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平成27年5月5日

大阪大学
科学技術振興機構(JST)

心不全につながる難病
肺高血圧症の発症メカニズムを解明

ポイント

大阪大学 大学院医学系研究科 内科学講座(循環器内科学)の中岡 良和 助教、片岡 崇弘 大学院生(博士課程4年)、坂田 泰史 教授らの研究グループは、難病の1つである肺高血圧症注1)の新しい発症メカニズムを発見しました。近年の研究から肺高血圧症の発症には炎症注2)が重要で、特に炎症を誘導するサイトカイン注3)の1つであるインターロイキン6(interleukin−6;IL−6)注4)は肺高血圧症の病態の鍵を握ると考えられていましたが、IL−6が肺高血圧症の発症を促進するメカニズムはこれまで不明でした。研究グループは、IL−6の作用によって主にヘルパーT細胞注5)の一種であるTh17細胞注6)から分泌されるインターロイキン21(interleukin−21;IL−21)注7)が肺高血圧症の発症に重要な役割を担うことを発見しました。IL−21が肺に存在するマクロファージ注8)をM2マクロファージ優位な状態に誘導して、M2マクロファージの肺組織への集積と相関して肺動脈平滑筋細胞注9)の増殖が促進されることで肺高血圧症発症に至るメカニズムが初めて明らかになりました。今後、IL−6やIL−21を標的とした抗サイトカイン治療が肺高血圧症に対する新しい治療法や創薬に発展することが期待されます。

本研究成果は、米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America )電子版に2015年5月4日15時(米国時間EST)に掲載されました。

本研究は、大阪大学、国立循環器病研究センター、東京大学、北海道大学との共同で行ったものです。また、本研究は科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 「生体における動的恒常性維持・変容機構の解明と制御」(研究総括:春日 雅人 国際医療センター 総長) 研究課題名:「内皮細胞を起点とした心血管系の恒常性維持機構の解明と制御」 中岡 良和(大阪大学 大学院医学系研究科 助教)の一環として行われました。

<研究の背景>

肺高血圧症は心臓から肺に血液を送る肺動脈に狭窄や閉塞が生じて肺動脈圧が上昇する疾患であり、最終的には心不全(右心不全)へ進行する予後不良の難治性疾患です。いまだに肺高血圧症患者でなぜ肺動脈に狭窄や閉塞が生じて肺動脈圧が上昇するか、その病態の詳細は明らかにされていません。

これまで肺高血圧症の発症には遺伝的な因子だけでなく、「炎症」も重要であることが報告されていました。炎症を引き起こす代表的なサイトカインのIL−6は、肺高血圧症患者の血清で増加して、その生命予後と相関することが報告されており、また遺伝子改変マウスを用いた研究からもIL−6は肺高血圧症の発症を促進することが報告されていました。しかしながら、IL−6が肺高血圧症の病態を促進するメカニズムは不明でした。

<研究の成果>

マウスを通常の空気(酸素濃度21%)よりも低い酸素濃度(10%)に曝露することで作製される低酸素負荷誘発性肺高血圧症(Hypoxia−induced Pulmonary Hypertension;HPH)マウスを作製すると、その肺組織ではIL−6が肺細小動脈の内皮細胞、平滑筋細胞で強く産生されます。研究グループはHPHマウスにIL−6の作用を阻害する抗IL−6受容体抗体を投与すると、コントロール群に比べてHPH病態が有意に抑制されることを見出しました(図1A)。

研究グループは、IL−6がその分化に必要とされるTh17細胞とその産生する炎症性サイトカインに注目して調べました。HPHマウスの肺ではTh17細胞が増加して、主にTh17細胞の産生する炎症性サイトカインのIL−17やIL−21も増加していましたが、抗IL−6受容体抗体の投与によりHPHマウス肺でのこれらの増加はいずれも抑制されました(図1B)。

次に、研究グループは低酸素条件下で主にTh17細胞から分泌されるIL−17とIL−21の役割を検討しました。HPHマウスに抗IL−17中和抗体を投与しても有意な治療効果は見られませんでしたが、IL−21受容体ノックアウト(IL−21RKO)マウスは野生型マウスに比べてHPH病態形成が有意に抑制されました(図2)。以上より、IL−6の下流でIL−21がHPHの病態形成に重要であることが分かりました。

