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平成26年10月8日

科学技術振興機構(JST)
慶應義塾大学

気相からの丸いカゴ状のシリコンナノ物質の合成、薄膜化に成功
〜新材料創製やエレクトロニクスへの応用に期待〜

ポイント

JST 戦略的創造研究推進事業において、慶應義塾大学 理工学部の中嶋 敦 教授らの研究グループは、規則的に並んだシリコン原子が、中心の金属原子を丸くカゴ状に取り囲む、新たなナノ物質「金属内包シリコンナノクラスター注1)」を気相合成注2)し、固体表面上で薄膜化する技術を開発しました。

ナノクラスターは、数個から千個程度の原子・分子が集合した数ナノ(ナノは10億分の1)メートルほどの大きさの超微粒子です。その物理・化学的性質を原子数や組成、荷電状態によって制御できることが特徴で、触媒、電子デバイス、磁気デバイスなどへの応用が期待されています。特にエレクトロニクス分野では、シリコンなど半導体材料のナノクラスターを積み木のように組み上げて、新たな機能を持つ超微細構造を生み出す技術が注目されています。

ナノクラスターを固体表面で固定し薄膜化する技術は、その基盤となる技術の1つと言えます。しかし、気相合成ナノクラスターの構造や荷電状態は、固体表面上で変化しやすく、本来の構造や性質・機能を保持しつつ固体材料化することは極めて困難でした。本研究グループでは、16個のシリコン原子が、中心にある1個のタンタル注3)原子を丸くカゴ状に包み込む金属内包シリコンクラスター(Ta@Si16ナノクラスター)を気相合成しました。さらに、炭素フラーレン(C60注4)で表面修飾した基板上にTa@Si16ナノクラスターを蒸着注5)し、C60とTa@Si16ナノクラスターの共有結合により複合体化することで、Ta@Si16ナノクラスターを固体表面に固定し薄膜化することに成功しました。このとき、ナノクラスターの構造と荷電状態が薄膜化前と変わらずに保持されていることも、実験と理論の両面から実証しました。

この成果は、ナノクラスターを基本単位として新たな機能材料や超高集積光・電子デバイスを実現するための基盤技術として利用価値が高いと考えられます。本研究成果は、英国王立化学会の学術誌「Nanoscale」に近日中に正式掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。

戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)

研究プロジェクト 「中嶋ナノクラスター集積制御プロジェクト」
研究総括 中嶋 敦(慶應義塾大学 理工学部 化学科 教授)
研究実施期間 平成21年10月〜平成27年3月

ナノクラスター大量合成と集積方法の開発、集積体の物性機能解析、ならびに新規なデバイスの作製に取り組むことを通して、ナノクラスター物質科学の基礎を確立するとともに、新たなナノデバイス創製の道筋を提示することを目指します。

<研究の背景と経緯>

新規な機能を持つナノメートル(ナノは10億分の1)サイズの構造体「ナノ物質」の創製は、科学・技術の発展を牽引する基盤技術とされています。例えば、20世紀末から今世紀初頭にかけての炭素フラーレン、炭素ナノチューブやグラフェンなどの「炭素ナノ物質」の発見は、物理学、化学、生物学、材料科学などの基礎科学からエレクトロニクスや医療など多岐に渡る分野へ大きなインパクトを与え、新たな研究開発領域を生み出すとともに、産業応用の可能性が注目されてきました。

しかし、炭素ナノ物質の研究開発が集中的に行われる一方、その他のナノ物質群の研究開発については大きく立ち遅れています。特に今日の高度情報化社会の礎であるシリコンナノエレクトロニクス注6)においては、シリコンを基本骨格とし遷移金属注7)原子などにより機能性を持たせた「シリコンナノ物質」を創製し、さらにそのシリコンナノ物質を基本単位としてボトムアップ的にエレクトロニクス材料を構築するための、新しい技術の開発が望まれています。

研究グループでは、シリコン原子と遷移金属原子を気相中で複合化させてナノ構造体を合成する手法を駆使して、シリコン原子を基本骨格に持つ新たなナノ物質群「金属内包シリコンナノクラスター」を創製する研究を進めてきました。金属内包シリコンナノクラスターの興味深い性質は、その荷電状態によって電子物性や化学的性質が著しく変化することです。例えば、本研究で扱ったTa@Si16ナノクラスター(図1)は、+1価の状態では化学的に不活性な性質を持ちますが、中性の状態では化学的に活性な性質を持つことが理論的に予測されています。多くの機能デバイスは機能部位を構成する物質の物理・化学的性質の変化に応じて動くため、荷電状態により性質を制御できる金属内包シリコンナノクラスターは、新たな機能デバイスへの利用が期待できます。

