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平成26年12月9日

慶應義塾大学
科学技術振興機構(JST)

磁気の流れ(スピン流)の増大原理を初めて解明
〜電子スピンを利用した省エネルギーデバイスの実現に一歩前進〜

ポイント

慶應義塾大学 理工学部の安藤 和也 専任講師らは、磁気の流れ「スピン流注1)」の増大原理を世界で初めて明らかにしました。

電子は電気と磁気両方の性質を併せ持っており、電気の流れである電流のみを利用してきた従来のエレクトロニクスに対し、磁気(スピン)の流れ「スピン流」を利用することで次世代の省エネルギーデバイスの実現を目指すスピントロニクスに関する研究が近年世界的規模で進められています。スピン流の示す最大の特徴は、電流を流さない絶縁体中でもマグノン注2)と呼ばれるスピンの波を利用できる点にあり、この性質を利用することで、電流だけでは実現不可能であった新原理のデバイスを生み出せると期待されています。

今回、絶縁体から金属へと流れ出すスピン流を精密に測定することで、スピン流量が絶縁体中のマグノンの寿命によって決定されていることが初めて明らかになりました。寿命の長いマグノンを作り出すことでスピン流を増大できるという、これまで未知であったスピン流の増大原理を解明したものです。この発見は、現在世界中で研究が進められているスピン流利用技術の基盤となる知見であり、電流の代わりにスピン流を用いることでエネルギーロスを極限まで抑えた次世代省エネルギー電子技術への大きな推進力となることが期待されます。

本研究成果は、2014年12月9日(英国時間)に英国科学誌「Nature Communications」で公開されます。

<研究の背景と経緯>

私たちの身の回りにあるスマートフォンやパソコンといった電子機器は電流により動作しています。しかし金属や半導体に電流を流すと、物質の持つ電気抵抗に由来するジュール熱と呼ばれるエネルギー損失が発生します。電流を利用する限りこのような多大なエネルギー損失を避けることは原理的に不可能であり、最近の電子デバイスの開発における深刻な問題となっています。

このような状況を根本的に打開する方法として、電子の電気的性質(電荷)の流れである電流の代わりに、電子の磁気的性質(スピン)の流れである「スピン流」に基づく電子技術に関する研究が世界中で進められています。スピン流は、図1(a)のように波として伝わることで電流を流さない絶縁体中でも利用できるという重要な性質を持っており、このようなスピンの波は「マグノン」と呼ばれています。マグノンにより運ばれるスピン流は金属・半導体を電子の運動によって流れるスピン流(図1(b))へも変換することができ、このような特徴を持つスピン流を自在に操ることで、電流のみを利用してきた電子技術の限界を突破するような省エネルギーデバイスの新しい原理が生み出されます。

<研究の内容>

今回、絶縁体から金属へと流れ出すスピン流とマグノンの寿命を同時に精密に測定することで、このスピン流の大きさが絶縁体中のマグノンの寿命によって決定されていることを初めて明らかにしました。

スピンの波であるマグノンは、数百ナノ秒の有限の寿命を持っています。図2(a)のように、絶縁体である磁性ガーネット薄膜の高品質表面に白金(Pt)薄膜を成膜し、絶縁体から流れ出すスピン流の大きさとマグノンの寿命を同時に測定した結果、寿命の長いマグノンを作り出すことで白金に流れ出しているスピン流も増大することが見出されました。図2(b)と2(c)はそれぞれスピン流とマグノンの寿命の測定結果です。マグノンの励起周波数を小さくしていくとスピン流量とマグノンの寿命が共に増大し、両者の間に強い相関があることが分かります。

スピン流をベースとした電子デバイスの実現には効率的にスピン流を作り出す技術が必要となります。本研究により得られたこの結果は、現在世界中で研究が進められているスピン流利用技術に本質的な知見を与えるものであり、金属・半導体・絶縁体といったあらゆる物質を舞台とした次世代電子技術の基盤となることが期待されます。

<今後の展開>

現在のIT社会を支えているコンピュータや通信技術に利用されている素子は金属や半導体をベースとして電流により動作しています。従来のエレクトロニクス技術が抱えている問題を根本的に解決し更なる電子技術の成長を続けるためには、これまでの延長線上にはない新原理構築が不可欠です。

本研究により初めて明らかになったスピン流とマグノンの寿命の関係は、スピン流に基づく電子デバイス設計に基本的な指針を与えるものです。スピン流利用技術の拡充により、従来の素子が抱えていた発熱によるエネルギーロスの問題を根本的に解決した新しい時代の電子技術と省エネルギー社会の実現に大きく貢献することが期待されます。

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(さきがけ)(領域名「素材・デバイス・システム融合による革新的ナノエレクトロニクスの創成」)(研究代表者:安藤 和也)、日本学術振興会 科学研究費補助金の一環として実施されました。

<参考図>

図1 スピン流とスピンの波(マグノン)の模式図

(a)絶縁体中をスピンの波によって運ばれるスピン流。スピンの波はマグノンと呼ばれている。(b)金属や半導体中を流れるスピン流。これらの物質中では、電流と同じように電子が運動することでスピン流が流れる。マグノンによって運ばれるスピン流と電子の運動によって運ばれるスピン流は、金属/絶縁体や半導体/絶縁体界面で変換できる。

図2 観測されたスピン流の増大現象とマグノンの寿命

(a)測定に用いた磁性ガーネット/白金の接合におけるスピン流の変換の模式図。(b)磁性ガーネットと白金からなる接合におけるスピン流の測定結果。(c)マグノンの寿命の測定結果。(b)のようにスピン流の増大現象が観測された条件において、マグノンの寿命が約200ナノ秒から320ナノ秒に伸びていることが明らかとなった。

<用語解説>

注1) スピン流
電子自身が持つ磁気的性質をスピンと呼ぶ。電荷の流れを伴わないスピンだけの流れがスピン流である。金属や半導体中のスピン流は電流と同じく伝導電子によって運ばれ、電流を流さない絶縁体中のスピン流はマグノンによって運ばれる。
注2) マグノン
量子力学によれば、あらゆる振動(波)は仮想的な粒子として取り扱うことができる。仮想的な粒子として取り扱った磁性体中のスピンの波をマグノンと呼ぶ。このような仮想的な粒子には有限の寿命がある。

<論文タイトル>

“Nonlinear spin-current enhancement enabled by spin-damping tuning”
(スピンダンピングの変化によって実現された非線形スピン流増大効果)
doi: 10.1038/ncomm6730

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

安藤 和也(アンドウ カズヤ)
慶應義塾大学 理工学部 物理情報工学科 専任講師
Tel:045-566-1582
E-mail:
研究室HP:http://www.ando.appi.keio.ac.jp/

<JST事業に関すること>

科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2063
E-mail:

<報道担当>

慶應義塾 広報室
Tel:03-5427-1541 Fax:03-5441-7640
E-mail:
HP:http://www.keio.ac.jp/

科学技術振興機構 広報課
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HP:http://www.jst.go.jp/