これまでに、HPHマウスの肺には免疫細胞の中で特にM2マクロファージが集積して肺高血圧病態で重要な役割を担うことが報告されていましたが、そのメカニズムは不明でした。研究グループはHPHマウス肺でのM2マクロファージの集積にIL−6とIL−21が共に必須であることを見出しました(図2)。また、肺高血圧症患者では非肺高血圧症患者に比べて有意に肺組織でのIL−21の発現とM2マクロファージの集積が亢進していました(図3)。

以上より、IL−6は肺組織でTh17細胞を誘導し、主にTh17細胞から分泌されるIL−21が肺内のマクロファージをM2マクロファージへ誘導することで肺動脈平滑筋細胞の増殖を促進して、肺高血圧症の発症に重要な役割を果たすことが明らかになりました(図4)。

<成果の意義>

肺高血圧症の治療は、近年、プロスタグランジンI製剤注10)エンドセリン受容体拮抗薬注11)ホスホジエステラーゼ5(PDE5)阻害薬注12)などの開発で予後は改善しつつありますが、進行した肺高血圧症や膠原病性肺高血圧症などの一部はいまだ予後不良で、新しい治療法の開発が必要と考えられています。研究グループが今回の研究で使用したIL−6を阻害する抗IL−6受容体抗体は、ヒトではトシリズマブ(商品名:アクテムラ)として関節リウマチ、キャッスルマン病、小児の全身性若年性特発性関節炎に保険承認されて既に世界中で汎用されており、今後はIL−6阻害療法の肺高血圧症の治療における有効性を検討する必要があると考えられます。また、IL−21を阻害する作用を持つ生物学的製剤も既に開発されていますので、IL−21の作用を阻害する治療法の有効性を抗IL−6受容体抗体と同様に今後検討することで、肺高血圧症に対する新しい創薬に発展することが期待されます。

<参考図>

図1 低酸素誘発性肺高血圧症(HPH)マウスに対する抗インターロイキン6(IL−6)受容体抗体の効果

  • A. 低酸素負荷でコントロール抗体投与下でのHPHマウスでは肺動脈壁の肥厚が観察されたのに対して、抗IL−6受容体抗体を投与したマウスでは肺動脈壁の肥厚が抑制されていた。
  • B. 低酸素負荷でコントロール抗体投与下ではHPHマウス肺においてIL−21の発現が誘導されたが、抗IL−6受容体抗体を投与したマウス肺では発現誘導が抑制されていた。

図2 インターロイキン21受容体ノックアウト(IL−21RKO)マウスは低酸素誘発性肺高血圧症(HPH)に抵抗性を示す

野生型マウスで低酸素負荷をしてHPHを作製すると、低酸素負荷後早期には肺へとM2マクロファージ集積が見られて(上段)、肺動脈平滑筋細胞の増殖が見られ(中段)、後期で観察される肺動脈壁の肥厚が誘導される(下段)。一方、IL−21RKOマウスでは低酸素負荷後早期の肺へのM2マクロファージ集積は抑制されて(上段)、肺動脈平滑筋細胞の増殖は抑制されて(中段)、肺動脈壁の肥厚も抑制されていた(下段)。

図3 肺高血圧症患者の肺でのIL−21の発現亢進とM2マクロファージ集積

肺高血圧症患者では非肺高血圧症患者に比べて肺組織でのIL−21発現亢進とM2マクロファージ集積が見られた。

図4 IL−6/IL−21シグナルの肺高血圧症における役割

低酸素により肺動脈内皮細胞、肺動脈平滑筋細胞などでIL−6が産生された結果、肺にTh17細胞が動員される。IL−6依存的に主にTh17細胞からIL−21が産生されて、IL−21は肺胞マクロファージをM2マクロファージに誘導する。肺に集積したM2マクロファージは液性因子を介して肺動脈平滑筋細胞の増殖を促進することで、肺血管構造の狭窄が進んで最終的に肺高血圧症の発症へと至る。

