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平成27年6月5日

東京工業大学
科学技術振興機構(JST)
理化学研究所

高秩序な大面積分子集積膜の構築に成功

〜基材を選ばず、簡単な成膜法により均一な有機薄膜形成が実現〜

ポイント

東京工業大学 資源化学研究所の福島 孝典 教授らの研究グループは、科学技術振興機構 ERATO「染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクト」の染谷 隆夫 研究総括、理化学研究所 放射光科学総合研究センターの高田 昌樹 主任研究員(現東北大学 多元物質科学研究所 教授)、引間 孝明 研究員と共同で、センチメートル規模の大面積でドメイン境界注1)のない有機薄膜を形成することに成功した。

有機薄膜は様々な応用上極めて重要であるが、それらの作製時、膜内にドメイン境界が生じ、膜の強度や電気伝導性などの機能が低下してしまうことが問題であった。研究グループは、2次元物質であるグラフェン注2)のハニカム構造をヒントに、高秩序な有機薄膜を実現するための分子・分子集積体の空間充填デザインを考案した。これを具現化するため、3枚羽プロペラ状のトリプチセン注3)分子を設計し、薄膜を形成した。

大型放射光施設SPring−8の放射光X線注4)で観察したところ、得られた薄膜にドメイン境界がないことを確認した。この有機薄膜は真空蒸着、加熱溶融状態からの冷却、スピンコート注5)といった簡便な操作で形成できるため、電子素子の高性能化、基材の表面改質、新規分子デバイス創出など多様な応用展開が期待される。本成果は6月5日(米国東部標準時)発行の米科学誌「サイエンス(Science)」誌に掲載される。

本成果は、以下の研究支援により得られた。

研究課題 「新学術領域研究(研究領域提案型)」π造形科学:電子と構造のダイナミズム制御による新機能創出(領域略称名「π造形科学」)
「大規模分子集積化による巨視的π造形システム」
研究代表者 福島 孝典(東京工業大学 資源化学研究所 教授)
研究期間 平成26〜30年度
研究課題 基盤研究(B)
「ナノスケールヘテロ接合構造の精密設計と機能開拓」
研究代表者 福島 孝典(東京工業大学 資源化学研究所 教授)
研究期間 平成24〜26年度

科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)

研究プロジェクト 「染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクト」
研究総括 染谷 隆夫(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
研究期間 平成23年8月〜平成29年3月

<研究の背景>

薄膜は実用上、重要な物質形態である。例えば有機薄膜は、絶縁材料、半導体材料などの電子材料をはじめ、構造材料、光学材料など多種多様な用途に利用され、今日の科学技術を支えている。有機薄膜で構成分子の配向や配列を完全に制御できれば、分子が本来持つ性質を最大限引き出すことにつながり、有機電子デバイス、光学材料、さらにソフトアクチュエータ(人工筋肉)のような動的応答性材料などの多様な高機能薄膜の開発が期待される。

薄膜の形成過程では、一般的な核生成・成長注6)メカニズムにより、生成したたくさんの結晶核から構造成長が起きてしまうため、ドメイン境界の生成は避けられなかった。ドメイン境界は膜の強度や、半導体膜であれば伝導度など、膜の機能を低下させる要因になる。しかし、ドメイン境界のない有機薄膜を大面積で作製することは極めて難しく、これまでに有効な手法はなかった。

<研究の内容と成果>

東工大の福島教授らの共同研究グループは、構造規則性の長距離伝搬を可能にする分子・分子集積体の空間充填デザインを考案した。グラフェンのハニカム構造(蜂の巣のように6角形が隙間なく並んだ構造)をヒントに幾何学的な考察を行い、2次元平面を規則的に充填する理想的なモチーフとして、3枚羽のプロペラ状ユニットが歯車のように相互に噛み合った入れ子状のハニカム構造を考案し、ドメイン境界のない有機薄膜の形成に成功した(図1a)。

この構造モチーフでは、ドメイン境界形成の原因になるような、プロペラ状ユニットの並進・回転自由度が制限される。このような2次元シートが構築できれば、それらがさらに1次元的に積み重なることで、3次元空間を規則的に充填することができる(図1a)。そこで研究グループは、上記「2次元+1次元」の空間充填デザインを実現する分子として、3枚羽プロペラ状のトリプチセン分子を設計した(図1b)。

このトリプチセン分子が集まってできる物質の構造をSPring−8(BL44B2,BL45XU)の放射光X線を用いて詳細に解析したところ、期待したとおり、3枚羽が相互にかみ合った2次元状ハニカム構造と、それが1次元に積み重なった「2次元+1次元」の構造が形成されていた(図1a)。さらに、トリプチセンをサファイア基板にはさみ、加熱溶融状態からゆっくり冷却することで、均一な薄膜がセンチメートル規模で形成できた(図2a)。

この薄膜の構造についても同様に放射光X線を用いて調べたところ、驚くべきことに、膜全体にわたって「2次元+1次元」の構造が完全に揃った、あたかも単結晶のような構造規則性を持っていることが分かった(図2a)。例えるならば、1畳の畳をユーラシア大陸一面にずれなく敷き詰めた状態が達成されたことになる。

