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平成26年6月17日

科学技術振興機構(JST)
東京大学 大学院工学系研究科
理化学研究所

次世代時間標準として注目の「光格子時計」の小型化へ前進
〜将来の高精度化と可搬化による応用にも期待〜

ポイント

JST 戦略的創造研究推進事業において、東京大学 大学院工学系研究科の香取 秀俊 教授(理化学研究所 主任研究員)らは、中空フォトニック結晶ファイバー注1)(以下、中空ファイバー)中でストロンチウム原子の高精度分光に成功しました。これは光格子時計注2)を始めとする量子計測装置の小型化に向けた、新たな基盤技術となる重要な成果です。

現在、光格子時計は、次世代の「秒の定義」の有力候補として世界中で盛んに研究されていますが、実用化のためには、小型化・可搬化が不可欠です。今回の成果では、中空ファイバーの中にレーザー冷却注3)されたストロンチウム原子を閉じ込め、高精度な分光に成功しました。中空ファイバーの中で魔法波長注4)の光格子を形成し、原子をファイバーの中心に等間隔で並べることで、原子とファイバー壁や、原子どうしで起きる相互作用、光格子による原子の周波数シフトなどの外部影響を除去し、原子の自然幅注5)のスペクトルに迫る分光計測を実現しました。これは、従来ファイバー中で観測された最も狭いスペクトル線幅をさらに1/1,000近く低減する成果です。

分光測定など、量子計測における雑音の低減のためには、観測する原子数の増大が重要です。一方で、原子間の相互作用を防ぐためには光格子を作り、個々の原子を隔離する必要があります。1次元の光格子では、波長の半分の間隔で原子が並ぶため、観測可能な原子数は1次元光格子の全長に比例して増大します。自由空間中では光の回折によって全長が制限されますが、光ファイバー中では任意の長さに延伸可能です。

今回、実証した実験系では、原子間相互作用を低減し、かつ原子の光学的な密度を増大することが可能です。この技術は、光格子時計の小型化に不可欠な上、量子計測の高精度化に広く応用可能です。光格子時計が小型化し、持ち運べるようになれば、重力の差による時間の遅れを測って、地下資源を探索するなど、時を測るだけに留まらない広範な応用が期待されます。

本成果は、内閣府 最先端研究開発支援プログラムおよび文部科学省 先端光量子科学アライアンスにより一部支援を受けて行われました。2014年6月17日(英国時間)発行の英国科学誌「Nature Communications」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。

戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究

研究プロジェクト 「香取創造時空間プロジェクト」
研究総括 香取 秀俊(東京大学 大学院工学系研究科 教授、 理化学研究所 香取量子計測研究室 主任研究員)
研究期間 平成22年10月〜平成28年3月

極低温原子操作、量子制御技術、最先端のレーザー制御技術の高度化により、セシウム原子時計の精度を陵駕する、新しい原理の原子時計「光格子時計」の実現を目的としています。

<研究の背景と経緯>

時間の研究とは、より正確で安定な周期現象の探索です。そのような周期現象の繰り返しの回数を数えることで、時間の経過を測ることができます。現在は、セシウム原子を振子の周期とする原子時計注6)が世界の時を決める時計として使われています。次世代の原子時計として、この30年以上にわたって、電磁場のない自由空間に静止した単一の原子が理想の「時計の振り子」と考えられてきました。

原子時計では、原子の共鳴スペクトル注7)を観測し、その中心値から共鳴周波数を求めます。この時、スペクトル線幅が細いほど共鳴周波数を決める精度が上がります。しかし実際には、原子どうしや原子と装置の壁との相互作用により、スペクトルのずれ(シフト)が生じたり、スペクトルの幅が広がったりします。一方で、原子間の相互作用をなくすために単一の原子を測定すると、量子的な揺らぎ(不確かさ)が無視できず、揺らぎを取り除く平均化処理を行うために、精度よく時間を決めるのに時間がかかります。

そこで、このような問題点を克服する技術として、2001年に東京大学 大学院工学系研究科の香取 秀俊 教授(当時、准教授)が「光格子時計」を提案しました。光格子時計の原理は、まず、「魔法波長」と呼ばれる特別な波長のレーザー光を干渉させて作った微小空間(光格子、図1)に、レーザー冷却された原子を1つずつ捕獲し、原子どうしの相互作用が起きないようにします。次に、これらの原子にレーザー光を当て、吸収する光の振動数(共鳴周波数)を精密に測定します。この光の振動を数えて、1秒の長さを決めます。光格子全体には多数の原子を捕獲できるので、それらの原子の共鳴周波数を一度に測定して平均をとることで、短時間で時間を決めることができます。

