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平成27年3月24日

東京大学
科学技術振興機構(JST)

世界最薄のリボン!?
〜トップダウンとボトムアッププロセスの融合によるグラフェンナノリボンの形成に成功〜

発表のポイント

東京大学 生産技術研究所の竹内 昌治(タケウチ ショウジ) 教授と李 源哲(リ ウォンチュル) 特任助教は、無機ナノマテリアルがグラフェン上に自発的に規則正しく整列する(自己組織化する)現象を応用して、単層グラフェンの帯状構造(以下、グラフェンナノリボン注1))を独自の手法で形成することに成功しました。本手法によるグラフェンナノリボンの作製は、シリコンに代わる半導体素材として注目されているグラフェンの利用可能性を大きく高めると期待されます。

竹内教授らは、まず、常温の水溶液中でシアン化金がグラフェン上にナノサイズの繊維状構造(以下、ナノワイヤ)を自己組織化することを発見しました。従来、グラフェン上に有機物を自己組織化させることは可能でしたが、無機物を自己組織化させるにはグラフェンの表面を加工するか、高温下で無機物を蒸発させて付着させるなどの特殊な方法を用いる必要がありました。今回竹内教授らは、金を含む室温の水溶液に表面を加工していない純粋なグラフェンを浸すことで、温和な条件下でナノワイヤが自己組織化されることを見いだしました。

作製されたナノワイヤは、グラフェンの結晶構造に沿って整列しており、これを観察することで間接的にグラフェンの結晶構造を知ることができます。ナノワイヤはグラフェンに比べて簡単に観察できるため、これを利用することでグラフェンの結晶構造解析にかかる手間と時間を減らすことができると期待されます。

次に、このナノワイヤをもとにしてグラフェンをエッチング注2)することで、ナノリボンを作製することに成功しました。ナノリボンは幅が約10nm(ナノメートル、1nmは100万分の1mm)、厚さが炭素原子1個分の極めて薄い帯状の構造体です。グラフェンナノリボンは、半導体デバイスやバイオセンサなどとして利用できる可能性があり、次世代の半導体素材として期待されているグラフェンの応用可能性を大きく広げるものとして期待されます。

本成果は、学術誌「Nature Nanotechnology」にて公開されます。

本研究は、カリフォルニア大学バークレー校、蔚山科学技術大学校、ハーバード大学、建国大学校、ローレンス・バークレー・ナショナル・ラボラトリーとの共同研究により行われました。

なお、本研究は科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)「竹内バイオ融合プロジェクト」の一環として行われました。

研究の背景と経緯

大きさがナノメートル(nm)サイズ以下である素材「ナノマテリアル」がものづくりの世界で注目を集めています。カーボン、金属、有機物など、さまざまな素材からなるナノマテリアルが電化製品から化粧品まで身の回りの多彩な製品に利用されています。

ナノマテリアルは、その小ささにより、反応性・強度・電気的性質などにおいて通常の物質とは大きく異なる性質を示すことから、次世代の素材として期待されています。特に、ナノマテリアルの分子が規則正しく並ぶことで、さらに優れた特性が発揮されることがあるため、何らかのパターンに沿って分子を自発的に整列させる(自己組織化させる)技術の研究開発が積極的に進められています。

このようなナノマテリアルの基板としてはこれまでシリコンが多く用いられてきました。その一方で、強度が高く、分子構造が明らかになっているなどの特長から近年注目を集めている基板素材がグラフェンです。これまで、グラフェン上に有機物を自己組織化させる研究は行われてきましたが、無機物の自己組織化の研究は進んでいませんでした。i)基板となるグラフェンに人工的に傷を付ける、ii)高温状態で無機物を蒸発させて付着させる、iii)媒体となる物質を添加する、といった手法が試みられてきましたが、純粋なグラフェン上に無機ナノマテリアルを規則正しくかつ効率的に自己組織化させるには至っていませんでした。

また、ナノサイズのグラフェンの一種として、グラフェンナノリボンを作製する方法も研究が進められています。しかし、ジグザグ型注3)アームチェア型注3)の2種類あるグラフェンナノリボンのうち、ジグザグ型は作製が極めて難しく、2種類のグラフェンナノリボンを作り分ける技術はいまだに確立されていません。

