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平成26年8月22日

東京大学 医科学研究所
科学技術振興機構(JST)

免疫細胞による新たな感染防御機構の発見
〜自然リンパ球は腸管上皮細胞の糖の付加を制御する〜

発表のポイント

腸管上皮細胞は体の内と外を分け隔て、外来の異物に対する防御バリアとして働いている。腸管上皮細胞はさまざまな糖転移酵素注1)を発現しているが、その中の一つであるフコース注2)転移酵素は、ウイルスなどの病原性微生物の感染や、慢性の炎症性腸疾患であり難病の一つであるクローン病といったヒトのさまざまな疾患関連遺伝子の一つとして報告されている。しかし、腸管上皮細胞におけるフコース転移酵素の発現がどのような機構によって制御されているのか、腸管上皮細胞に発現しているフコースが生体内においてどのような役割を果たしているのかなどほとんど明らかとなっていない。

東京大学 医科学研究所の後藤 義幸 研究員(現在:米国 コロンビア大学 博士研究員)、清野 宏 教授らの研究グループは、マウスにおいて腸管上皮細胞のフコース転移酵素の発現ならびにこの酵素によるフコースの付加(フコシル化)の誘導に、セグメント細菌注3)を含む腸内細菌が関与することを見出した。さらに、腸管に存在する免疫細胞の一種である自然リンパ球注4)が、インターロイキン22(IL−22)やリンホトキシン注5)を産生することがこれらの誘導に重要であることを発見した。また、フコース転移酵素が欠損しているマウスでは、病原性細菌の一種であるサルモネラ菌に感染しやすくなることも明らかにした。

これまでに、ヒトは抗体や抗菌ペプチド注6)を産生することで、外来の病原微生物に対して防御、対処することが知られてきた。本成果は、腸管上皮細胞に発現する糖鎖注7)が自然リンパ球によって誘導されることに加え、病原性細菌の感染防御に効果があることを示しており、新たな免疫反応の発見という観点でも非常に意義があると言える。本研究により明らかとなった腸管上皮細胞の糖鎖修飾注7)機構を応用することにより、感染症やクローン病などに対する新たな予防や診断、治療法の開発につながることが期待される。

<発表内容>

腸管は常に食べ物や腸内細菌、病原性細菌などの異物に接している特殊な器官である。ヒトは腸内細菌に対しては共生環境を作る一方、病原性細菌を排除するという複雑な免疫機構を備えている。腸管上皮細胞は外からの異物が最初に接触する細胞であり、ヒトにとっては第一線の防御バリアである。腸管上皮細胞はさまざまな糖鎖を常に発現しており、それらの糖鎖は種々の糖転移酵素によって構築されている。中でも、フコースはフコース転移酵素によって細胞表面に付加され、細胞の移動や接着、シグナル伝達、ガンの進行のみならず、ウイルスなどの病原性微生物の感染にも関与することが報告されてきた。しかしながら、フコース転移酵素の発現機構ならびに腸管上皮細胞に発現するフコースの生体内における役割については不明であった。

東京大学 医科学研究所の後藤 義幸 研究員(現在:米国 コロンビア大学 博士研究員)、清野 宏 教授らの研究グループは、まず無菌マウス注8)を用いて腸内細菌が腸管上皮細胞のフコース転移酵素の発現ならびにフコシル化に関与することを見出した(図①)。腸内細菌は腸管免疫細胞の分化や増殖、活性化に関与していることが知られているため、免疫細胞が腸管上皮細胞のフコシル化を誘導する可能性が考えられた。そこで、代表的な免疫細胞であるT細胞やB細胞を欠くマウスを調べたが、腸管上皮細胞のフコシル化に変化は見られなかった。次に、近年新たに発見された腸管免疫細胞の一種である自然リンパ球を持たないマウスを解析したところ、腸管上皮細胞のフコース転移酵素の発現ならびにフコシル化がほぼ消失していた(図②)。また、遺伝子欠損マウスを用いた実験から、自然リンパ球が腸内細菌依存的・非依存的にそれぞれ産生するIL−22とリンホトキシンが腸管上皮細胞のフコース転移酵素ならびにフコシル化を誘導していることを明らかにした(図③)。

生体内における腸管上皮細胞のフコシル化の役割を調べるために、フコース転移酵素を持たないマウスに病原性細菌であるサルモネラ菌を感染させたところ、フコース転移酵素を持ち普通に飼育されたマウス(野生型マウス)に比べて多くの菌に感染し、炎症症状もひどくなることを見出した(図④)。このことから、腸管上皮細胞のフコシル化は病原性細菌に対し、バリアを形成して感染防御に効果があることが分かった。以上の結果をまとめると、腸管に存在しリンホトキシンを常に産生している自然リンパ球が腸内細菌からの刺激を受けてIL−22を産生し、腸管上皮細胞のフコース転移酵素の発現ならびにフコシル化を誘導し、サルモネラ菌の感染を防いでいることが明らかとなった(図⑤)。

