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平成27年6月10日

科学技術振興機構(JST)
慶應義塾大学医学部

脳梗塞後の炎症が悪化するメカニズムを解明
〜白血病治療薬が脳梗塞の治療にも使える可能性〜

ポイント

JST 戦略的創造研究推進事業において、慶應義塾大学 医学部の七田 崇 専任講師、森田 林平 専任講師らは、脳梗塞後に起こる炎症が悪化する新たなメカニズムを発見しました。さらに、すでに白血病治療に使われている薬剤にこのメカニズムを抑える効果があることを確認し、脳梗塞における新たな治療薬にもなる可能性を明らかにしました。

超高齢化社会を迎えた日本において、脳梗塞は主な死因や寝たきりの原因になっています。しかし脳梗塞に有効な治療法はまだ限られており、手足のまひや言語障害など神経症状を改善させる新たな治療薬の開発が望まれています。本研究グループは、脳梗塞後の脳組織では炎症反応が起きて脳梗塞領域が拡大し、神経症状を悪化させることを明らかにしてきました。この炎症を起こす重要なサイトカイン注1)であるインターロイキン1β(IL−1β)の産生には、インフラマソーム注2)と呼ばれる巨大なたんぱく質複合体の活性化が必須であり、インフラマソームを制御する新たな治療薬の開発が期待されていました。

本研究グループは、インフラマソームの活性化をブルトン型チロシンキナーゼ(BTK)注3)という酵素が促進し、脳梗塞における炎症を悪化させていることを発見しました。BTKの作用を阻害するイブルチニブ注4)という薬剤を脳梗塞モデルマウス注5)に投与することにより、脳梗塞領域の拡大を抑制して運動機能が改善されることを証明しました。

本研究成果は、炎症の制御が新たな脳梗塞治療法につながることを明らかにしました。イブルチニブはすでに海外で慢性リンパ性白血病の治療薬として用いられていますが、今後は脳梗塞治療にも役立つことが期待されます。

本研究成果は、2015年6月10日(英国時間)に英国科学誌「Nature Communications」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業

研究領域 「炎症の慢性化機構の解明と制御」
(研究総括:高津 聖志 富山県薬事研究所 所長)
研究課題名 「脳組織傷害後の慢性炎症における免疫制御機構の解明」
研究者 七田 崇(慶應義塾大学 医学部 微生物学・免疫学教室 専任講師)
研究実施場所 慶應義塾大学 医学部
研究期間 平成23年10月〜平成29年3月

<研究の背景と経緯>

脳梗塞は、脳の血管が詰まったり動脈硬化で狭くなることにより脳への血流が減少し、酸素や栄養が不足して脳組織が壊死する病態です。死亡、寝たきりの主な原因であり、超高齢化社会を迎えた日本はもとより、先進国や新興国においても患者数の増加が懸念されています。脳梗塞による手足のまひや言語障害などの神経症状は生活への支障が大きく、しかもそれらが長く後遺症として残る可能性があります。これらの症状を少しでも軽減するため、現在の脳梗塞の治療はできるだけ早期の開始を原則としています(「Time is brain.(時は脳なり)」と呼ばれています)。発症後数時間以内の脳梗塞であれば、詰まった血管を開通させる血栓溶解療法や血栓除去術により神経症状や後遺症の改善が期待できます。しかし発症後すぐに脳梗塞に伴う神経症状に気づき、数時間以内に受診して治療を開始できるケースは限られており、発症後時間が経過したケースを含め、脳梗塞の症状を改善させる有効な治療法に乏しいのが現状です。

脳梗塞後に神経症状が悪化する原因は、脳梗塞後に炎症が発生し、脳組織が腫れて周囲の正常組織を圧迫し脳梗塞領域が拡大することです。しかし脳梗塞後の炎症を制御する治療法はまだ確立されておらず、そのメカニズムを解明することで新しい治療薬が発見されると期待されています。

<研究の内容>

炎症は病原微生物などに対する自然な生体の防御反応です。血液中の免疫細胞が脳組織に侵入してさまざまな炎症性因子を生み出すことにより、炎症を引き起こします。脳梗塞発症後早期に脳組織に侵入するマクロファージや好中球注6)などの免疫細胞は、脳組織のダメージを感知してさまざまなサイトカインを生み出します。サイトカインの中でも、インターロイキン1β(IL−1β)の増加は血液脳関門注7)の破綻や他の免疫細胞の脳内への進入を誘導し、脳梗塞の病態を悪化させます。このIL−1βの産生には、インフラマソームと呼ばれる巨大なたんぱく質複合体の形成と活性化が必須であることが注目されていました(図1)。

本研究グループは、インフラマソームの活性化を阻害する作用のある低分子薬剤(阻害剤)を探索し、ブルトン型チロシンキナーゼ(BTK)という酵素の阻害剤であるイブルチニブを見いだしました(図2)。これは、BTKがインフラマソーム(特にNLRP3インフラマソーム)の活性化に関与することを示す世界で初めての発見です。さらに、BTK機能を遺伝子変異で失ったマウスやイブルチニブ以外のBTK阻害剤による処理においても、BTKがNLRP3インフラマソームのみを特異的に制御していることを確認しました。アデノシン三リン酸(ATP)、尿酸結晶、ナイジェリシン、水酸化アルミニウムなどの刺激によるNLRP3インフラマソームの活性化を、BTK阻害剤は抑制しました。

