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平成27年4月10日

東京工業大学
科学技術振興機構(JST)

液晶性を活用した高性能有機トランジスタ材料を開発
〜高い耐熱性と酸化物半導体並みの高い移動度実現〜

東京工業大学 像情報工学研究所の半那 純一 教授、飯野 裕明 准教授らは、液晶性注1)を付与した高性能な有機トランジスタ材料の開発に成功した。この材料は、均一で平坦な薄膜が容易に形成できる液晶薄膜を前駆体として用いて結晶薄膜を作製することにより、酸化物半導体(IGZO)並みの10cm/Vsを超える高い移動度注2)を実用性の高いボトムゲート・ボトムコンタクト型トランジスタ注3)で実現できる。さらに、この材料は、低分子有機トランジスタの材料の問題点であった均一性と耐熱性を大幅に改善できることから、素子間のばらつきの小さい実用性の高い有機薄膜トランジスタの実現につながる成果といえる。将来、実用化が期待されるプリンテッドエレクトロニクス注4)用半導体の材料基盤技術として期待される。

研究は科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(CREST)「ナノ科学を基盤とした革新的製造技術の創製プログラム(堀池 靖浩 研究総括)」により実施した。研究成果は日本時間4月10日発行の英国科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」オンライン版に掲載される。

<研究の背景>

近年、有機半導体を用いた電子デバイスの開発が進み、複写用の感光ドラム注5)に続いて、有機エレクトロルミネッセンス(EL)素子が実用化された。さらに液晶や有機ELディスプレー、電子ペーパー等の画像表示を駆動するアクティブマトリックス注6)RFICタグ注7)などへの応用を目的として有機トランジスタの開発が急ピッチで進められている。

従来、このような応用に用いる半導体材料は、移動度の点から、アモルファス(非晶質)シリコンや多結晶シリコン、あるいは最近、実用化された酸化物半導体(IGZO)などの無機半導体材料の独壇場だった。しかし、1990年代後半になり、ペンタセン注8)をはじめとする有機半導体材料の結晶薄膜を用いた有機トランジスタがアモルファスシリコンを超える、1cm/Vs以上の高い移動度を示すことが明かにされて以来、こうした応用にも有機半導体の利用が注目されるようになった。

さらにもう一つ、有機半導体の利用が注目される背景には、プリンテッドエレクトロニクスの開発がある。この技術は、従来、行われてきた真空プロセスによる製膜やフォトレジストを用いたパターニングを用いたデバイスに代わって、溶液プロセスや印刷技術を活用した製膜とパターニングを用いることにより、大掛かりな設備を必要とせず、安価にデバイスを作製することを可能にする。さらに、150℃程度の低温でデバイスの作製できれば、従来のガラス基板に代わって、安価で柔軟性に富むプラスチック基板が利用できるため、フレキシブルなデバイスの作製が可能になる。

プリンテッドエレクトロニクスを実現するためには、トランジスタも、溶液プロセスにより形成できる必要がある、さらに、熱に弱いプラスチック基板を用いるためには、従来の無機半導体材料では実現が困難な150℃以下の低温プロセスによりトランジスタが形成ができることが必須で、それを可能にする半導体材料が必要となる。その最も有力と考えられている半導体材料が有機半導体である。しかし、これまで多くの有機トランジスタ用半導体材料が合成されてきたが、トランジスタの信頼性や素子間のばらつきの抑制に不可欠な、均一性に優れた結晶薄膜の作製が困難であること、また、デバイス作製に不可欠な熱プロセスに対する耐熱性が100℃程度と低いという問題点を残していた。また、移動度も3cm/Vs程度に留まり、実用的に必要なプロセス適性と高移動度を兼ね備えた材料は実現できていなかった。

有機トランジスタに用いる有機半導体材料には、大別すると低分子系材料と高分子系材料がある。低分子系材料は精製が容易で、高品質の結晶を得やすい半面、均一で表面平坦性に優れた結晶薄膜を得ることが困難で、また耐熱性が低いという問題がある。これに対し、高分子系材料は成膜性、耐熱性に優れる半面、結晶性が低く、高い移動度を示す薄膜を得るためには200℃を超える高温での熱処理が必要となる。それに加え、材料の精製、分子量分布の制御、合成の信頼性など高分子材料特有の問題点がある。