これまでに、腸管上皮細胞のフコースは腸内細菌の中でも特にバクテロイデス菌属に栄養源として利用されることが報告されており、事実、フコース転移酵素を持たないヒトおよびマウスでは腸内細菌叢注9)が変化することが知られている。これらの報告と本研究結果から、腸管上皮細胞のフコースは腸内細菌との共生、および病原性細菌に対する防御の二つの機能を持っていると言える。他にも、フコース転移酵素はウイルスなどの病原性微生物の感染や、クローン病といったヒトのさまざまな疾患に関連する遺伝子として報告されていることから、本成果により明らかとなった自然リンパ球によるフコース転移酵素の発現誘導機構が、これらの疾病にも関与している可能性がある。本研究成果は免疫細胞による腸管上皮細胞の糖鎖修飾の誘導という生物学的な発見に留まらず、感染症や難病の慢性炎症性疾患など、ヒトの疾病に対する予防・診断・治療の開発につながることが期待される。

本研究成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「炎症の慢性化機構の解明と制御に向けた基盤技術の創出」
(研究総括:宮坂 昌之 大阪大学 未来戦略機構 特任教授)
研究課題名 「炎症性腸疾患の慢性化制御機構の解明と治療戦略の基盤構築」
研究代表者 清野 宏(東京大学 医科学研究所 教授)
研究期間 平成23年4月〜平成28年3月

また、科学研究費補助金、厚生労働科学研究費補助金、農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業の支援により得られた研究成果、ならびにヤクルト中央研究所、医薬基盤研究所、理化学研究所 微生物材料開発室との共同研究の成果の一部を含みます。

<参考図>

<用語解説>

注1) 糖転移酵素
細胞の膜表面には糖鎖(注7参照)が付加されている。糖転移酵素は決められた糖を糖鎖に付加する酵素である。例えば、フコース転移酵素は、フコースを(注2参照)糖鎖に付加する酵素である。
注2) フコース
海藻の粘り気の成分として見つかった単糖の一種。
注3) セグメント細菌
腸内細菌の一種。腸管免疫細胞の分化、増殖を誘導するだけでなく、関節炎や多発性硬化症の発症にも関与することが報告されている。
注4) 自然リンパ球
免疫細胞の一種で、近年その存在が明らかにされたリンパ球である。リンパ節の形成や病原性細菌、ウイルスに対する感染防御反応、上皮細胞の恒常性の維持、抗体産生、アレルギー反応の誘導など、多岐に渡る機能を持っていることが知られている。
注5) インターロイキン22(IL−22)やリンホトキシン、サイトカイン
サイトカインは細胞から産生される因子で、これら因子の受容体を持つ細胞に作用することで、細胞の機能を調節する。IL−22やリンホトキシンはサイトカインの一種で、IL−22は主に腸管上皮細胞による抗菌物質の産生や、腸管上皮細胞の増殖を調節している。リンホトキシンは主にリンパ節の形成に重要である。
注6) 抗体や抗菌ペプチド
抗体および抗菌ペプチドは共に外来の異物に対して作られる免疫反応物質。抗体は主にB細胞から、抗菌ペプチドは主に腸管上皮細胞で作られる。腸管で作られた両分子は腸管の管腔側に放出され、外来からの異物を不活化し腸管上皮細胞への接着を阻害する。
注7) 糖鎖、糖鎖修飾
糖鎖は糖が二つから多数つながった化合物である。通常、細胞膜表面に発現しているタンパク質や脂質は糖鎖の修飾を受けている。生体内において、糖鎖は細胞の形態の維持だけでなく、細胞の接着、分化、シグナル伝達などさまざまな役割を果たしている。
注8) 無菌マウス
特殊な管理施設において無菌状態で飼育されたマウス。腸内細菌がいないため、腸管免疫応答が弱いことが知られている。
注9) 腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)
ヒトをはじめとする動物の腸内には、常に多くの細菌が生息しており、この細菌群集は腸内細菌叢と呼ばれている。腸内細菌は、近年、腸管免疫機構の形成のみならず炎症性腸疾患や肥満などヒトのさまざまな疾患に密接に関わることが報告されている。

<発表雑誌>

雑誌名 「Science」(2014年8月21日)
論文タイトル “Innate lymphoid cells regulate intestinal epithelial cell glycosylation”
(自然リンパ球は上皮細胞の糖鎖修飾を調節する)
著者 Yoshiyuki Goto, Takashi Obata, Jun Kunisawa, Shintaro Sato, Ivaylo I. Ivanov, Aayam Lamichhane, Natsumi Takeyama, Mariko Kamioka, Mitsuo Sakamoto, Takahiro Matsuki, Hiromi Setoyama, Akemi Imaoka, Satoshi Uematsu, Shizuo Akira, Steven E. Domino, Paulina Kulig, Burkhard Becher, Jean-Christophe Renauld, Chihiro Sasakawa, Yoshinori Umesaki, Yoshimi Benno, and Hiroshi Kiyono*
(Corresponding author*
後藤 義幸、小幡 高士、國澤 純、佐藤 慎太郎、Ivaylo I. Ivanov、Aayam Lamichhane、竹山 夏美、神岡 真理子、坂本 光央、松木 隆広、瀬戸山 裕美、今岡 明美、植松 智、審良 静男、Steven E. Domino、Paulina Kulig、Burkhard Becher、Jean-Christophe Renauld、笹川 千尋、梅ア 良則、辨野 義己、清野 宏*
doi 10.1126/science.1254009

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

東京大学 医科学研究所 炎症免疫学分野研究室
清野 宏(キヨノ ヒロシ)
佐藤 慎太郎(サトウ シンタロウ)
Tel:03-5449-5271
URL:http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/EnMen/index_j.html

<JST事業に関すること>

科学技術振興機構 戦略研究推進部 ライフイノベーショングループ
川口 貴史(カワグチ タカフミ)
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
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<報道担当>

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