研究内容

今回竹内教授らは、上記i)、ii)、iii)のどの方法も使わずに、シアン化金(AuCN)の微細な繊維状構造(ナノワイヤ)を常温下でグラフェンの基板上に形成・整列させることに成功しました。グラフェンと金を酸化剤であるペルオキソ二硫酸アンモニウム水溶液中に入れ、室温で17時間静置したところ(図1)、グラフェン上にジグザグ状の構造が多数観察されました(図2)。このジグザグ形状は、ナノワイヤがグラフェンの結晶格子注4)に沿って集合・整列することによって形成されていることが、透過型電子顕微鏡注5)を用いた解析により明らかになりました(図3)。一般に、グラフェン上への無機ナノワイヤの整列は、双方の結晶の格子定数注6)の差が約28%以内の場合に起こりうると考えられていますが、今回のナノワイヤとグラフェンの格子定数の差は、ナノワイヤの長さ方向で約3.3%、太さ方向で約6%から10%であることが観測により示され、整列が起こりうる範囲内であることが明らかになりました。

竹内教授らが得たナノワイヤの大きさは、平均で長さが約94.7nm、太さが約10.1nm、厚みが約3.29nmでした。また、X線を利用した結晶構造解析や透過型電子顕微鏡を用いた観察等により、ナノワイヤの成分がシアン化金であることが示唆されました。

従来の無機ナノワイヤは傷のあるグラフェン上でしか整列させることができませんでしたが、竹内教授らはナノワイヤが純粋かつ平滑なグラフェン上に整列していることも明らかにしました。ラマン分光法注7)や透過型電子顕微鏡を用いて、ナノワイヤの整列したグラフェン基板が無傷であることを観察したほか、傷のあるグラフェンやアモルファス注8)グラフェン上にはナノワイヤが整列しないことが実験によって確かめられました。

竹内教授らは、このようにして作製したナノワイヤを利用して、グラフェンからなるナノリボンを作ることに成功しました。まず、ナノワイヤを覆いとしてグラフェンをエッチングし、ついでナノワイヤを除去することで、グラフェンナノリボンが得られました。このグラフェンナノリボンは幅が約10nm、厚みが1nm以下であり、厚みはわずか炭素原子1個分しかないと示唆されます。これまでに提案されてきたグラフェンナノリボンの作製方法では、アームチェア型とジグザグ型のグラフェンナノリボンの作り分けは実現されていませんでしたが、今回得られたグラフェンナノリボンはジグザグエッジ方向に整列しており、ジグザグ型のグラフェンナノリボンが形成されている可能性があります。

さらに、電子ビームの照射や加熱でナノワイヤを分解することにより、ナノサイズのシアン化金粒子が連なった鎖状の構造「ゴールドナノパーティクルチェーン」が作製できることも明らかになりました。

今後の展開

今回竹内教授らが開発した手法を利用すると、ナノワイヤの配列を介して、透過型電子顕微鏡や走査型電子顕微鏡注9)でグラフェンの結晶構造を間接的に観察することができます。現状では、結晶構造の観察には透過型電子顕微鏡のほかに走査型トンネル顕微鏡注10)が用いられていますが、試料の準備に特殊なプロセスが必要で、時間がかかるという課題がありました。今回開発した方法を利用することで、簡便に結晶構造を解析できるようになる可能性があります(図4)。

グラフェンナノリボンは、スピントロニクス用のデバイス注11)の部品として利用できると期待されます。今回開発された手法を用いると、ジグザグ型グラフェンナノリボンの作製効率が大きく上昇すると考えられます。また、規則正しく配列したゴールドナノパーティクルは、グラフェン結晶の観察ツールや、タンパク質・DNAなどを高い精度で検出するバイオセンサ技術などに応用できる可能性があります。

<発表雑誌>

雑誌名 Nature Nanotechnology
論文タイトル “Graphene-templated directional growth of an inorganic nanowire”
(グラフェン基板上に配向する無機ナノワイヤ)
著者 Shoji Takeuchi、Won Chul Lee
doi 10.1038/nnano.2015.36

<参考図>

図1 本研究の概要

金を含む水溶液中にグラフェンを浸し、常温で静置すると、グラフェン上にシアン化金が自発的に整列し、ナノワイヤが形成されます。ナノワイヤはグラフェンの結晶構造に沿って約60°ごとに並んでいます。グラフェンナノリボンも同じ向きに生成されます。

図2 自己組織化されたグラフェンの整列の様子

  • (左) グラフェン上のナノワイヤの透過型電子顕微鏡観察像および電子線回折像(左図右上)。正三角形を形成するようにナノワイヤが整列している様子が観察できます。(右上)透過型電子顕微鏡によるナノワイヤの高倍率観察像。多数の平行な線が並んでいる部分がナノワイヤ。
  • (右下)左図をもとに、ナノワイヤの分布をグラフ化したもの。約60°ごとにナノワイヤが整列していることを定量的に示しています。左図の白棒は100nm、右上図の白棒は5nm。

