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平成26年9月19日

科学技術振興機構(JST)
九州大学

熱を使った効率的な純スピン流生成に成功
〜電荷レスでワイヤレスなスピンデバイスの実現に一歩前進〜

ポイント

JST 戦略的創造研究推進事業において、九州大学 大学院理学研究院の木村 崇 主幹教授らは、スピン注1)を使った次世代の電子素子(デバイス)での応用が期待される「純スピン流注2)」を、熱を使って効率的に生成することに成功しました。

電子が持つスピン(磁気)の性質を利用するスピンデバイスは、次世代の省エネルギーデバイスとして注目されています。もしスピンのみの流れ(純スピン流)を使うことができれば、電荷の流れによるジュール熱が発生しないので、エネルギー利用効率の良いスピン情報伝達が可能で、スピンデバイスのさらなる高性能化に貢献すると期待されています。しかし、これまでの手法では、純スピン流を作るために電流を流す必要があり、ジュール損失注3)などの問題がありました。

研究グループは、強磁性金属であるCoFeAl合金注4)を加熱することで、電流を流すことなく極めて効率的に純スピン流を生成できることを見いだしました。さらに、同手法をデバイスに組み込むことで、2桁以上大きなスピン信号の取り出しに成功しました。

本技術は、現在は捨てられている電子回路上の排熱を効率的に利用して動作する新しい省エネデバイスへの応用が期待されます。また、マイクロ波照射による強磁性体の発熱現象を用いることで、無駄な電気配線を減らしワイヤレスで動作するスピンデバイスも可能となります。加えて、環境中から微小な熱エネルギーを取り出し電気エネルギーに変換して利用する新しいエナジーハーベスティング技術注5)への応用などが期待できます。

本研究成果は、ネイチャーパブリッシンググループ(NPG)「NPG asia materials」のオンライン速報版で2014年9月19日(英国時間)に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「次世代エレクトロニクスデバイスの創出に資する革新材料・プロセス研究」
(研究総括:渡辺 久恒 株式会社EUVL基盤開発センター 相談役)
研究課題名 「電荷レス・スピン流の三次元注入技術を用いた超高速スピンデバイスの開発」
研究代表者 木村 崇(九州大学 大学院理学研究院 主幹教授)
研究期間 平成21年10月〜平成27年3月

JSTはこの領域で、微細化パラダイムのみでは実現できない機能・性能を持つ、革新的かつ実用化可能なエレクトロニクスデバイスを創製するための材料・構造の開発およびプロセス開発を行っています。

上記研究課題では、電荷レス・スピン流の3次元注入技術、スピン方向高速変調技術、およびホイスラー合金によるスピン流の超効率生成技術を開発し、優れた熱擾乱耐性を有する超高速・極低消費電力駆動スピンデバイスを試作実証します。

<研究の背景と経緯>

次世代の省エネルギー・ナノエレクトロニクスデバイスとして、電子が持つ電荷の自由度に加えてスピン(磁気)の自由度も積極的に利用する新しい電子技術「スピントロニクス」が注目を集めています。スピントロニクス素子は、すでにハードディスクや磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)などに応用されています。これらのスピントロニクス機能の多くは、電流のスピン版である「スピン流」によって駆動されます。

「スピン流」を作り出す方法としては、スピン偏極した電流を流すことがまず挙げられます。しかしこの方法では、スピン流が流れる領域に電流も流れてしまうため、ジュール熱による無駄なエネルギー損失が発生してしまいます。この問題を回避するため、本研究グループでは、電流を伴わないスピンの流れである「純スピン流(電荷レス・スピン流)」に着目し、それらを効率的に制御するさまざまな技術を開発してきました。純スピン流を利用することで、前述の電流による不要なエネルギー損失を排除できるため、よりエネルギー効率の良いスピンデバイスの動作が可能になると期待されています。

しかし、これまでの方法では、①純スピン流生成のために電流を用いることによって生成端子におけるジュール損失が発生する、②純スピン流生成用の端子を別途設ける必要があり、集積化したときの配線が複雑になるなどの問題がありました(図1)。

