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平成26年11月17日

科学技術振興機構(JST)
東京大学

非対称性をもつ人工生体膜の量産技術を確立
〜がんやアルツハイマー病などの疾患の解明、創薬探索などの活用へ〜

ポイント

JST 戦略的創造研究推進事業において、東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻の渡邉 力也 助教は、生体膜の特徴である脂質組成の非対称性注1)をもつ人工生体膜注2)を1万個以上集積化したチップ(非対称生体膜チップ)を開発しました。

生体膜は内層と外層で脂質組成が異なり(非対称性)、生体膜の一部に存在する酵素がその非対称性を常に維持しています。脂質組成の非対称性は、生理的に重要な機能を制御しており、例えば、生理活性脂質であるジアシルグリセロール注3)の分布が変化し非対称性が崩壊すると、細胞のがん化やアルツハイマー病の一因となります。一方で、脂質組成の非対称性の維持機構には不明な点も多く、崩壊を高感度に計測する技術の開発が望まれていました

これまでは、脂質組成の非対称性の崩壊を計測するためにリポソーム法注4)が広く用いられてきました。しかし、生体膜全体で非対称性が完全ではない部分があること、また非対称性の検出試薬との相性が悪いことなどから、リポソーム法では非対称性の崩壊を高感度に検出することが極めて困難でした。

渡邉助教らは、非対称な人工生体膜の高効率量産化に成功し、これを1万個以上集積化させた非対称生体膜チップを開発しました(膜の表面積:10平方マイクロメートル程度、1マイクロは100万分の1)。このチップにより、脂質の非対称性が崩壊する過程を人工生体膜1枚単位で計測できるほどの高感度化に世界で初めて成功し、さらに、10時間以上の長時間計測も可能にしました。

今回開発された非対称生体膜チップは、脂質組成の非対称性が関係するがんやアルツハイマー病などの疾患の解明や、非対称性の維持に関わる酵素を標的とした創薬探索システムとしての応用が期待されます。

なお、本研究の一部は東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻の野地 博行 教授、曽我 直樹 博士研究員と共同で行ったものです。

本研究成果は、2014年11月17日(英国時間)発行の科学誌「Scientific Reports」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業

研究領域 「ライフサイエンスの革新を目指した構造生命科学と先端的基盤技術」
(研究総括:若槻 壮市 米国SLAC国立加速器研究所 光科学部門 教授/
スタンフォード大学 医学部 構造生物学 教授)
研究課題名 「膜タンパク質の構造変化と物質輸送の1分子同時計測技術の開発」
研究者 渡邉 力也(東京大学 大学院工学系研究科 助教)
研究期間 平成25年10月〜平成29年3月

<研究の背景と経緯>

細胞や細胞小器官を外界と仕切る生体膜は、脂質の2重層から構成されます。生体膜の脂質は均一に分布しておらず、内層と外層で脂質組成が異なること(非対称性)が知られています。細胞内では、この脂質組成の非対称性によりさまざまな生理機能が制御されているため、その非対称性の維持および崩壊のメカニズムは、長年にわたり注目されてきました。例えば、生きている細胞では、生体膜の内層にホスファチジルセリン注5)が存在していますが、アポトーシス注6)時は脂質組成の非対称性が崩壊し、ホスファチジルセリンが生体膜の外層に露出します。露出したホスファチジルセリンが標的となり、死んだ細胞はマクロファージによって除去されます。また、血小板上でホスファチジルセリンが外層に露出すると、血液の凝固反応の引き金となります。これまで、生体膜の非対称性の維持および崩壊のメカニズムを詳細に理解するため、非対称性を再現した人工生体膜を形成し、脂質組成の非対称性が崩壊する過程を計測する試みがなされてきました。従来、脂質組成の非対称性を研究するうえで広く用いられてきたリポソーム法では、非対称性を検出するために、何万枚もの大量の非対称リポソームを必要としていました。しかし、非対称な生体膜の量産効率が低くまた非対称性が不均一であることから、脂質組成の非対称性が崩壊する過程を高感度に計測することは極めて困難でした。すなわち、非対称な生体膜を効率的に量産し、非対称性の崩壊を高感度かつ定量的に計測できる技術の開発は、脂質組成の非対称性のもつ生理的役割を理解するうえで、急務とされていました。

