JSTトッププレス一覧 > 共同発表

平成26年10月27日

京都大学
科学技術振興機構(JST)

老化した細胞ががん化を促進する仕組みをハエで解明

ポイント

JST 戦略的創造研究推進事業において、京都大学 大学院生命科学研究科の井垣 達吏 教授らは、老化した細胞ががん化を促進する仕組みをハエで解明しました。

近年、細胞が分泌するたんぱく質ががん化を促進する機能を持つことが分かってきました。また、そのような分泌たんぱく質を放出する細胞の一つとして、組織中で細胞老化注1)を起こした細胞が注目されつつあります。しかし、老化した細胞によるがん化促進の普遍性や、その仕組みについてはこれまでよく分かっていませんでした。

井垣教授らは、ショウジョウバエをモデル生物として用い、これまで哺乳類で発見・解析されてきた細胞老化現象が無脊椎動物にも普遍的に存在することを世界で初めて発見しました。さらにこの発見をもとに、ヒトのがん組織で高頻度に認められる2種類の変異(がん遺伝子注2)であるRas注3)の活性化とミトコンドリア注4)の機能障害)を起こした細胞が細胞老化を引き起こし、発がん促進作用を持つ炎症性サイトカイン注5)を含む細胞老化関連分泌因子(SASP因子)注6)を分泌することで、周辺組織のがん化を促進することを明らかにしました。

本研究により、細胞老化現象の進化的な普遍性とそれによるがん化促進メカニズムの一端が明らかとなりました。これにより、老化した細胞を標的としたこれまでにない新しいがん治療法確立のための研究・開発の促進が期待されます。

本研究成果は、2014年10月27日(英国時間)に英国科学誌「Nature Communications」でオンライン公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業

研究領域 「炎症の慢性化機構の解明と制御」
(研究総括:高津 聖志 富山県薬事研究所 所長)
研究課題名 「上皮のがん原性炎症が駆動する非遺伝的腫瘍悪性化の分子基盤」
研究者 井垣 達吏(京都大学 大学院生命科学研究科 システム機能学分野 教授)
研究期間 平成23年4月〜平成28年3月

<研究の背景と経緯>

近年、がんの発生や進行の過程において、細胞間の相互作用が重要な役割を果たすことが分かってきました。例えば、ある細胞から分泌されたたんぱく質がその周辺細胞のがん化を促進するというがん化促進機構の重要性が注目されています。最近の研究により、組織中で細胞老化を起こした細胞が、発がん促進作用を持つ細胞老化関連分泌因子(SASP因子)を分泌し、周辺組織のがん化を促進するという可能性が示されつつあります。しかし、老化した細胞によるがん化促進の普遍性やその仕組みの詳細については、これまでよく分かっていませんでした。

<研究の内容>

井垣教授らは以前、ショウジョウバエをモデル生物として用い、がん組織で高頻度に認められる2種類の変異(がん遺伝子Rasの活性化とミトコンドリアの機能障害)を起こした細胞が炎症性サイトカインを産生・分泌して、周辺組織のがん化を促進することを報告しました(図1)。今回、これら2種類の変異を起こした細胞を詳細に解析したところ、細胞老化に特徴的な細胞変化が起こっていることが分かりました。細胞老化とは、細胞が不可逆的に細胞分裂を停止する現象で、がん遺伝子の活性化などによって引き起こされることが知られています。これまで細胞老化現象は哺乳類の細胞を用いて解析が進められてきましたが、同様の現象が無脊椎動物にも存在するかどうかは不明でした。本研究グループは、哺乳類細胞で観察される細胞老化の様々な指標をショウジョウバエで解析することで、Rasの活性化とミトコンドリアの機能障害を起こしたショウジョウバエの細胞が細胞老化を起こすことを発見しました。これは、無脊椎動物で細胞老化現象を見いだした世界で初めての例です。以上の結果から、Rasの活性化とミトコンドリアの機能障害を起こした細胞は、細胞老化を起こして細胞老化関連分泌因子(SASP因子)を放出し、これにより周辺組織のがん化を促進すると考えられました。

ショウジョウバエを用いた研究では、これまでヒトと共通した様々な生物学的仕組みが多く発見されており、特に細胞内の様々な変化のメカニズムを理解する上で、生きた個体の中で遺伝子レベルで研究を進めるのに非常に優れたモデル生物です。そこで研究グループは、Rasの活性化とミトコンドリアの機能障害により誘発されるショウジョウバエ細胞老化モデルを用いて、老化した細胞から細胞老化関連分泌因子(SASP因子)が産生されるメカニズムを解析しました。その結果、老化した細胞はがん抑制たんぱく質p53の活性化と細胞分裂に関わるたんぱく質サイクリンEの不活化を起こして細胞分裂を停止させ、この細胞分裂停止によりJNK注7)と呼ばれるリン酸化酵素の活性化が引き起こされることが分かりました。また、JNKが活性化すると細胞分裂停止がさらに促進されることも分かりました。すなわち、「細胞分裂停止」と「JNKの活性化」が互いに増幅し合うことで(増幅ループの形成)、細胞内のJNK活性が顕著に増大し、これにより細胞老化関連分泌因子(SASP因子)の産生が誘導されることが明らかとなりました(図2)。