<研究の内容>

従来、スピントロニクス素子では、「強磁性体では上向きスピンの電子と下向きスピンの電子の電気伝導率が異なる」という性質を利用してスピン流を生成するのが一般的で、この場合、強磁性体に電位差(電圧)を与えることで電流とともにスピン流が生成されます(図2(a))。一方で、ごく最近の研究から、強磁性体では、熱電効果にかかわるゼーベック係数注6)もスピンの向きに依存することが判明し、電位差の代わりに温度差を与えることでもスピン流が生成できることが分かってきました(図2(c))。しかし、通常良く用いられる強磁性体であるニッケル鉄(NiFe)合金やコバルト(Co)などでは、スピン上向きと下向きのゼーベック係数の差は極めて小さく、これまで熱によって生成されたスピン流をわずかに検出できたとの報告がある程度でした。

研究グループは、ゼーベック係数が負の値も取り得ることに着目しました。電気伝導率は常に正の値となり負になることはありませんが、ある特殊な合金ではゼーベック係数が正の値だけではなく負の値も取り得ます。たとえば、上向きスピンの電子のゼーベック係数が正、下向きスピンのゼーベック係数が負の合金を考えると、その合金に温度差を与えた場合、電子はスピンの向きに応じて互いに逆方向に流れることになり、スピン流が効率的に生成されると期待できます(図2(d))。

今回、研究グループは、期待したとおりCoFeAl合金が上記のような特性を持つことを実験的に明らかにしました。図3(a)に示すような横型スピンバルブ素子注7)を作製し、片方のCoFeAl合金を加熱して純スピン流を生成し、もう1つのCoFeAl合金で純スピン流の強度を検出したところ、室温で約870ナノボルトのスピン信号を得ることができました(図3(b))。同様の実験を、NiFe合金を用いて行ったところ、スピン信号の大きさは、7ナノボルトとなり、CoFeAl合金を用いることで、2桁以上大きなスピン信号を取り出せることが分かりました。

<今後の展開>

今回の結果は、CoFeAl合金では、熱を電気に変換する性質(ゼーベック効果)に比べ、熱をスピン流に変換する性質(スピン依存ゼーベック効果)の方が大きいことを示すものです。この特殊な性質を応用することで、①電流を流すことなく、加熱するだけで純スピン流を効率良く生成できるようになり、発熱している電子回路上に設置することで排熱を有効利用してスピン流を生成できる、②マイクロ波照射によって任意の場所の強磁性体を加熱できることを利用してワイヤレスにスピン流を生成できるなど、電流を用いない新しいスピンデバイスの開発が期待できます。

この手法で効率的にスピン流を生成するには、強磁性体と非磁性体の界面の温度勾配をいかに大きくするかがポイントです。今後は、電気的な性質だけでなく、熱の空間分布なども考慮したデバイス設計が重要になります。また、上向きスピンと下向きスピンのゼーベック係数の差がCoFeAl合金より大きな値を持つ物質は他にも多く存在すると考えられ、量子式学的なシミュレーションなどに基づく物質設計指針の確立が、高性能な物質探索に極めて重要になると考えられます。

<参考図>

図1 電気的および熱的手法による純スピン流の生成

純スピン流は電流を含んでいないため、極めてエネルギー効率よくスピン情報を伝播できる。しかし、従来の電気的手法では、純スピン流の生成のために、生成端子にも電流を流す必要があり、そこで消費される電力、およびそのための配線の複雑化などが集積化した際の問題となる。熱的手法では、局所的な加熱やマイクロ波印加など、電流なしで純スピン流の生成が可能であり、電力損失や配線などの問題が回避できる。

図2 (a)(b)電気によるスピン流生成の起源、(c)(d)熱によるスピン流生成の起源

電気的に生成されるスピン流は、電気伝導率がスピンの向きにより異なることに起因している。この場合、最も効率よくスピン流を生成できる条件は、電子のスピン方向が一方向しか存在しない完全スピン偏極状態(b)の特殊な物質を用いることである。

一方、熱的に生成されるスピン流は、ゼーベック係数がスピンの向きにより異なることが起源である。通常の強磁性体では、その差はわずかである。しかし、ある特殊な強磁性体ではスピンの向きでゼーベック係数の符号が異なる物質も存在し、このような強磁性体を熱して温度勾配を作ると、電子はスピンの向きに応じて互いに逆方向に運動するため(d)、電流を伴わず極めて効率的に純スピン流のみを生成できる。