次に、BTKがNLRP3インフラマソームの活性化をどのように制御しているのかを調べたところ、BTKはNLRP3インフラマソームの構成要素であるNLRP3やアダプターたんぱく質ASC注2)の両方と結合することによってNLRP3インフラマソームの複合体形成を促進していると考えられました(図3)。BTK阻害剤は、BTKとNLRP3の結合を阻害し、その結果カスパーゼ1(たんぱく質分解酵素)注2)の活性化やIL−1βの産生および放出を抑制することが明らかになりました(図3)。

BTK阻害剤であるイブルチニブは、すでに海外で慢性リンパ性白血病の治療薬として使用されています。イブルチニブを脳梗塞モデルマウス(一過性中大脳動脈閉塞モデル)に脳梗塞発症直後と翌日に投与したところ、脳梗塞領域の拡大の抑制や運動機能の改善が認められました(図4)。また、イブルチニブ投与によって、脳組織に侵入したマクロファージや好中球におけるカスパーゼ1の活性化やIL−1βの放出が抑制されました(図5)。さらに、脳梗塞発症後12時間経過してから2回(発症12時間後と36時間後)イブルチニブを投与した場合でも、ほぼ同様に顕著な神経保護効果が認められることから、脳梗塞の治療開始可能時間を拡大できる可能性があります。

<今後の展開>

本研究によってBTKを中心とした新たなインフラマソームの活性化メカニズムが解明されました。このメカニズムが明らかになったことにより、脳梗塞後の炎症を制御するBTK阻害剤のような薬剤が脳梗塞の新しい治療法となり得ることを示唆しています。今後、脳梗塞における炎症を標的とした新しい治療法の研究開発が加速することが期待されます。さらに、すでに海外の臨床の場で白血病治療薬として使用されているイブルチニブが脳梗塞においても有効であることが示され、比較的早期に脳梗塞治療薬として臨床応用されることが期待されます。

<参考図>

図1 脳梗塞後の炎症が脳梗塞領域の拡大を引き起こす

斜線部位は脳梗塞領域を、点線は正中線(右脳と左脳の境界線)を示す。脳梗塞後の炎症によって、発症直後に比べて数日後では脳梗塞領域が拡大する。その脳梗塞領域の拡大には、インフラマソームの活性化によるIL−1βの産生が引き起こす炎症が関与する。

図2 BTKがNLRP3インフラマソーム活性化に重要である

マクロファージ(ヒト単球系細胞株を活性化処理して分化させた)をBTK阻害剤で処理すると、水酸化アルミニウム(Alum)によって誘導されるインフラマソームを構成するカスパーゼ1の活性化が抑制され、細胞培養上清中の活性型IL−1βが減少した(コントロールと比較して有意差あり * * : <0.01)。

図中に示した、その他の阻害剤の標的分子は、次の通り。

  • HIF1(Hypoxia Inducible Factor1)
    低酸素状態で発現誘導される転写因子。
  • PKR(double−stranded RNA−dependent protein kinase)
    たんぱく質リン酸化酵素であり、インフラマソームの活性化に関わるとの報告がある。
  • CHK2(Checkpoint kinase 2)
    細胞周期に関わるたんぱく質リン酸化酵素である。
  • Calpain カルシウム依存のシステインたんぱく質分解酵素。
  • CAMK2(Ca2+/calmodulin−dependent protein kinase)
    カルシウム・カルモジュリン依存性のたんぱく質リン酸化酵素。
  • p38 分裂促進因子活性化たんぱく質キナーゼファミリーの1つ。
  • SYK(Spleen tyrosine kinase)
    たんぱく質リン酸化酵素であり、インフラマソームの活性化に関わるとの報告がある。

図3 BTKはNLRP3、ASCと結合してインフラマソーム活性化を促進する

  • 上図:マウスの腹腔マクロファージをインフラマソーム活性化因子(リポ多糖(LPS)とナイジェリシン)で刺激すると、細胞内のBTKとNLRP3が結合して赤い蛍光を発する(左の写真:青色は細胞核)。NLRP3が活性化してBTKと結合すると、カスパーゼ1が活性化されて活性型のIL−1βが生み出され細胞外に放出される。
  • 下図:BTK阻害剤で処理すると、BTKとNLRP3との結合が阻害されて赤い蛍光が減弱する。すると、カスパーゼ1が活性化できず、IL−1βの産生が抑制される。

図4 脳梗塞モデルマウスにおける、イブルチニブの脳保護効果

  • (a)イブルチニブ(3.125mg/kg)を脳虚血誘導直後と翌日の2回静脈内投与することにより、脳虚血誘導後4日目の梗塞体積の増加が抑制された。また、MAP2染色による脳組織像においても脳梗塞領域(白い部分)の拡大が抑制され、生きている脳組織(茶色の部分)が維持されているのを確認した。
  • (b)イブルチニブの投与により脳梗塞発症後における神経症状(ここでは運動機能)の改善が見られた(対照群と比較して有意差あり * * : <0.01)。