それぞれの材料の問題点の克服は実用的な材料の開発に不可欠だが、実際には、これらの長所と欠点はこの場合、トレードオフの関係にあるため、解決が困難なのが現実である。

<研究成果>

東工大の半那教授らはCRESTで行われた研究課題、「液晶性有機半導体材料の開発」に係わる基礎研究の成果をもとに、液晶性をトランジスタ材料に付与することにより、低分子系材料の課題であった成膜性、耐熱性の改善を実現したばかりでなく、酸化物半導体に匹敵する10cm/Vsを超える高移動度を実現する高性能な液晶性有機トランジスタ材料(Ph−BTBT−10)(図1)を開発した。

この物質は、「結晶に如何に揺らぎを与えて、高い秩序性を持つスメクチック液晶相を発現させるか」という考えに基づいて開発された分子設計の指針により、設計されたもので、狙い通り、142℃から210℃の温度領域で、結晶相にきわめて近いスメクチックE相注9)を発現する。この液晶相の発現により、結晶膜は温度が上昇して液晶相に転移したとしても、結晶に近い固体様の液晶相のおかげで、膜形状は保持され、温度が下がると再び、結晶薄膜に戻る。これにより、耐熱性が確保される。実際、この材料で作製したトランジスタは、スメクチックE相を発現する142〜210℃の温度領域においても素子構造を保つ。このため、トランジスタを作製後、配線や素子の保護層の形成などに必要な熱処理プロセスに200℃まで耐えることができる。

この材料の溶液を用いて、結晶薄膜を作製する際、液晶相温度で製膜することによって、均一で平坦性に優れた液晶薄膜をまず作製。これを室温まで冷却することによって結晶薄膜を作製すると、均一性が高く、分子ステップ・テラス構造注10)が観測されるほど平坦な結晶膜が容易に得られることが分かった(図2)。成膜温度の低温化も可能で、溶媒の選択により、40℃までの低温化にも成功した。

Ph−BTBT−10は、液晶性に由来するこのような優れた特性に加え、もう一つ優れた特性を示すことが見出された。この材料で作製した結晶薄膜は120℃、5分程度の短時間の熱処理により、移動度が約1桁向上する。この物質の単結晶のX線構造解析、相転移、熱処理に伴う熱容量特性や原子間力顕微鏡(AFM)による表面形状の観察から、熱処理に伴って、単分子層構造から、2分子層構造へと結晶構造が変化(図3)することが分かった。この移動度の大幅な向上は、結晶構造の変化に伴って、分子層内の分子配置が変化し、電荷の移動が改善されたことによるものと考えられる。

Ph−BTBT−10のトランジスタ材料としての高い可能性を実証するため、5枚の基板に多結晶薄膜を形成し、この結晶膜を用いて、より実用的な素子構造であるボトムゲート・ボトムコンタクト型トランジスタを作製し、その特性を評価した。その結果、図4に示すように、一般に、すぐれた特性を示すボトムゲート・トップコンタクト型トランジスタ注11)に劣らず、ボトムコンタクト型トランジスタにおいても、優れたトランジスタ特性を示すばかりでなく、酸化物半導体(IGZO)に匹敵する10cm/Vsを超える高い移動度を示すことが分かった。トランジスタの平均移動度は11.2cm/Vs(標準偏差1.17、最大移動度13.6cm/Vs)で、均一性と再現性にも優れるばかりでなく、素子特性の点から見ても、Ph−BTBT−10の結晶膜で作製したトランジスタは高い耐熱性(図5)を持つことを実証することができた。

<今後の展望>

今回の成果は、三つの大きな意味がある。一つは、低分子系有機トランジスタ材料の問題点であった耐熱性と成膜性を高い秩序性を有する液晶相を発現させることにより解決したこと。この考え方は、分子構造が異なる他の低分子系トランジスタ材料についても普遍的に成り立ち、材料の一つの基盤技術として材料開発に活かすことが可能だ。

二つ目は、10cm/Vsを超える高移動度を実用性の高い、作製容易な多結晶薄膜で実現したこと。従来、有機トランジスタにおいて、酸化物半導体に匹敵する10cm/Vsを超える高移動度は有機トランジスタ用材料の単結晶薄膜でしか実現されていなかった。多結晶膜による高移動度の実現は素子の応用範囲を広げるばかりでなく、素子間のばらつきの大きい単結晶膜を用いる場合に比べて、特性のそろったトランジスタの作製を可能にする。高移動度を溶液プロセスによる多結晶薄膜で実現できることを実証したことは、有機トランジスタの実用化を進める上で、実現可能な高移動度の一つの目安を与えることになる。