<今後の展開>

本研究により、細胞老化という現象が無脊椎動物にも存在する普遍的な現象であること、また、Rasの活性化とミトコンドリアの機能障害により細胞老化が起こり、細胞分裂停止とJNK活性化の増幅ループを介して細胞老化関連分泌因子(SASP因子)の産生が誘導されて周辺組織のがん化が促進されるという現象が明らかとなりました。細胞老化は、がん遺伝子の活性化やDNA損傷など様々な細胞ストレスにより引き起こされる現象で、近年がんの発生や進展における役割が大きく注目されつつあります。今後、本研究で確立されたショウジョウバエ細胞老化モデルを用いた研究を発展させ、さらにショウジョウバエで明らかになったメカニズムを哺乳類の実験系で確認することで、老化した細胞を標的としたこれまでにない新しいがん治療法の確立が期待されます。

<参考図>

図1 分泌たんぱく質によるがん化の促進

ショウジョウバエ上皮組織において、がん遺伝子Rasの活性化とミトコンドリア機能障害を起こした細胞は、SASP因子である炎症性サイトカインIL−6(インターロイキン6)などの分泌たんぱく質を産生・放出して、周辺組織のがん化を促進する。

図2 老化した細胞によるSASP因子の産生メカニズム

細胞内でRasの活性化とミトコンドリア機能障害が起こると、細胞老化に特徴的な細胞の形態変化が起こるとともに、がん抑制たんぱく質p53の活性化および細胞分裂に関わるたんぱく質サイクリンEの不活化によって細胞分裂が停止する。細胞分裂の停止はストレスキナーゼJNKの活性化を引き起こし、一方でJNKの活性化はさらに細胞分裂停止を促進するという増幅ループを形成する。これにより細胞内のJNKの活性が顕著に増大し、これがRas活性化と協調することでIL−6などのSASP因子の産生が誘導される。SASP因子を受け取った周辺の細胞はがん化を促進する。

<用語解説>

注1) 細胞老化
細胞が不可逆的に細胞分裂を停止する現象。哺乳動物の体細胞が分裂限界を超えた場合に細胞老化が引き起こされる。また、がん遺伝子の活性化やDNA損傷など様々な細胞ストレスによっても細胞老化が引き起こされる。
注2) がん遺伝子
ある正常な遺伝子が修飾を受けて機能が亢進し、その結果正常細胞のがん化を引き起こすような遺伝子のこと。
注3) Ras
ヒトのがんの約3割で活性が高まっているがん遺伝子。膵臓がんでは約9割で活性が亢進している。Rasの活性が高まると細胞の増殖能や運動能が高まることが知られている。
注4) ミトコンドリア
全ての真核細胞の細胞質中にある細胞小器官で、生命維持に必要なエネルギーを合成する。がん組織ではミトコンドリアの機能低下が高頻度に認められる。
注5) サイトカイン
一般に細胞同士のコミュニケーションは、細胞表面分子を介する直接的な細胞同士の接触や可溶性分子を介して行われている。この細胞間情報伝達分子が「サイトカイン」である。サイトカインは分子量がおおむね1万〜数万程度のたんぱく質であり、ホルモンのように産生臓器は明確ではなく、産生されたサイトカインの大部分は拡散によって周辺の標的細胞に作用する。また、サイトカイン同士でその産生や作用を制御する。このうち、特に組織の炎症を促すたんぱく質群を、「炎症性サイトカイン」と称する。
注6) 細胞老化関連分泌因子(SASP因子)
細胞老化を起こした細胞は炎症性サイトカインを含む様々な分泌たんぱく質を大量に産生する。この現象はSASP(Senescence−associated secretory phenotype)と呼ばれ、SASPにより分泌されるたんぱく質をSASP因子と呼ぶ。
注7) JNK
様々な細胞内のストレスによって活性化されるリン酸化酵素(ストレスキナーゼ)。JNKが活性化すると、その標的となる種々のたんぱく質がリン酸化され、その結果様々な細胞内変化が起こる。c−Jun N−terminal kinaseの略。

<論文タイトル>

“Mitochondrial defects trigger proliferation of neighbouring cells via a senescence-associated secretory phenotype in Drosophila
(ショウジョウバエにおいてミトコンドリア機能障害は細胞老化関連分泌因子の放出を介して周辺細胞の増殖を促す)
doi: 10.1038/ncomms6264

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

井垣 達吏(イガキ タツシ)
京都大学 大学院生命科学研究科 システム機能学分野 教授
〒606-8501 京都府京都市左京区吉田近衛町
Tel:075-753-7684 Fax:075-753-7686
E-mail:

<JST事業に関すること>

川口 貴史(川口 タカフミ)、松尾 浩司(マツオ コウジ)、眞後 俊幸(シンゴ トシユキ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ライフイノベーショングループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2064
E-mail:

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail: