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平成26年11月24日

東北大学
中央大学
岡山理科大学
名古屋大学
東北大学 金属材料研究所
科学技術振興機構(JST)

電子の動きを光で凍結
~レーザー光で有機金属を絶縁体に変える~

ポイント

東北大学 大学院理学研究科の岩井 伸一郎 教授、石原 純夫 教授、中央大学 理工学部の米満 賢治 教授、岡山理科大学 大学院理学研究科の山本 薫 准教授、名古屋大学 大学院工学研究科の岸田 英夫 教授、東北大学 金属材料研究所の佐々木 孝彦 教授らのグループは、有機金属中の電子の動きをレーザー光の照射によって凍結、秩序化することに成功しました。

本研究成果は、英国科学雑誌「Nature Communications」に受理され、平成26年11月24日(日本時間)付けでオンライン掲載されます。

<背景>

一般に、光の照射は固体物質を加熱します。これは、物質を構成する電子や原子が光から運動エネルギーを得て、動きやすくなるためです。一方、真空中の孤立原子では、レーザー光の照射によって原子が“止まる”という現象(レーザー冷却注1))が知られています。レーザー冷却は、気相の原子に特有の仕組(ドップラー冷却)によるものです。従って光によって固体中の電子の運動を止めるためには全く異なる原理が必要です。

実は、固体中の電子を“止める”方法は、30年以上前に提案されていました。図1(a)に示すように、金属に電場を印加すれば、電子は加速され、電場の向きを反転させれば電子もそれに追随して向きを変えます。しかし、図1(b)のように電子が追いつけないほど素早く電場の向きを変え続けると、電子はどちらの方向へ動いたらよいのかわからなくなって、結局止まってしまうと考えられました。電子の動きが追随できないほど素早く電場の向きを変えるためには、1秒間に百~千兆(1014~1015)回のスイッチングが必要ですが、この周波数はちょうど光の振動数に相当します。つまり物質に光を照射すれば電子に高周波数の交流電場をかけることができます。しかし、理論計算によればこうした高周波の電場によって電子を止めるためには、物質の破壊限界をはるかに超える強い光が必要です。つまり物質を壊さずに電子を止めることなど現実的には不可能でした。

<研究内容>

本研究では、7フェムト秒(1フェムト秒は千兆分の一秒)という極めて短いパルス幅の赤外(中心波長1.7ミクロン)レーザー光(図2)を開発しました。この波長の光において、7fsという時間は電場の振動のわずか1.5周期しか含みません。また、7fsは原子が動く時間スケールよりも短いので、物質が原子の熱振動によって温度が上がったり、原子移動によって物質が壊れる暇もありません。この究極の短パルスを用いることによって、試料を壊したり、極端な高温にすることなく極めて大きな電場(10MV/cm、10メガボルト=一千万ボルト)を印加することが可能になりました。

対象とする物質には、二次元有機金属(α-(BEDT-TTF)、BEDT-TTF=ビスエチレンジチオテトラチアフルバレンの略)を用いました。この物質は、典型的な有機金属の1つであり、BEDT-TTF分子とI分子が層状に積層した電荷移動錯体です。BEDT-TTF分子が作るドナー層は金属的な伝導層を形成しています。

この物質では、電荷が動ける状態(金属)から電荷が秩序化して動けない状態(絶縁体)への変化が、赤外線領域の大きな反射率の増大によって特徴づけられます。そこで我々は、ポンププローブ分光注2)と呼ばれる測定手法を用いて、光の照射直後の反射率スペクトルの変化を測定しました。図3は、光を照射した直後に観測される反射率スペクトルの時間変化を示しています。通常、金属に光を照射した瞬間に起こることは、電子温度の上昇ですが、観測されたスペクトルの変化は温度上昇から予想されるものとは全く異なりました。励起直後に観測される、反射率の増大(図3青い部分)は、金属相中に電荷の秩序状態が形成されたことを表しています。その状態はわずか40フェムト秒程度で消滅し、その後、温度の上昇を反映する反射率の変化[低エネルギー側(図3左側)が赤色(図3反射率の減少)になる]が見られます。

しかし、金属中の電子が秩序化していることを示すには、このような反射スぺクトルの変化を見るだけでは十分ではありません。本研究では、秩序化して動けなくなった電子が、金属状態とは異なる固有の時間軸上の振動を示すことを利用して、電子を止めたことを確認しました。図4は、反射率変化の時間変化に見られる時間軸の振動成分です。青線で示された周期20fsの振動は、秩序化して動けない電子に特有のものです。この振動が40フェムト秒程度で消滅した後、わずかに残る振動成分(図4赤線、振幅を3倍に拡大)は、電子の振動が原子の振動(BEDT-TTF分子内C=C伸縮振動)にエネルギーを受け渡して、温度が上がり始める様子を反映したものです。このことからも、今回観測された電子の秩序化は、光の照射によって結晶格子の温度が上がり始める一瞬前を捉えたものと言えます。

今回我々が観測した光による電子の動きの凍結は、これまで述べたような強い高周波電場の効果だけによるものではありません。実は、我々の用いた光の電場では、電子を完全に止めるためには不十分であり、簡単な計算から電子の動きやすさ(=運動エネルギー)を10%程度減少させる効果しかないことが予想されていました。それにもかかわらず電子が秩序化した理由は、我々が用いた有機金属に特有な理由があるためと考えられます。この物質は強相関電子系と呼ばれる物質系に属し、電子間には強いクーロン反発注3)が働いていることが知られています。このクーロン反発のエネルギーは、電子を止めようとします。すなわち、今回の実験で、電子の動きやすさを10%減らすだけで電子を止められたのは、この電子相関の力を借りたためと考えることができます。ここで注目したいことは、高周波強電場と電子相関の効果が協力的に働くことによって、単に「電子が止まる」というだけでなく、多数の電子が集団として秩序化していることです。まさに光によって電子が氷のように凍結したとみなすこともできます。

交流強電場による物質への作用としては、これまでにも、本研究で用いた近赤外光よりも周波数の約100倍低いテラヘルツ光によって電子のトンネリングによる絶縁破壊(ツェナー絶縁破壊注4)図5(a))など、電場が電子を“駆動”する結果が数多く報告されています。それに対し、高周波の振動電場によって電子の動きを止める(図5(b))という現象は、これらとは全く逆の現象であり、初めての例と言えます。

<今後の課題>

今回は我々が新たに見出した、光による電子の運動の凍結や秩序化は、高周波強電場の効果と電子相関が協奏的に働いた結果と考えられます。強い光電場(や磁場)によって物質中に形成される状態は、電磁場と物質中の電子が一体になった、フロッケ(光をまとった電子)と呼ばれる現象として最近注目を集めています。理論的には、このフロッケ状態注5)において、電子間の反発力(斥力)と引力が反転する現象や、電子のバンド構造の反転などの新奇な物理現象が期待されています。これらは、基礎科学として興味深いだけでなく、光誘起超伝導や光誘起強誘電性の発現など、新しい物質制御へとつながるものですが、試料の破壊や温度上昇のために、実験的には実現が困難でした。本研究で実証されたように、位相制御した数フェムト秒の極超短光パルスは、原子の振動が熱として温度を上げる以前に、電子を操作することができるので、このようなフロッケ状態の研究に強力な手法となります。今後、質量の無いディラック電子やトポロジカル絶縁体など、最近注目を集めている他の系の研究にも役立つことが期待されます。また、我々は現在、より強度が大きく、よりパルス幅の短い光の開発を行っています。この新しい光によって、将来、物質の中の多数の電子を止めるだけでなく、好きな方向に動かしたり、並び方を変えたりすることによって、物質の色、電気抵抗、磁性を瞬時、自在にデザインすることが可能になると期待できます。

本成果は、JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「先端光源を駆使した光科学・光技術の融合展開」研究領域における研究課題「先端超短パルス光源による光誘起相転移現象の素過程の解明」(研究代表者:岩井 伸一郎、平成20年度~25年度)によって得られたものです。

<参考図>

図1 (a)金属の電荷(e)に定常電場Eが印加された様子

金属中の自由電荷は、電場(E)によって原子の上を渡り歩いて物質中を動くことができる。(b)固体中の電荷(e)に、電場の向きが左右に切り替わる振動電場(E(ω))がかかった様子。電場の振幅が十分に大きく、且つ電場の振動周期が、電子が原子間を渡り歩く時間スケールと同程度になると、電子はどちらに動いて良いかわからなくなって止まってしまう。光(赤外光)は、電場の振動周期が数フェムト秒(1フェムト秒=千兆分の一秒)の振動電場であり、このような高速な電場の切り替えが可能である。

図2 (a)赤外7fs(現在は6fs)光源の模式図と写真(c)、(d)

(b)7fsパルスの時間幅を示す非線形信号(第二高調波発生、下)と電場波形(上)。このパルスの幅内には、電場の振動が1.5周期分しか含まれていない。すなわち、原子の振動が熱振動として物質の温度を上げる以前に電場は消滅してしまうので、物質の温度を上げたり破壊したりせずに、強力な電場を物質に加えることができる。

図3 7fsパルス(中心波長1.7μm、励起強度0.8mJ/cm)による励起後の、
反射スペクトルの変化(ΔR/R)