三つ目は、今回、観測された結晶膜の2分子層構造への構造変化に起因する大幅な移動度の向上。これは、従来、高移動度を求めて、分子の化学構造の設計に終始するトランジスタ材料開発の取り組みに対し、新しい材料設計の可能性を示したもので、新材料開発の可能性が広がる。

今後、これらの知見を活用し、実用性を兼ね備えた高移動度の有機トランジスタ材料が開発されると期待される。プリンデッドエレクトロニクス技術の開発が進めば、将来、液晶(液晶性有機半導体)によって駆動される、安価で薄型・軽量、フレキシブルな液晶テレビや有機ELディスプレーの実現も夢ではない。

<参考図>

高次の秩序性をもつ液晶相を発現する新規有機トランジスタ材料

図1 新規液晶性有機トランジスタ用材料 Ph−BTBT−10の化学構造

特徴

Ph−BTBT−10はアルキル基がPh−BTBT骨格の片側だけ置換した構造をもち、結晶相への相転温度が冷却時と加熱時で結晶相/スメクチックE相転移温度が異なる。このため、一旦、結晶化した膜は、142℃まで結晶膜として振る舞う。

110℃(液晶相温度)でスピンコート法により作製した多結晶薄膜

図2 Ph−BTBT−10を用いて、110℃でスピンコート法により作製した多結晶薄膜の顕微鏡写真と
共焦点レーザ顕微鏡(左)、および、原子間力顕微鏡により観察した多結晶膜の表面形状(右)

特徴

液晶相温度で製膜した均一で平坦性に優れた液晶膜(前駆体)を冷却することによって作製した多結晶薄膜は、液晶薄膜の均一性と平坦性を引き継いで結晶化するため、均一で、分子ステップが観測されるほどの平坦性に優れた結晶膜を作製することができる。

結晶薄膜の熱アニールに伴う結晶構造の変化

図3 Ph−BTBT−10結晶薄膜の熱処理による推定される結晶構造の変化

特徴

120℃5分の熱処理により,結晶薄膜は単分子層からなる凝集構造から、2分子層構造をもつ結晶薄膜に変化する。

ボトムゲート・ボトムコンタクト型トランジスタの優れた特性

図4 Ph−BTBT−10の多結晶薄膜を用いたトランジスタの動作特性

特徴

ヒステリシスもなく、安定したトランジスタ特性を示す。
ボトムコンタクト・ボトムゲート型にも関わらず、移動度は熱処理後で10cm/Vsを超える高い移動度を示す。

作製したトランジスタの高い耐熱性

図5 Ph−BTBT−10の多結晶薄膜を用いて作製した、
ボトムゲート・ボトムコンタクト型トランジスタの熱安定性

特徴

高次の秩序性を持つスメクチックE相を発現するPh−BTBT−10では、スメクチックE相の温度領域で加熱されても薄膜形状を保つことができる。200℃で、5分間加熱した後、室温で測定したトランジスタ特性は移動度の低下は見られるものの、3cm/Vsを超える高い移動度を示す。

<用語解説>

注1) 液晶性
一般の物質は、融点において、3次元的な長距離の秩序性をもつ結晶から、ランダムな分子凝集形態をとる液体へと転移する。有機物の中には、結晶から温度を上げると、結晶にみられる分子配向や分子位置に関する秩序性の一部が失われ、ランダムな凝集形態をとる液体に比べて秩序性をもつ凝集状態(液晶相)が自発的に形成されるものがある。このような凝集状態(液晶相)を発現する特性を液晶性という。液晶性は、芳香環などからなる棒状、あるいは、円盤状の分子構造に柔軟な炭化水素鎖を置換した構造を持つ分子にしばしば現れる。液晶相は多様で、液晶表示に用いられる配向秩序性のみを残し、液体性の強いネマチック相から、ここで取り扱う結晶にきわめて近い秩序性を持つスメクチックE相など、多数の液晶相が知られている。
注2) 移動度
物質中で電荷が移動する際の移動のしやすさを表す物性値で、単位電場(1V/cm)当たりの電荷の移動速度のこと。単位電場(1V/cm=1cmあたり1ボルト)をかけた時の電荷(電子または正孔)の移動速度(1cm/s=毎秒1cm)。したがって単位はcm/Vsで表す。半導体材料の電気的特性の優劣を判断する指標となる。
注3) ボトムゲート・ボトムコンタクト型トランジスタ

