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平成26年10月27日

東北大学
科学技術振興機構(JST)

白血球の分化を制御する仕組みの発見
自然免疫と獲得免疫のバランスに影響を与える遺伝子スイッチ

東北大学 大学院医学系研究科 生物化学分野の伊藤 亜里 研究員、五十嵐 和彦 教授らのグループは、大阪大学 免疫学フロンティア研究センターの黒崎 知博 教授らとの共同研究により、白血球の分化を制御する遺伝子のスイッチ(転写因子)注1)を発見しました。従来、白血球のうち、病原体を食べて殺す(貪食)といった自然免疫注2)を担う骨髄球注3)や、病原体に対する抗体をつくるといった獲得免疫注4)を担うBリンパ球が、元の同じ細胞(造血系幹細胞注5))からどのように作られるのか、不明な点が多く残っていました。本研究では、複数の遺伝子スイッチが協調することで前駆細胞注6)から骨髄球への分化を抑え、その結果Bリンパ球がつくられることを発見しました。本研究によって、アレルギー性疾患注7)などの病態の理解がさらに進むことが期待されます。

本研究の成果は平成26年10月26日(米国東部時間)に英科学雑誌「Nature Immunology」の電子版に掲載されます。

<研究内容>

私たちの体では、侵入した病原体に対する防御は白血球により主に行われています。白血球は、「自然免疫」を担う骨髄球と「獲得免疫」を担うリンパ球に分類できます。自然免疫は病原体であれば区別することなく攻撃するシステムで、獲得免疫は病原体がもつ特定の分子を目印に攻撃するシステムです。感染の初期には自然免疫が、自然免疫で対応できなくなると獲得免疫が活性化されます(図1)。骨髄球には、好中球といった病原体を食べて殺す(貪食)役目を持つものや、好酸球や好塩基球といったアレルギー反応に関係するものがあります。一方、リンパ球は、抗体を産生するBリンパ球や、他の免疫細胞を活性化するシグナル(サイトカイン注8)など)を産生するTリンパ球に分類できます。これらの細胞は、元は同じ細胞(造血系幹細胞)から日々バランスを取りながら作られ(分化し)、働いています。しかし、同じ造血系幹細胞から、機能が全く異なる複数の免疫系細胞がどのような仕組みで産み出されるのでしょうか。

今回、五十嵐教授と伊藤研究員のグループは、Bach1やBach2といった複数の転写因子が協調して働き、造血系幹細胞からBリンパ球への分化を制御していることを突き止めました。リンパ球に分化する前の細胞(リンパ球前駆細胞)の中ではBリンパ球の分化に必要な遺伝子も骨髄球の分化に必要な遺伝子も、どちらも発現しています。五十嵐教授らは、Bach1やBach2の遺伝子の機能を欠損させたマウスの解析から、Bリンパ球の分化の際に、リンパ球前駆細胞でBach1やBach2は骨髄球に分化するための遺伝子の発現を抑え、これによりBリンパ球が産み出されることを証明しました(図2)。

また、従来は、骨髄球とBリンパ球の分化は、造血幹細胞が前駆細胞へなる時に決定されると考えられてきましたが(図2左)、今回の結果は、リンパ球前駆細胞は骨髄球とBリンパ球の両方に成り得る能力を持っており、Bach1や Bach2は前駆細胞がBリンパ球に分化する側に傾ける(図2右)ということを強く示しています。これはBリンパ球への分化を遺伝子発現のバランスから説明する新しいモデルです。このような遺伝子発現の調節には、近年注目を集めているエピゲノム注9)の変化が関わる可能性が示唆されており、今後さらに遺伝子抑制とエピゲノム制御との関連を調べていくことで、細胞分化の仕組みが明らかになっていくことが期待されます。

自然免疫と獲得免疫とのバランスは、感染症に対する効果的な免疫に重要です。今回の発見は、このバランスが遺伝子レベルで調節される仕組みの一端を明らかにしたものです。免疫のバランスの乱れは、感染症の重篤化やアレルギー性疾患などの発症につながることが想定されていることから、今回の発見は免疫関連疾患のより詳細な理解へとつながることが期待されます。

本研究は、文部科学省 科学研究費補助金および科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(CREST)「エピゲノム研究に基づく診断・治療へ向けた新技術の創出」研究領域(研究総括:山本 雅之 東北大学 教授)における研究課題「定量的エピゲノム解析法の開発と細胞分化機構の解明」(研究代表者:五十嵐 和彦 教授)の支援を受けて行われました。また初期の研究は武田科学振興財団、アステラス病態代謝研究会、ノバルティス科学振興財団により支援されました。筆頭著者の伊藤 亜里は日本学術振興会 特別研究員ならびに東北大学 国際高等研究教育院 博士研究教育院生としての支援を受けました。