図3 ナノワイヤの拡大像

  • (左)さらに高倍率の透過型電子顕微鏡で観察したグラフェン上のナノワイヤ。原子一つ一つが確認できます。
  • (右)左図の白枠Aの拡大図。ナノワイヤの長軸方向がグラフェンの結晶格子の方向と一致していることが分かります。左図の白棒は3 、右図の白棒は0.5nmm。

図4 異なる結晶構造が複合したグラフェン上にナノワイヤが自己組織化された様子

同じ領域を透過型電子顕微鏡(左)、走査型電子顕微鏡(中央)で観察したもの、および走査型電子顕微鏡での観察像に結晶格子を重ね、格子の構造の違いを色分けしたもの(右)。結晶構造の切り替わりに従って、ナノワイヤの整列の方向も変化していることがわかります。

図5 グラフェンナノリボンおよびゴールドナノパーティクルの作製方法

グラフェンナノワイヤは、ナノワイヤを覆いとしてグラフェンをエッチングし、さらにナノワイヤを除去することにより作製されます。また、ナノワイヤを電子ビームや熱で分解することで、グラフェンの結晶格子に沿ったゴールドナノパーティクルチェーンが作製されます。

図6 ナノワイヤ(左)および(右)グラフェンナノリボンの走査型電子顕微鏡像

どちらもグラフェンの結晶格子に沿ってジグザグ状に整列しています。白棒は100nm。

<用語解説>

注1) グラフェン、グラフェンナノリボン
炭素原子が六角形の網目状に結合したシート様の物質。厚みは炭素原子1個分と極めて薄い。長さや幅がナノメートルサイズの細長いグラフェンをグラフェンナノリボンと呼ぶ。
注2) エッチング
化学薬品などの腐食作用を利用した表面加工の技法。使用する素材表面の必要部分にのみ防食処理を施し、腐食剤によって不要部分を溶解侵食することで目的の形状を得る。今回は、ナノワイヤが配列したグラフェンを酸素(O2)プラズマでエッチングし、次いで水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液でナノワイヤを除去したところ、ナノワイヤに覆われた部分のグラフェンのみがリボン状に残った。
注3) ジグザグエッジ方向・ジグザグ型
グラフェンナノリボンは、エッジ(縁)の形状によりジグザグ型とアームチェア型に分類され、電気伝導性や磁性が大きく異なると考えられている。ジグザグ型(エッジがギザギザ状)は金属に近い性質を示し、アームチェア型(エッジが凹凸状)は金属に近い性質と半導体に近い性質の両方を示すと予想されている。
注4) 結晶格子
原子や分子が空間的に繰り返しパターンを持って配列しているような物質を結晶と呼び、その結晶を作っている原子や分子などの立体的な規則正しい配列構造のことを結晶格子と呼ぶ。
注5) 透過型電子顕微鏡
電子顕微鏡の一種で、数百倍〜数百万倍の広い倍率で試料を観察できる。試料に電子線をあて、透過してきた電子が作り出す干渉像を拡大して観察する。
注6) 格子定数
結晶格子の一辺の長さを表す値。
注7) ラマン分光法
物質の分子構造や結晶構造などを知る解析手法の1つ。光が物質に入射して分子と衝突すると、その一部は散乱される。散乱光の大部分は入射光と同じ波長(レイリー散乱光)であるが、入射光と異なった波長の光(ラマン散乱光)もごくわずかに含まれる。ラマン分光法では、このラマン散乱光を分析することで、分子レベルの構造を解析する。
注8) アモルファス
結晶とは対照的に、原子が不規則に配列した固体のこと。ガラスやゴムなどはアモルファスである。
注9) 走査型電子顕微鏡
電子顕微鏡の一種。電子ビームを試料に照射し、試料から放出される二次電子・反射電子・X線などを検出することで試料を観察する。透過型電子顕微鏡注5)では試料全体に電子線を照射するのに対し、走査型電子顕微鏡では細く直線的な電子線を少しずつずらしながら照射して試料の表面を網羅的にスキャンする。
注10) 走査型トンネル顕微鏡
非常に鋭く尖った探針を導電性の物質の表面または表面上の吸着分子に近づけ、流れるトンネル電流から表面の原子レベルの電子状態、構造などを観測する顕微鏡。
注11) スピントロニクス用のデバイス
電子が持つ「電荷」と「スピン」(回転する)という2つの性質のうち、従来のエレクトロニクス分野では電荷の移動(電流)のみが利用されてきた。それにスピン要素も加えて情報記録や伝達、動力として利用する分野をスピントロニクスと呼ぶ。すでにハードディスクのヘッド等として実用化が進んでいるが、将来的には電子デバイスの省エネ化や小型化を飛躍的に進めるコア技術となることが期待されている。

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竹内 昌治(タケウチ ショウジ)
東京大学 生産技術研究所 教授
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