図5 イブルチニブ投与によるインフラマソームの抑制効果

  • (a)脳虚血誘導後1日目の脳組織抽出液中のIL−1βを定量したところ、イブルチニブ投与群では有意にIL−1β産生が抑制されていた。Shamは偽手術群を示す。
  • (b)脳虚血誘導後1日目の脳梗塞領域における活性型カスパーゼ1陽性細胞の数(全細胞数に対する割合)はイブルチニブ投与群で有意に減少し(棒グラフ)、蛍光抗体法による梗塞部位の組織像においても活性型カスパーゼ1の蛍光強度がイブルチニブの投与によって減弱していることを確認した(対照群と比較して有意差あり * : <0.05、* * : <0.01)。

<用語解説>

注1) サイトカイン
免疫細胞などから分泌されるたんぱく質で、特定の細胞に炎症反応を誘導したり、分化や細胞死などの情報を伝達する役割を持つ。
注2) インフラマソーム
細胞質に存在する巨大なたんぱく質複合体であり、炎症の刺激を認識するたんぱく質と、アダプターたんぱく質(たんぱく質同士を結合させる働きを持つ)であるASC(Apoptosis−associated speck−like protein containing a caspase recruitment domain)およびたんぱく質分解酵素であるカスパーゼ1から構成される。インフラマソームが形成されると最終的にカスパーゼ1が活性化し、細胞内の不活性型のIL−1β前駆体の一部を切断して活性型のIL−1βに変換して細胞外に分泌する(図3参照)。炎症性刺激を認識する部分のたんぱく質にはNLRP(Nucleotide−binding oligomerization domain−like receptor protein)やAIM2(Absent in melanoma 2)などがあり、それぞれ異なる種類の炎症性刺激を認識する。この構成因子によって、NLRP3インフラマソームやAIM2インフラマソームなどと呼ばれる。NLRP3インフラマソームは、微生物由来の成分に加え、水酸化アルミニウム、尿酸結晶、アデノシン三リン酸(ATP)などを認識する。
注3) ブルトン型チロシンキナーゼ(Bruton’s Tyrosine Kinase;BTK)
B細胞の発生、生存に必要なたんぱく質リン酸化酵素として知られている。
注4) イブルチニブ
BTK阻害剤。白血球(リンパ球)の一種であるB細胞の生存に必要なシグナルを阻害することからB細胞の細胞死を誘導する。このためにB細胞性の慢性リンパ性白血病などの治療薬として海外ではすでに使用されており、日本でも承認申請されている。一方BTKはマクロファージにも発現しており炎症との関連も示唆されていた。BTK阻害剤は関節炎リウマチなどの炎症性疾患治療薬としても開発が進められている。
注5) 脳梗塞モデルマウス
本研究では、細い塞栓糸を頚動脈から挿入して脳血管(中大脳動脈)に到達させ、血管を閉塞させて脳虚血を誘導する手技を用いている。挿入した塞栓糸を引き抜くことにより、脳血管の閉塞を解除させることができる。本研究では脳血管を閉塞する時間を60分とする一過性脳虚血モデルを用いた。
注6) マクロファージ、好中球
血液や骨髄などに存在する免疫細胞で、細菌やウイルスなどの微生物の侵入や臓器の異常の際にいち早く活性化して免疫応答を起こす役割を持つ。微生物由来の物質や、死細胞由来の物質を認識すると活性化して、IL−1βなどのさまざまな炎症性因子を生み出す。これらは、免疫細胞が臓器に侵入するのを促進したり、血管を拡張させて浮腫を起こしたりするなど、他の免疫細胞や臓器の細胞が起こす炎症を促進する効果がある。
注7) 血液脳関門
血液と脳組織の物質移行を制限する仕組みのこと。脳梗塞により破綻し、脳の腫れが起きる原因となる。

<論文タイトル>

“Bruton’s tyrosine kinase is essential for NLRP3 inflammasome activation and contributes to ischaemic brain injury.”
(BTKはNLRP3インフラマソームの活性化に重要であり、虚血性脳傷害に寄与する)
doi :10.1038/ncomms8360

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

七田 崇(シチタ タカシ)
慶應義塾大学 医学部 微生物学・免疫学教室 専任講師
E-mail: 吉村 昭彦(ヨシムラ アキヒコ)
慶應義塾大学 医学部 微生物学・免疫学教室 教授
E-mail:
〒160-8582 東京都新宿区信濃町35 東校舎4F
Tel:03-5363-3483 Fax:03-5360-1508

<JST事業に関すること>

松尾 浩司(マツオ コウジ)、川口 哲(カワグチ テツ)、加藤 真一(カトウ シンイチ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ライフイノベーショングループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
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<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
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慶應義塾大学 医学部 総務課:吉岡、三舩
〒160-8582 東京都新宿区信濃町35
Tel:03-5363-3611 Fax:03-5363-3612
E-mail:

(英文)“The suppression of inflammasome activation is a new therapeutic strategy for ischemic stroke