<参考図>

図1 自然免疫と獲得免疫の違い

図2 前駆細胞の分化と遺伝子のスイッチ

<用語解説>

注1) 遺伝子のスイッチ(転写因子、遺伝子の発現)
細胞には遺伝子の機能をON/OFFするスイッチとしてのタンパク質があり、これを転写因子と呼ぶ。遺伝子が働きタンパク質を作ることを「遺伝子が発現する」と呼ぶ。ヒトやマウスの細胞には約2万の遺伝子が存在し、それぞれの遺伝子が体の中のどの細胞や組織で発現するか、遺伝子毎に緻密に調節されている。この調節に働く遺伝子のスイッチが転写因子という一群のタンパク質である(Bach1やBach2は転写因子の一種)。転写因子は遺伝子の発現を促進したり、逆に抑制したりする。ヒトやマウスには2,000種程度の転写因子が存在すると想定されている。
注2) 自然免疫
主に骨髄球が担い、病原体を細胞内に取り込み破壊する(貪食作用)。基本的には非特異的な反応に基づいて作動する。感染を繰り返しても反応性は変化しない。
注3) 骨髄球
白血球の一種。貪食作用を行うマクロファージ・好中球や、炎症・アレルギー反応に関係する好酸球・肥満細胞などがある。
注4) 獲得免疫
それぞれの病原体に対して特異的な反応を示す免疫応答。Bリンパ球は、ある病原体に特異的に結合する抗体を産生する。一方、Tリンパ球はBリンパ球の働きを調節するとともに、病原体を直接破壊する。感染が繰り返されると、2回目以降の免疫応答は病原体に対する精度や効率を増すことができる。ワクチン接種は、このような獲得免疫の性質を利用している。
注5) 造血系幹細胞 注6) 前駆細胞
造血幹細胞は骨髄に存在し、分裂・増殖を繰り返しながら、全ての血液細胞へと分化する。前駆細胞は、特定の細胞に分化する能力を持つが、まだ未分化の状態の免疫細胞である。分化する際には、造血幹細胞の遺伝子発現が何らかの仕組み(まだ不明)で変化し、徐々にそれぞれの分化細胞に特有な遺伝子発現が確立される。一般的に、細胞分化とは遺伝子発現の変化と理解されている。
注7) アレルギー性疾患
免疫反応が特定の抗原に対して過剰に起こること。
注8) サイトカイン
免疫細胞が産生するタンパク質で、他の免疫細胞を引き寄せたり活性化したりする働きを持つ。
注9) エピゲノム
生物のDNAの塩基配列情報の全てをまとめてゲノムと呼ぶのに対して、塩基配列の変化によらずに遺伝子発現の制御を行う情報をエピゲノムと呼ぶ。具体的には、配列情報には変化が無いが、DNAの化学修飾やDNAが巻き付いているヒストンというタンパク質の化学修飾によって、遺伝子の発現が変化するしくみがあり、このような修飾を受けたDNAとヒストンの情報全体をエピゲノムと呼ぶ。

<掲載論文>

題目 “The transcription repressors Bach2 and Bach1 promote B cell development by repressing myeloid program”
(転写因子Bach2およびBach1は骨髄球系プログラムを抑制することでB細胞分化を促進する)
著者 Ari Itoh-Nakadai, Reina Hikota, Akihiko Muto, Kohei Kometani, Miki Matsui-Watanabe, Yuki Sato, Masahiro Kobayashi, Atsushi Nakamura, Yuichi Miura, Yoko Yano, Satoshi Tashiro, Jiying Sun, Tomokatsu Ikawa, Kyoko Ochiai, Tomohiro Kurosaki and Kazuhiko Igarashi
雑誌 Nature Immunology

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

五十嵐 和彦(イガラシ カズヒコ)
東北大学 大学院医学系研究科 生物化学分野 教授
Tel:022-717-7596
E-mail:

<JST事業に関すること>

科学技術振興機構 戦略研究推進部
Tel:03-3512-3524 Fax:03-3222-2064
E-mail:

<報道担当>

稲田 仁(イナダ ヒトシ)
東北大学 大学院医学系研究科・医学部広報室 講師
Tel:022-717-7891 022-717-8187
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科学技術振興機構 広報課
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