<研究の内容>

渡邉助教は、脂質組成の非対称性に関する生理的な意義を明らかにするため、リポソーム法と全く異なる方法として、脂質組成の非対称な人工生体膜を集積した非対称生体膜チップの新規開発と、これを用いて脂質組成の非対称性が崩壊する過程を超高感度に計測する技術の確立を目指しました。具体的には、非対称な脂質組成をもつ人工生体膜の量産技術を独自に開発し、これを高度に集積化した非対称生体膜チップを開発しました。この非対称生体膜チップを利用することで、脂質組成の非対称性が崩壊する過程を、たった1枚の人工生体膜から超高感度に計測する技術を確立しました。

1.非対称な人工生体膜の量産技術の確立と非対称生体膜チップの新規開発

微小な円筒形の微小容器(直径4マイクロメートル×高さ500ナノメートル、ナノは10億分の1)を1万個以上集積化したチップに対して、マイクロピペット注7)を利用して水溶液と2種類の異なる脂質溶液を順次流し入れるだけで、各微小容器の入口に脂質組成の非対称性をもつ人工生体膜を形成する技術を確立しました(図1a、b)。チップへの溶液導入は1分以内に完結するため、1分間に1万個以上の非対称な人工生体膜を量産できるようになりました。開発した非対称生体膜チップでは、均一な面積と脂質組成の非対称性をもつ人工生体膜を量産することが可能です。また従来の人工生体膜は、生体膜の非対称性を検出するための試薬(亜ジチオン酸ナトリウムなど)が数10分以内に透過することから、単一の生体膜に着目してその脂質組成の非対称性の崩壊を正確に測定できない問題がありましたが、この非対称生体膜チップは、10時間以上にわたり試薬の透過を抑えることに成功しており、脂質組成の非対称性の崩壊を高感度、高効率、定量的に計測する上で最適な基盤技術といえます。

2.脂質組成の非対称性の崩壊を高感度計測する技術の確立

新規に開発した非対称生体膜チップを用いて、脂質組成の非対称性の崩壊を高感度に計測する技術を確立しました(図2)。まず、非対称性の崩壊を計測するため、蛍光色素で標識したリン脂質を脂質2重層の内層に配置した非対称生体膜を形成します(図2b)。そして、チップに蛍光色素の還元剤を流し入れます。この蛍光リン脂質は、特定の還元剤で還元されると不可逆的に発光しなくなるため(図2a)、脂質2重層の内層にある蛍光リン脂質が外層へ移動した場合、蛍光リン脂質の蛍光強度が弱くなります(図2c)。つまり、蛍光強度の減衰から、脂質組成の非対称性の崩壊を超高感度に検出できます。現在までに、表面積が10平方マイクロメートル程度の小さな人工生体膜でも、その脂質組成の非対称性の崩壊を1枚単位で超高感度に計測できるようになりました(図2c)。また、チップ上に集積化された非対称な人工生体膜を並列利用することで、非対称性の崩壊の計測を高効率化することにも成功しました。

<今後の展開>

生体膜における脂質組成の非対称性は生理的に重要な役割を担っており、それゆえに、生体膜上に存在する酵素によって非対称性が常に維持されています。一方で、その詳細な機序は不明な点が多く残されています。今後、本研究で開発された非対称生体膜チップに、脂質組成の非対称性を維持する酵素などを取り込ませることで、非対称性の維持に関わる酵素の機能や作動機構を大幅に解明できるようになると考えられます。

非対称生体膜チップを利用した酵素活性の検出は、医療および創薬における産業活用も強く期待されます。具体的には、生理活性脂質などを含む非対称生体膜チップを作成し、酵素による非対称性の維持や崩壊の機序が詳細に解明された場合、がんやアルツハイマー病などの脂質組成の非対称性に起因する疾患の病因が詳細に明らかにされることが期待されます。また、非対称生体膜チップには、非対称な人工生体膜が高度に集積化されているため、それらを並列利用することができれば、脂質組成の非対称性に関わる酵素を標的とした創薬候補の高速スクリーニングおよび、薬剤標的となる酵素の大規模な探索に最適なプラットフォームとして活用されることも期待されます。

本成果は、私たちが本年度開発した人工生体膜チップ(特願2013−171493 出願人国立大学法人東京大学)の汎用性を高める技術であり、今後は実用化を希望する企業との研究開発を進めていく予定です。

