、的確なpn接合界面制御が行えているのかを直接評価することが可能になれば、より効率的なトランジスタの開発や高効率な光電変換素子の開発を強力に前進させることが期待できます。
また、顕微鏡法による電場直接観測技術は、物理化学、生命科学、電子情報工学、材料科学などの先端的基礎研究分野や半導体デバイス、表面処理技術、高分子材料、バイオ材料、電池業界などの多様な産業分野においても活用できる可能性があり、これらにおける研究開発の水準と研究開発効率を格段に向上させるものと期待されます。
<参考図>
図1 一般的な走査型透過電子顕微鏡(STEM)とその概要
- (左) STEMの実機写真。
- (右) 通常のSTEMの模式図。照射源(赤点)から照射された電子(緑色)は、収差補正装置(灰色円盤)を通過すると非常に細く絞り込まれる。試料(藍色四角)を透過する際、原子の種類に応じて散乱するので、これを環状の検出器(青色ドーナツ環)を用いて計測し、像として観察する。
図2 本研究に用いたSTEMによる電場計測の模式図
試料に入射した電子線が、その内部に存在する電場Eによって偏向されることで、分割検出器の各位置で検出される電子線強度に差が生じることを利用して、試料上の各点での電場を計測している。この手法は微分位相コントラスト(DPC)法と呼ばれている。
図3 本研究の分割型検出器を用いた半導体pn接合の観察例
- (a) 通常の環状検出器で検出した場合のpn接合のSTEM像。p領域とn領域の境目に存在するはずのpn接合が全く観察できていない。
- (b) 同じ領域を分割型検出器で観察したSTEM像。pn接合界面に平行な方向の1、3の検出器ではpn接合界面を観察することはできないが、pn接合界面に垂直な方向の2、4の検出器ではpn接合界面がコントラストから明瞭に観察できる(矢印)。
図4 本研究で得られた半導体pn接合の電場像(微分位相コントラスト法)
微分位相コントラスト法を用いることにより、コントラストが電場強度に対応した像となっている。pn接合界面に局所的に強い電場が掛かっていることが直接可視化できている。
<用語解説>
- 注1) 分割型検出器
- STEMの検出器の一種で、試料から透過散乱された電子線を検出するための検出器。この際、検出面を複数の検出領域に分割することにより、電子線の微小な軌道変化を捉えることができる。
- 注2) 半導体pn接合
- 半導体のp型領域とn型領域の界面。pn接合界面には電位差が生じており、その電位差に伴う内蔵電場が電子や正孔の運動に影響を及ぼす。ダイオード、トランジスタ、LED、太陽電池などの基本構造として広く応用されている。
- 注3) 走査型透過電子顕微鏡(STEM)
- 細く収束させた電子線を試料上で走査し、試料により透過散乱された電子線の強度で、試料中の構造を直接観察する装置。現在、原子の直接観察も可能である。電子顕微鏡は、光学顕微鏡の線源(可視光)による原理的分解能(およそ1μm)の限界を、電子の波としての性質を利用して突破した観察装置であり、量子力学の恩恵を最も直接的な形で応用展開した観察技術。
<論文タイトル>
“Imaging of built-in electric field at a p-n junction by scanning transmission electron microscopy”
(走査型透過電子顕微鏡を用いたpn接合内蔵電場の可視化)
doi: 10.1038/srep10040
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
柴田 直哉(シバタ ナオヤ)
東京大学 大学院工学系研究科 附属総合研究機構 准教授
〒113-8656 東京都文京区弥生2-11-16
Tel:03-5841-0415 Fax:03-5841-7694
E-mail:
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古川 雅士(フルカワ マサシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
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<報道担当>
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