また、気相中で合成した金属内包シリコンナノクラスターをデバイスに応用するためには、ナノクラスターの性質を保ったまま固体表面に固定し、配列・集積することが必要不可欠です。しかし、気相合成されたナノクラスターを固体表面に固定しようとすると、その幾何学構造や荷電状態が容易に変化し本来の機能や性質が損なわれる、という問題点がありました。本研究では、固体表面を工夫することで、その性質を保持しつつ表面に固定し、薄膜化することを試みました。

<研究の内容>

本研究は、ナノクラスターの気相合成、サイズ選別、蒸着、および物性評価を真空中で一貫して行える実験装置を用いて進めました。Ta@Si16ナノクラスター(図1)をマグネトロンスパッタリング法注8)によって気相合成し、それを原子1個の精度でサイズ選別した後に、固体表面に蒸着しました。基板として、表面をC60の単分子層膜により修飾した高配向熱分解グラファイト(HOPG)注9)の清浄面を用いました。この基板面に蒸着されたTa@Si16ナノクラスターの幾何学構造と電子構造を、走査トンネル顕微法/分光法(STM/STS)注10)によって原子レベルで評価したところ、以下の知見が得られました。

◆Ta@Si16ナノクラスターの安定な固定化および薄膜化に成功

図2aは、C60膜でHOPG表面を修飾した基板(C60/HOPG)にTa@Si16ナノクラスターを蒸着させた際のSTM像です。表面上に特徴的なドット形状の構造体(青丸印)が形成されています。さらにTa@Si16の蒸着量を増加すると、C60膜表面はドットによって一様に覆われます(図2b)。個々のドットの高さを計測しその分布を調べたところ、高さ約0.8ナノメートルにピークが現れました(図2c)。この値は、孤立したTa@Si16ナノクラスターの理論的なサイズ(0.89〜0.95ナノメートル)に比べ、やや小さい値です。さらに、C60膜表面に形成されたドットは高温(500℃)で加熱処理しても物理的な破壊や凝集が起こることはなく、極めて高い安定性を示すことが分かりました。

◆安定な固定化の機構を解明

これらの結果は、Ta@Si16ナノクラスターが、C60との強い共有結合を介して複合体(Ta@Si16−C60)を形成していることを示唆します。また、この複合体では、Ta@Si16ナノクラスター部分において金属内包構造および荷電状態が保持されるため、ナノクラスター部分も気相中と同様の高い安定性を示します。このことは理論計算、電子状態測定および、以下の構造解析の結果からも明らかになりました。

このような複合体が表面に形成された場合、Ta@Si16ナノクラスター部分のサイズは計算上では0.76〜0.85ナノメートルとなり(図3)、観測された主要なドットの高さである約0.8ナノメートルとよく一致します。これらの結果は、Ta@Si16ナノクラスターを、その特徴的な金属内包構造を保持した状態で安定に表面固定し薄膜化できたことを示しています。

Ta@Si16ナノクラスターの安定な固定はどの固体表面でも実現するわけではありません。例えば、C60で覆われていないHOPG上にTa@Si16ナノクラスターを蒸着してSTM観察を行うと、Ta@Si16ナノクラスター同士が凝集してしまいます。また、Si(111)の表面をオリゴチオフェン注11)単層膜で修飾した基板上に蒸着した場合には、Ta@Si16ナノクラスターの構造が崩れ、Si単原子の厚さの島状構造に変化してしまうことが観察されました。このような不安定化は、HOPGやオリゴチフェン単層膜の表面ではTa@Si16ナノクラスターの荷電状態が変化しやすいために起こるものと思われます。

<今後の展開>

大きな物質をナノメートルサイズに微細加工するトップダウンナノテクノロジーに対して、機能制御されたナノクラスターを積み木のように組み上げて、ナノサイズの構造体を作製する技術は、ボトムアップナノテクノロジーと呼ばれます。ボトムアップナノテクノロジーは、自然界に存在しない人工機能材料や微細加工技術の限界を超える超高集積電子デバイスを実現するための新たな基盤技術として注目されています。

本成果は、金属内包シリコンナノクラスターを基本単位とした新たな機能材料や機能デバイス作製における、基盤要素技術としての応用が期待されます。今後は、物質表面での金属内包シリコンナノクラスターの秩序化や配列化をさらに押し進めることで、「シリコンナノ物質の固体材料化」の応用展開への展望をはかり、基礎研究をさらに深化してゆきます。

本プロジェクトでは、ナノクラスターの気相合成およびサイズ選別技術、さらには固体表面の幾何学構造や電子特性を原子レベルで評価する計測技術の開発を進め、これらを総合的に利用することによって、基板表面とナノクラスターの電荷移動を制御するとナノクラスターの荷電状態を保持しつつ表面に固定できることを世界に先駆けて実証しました。この方法は、多くの気相合成ナノクラスターへ適用できる可能性があるため、さまざまなナノクラスターの固体材料化技術を強く推進する指針となることが期待されます。

