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平成27年2月16日

名古屋大学
科学技術振興機構(JST)

市販の化合物から炭素のシートを一気に伸ばす
〜新触媒と新反応でナノグラフェンの精密合成が可能に〜

名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI−ITbM)、JST 戦略的創造研究推進事業 ERATO伊丹分子ナノカーボンプロジェクト、名古屋大学 大学院理学研究科の伊丹 健一郎 教授、伊藤 英人 講師、尾ア 恭平(大学院生)、川澄 克光(博士研究員)、柴田 万織(大学院生)は、次世代有機エレクトロニクス材料として期待されるナノグラフェンの精密合成に不可欠な新反応・新触媒の開発に成功しました。今回開発した手法を用いると、市販の化合物からわずか1段階で2次元炭素シートを拡張することができるため、様々な光・電子・磁気機能をもつナノグラフェンの創製が期待できます。本研究成果は、ネイチャー・コミュニケーションズ誌のオンライン版で2015年2月16日(日本時間)に公開されます。

図

<研究の背景と内容>

グラフェンは、炭素原子からなるシート状の平面物質のことを指し、その厚みはわずか原子1個分、およそ10億分の3メートルしかありません(図1)。グラフェンが初めて単離されたのは2004年のことであり、グラファイトから粘着テープを用いた機械的剥離を何度も繰り返すことで達成されました(2010年ノーベル物理学賞)。それから10年あまりが過ぎ、グラフェンは現在最も注目を集める材料の1つと認識されています。グラフェンの最大の特徴は既存の材料を凌駕する物理的特性にあります。特に、電気的特性については、現在ほとんどの半導体に用いられているシリコンの数百倍もの電子移動度をもつとも言われています。そのため、応用研究が進めば様々な電子機器(太陽電池やパソコンなど)の大幅な高性能化が実現できると期待されています。

グラフェンが無限に広がる蜂の巣シート構造をもつ一方、ナノメートル(10億分の1メートル)サイズの幅や長さをもつグラフェンを「ナノグラフェン」と呼びます(図1)。ナノグラフェンはグラフェンにはない磁性や電気的特性をもち、またそれらの物性は幅、長さ、端の構造に強く依存することがわかっています。そのため、ナノグラフェンの特性を最大限に活かすにはナノメートルオーダーでの構造制御が必須です。

この魅力的なナノグラフェンを合成すべく、現在までに様々な研究が世界中で行われてきました。しかし、構造を精密に制御して合成することは難しく、ほとんどの場合様々な大きさや構造をもつナノグラフェンの混合物を得るに留まっています。これまでナノグラフェンの精密合成を達成した数少ない例では、ナノグラフェンの部品となるベンゼン誘導体を何段階にもおよぶ工程を経て連結(カップリング反応注1))したのちに、最後にベンゼン環のシート化反応を施して、ナノグラフェンを合成していました(図2)。しかし、これらの反応では合成に多段階を必要とし、かつ最終段階のシート化反応が非常に難しく、副反応の進行や収率の大幅な低下がみられるなどの合成上の致命的欠点をいくつも抱えていました。

今回、伊丹教授らのグループは、多環芳香族炭化水素という市販の化合物群(グラフェンのかけらと見なせる)を出発原料に用いて、これを鋳型にして炭素の2次元シートを一気に伸ばす反応を開発しました(図2)。APEX反応と名付けられた今回の新反応(nnulative π(i)−extensionの頭文字をとった)はナノグラフェン類をわずか一段階で合成することを可能にします。新しい触媒(カチオン性パラジウム・オルトクロラニル触媒)と新しいシート伸長剤(ジベンゾシロール)を開発できたことが、今回の理想的ナノグラフェン合成が実現した鍵となりました。

伊丹教授らが用いた「鋳型」は、多環芳香族炭化水素という市販の化合物群です(図3)。これは石油から安価に入手でき、不完全燃焼で生じる煤(すす)や土星のリング、隕石などにも含まれる興味深い化合物です。ただ、多環芳香族炭化水素は入手が容易である一方、その反応性はあまり高くありません。特に、本研究で目指した炭素シートの伸長反応では、通常は不活性な多環芳香族炭化水素の炭素−水素結合を活性化させる必要があるため、極めて高活性な触媒を開発しなければいけませんでした。さらに、鋳型からの伸長方向についても厳密に制御する必要があるため、多環芳香族炭化水素の位置選択的な活性化も要求されていました。伊丹教授らは量子化学計算による精密な触媒設計によって、カチオン性パラジウム・オルトクロラニル錯体という高い反応性と高い位置選択性を兼ね備えた触媒を開発することに成功しました(図3)。

また、炭素シート伸長反応を達成するにはシート伸長剤の選択も極めて重要で、膨大な実験からジベンゾシロールと呼ばれる有機ケイ素化合物がこれに最適であることを発見しました(図3)。これまでジベンゾシロールはそれ自身のユニークな物理的・光学的性質に興味がもたれ、様々な類縁体が合成されてきました。しかし、今回のようなナノグラフェン合成はおろか、合成反応の部品として用いられたことはありませんでした。これまで注目されていなかった化合物に新たな価値を見出したことで、関連研究にもインパクトを与えると予想されます。

本反応は、用いる鋳型(多環芳香族炭化水素)とシート伸長剤(ジベンゾシロール)の構造を変えるだけで、多様な構造のナノグラフェンを合成できるという特徴をもっています(図4)。また、これまで困難であった大スケールのナノグラフェン合成も可能であることから、工業化に向けても極めて実用的な反応であると言えます。異なるシート伸長剤を順番に作用させて設計図通りにナノグラフェンを精密合成することも可能になりました。また、わずか2回の操作で鋳型の4倍以上の長さのナノグラフェンが合成できることもわかりました(図4)。

本研究では、鋳型からの伸長方向を厳密に制御することにも成功しています。すなわち、開発したカチオン性パラジウム・オルトクロラニル触媒は多環芳香族炭化水素(鋳型)のK領域注2)のみを活性化するため、この位置での炭素シートの伸長しか起こりません。さらに、このような特異な位置選択性(方向選択性)が発現する反応機構を量子化学計算によって明らかにすることにも成功しました。これにより得た基礎化学的知見は、今後合理的に新反応・新触媒を開発するためにも極めて重要です。

<まとめと今後の展望>

今回、伊丹教授らはナノグラフェンの簡便かつ精密な合成を可能にする新反応、新触媒、新反応剤の開発に成功しました。本法は従来法と比較して、工程数、操作性、構造制御の面で圧倒的に優れたナノグラフェン合成法です。また、「鋳型のもつ構造情報をもとに、方向を決めながら炭素のシートを伸ばす」という極めて直感的な合成法が確立されたことで、様々な構造と機能をもつナノグラフェンを設計図通りに合成する道が拓けました。現在グラフェン・ナノグラフェンは、高速トランジスタ、タッチパネル、半導体メモリ、太陽電池、ナノ電極など様々な応用研究が行われています。いずれの研究でも「構造的に純粋なナノグラフェン」が今後必要になるため、今回の新技術のもたらす波及効果は極めて大きいと考えられます。

<参考図>

図1 グラフェンとナノグラフェン

図2 これまでのナノグラフェン合成法と今回のナノグラフェン合成法

図3 入手容易な鋳型分子、新しい触媒、新しいシート伸長剤

図4 本合成法でつくれるナノグラフェンの代表例

<用語解説>

注1) カップリング反応
分子と分子を結合させる反応の総称。代表的なカップリング反応として、2010年のノーベル化学賞の授賞研究として知られる鈴木−宮浦カップリング反応があります。鈴木−宮浦カップリング反応はパラジウムを触媒として、有機ホウ素化合物と有機ハロゲン化物を連結します。
注2) K領域
下図に示すように、グラフェンや多環芳香族炭化水素の周囲構造にはアームチェア端とジグザグ端があります。アームチェア端の凸部分(黄色の部分)をK領域と呼びます。

図

<掲載雑誌、論文名、著者>

掲載雑誌 Nature Communications(ネイチャー・コミュニケーションズ)
論文名 “One-shot K-region-selective annulative π-extension for nanographene synthesis and functionalization ”
(ナノグラフェンの合成と官能基化のための一段階K領域選択的環化π拡張反応)
著者 Kyohei Ozaki, Katsuaki Kawasumi, Mari Shibata, Hideto Ito, Kenichiro Itami
(尾ア 恭平、川澄 克光、柴田 万織、伊藤 英人、伊丹 健一郎)
doi 10.1038/ncomms7251

<お問い合わせ先>

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JST ERATO伊丹分子ナノカーボンプロジェクト
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