図

電界効果トランジスタの素子構造の一つで、図の様に、ゲート絶縁膜上に、ソース、ドレイン電極を配置し、その上に半導体層を配置した構造のトランジスタ。素子の作製が容易で、溶液プロセスを用いてソース、ドレインの形成を行う場合、有機半導体層のダメージを防ぐことができるため、有機半導体を用いた実用素子の作製に採用されている。
注4) プリンテッドエレクトロニクス
従来の電子デバイスでは、基板上にCVD法や真空蒸着法などの真空プロセスを用いて、半導体、絶縁膜、電極などを成膜し、レジストを用いてパターニングを行い、素子を作製するが、このようなプロセスに代わり、成膜とパターニングを同時に行うことができる印刷技術を用いて、半導体、絶縁膜、電極などを形成することを特徴とするエレクトロニクスをプリンテッドエレクトロニクスという。製造設備のコストが安価であるばかりでなく、素子の高い生産性と安い生産コストが期待される。
注5) 複写機用感光ドラム
アルミドラム上に、絶縁性のポリマー材料と有機半導体からなる薄膜を形成した構造を持ち、複写機やレーザプリンタでコピーやプリントを作る際に用いられる。かつては、材料に無機半導体である非晶質のセレン薄膜が用いられたが、現在は、安価で作製が容易な有機半導体薄膜が用いられている。
注6) アクティブマトリックス
ディスプレーにおいて、画素の高速駆動と画素間の干渉を抑制するため、個々の画素にスイッチを設置し、画像のマトリックス表示を可能にする装置。スイッチング素子には一般に薄膜トランジスタ(TFT)が用いられ、その半導体には、アモルファスシリコン、多結晶シリコン、酸化物半導体が用いられている。
注7) RFICタグ
無線(RF)を利用してICチップの中のデータを非接触で読み書きする素子で、データを記録するICチップと小型のアンテナで構成される。個々の「モノ」のタグを取りつけることで、非接触で「モノ」を識別することができるため、バーコードなどでは実現が困難であった「モノ」の管理や配送・集計業務の効率化が図れるため、低コスト化による普及が期待されている。
注8) ペンタセン

図

有機トランジスタ材料として広く研究が行われている物質で、図のような化学構造をもち、真空蒸着法により作製される結晶薄膜をトランジスタの作製に用いる。移動度は〜1cm/Vsの値を示す。大気中で酸化されやすく、実用素子に用いることは難しい。また、溶媒に不溶なことから、溶液プロセスを用いたトランジスタの作製はできない。
注9) スメクチックE相
液晶物質が示す分子が層状に凝集した液晶相(スメクチック相と呼ばれる)の一つで、分子層を形成する分子が矩形の配置をとり、さらに、層間にも秩序性を持つ、極めて結晶に近い秩序性を持つ液晶相である。限定的ではあるが、ある程度、3次元の秩序性を示すことから、結晶学的には結晶相の一つ(Crystal E)として、取り扱われることもある。結晶に近い秩序を持つため、流動性はなく、分子結晶に近い様態を示す。
注10) 分子ステップ・テラス構造
分子長に対応した段差構造(ステップ)と分子層からなるテラス状の構造をいう。結晶薄膜の場合、この構造は、分子スケールで膜が平坦であることを示す。この観察には、原子力顕微鏡や電子顕微鏡などが用いられる。
注11) ボトムゲート・トップコンタクト型トランジスタ

図

電界効果トランジスタの素子構造の一つで、図の様に、ゲート絶縁膜上に半導体層を配置し、その上にソース、ドレイン電極を配置した構造のトランジスタ。有機半導体上に、真空蒸着などの手法により金属電極を形成すルため、一般に、有機半導体層と電極材料の電気的接触が良く、ボトムコンタクト型素子比べて、高い移動度が得やすい。

<掲載雑誌、論文名、著者>

掲載雑誌 Nature Communications(ネイチャー・コミュニケーションズ)
論文名 Liquid crystals for organic thin-film transistors
(有機薄膜トランジスタのための液晶)
著者 Hiroaki Iino, Takayuki Usui, Jun-ichi Hanna
(飯野 裕明、臼井 孝之、半那 純一)
doi 10.1038/ncomms7828

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