<参考図>

図1 理論的に提案されている気相中におけるTa@Si16ナノクラスターの構造モデル

気相合成されたTa@Si16ナノクラスターは、タンタル原子を中心にその周囲へシリコン原子を球状に配置したカゴ状構造をとることが理論的に予想されている。このような高い幾何学的対称性は金属内包シリコンナノクラスターの特徴の1つである。

図2 C60修飾HOPG表面に固定されたTa@Si16ナノクラスター

  • (a) Ta@Si16ナノクラスターを蒸着したC60修飾HOPG表面のSTM像。
  • (b) C60修飾HOPG表面に形成したTa@Si16ナノクラスター薄膜のSTM像。
    Ta@Si16ナノクラスターを高密度に固定化した後に220℃での加熱処理を行った。
  • (c) ドット高さの分布。

図3 C60修飾表面に固定されたTa@Si16ナノクラスター

Ta@Si16ナノクラスターはC60との共有結合を介して複合体を形成することによって表面に固定されている。

<用語解説>

注1) 金属内包シリコンナノクラスター
金属原子を中心にシリコン原子が丸いカゴ状に規則的に配列して形成される超微粒子。本研究ではシリコン原子16個がタンタル金属1つを内包する物質を取り上げている。
注2) 気相合成
液体中に目的とする物質が存在する状態で合成を行う液相合成に対し、ヘリウムガスなど気体中にイオンやプラズマなどが存在する状態で合成を行う方法を気相合成と呼ぶ。極めて純度の高い条件下で反応させるので不純物が混入しにくく、原子数や構造を精密に制御する合成に適している。
注3) タンタル
原子番号73の遷移金属。耐熱性や耐食性に強いので、エレクトロニクス分野で広く使われている。その電子構造からシリコンナノクラスターの構成物質として注目される。
注4) フラーレン(C60
炭素原子が丸いカゴ状に規則的に配列して形成される集合体の総称。最初に発見されたのが炭素原子数60個のC60である。高い電子親和性(電子を受け取りやすい)を示す。
注5) 蒸着
金属などを気化・蒸発させて素材表面に薄膜を形成する手法。
注6) シリコンナノエレクトロニクス
シリコンを主成分とするナノ物質の電子的性質を利用する工学分野。
注7) 遷移金属
鉄、コバルト、ニッケルなどに代表される一群の金属。多様な元素と結合することができるため、広く工業利用されている。
注8) マグネトロンスパッタリング法
真空下で磁場中に置かれた金属材料(ターゲット)に、高エネルギーの気体イオンを照射して原子を「たたき出す」技術。
注9) 高配向熱分解グラファイト(HOPG)
炭素原子から構成される亀の甲状の分子(グラファイト)が極めて規則的に向きを一定に配列された薄膜物質。本研究では化学反応性が極めて低い(不活性な)導電性表面の典型例として取り上げた。
注10) 走査トンネル顕微法/分光法(STM/STS)
鋭く尖った探針を導電性物質の表面に近づけ、探針と表面の間に流れる電流(トンネル電流)を測定することで、物質表面の構造、形態、電子状態などを観察・測定する方法。
注11) オリゴチオフェン
イオウを含有する環状炭素分子の一種であるチオフェン(CS)が複数個連結された物質。本研究では電子供与性(電子を与えやすい)の有機物質の例として取り上げた。

<論文タイトル>

“Formation of Superatom Monolayer Using Gas-Phase-Synthesized Ta@Si16 Nanocluster Ions”
(タンタル原子内包シリコンナノクラスターTa@Si16の気相合成を用いた超原子単分子膜の形成)
doi: 10.1039/c4nr04211e

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

中嶋 敦(ナカジマ アツシ)
慶應義塾大学 理工学部 化学科 教授、慶應義塾KiPAS 主任研究員
〒223-8522 神奈川県横浜市港北区日吉3−14−1
Tel:045-566-1708 Fax:045-566-1697(化学科共通)
E-mail:

中谷 真人(ナカヤ マサト)
科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)
「中嶋ナノクラスター集積制御プロジェクト」 博士研究員
〒213-0012 神奈川県川崎市高津区坂戸3−2−1
Tel:044-299-9061 Fax:044-299-9062
E-mail:

<JST事業に関すること>

中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3528 Fax:03-3222-2068
E-mail:

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:

慶應義塾 広報室
〒108-8345 東京都港区三田2−15−45
Tel:03-5427-1541 Fax:03-5441-7640
E-mail:

(英文)“Immobilization of Gas-Phase-Synthesized Silicon Cage Nanocluster onto Conductive Surface”