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平成27年4月14日

名古屋大学
科学技術振興機構(JST)

教科書の「不可能」を可能にするベンゼン変換触媒
〜医薬品開発に威力を発揮:ベンゼン環のパラ位の水素をホウ素に変換〜

名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI−ITbM)、JST 戦略的創造研究推進事業 ERATO伊丹分子ナノカーボンプロジェクト、名古屋大学 大学院理学研究科の伊丹 健一郎 教授、瀬川 泰知 特任准教授、齋藤 雄太朗(大学院生)らは、長らく達成できなかったベンゼン環のパラ位(い)の水素をホウ素に変換する新触媒を開発し、合成化学の新しい方法論を樹立することに成功しました。本手法を用いることで、複雑な有機化合物をわずか2段階で多種多様な誘導体へと変換できるようになります。医薬品や機能性材料の開発現場でまさに求められていた本反応の登場によって、これらの分野の研究が飛躍的に進展すると期待されます。本研究成果は、米国化学会誌(Journal of the American Chemical Society)のオンライン版で2015年4月11日(日本時間)に公開されました。

<研究の背景と内容>

ベンゼンは分子式Cで表される六角形の有機分子であり、その構造の単純さと美しさ(亀の甲)から有機化学のシンボルと言われてきました。またベンゼンは、その多彩な機能と高い安定性のために、医農薬、香料、染料、プラスチック、液晶、エレクトロニクス材料に最もよく用いられる構造単位にもなっています。我々の生活はベンゼンなしでは成り立たないといっても過言ではありません。

ベンゼン環に結合している水素原子を様々な置換基注1)に置き換えることで、ベンゼンに多彩な機能を付与することができます。6つの水素を別の置換基に置き換えていくとき、2つ目の置換基のつき方は3種類あります。それぞれ性質が異なるため、狙ったところに置換基を導入する方法が求められてきました。特に、1つ目の置換基から最も遠い位置(パラ位)は、化合物全体の形や性質を大きく変えるため最も重要ですが、同時に選択的に置換基を導入することが最も難しく、汎用的なパラ位変換反応はこれまで不可能でした。

図1 2置換ベンゼン

伊丹教授、瀬川特任准教授らのグループは、ベンゼン環のパラ位にホウ素の置換基を選択的に導入する方法を開発しました。ホウ素の置換基は、ノーベル賞反応として知られる鈴木−宮浦クロスカップリング反応などによって様々な置換基に簡便に変換できるため、パラ位ホウ素化体を起点として多種多様な誘導体へと変換することが可能となります。

イリジウム触媒を用いてベンゼン環上の水素をホウ素化する反応注2)はよく知られていますが、ベンゼン環上の置換基が1つの場合は、メタ位とパラ位の両者にランダムに反応してしまうという欠点がありました。その結果、反応の選択性はメタ位に約67%、パラ位に約33%というのがこれまでの常識でした。研究グループは、触媒を適切に設計すれば、この常識を覆して、パラ位選択的なホウ素化反応が実現できると考えました。特にイリジウムに配位して触媒の性質を制御する「配位子」に着目し、これまで主に用いられていた窒素系配位子の他にリン系配位子も数多く試しました。その結果、かさ高い二座リン配位子を用いた場合に、パラ位のホウ素化が最大91%と高選択的に進行することを発見しました。これは、イリジウム周りがかさ高くなったために、置換基と配位子の立体反発によりメタ位の炭素水素結合がイリジウムと反応しにくくなったためと考えられます。実際に、ベンゼン環上の置換基をだんだん小さくしていくとパラ位の選択性が下がっていくことが分かりました。

図2 今回開発したイリジウム触媒によるベンゼン環のホウ素化反応

今回開発したパラ位ホウ素化反応の有用性は、パーキンソン病治療薬「カラミフェン」の迅速誘導化へ応用することによって実証されました。反応は、カラミフェンのアミノ基やエステルといった極性官能基の存在下でも問題なく進行し、目的とするパラ位ホウ素化体を選択的に得ることに成功しました。これに対して既存のホウ素置換基変換反応を適用することで、それぞれわずか2段階で5種類のカラミフェン誘導体を合成することに成功しました。カラミフェンのようにベンゼン環をもつ医薬品化合物や機能性材料化合物は無数に存在します。それら医薬品や機能性材料のベンゼン環のパラ位を変換することで、その性能・機能を大きく変える可能性を秘めていることから、今回開発した方法は非常に画期的であり合成化学の戦略を一変させる可能性があります。

図3 カラミフェンのベンゼン環パラ位ホウ素化を経た2段階誘導化

<まとめと今後の展望>

本研究によって、ベンゼン環のパラ位を自在に官能基化する新たな手法が確立されました。ベンゼン環上の置換基がある程度大きくなければいけないという制約があるものの、カラミフェンの誘導化で示されたように本反応の有用性は非常に大きいと考えられます。今後は触媒の改良によってさらなる汎用性の獲得を目指すとともに、今回開発した反応を利用した有用物質の探索研究への応用を行う予定です。

<用語解説>

注1) 置換基
1原子もしくは複数の原子からなる、分子の部分構造。母体となる分子の水素原子を置き換えたと考えるため「置換基」と呼ばれる。

図

注2) イリジウム触媒によるベンゼン環上の水素のホウ素化反応

図

ベンゼン環上の水素を変換することのできる非常に有用な反応。置換基の両隣の水素は反応しないため、2つの置換基をもつベンゼン環に対しては反応点が1ヶ所に定まる(上段の反応式)が、置換基を1つだけもつベンゼン環に対しては1:2の割合でパラ位とメタ位の2種類の生成物ができてしまう(下段の反応式)という問題があった。

<掲載雑誌、論文名、著者>

掲載雑誌 Journal of the American Chemical Society(米国化学会誌)
論文名 para-C–H Borylation of Benzene Derivatives by a Bulky Iridium Catalyst
(かさ高いイリジウム触媒によるベンゼン類縁体のパラ位C–Hホウ素化反応)
著者 Yutaro Saito, Yasutomo Segawa, Kenichiro Itami
(齋藤 雄太朗、瀬川 泰知、伊丹 健一郎)
doi 10.1021/jacs.5b02052

<お問い合わせ先>

名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)
JST−ERATO 伊丹分子ナノカーボンプロジェクト
伊丹 健一郎
Tel/Fax:052-788-6098 E-mail:
瀬川 泰知
Tel/Fax:052-789-5916 E-mail:

ホームページ(研究室)http://synth.chem.nagoya-u.ac.jp/
ホームページ(ITbM)http://www.itbm.nagoya-u.ac.jp
ホームページ(ERATO)http://www.jst.go.jp/erato/itami/

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