<用語解説>

注1) 肺高血圧症
難治性呼吸器疾患に認定されている原因不明の病気であり、肺動脈の壁が肥厚して血管の狭窄が進行した結果、最終的には血管(肺動脈)が閉塞し、全身への血液や酸素の供給が障害される。適切な治療がなされないと、最終的に心不全から死に至る場合がある。肺高血圧症は、(1)肺動脈性肺高血圧症、(2)左心性心疾患に伴う肺高血圧症、(3)肺疾患・低酸素血症に伴う肺高血圧症、(4)慢性血栓塞栓性肺高血圧症、(5)詳細不明な多因子のメカニズムに伴う肺高血圧症の5つのカテゴリーに分類される。
注2) 炎症
物理的障害や感染、局所の免疫応答などによる体液や血漿蛋白、白血球の局所的な蓄積の一般名称。炎症反応ともいう。炎症反応の起きている組織に侵入してくる細胞を炎症細胞と呼ぶ。
注3) サイトカイン
細胞で産生・放出されて種々の細胞間情報伝達分子として機能する微量生理活性タンパク質で、通常低分子量のものが多い。体液を通って細胞表面の高親和性受容体などに結合し、多面的な生物活性を発現させる。作用は免疫、炎症に関係するものが多く知られるが、細胞の増殖、分化、細胞死、あるいは創傷治癒などと作用は多様である。
注4) インターロイキン6(IL−6)
T細胞やマクロファージなどのさまざまな細胞から産生される多機能性サイトカインの1つ。IL−6受容体、gp130と会合することで、細胞内で主にJAK/STAT経路を活性化し、炎症を引き起こすとされる。また、肝臓からの急性期タンパク質(C反応性タンパクやフィブリノーゲンなど)の産生も誘導する。
注5) ヘルパーT細胞
免疫応答の調節に関わるCD4陽性T細胞で、Th1、Th2、Th17の3種類の細胞からなる。
注6) Th17細胞
CD4を発現するヘルパーT細胞の中でIL−17の発現で規定されるT細胞の分画で、ナイーブT細胞からのTh17細胞の分化にはIL−6が必要とされる。関節リウマチなど多くの自己免疫疾患の発症に関わる。
注7) インターロイキン21(IL−21)
Th17細胞を含むヘルパーT細胞から分泌されるサイトカインの1つ。多面的な作用を持ち、白血球の増殖や機能に影響を及ぼす。近年、関節リウマチなどの自己免疫疾患の発症に関与することも明らかになってきている。
注8) マクロファージ
白血球の一種で、病原体や異物を取り込んで消化するなどの殺菌作用や、外敵が攻めてきたことを他の免疫細胞に知らせる働きを担う。近年、マクロファージにはM2マクロファージと呼ばれる種類が存在することが明らかになり、アレルギー応答、癌の転移・浸潤、動脈硬化などにも働くことが明らかにされている。
注9) 肺動脈平滑筋細胞
肺の動脈壁を構成する細胞の1つで、本来は細胞そのものが収縮・弛緩することで血管の太さを変化させて、血圧を調整する役割を担う。しかし、外的ストレスや液性の物質の影響で細胞の性質が変化すると、細胞の遊走や増殖が生じて血管の狭窄・閉塞が発生する原因となることがある。
注10) プロスタグランジンI製剤
プロスタグランジンIは肺血管拡張作用を有するプロスタグランジンの一種。注射剤としてエポプロステノール、プロスタグランジンI誘導体の経口剤としてベラプロストが肺高血圧治療で使用される。
注11) エンドセリン受容体拮抗薬
エンドセリン1(ET−1)は強力な血管平滑筋に対する収縮作用を持つ血管作動物質で、7回膜貫通型G蛋白質共役型受容体の受容体に作用する。肺高血圧症治療に用いられるエンドセリン受容体拮抗薬にはボセンタン、アンブリセンタンなどがある。
注12) ホスホジエステラーゼ5(PDE5)阻害薬
血管平滑筋の弛緩作用を有するサイクリックGMP(cGMP)の分解をするPDE5の阻害薬。シルデナフィル、タダラフィルなどが肺高血圧症治療に用いられる。

<論文タイトル>

Interleukin-6/interleukin-21 signaling axis is critical in the pathogenesis of pulmonary arterial hypertension
(インターロイキン6/インターロイキン21シグナル軸は肺動脈性肺高血圧症の病態形成に重要である)
doi: 10.1073/pnas.1424774112

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

助教 中岡 良和(ナカオカ ヨシカズ)
大阪大学 大学院医学系研究科 内科学講座(循環器内科学)
Tel:06-6879-3636 Fax:06-6879-3634
E-mail:
参考URL:http://www.cardiology.med.osaka-u.ac.jp/?page_id=66

<JST事業に関すること>

松尾 浩司(マツオ コウジ)、川口 哲(カワグチ テツ)、稲田 栄顕(イナダ ヒデアキ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ライフイノベーショングループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2064
E-mail:

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:

(英文)“Critical Role of Interleukin-6/Interleukin-21 signaling in Pulmonary Arterial Hypertension Clarified