図3 (a)実験に用いた横型スピンバルブ素子の模式図と実際に使用された素子の電子顕微鏡写真
(b)CoFeAl合金を用いて、室温で得られた熱励起スピン信号

左側のCoFeAl合金(強磁性体)を加熱して、CoFeAl合金と銅(Cu)の界面に温度勾配を発生させることで、Cu内に純スピン流が生成される。実験では、20ナノメートルあたり1.3度の温度勾配が生じていると考えられる。Cu中に生成された純スピン流は拡散し、隣接している別のCoFeAl細線(スピン検出端子)に吸収され、電圧が発生する。この電圧の強度は注入された純スピン流の量に比例し、また、磁化と注入スピン流の相対角度に応じて変化する。(b)では、注入スピン流と検出端子の磁化が平行なときと反平行なときで、電圧が873ナノボルト(nV)変化しているのが確認できる。これは、4.3マイクロアンペア(μA)の純スピン流が検出端子に注入されていることに対応している。

<用語解説>

注1) スピン
電子が持つ量子力学的な性質の1つであり、上向きと下向きの2つの状態が存在する。その起源が、電子の自転運動として説明できるため、スピンと呼ばれる。
注2) 純スピン流
上向きスピンの電子と下向きスピンの電子が互いに逆方向に流れると、電荷の流れが相殺され電流がゼロとなるが、スピンに関しては、下向きスピンが左から右に流れることと上向きスピンが右から左に流れることと等価であるため、各電子のスピン流は強めあい、電子2個分のスピン流が流れることになる。このように電気を運ばずスピンのみを運ぶ電子の流れを純スピン流という。
注3) ジュール損失
金属などの導体中がもつ電気抵抗のために、電流を流した際に電力が消費される。電流を流すために必要なエネルギー量は電流×電流×電気抵抗で計算でき、それらは熱に変わって消費されるのでジュール損失と呼ばれている。
注4) CoFeAl合金
CoとFeとAlをある組成で混ぜ合わせて作製した合金。今回の試料では、質量比で、48%(Co):48%(Fe):4%(Al)で混合している。この組成に応じて、電気伝導率やゼーベック係数、およびそのスピン依存性などの電気的・磁気的・熱的な性質も大きく変わると考えられるため、シミュレーション計算などを用いた理論的研究も重要となる。
注5) エナジーハーベスティング技術
周辺の環境に存在しているエネルギーを収穫(ハーベスト)して、そのエネルギーを活用して新しいデバイスを動作させる技術。熱、光、振動など形態で存在するエネルギーを効率よく変換する機構が重要になる。
注6) ゼーベック係数
物質に温度差が存在すると、温度勾配に応じて電子が流れ、両端に電位差(電圧)が発生する。このような現象はさまざまな金属や半導体で観測され、ゼーベック効果と呼ばれている。発生する電圧は温度差に比例し、その比例定数はゼーベック係数と呼ばれる。熱勾配による電子の運動は常に一方向ではなく、たとえばn型半導体ではゼーベック係数が正(温度勾配の向きに電圧が生じる)で、p型半導体ではゼーベック係数が負(温度勾配と逆向きに電圧が生じる)になる。強磁性体は、スピンの向きにより、ゼーベック係数の符号が異なる場合があり、実際に、本研究で使用したCoFeAl合金のように、上向きスピンのゼーベック係数が正で下向きスピンのゼーベック係数が負となる物質が存在する。
注7) 横型スピンバルブ素子
面内に配列した2つの強磁性体を非磁性体で接続して構成される素子で、2つの強磁性体の磁化の相対角に対応して電気抵抗が変化する素子。従来の磁性多層膜で形成させる積層型と区別するために、横型スピンバルブ素子、あるいは面内スピンバルブ素子と呼ばれる。

<論文タイトル>

“Efficient thermal spin injection using CoFeAl nanowire”
(CoFeAl合金を用いた高効率な熱スピン注入)
doi: 10.1038/am.2014.74

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

木村 崇(キムラ タカシ)
九州大学 大学院理学研究院 主幹教授
〒812-8581 福岡県福岡市東区箱崎6−10−1
Tel:092-642-3915
E-mail:

<JST事業に関すること>

松尾 浩司(マツオ コウジ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3526 Fax:03-3222-2064
E-mail:

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
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