<参考図>

図1 非対称な人工生体膜の形成方法

  • (a) 非対称な脂質組成をもつ人工生体膜の模式図。直径4マイクロメートル、高さ500ナノメートルの微小容器の入口に非対称な脂質組成をもつ人工生体膜が形成される。
  • (b) 非対称な脂質組成をもつ人工生体膜の形成方法。水溶液と2種類の脂質溶液(蛍光性脂質溶液と非蛍光性脂質溶液)を微小容器に順次流し入れることで、非対称な脂質組成をもつ人工生体膜を形成できる。
  • (c) 非対称な生体膜の内層にのみに蛍光性リン脂質を配置したときのチップの蛍光画像。

図2 脂質組成の非対称性の崩壊の計測

ジパルミトイルホスファチジルエタノールアミン(DPPE)注8)を蛍光色素ニトロベンゾオキサジアゾール(NBD)注9)で標識した蛍光性リン脂質NBD−DPPEを内層に配置した非対称生体膜チップに、還元剤(亜ジチオン酸ナトリウム:Dithionite)を上部の流路に流し入れ、脂質組成の非対称性の崩壊を計測した。蛍光性リン脂質NBD−DPPEの蛍光強度が弱くなると、人工生体膜の内層から外層へ蛍光性リン脂質の移動(脂質組成の非対称性の崩壊)を計測できる。

  • (a) 蛍光性リン脂質NBD−DPPEは還元剤の亜ジチオン酸ナトリウムで還元されると消光し、再度発光することはできない。
  • (b) 計測開始時点では蛍光性リン脂質NBD−DPPEは非対称人工生体膜チップの内層に配置されているため蛍光を発する。外層への移動に伴い蛍光性リン脂質NBD−DPPEは還元剤の亜ジチオン酸ナトリウム溶液と反応して消光する。つまり、脂質組成の崩壊に伴い、蛍光性リン脂質NBD−DPPEの蛍光強度が減少すると予想される。
  • (c) 還元剤の亜ジチオン酸ナトリウムを上部の流路に流し入れた場合(緑色)および添加しなかった場合(灰色)の、蛍光性リン脂質NBD−DPPEの蛍光強度の変化を、横軸を時間としてグラフにした。還元剤の亜ジチオン酸ナトリウムがあると、生体膜の外層への移動した蛍光性リン脂質NBD−DPPEが還元され、蛍光強度は減少する。

<用語解説>

注1) 脂質組成の非対称性
生体膜を構成する脂質2重層の内層と外層で、脂質の組成が異なること。
注2) 人工生体膜
リン脂質を利用して人工的に形成される脂質2重膜の総称。
注3) ジアシルグリセロール
グリセリンにエステル結合を介して2つの脂肪酸が結合した分子の総称。
注4) リポソーム法
脂質組成の非対称な脂質2重層でできた直径100ナノメートル程度のマイクロカプセルを作成し、その非対称性の変化を、蛍光分光器などを利用して計測する方法。
注5) ホスファチジルセリン
リン脂質の一種であり、その細胞膜上での分布によって生理的に重要な機能が制御されている。
注6) アポトーシス
細胞が必要に応じて自殺するプログラムされた細胞死のこと。
注7) マイクロピペット
微少量の液体の体積を正確に計量し分注する器具。生化学実験などで広く用いられている器具の1つ。
注8) ジパルミトイルホスファチジルエタノールアミン(DPPE)
パルミチン酸を2つもつホスファチジルエタノールアミンのこと。
注9) ニトロベンゾオキサジアゾール(NBD)
環境応答性の蛍光色素の一種。青色の光を照射すると緑色の蛍光を発する。

<論文タイトル>

“High-throughput formation of lipid bilayer membrane arrays with an asymmetric lipid composition”
(非対称な脂質組成をもつ人工生体膜の量産技術の開発)
doi: 10.1038/srep07076

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

渡邉 力也(ワタナベ リキヤ)
東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻 助教
133-8656 東京都文京区本郷7−3−1 工学部3号館6B03
Tel:03-5841-7252 Fax:03-5841-1872
E-mail:

<JST事業に関すること>

松尾 浩司(マツオ コウジ)、川口 貴史(カワグチ タカフミ)、落合 恵子(オチアイ ケイコ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ライフイノベーション・グループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2064
E-mail:

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
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(英文)“Novel micro-device to form asymmetric bio-membranes in a high-throughput manner
- Toward medical and pharmacological applications -”