青い部分は反射率の増加、赤い部分は反射率の減少を表す。励起後50fsまでは、電子の“冷却”が観測され、その後温度上昇へと転ずる。

図4 図3に示した反射率変化の0.65eV(図3の緑色の線)における
反射率変化の時間プロファイルから抜き出した、時間軸上の振動成分

赤い部分は、50fs以降の振幅を3倍にして示してある。挿入図は、0-40fs(青)、80-120fs(赤)の時間領域の振動に対応する周波数軸上のスペクトル。10K(電荷秩序絶縁体)と140K(金属)の定常光学伝導度スぺクトルを比較のために示した。0-40fsのスペクトルは、電荷秩序(10K)のスペクトルに対応している。80-120fsのスペクトルに見られるディップは、金属相(140K)の定常スぺクトルのC=C結合のピークに一致している。

図5

(a)絶縁体に定常電場やテラヘルツ電場を印可した場合、電子のバンドが電場によって傾き、価電子帯の電子が伝導帯へトンネリングできるようになる。このような絶縁破壊の機構は ツェナー破壊注4) と呼ばれる。(b)高周波の電場の振動によってポテンシャルの傾きが電子の運動の時間スケールよりも高速に変化するため、電荷はどちらにも動けない。

<用語解説>

注1) レーザー冷却
アルカリ金属、アルカリ土類金属などの気相原子を光の照射によって絶対零度(摂氏-273度)に極めて近い温度(ミリ~マイクロケルビン)にまで冷却する手法。原子の運動方向に対して、同一方向と逆方向の光を照射すると、ドップラー効果によって、原子に運動している方向と常に逆方向の力が働くため原子の平均速度は減少し、原子が冷却される。
注2) ポンププローブ分光
ポンプ光(励起光)を物質に照射することで起こされる電子状態や構造の変化を計測するため、続けてプローブ光(計測光)を物質に照射して反射率や透過率の変化を調べる方法をポンプ-プローブ分光法。ポンプ光、プローブ光にそれぞれ数フェムト秒の幅のパルス光を用いて、ポンプ光とプローブ光の照射時間差を光学遅延回路で制御することにより、超高速時間分解分光が可能になる。この計測法は、半導体中の光キャリアダイナミクスや分子の光解離ダイナミクス、光合成の初期過程などさまざまな光プロセスの素過程を明らかにするのに用いられてきた。
注3) クーロン反発エネルギー
固体中の電子や正孔は、1つの原子や分子のみに属するのではなく、結晶全体を動き回る性質を持つ。一方、物質中にはたくさんの電子が存在するため、互いにクーロン力によって避け合う結果、自由に動けなくなってしまうことがある。電子が動き回る性質と避けあって動けなくなる性質は、それぞれ運動エネルギーとクーロン反発エネルギーによって特徴付けられる。これらの2つのエネルギーの相対的な大きさによって、その物質の電気的特性が金属の状態になるか絶縁体の状態になるのかが決まる。
注4) ツェナー破壊
絶縁体において、定常強電場によって価電子帯から伝導帯への電子遷移が起き、絶縁性が突然失われる現象。電場の下で価電子帯と伝導帯は、空間的に傾くため、価電子帯の頂上部と、伝導帯の最下部のエネルギーは、ある距離を隔てて等しくなる。この距離が、価電子帯の電子のしみ出しより短くなれば、電子は価電子帯から伝導帯へトンネル効果によって遷移する。低周波の交流電場下でも同様な現象が観測される。
注5) フロッケ状態
物質中の電子が光をまとって平衡から大きく離れた状態。強い交流電場のもとで実現する。最近、動的平均場と呼ばれる理論の手法を用いた強相関電子系のフロッケ状態の研究が注目を集めている。本来は、光の吸収と放出が釣り合った定常状態を表す概念であるが、1サイクル以上の電場であれば、この描像が限定的には使える場合もある。

<発表雑誌>

論文名 “Optical freezing of charge motion in an organic conductor”
(有機伝導体の電荷の運動を光で凍結する)
著者名 T. Ishikawa, Y. Sagae, Y. Naitoh, Y. Kawakami, H. Itoh, K. Yamamoto, K. Yakushi, H. Kishida, T. Sasaki, S. Ishihara, Y. Tanaka, K. Yonemitsu, and S. Iwai*.
* corresponding author)
掲載紙 Nature Communications
doi 10.1038/ncomms6528

<お問い合わせ先>

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岩井 伸一郎(イワイ シンイチロウ)
東北大学 大学院理学研究科 物理学専攻 教授
Tel:022-795-6423
E-mail:

米満 賢治(ヨネミツ ケンジ)
中央大学 理工学部 物理学科 教授
Tel:03-3817-1772
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