なぜ、このようなセンチメートル規模での構造の秩序が実現されているのかを調べるために、トリプチセンを加熱溶融状態から冷却し、結晶相への相転移温度注7)からわずかに低い温度に保った状態で放射光X線による分析を行った。その結果、結晶化によりいったん生成したドメインが、相転移温度よりも低い温度にも関わらず大きく配向を変えたり、融合したりする動的な様子を観察することができた。すなわち、このトリプチセンは通常の「核生成・成長」だけではなく、「核生成・成長・融合」ともいえるプロセスで構造化しているとみられる。その過程で、3枚羽プロペラ構造の歯車がかみ合うことで、構造の秩序がセンチメートル規模にわたって伝搬されていると考えられる。

トリプチセンは加熱溶融状態からの冷却以外にも、スピンコートや真空蒸着法によって、完全に配向した均一な膜形成が可能である(図2b)。スピンコートによる成膜では、単分子膜を構築できることも明らかにしている。また真空蒸着法で製膜した薄膜についても、放射光X線による構造解析により、センチメートル規模にわたってドメイン境界がないことが示された。さらに真空蒸着法では、ガラス、プラスチックなど、基材を選ばずに高秩序な薄膜が形成できた。これらの特徴は分子集積膜の応用可能性を大きく広げるものである。

<今後の展開>

今回、トリプチセンの3枚羽のかみ合ったハニカム構造に基づく「2次元+1次元」の空間充填デザインにより、真空蒸着、加熱溶融状態からの冷却、スピンコートといった簡便な操作だけで、ドメイン境界のない高秩序な分子集積膜をセンチメートル規模で構築することに成功した。今回開発した分子は、基材を選ばずに大面積分子集積膜を形成できることから、表面改質の汎用的な手段として多方面への応用が期待される。

分子レベルの構造規則性がセンチメートル規模にまで伝搬された有機薄膜は、有機誘電体や有機トランジスタなどの開発に非常に有効である。既存の成膜方法と組み合わせることで、超高精細分子膜を用いたフレキシブルデバイスの創出など、新しい応用展開が期待される。

さらに、トリプチセンの3枚羽には、多様な機能性ユニットを付与することができる。これにより半導体特性、絶縁性などの電気的特性に加え、潤滑、親液撥液といった様々な機能を分子集積膜に組み込むことが可能になる。今回の成果は、「分子薄膜工学」という、有機機能材料開発の新しい視点を与えるものといえる。

<参考図>

図1

  • (a) 3枚羽プロペラユニットに基づいた、構造秩序の長距離伝搬を可能にする「2次元+1次元」の空間充填デザイン。
  • (b) 空間充填デザインを具現化するトリプチセンの分子構造。

図2

  • (a) 加熱溶融状態からの冷却により形成した分子集積膜の構造模式図(左上)、膜のスナップショット(左下)、およびX線回折像(右)。回折像で黒、紫および白の楕円で囲まれた部分には、2次元状ハニカム構造に由来する、六角形状に並んだ回折スポットが観測される。
  • (b) 真空蒸着によりサファイア基板(上)およびシリコン基板(下)に成膜した均一な分子集積膜。

<用語解説>

注1) ドメイン境界
結晶や液晶の中で、局所的に構成分子の配向や配列が揃っている領域をドメインと呼ぶ。ドメイン境界は、隣り合うドメイン同士が接している部分を指す。有機半導体材料の場合には、ドメイン境界はドメイン内部よりも抵抗が大きく、伝導度の低下をもたらす。
注2) グラフェン
グラフェンは炭素の同素体のひとつで、原子一層の厚みの2次元物質。完全なグラフェンでは、炭素原子はハニカム状格子を形成している。優れた機械特性や電気伝導性を示し、エレクトロニクス材料の素材として大きな注目を集め、これを用いた研究は2010年のノーベル物理学賞の受賞対象になった。
注3) トリプチセン
3枚のベンゼン環が120°の角度で連結された剛直なプロペラ状分子。分子の周辺には、ベンゼン環に挟まれた大きな空間(自由体積)がある。これまで主に、トリプチセンの自由体積を活かしたホスト材料の開発が行われてきたが、本研究では視点を変え、3枚羽プロペラ構造をハニカム状の最密充填構造形成に利用した。
注4) 放射光X線
放射光X線とは、電子を光速に近い速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する強力な電磁波のことを指す。兵庫県にある大型放射光施設SPring−8では、世界最高輝度の放射光を用いて、基礎研究から産業利用まで幅広い実験が行われている。
注5) スピンコート
回転させた基板の中央に素材の溶液を滴下し、遠心力により基板全体に広げることで均一な薄膜を形成させる手法。
注6) 核生成・成長
核生成とは、固体、液体、気体などの相の中に、それとは異なる相が局所的に生成することを指す。本系の場合には、加熱溶融状態(液体状態)や溶液状態から、分子の微小な結晶核が生成することを意味する。この結晶核表面上に、さらに分子が配向・配列を揃えて付着していき、より大きな結晶へと成長する。これら一連のプロセスを「核生成・成長」と呼ぶ。
注7) 相転移温度
物質がある相(気体、固体、液体など)から異なる相に変化する温度を指す。

<発表雑誌>

雑誌名 Science
論文タイトル Rational synthesis of organic thin films with exceptional long-range structural integrity
著者 N. Seiki, Y. Shoji, T. Kajitani, F. Ishiwari, A. Kosaka, T. Hikima, M. Takata, T. Someya, T. Fukushima
doi 10.1126/science.aab1391

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

東京工業大学 資源化学研究所 教授 福島 孝典
Tel:045-924-5221 Fax:045-924-5976
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