光格子時計は次世代の「秒の定義」として、有力候補となっており、既存の原子時計の精度(10−15:3,000万年に1秒狂う精度)を1,000倍程度向上させる手法として、世界中で高精度化を目指した研究開発が進んでいます。

研究グループでは将来の実用化をにらみ、光格子時計の小型化の技術開発を進めています。研究グループは、光通信などに広く使われ、現在の光技術の中核を担うコンポーネントである、光ファイバーに注目しました。中空の光ファイバーは、その微小なコア中に光と原子を同時に閉じ込めることができるため、有望な小型化技術です。ところが、従来の研究では、原子どうしや原子とファイバーの壁の相互作用のため、光ファイバー中では線幅の狭いスペクトルを得ることが難しいとされてきました。

<研究の内容>

今回、研究グループは、中空のコアに光を閉じ込めることができる中空フォトニック結晶ファイバー(以下、中空ファイバー)(図2)内に、魔法波長の光格子を作り、そこにレーザー冷却されたストロンチウム原子を1個ずつ捕獲して、原子の共鳴スペクトル線幅を細くすることに挑戦しました。

中空ファイバー中では、原子がファイバーの内壁に衝突したり、原子どうしの相互作用が生じることから、これまで報告された原子の共鳴スペクトル幅は数MHz(メガヘルツ)以上に広がっていました。

高精度な光格子時計を作るためには、ストロンチウム原子とファイバー中の残留ガスとの衝突を防ぎ、ストロンチウムの捕獲寿命を十分に長くすることが必要です。ファイバー中での原子の捕獲寿命を測定したところ、350〜500ミリ秒と、光格子時計の構築に十分な寿命であることを確認しました(図3)。

光格子時計の実験では、対向するレーザー光によって作る1次元の定在波に、魔法波長の半分の間隔で原子が並べる、「1次元光格子」が最もよく使われてきました。自由空間中では、光が回折によって広がるため、光の焦点近辺の領域でしか原子を捕獲できません。これに対し、中空ファイバー中では、コア中に光を閉じ込めたまま、光を減衰させずに伝送できるので、ファイバーの長さに比例して捕獲する原子数を大幅に増やすことが可能です(図2a)。

課題の1つは、原子どうしの相互作用を防ぐため、光格子の一区画に原子を1つだけ捕獲できるかということでした。そこで、ストロンチウム原子を光格子に多数捕獲して中空ファイバーに導入したのち(図4上)、光格子を開放して原子を中空ファイバー中に拡散させました。こののち、光格子で原子を再捕獲することで、光格子の一区画中の原子数をほぼ1個以下まで低減しました(図4下)。これによって、原子数を保ったまま、原子どうしの相互作用を抑制しました(図5)。この結果、7.8kHzの周波数線幅の共鳴スペクトルが得られました(図6)。

従来、光ファイバー中で測定された原子、分子のスペクトルが5MHz程度であったのに対し、魔法波長の光格子を導入することによってスペクトル線幅を1/1,000近く低減できました。得られたスペクトル線幅は、ほぼ原子の自然幅で制限され、ファイバー壁との相互作用は観測されませんでした。一方、計算から、今回のコア径のファイバーを使う時、原子とファイバー壁の相互作用が時計の精度に与える影響は10−17精度(30億年に1秒狂う精度)以下であると見積もられています。

これらにより、中空ファイバーを使って小型でありながら高精度な光格子時計が構築できる足がかりが得られました。

<今後の展開>

研究グループは、以下に示すような応用に使えるよう10−18精度(宇宙年齢138億年たっても0.4秒しか狂わない精度)を目標としています。このような高精度化の追求と並行して、今回の成果を足がかりに、光格子時計の小型化・可搬化を目指した技術開発を行います。

極めて精度が高い時計では「重力が強いと時間はゆっくり進む」というアインシュタインの相対論の影響が測定できるようになります。10−18精度では、わずか1センチの高低差で重力の違いがもたらす(一般相対論的な)時間の遅れが検出できるほか、人の歩く速さ程度で起きる(特殊相対論的な)時間の遅れが検出できるようになります。このため、小型で、車に乗せて屋外に持ち運びができる光格子時計が実現すれば、周囲より比重の高い鉱脈などが重力に影響することを検出して地下資源の探索を行うことも可能になるでしょう。このような「相対論的カーナビ」は、従来のカーナビのイメージを大きく超えることでしょう。一方、時計のネットワークを形成して地殻変動の観測を行うなど、時計の新たな応用が広がると期待されます。

<参考図>

図1

図1 光格子の模式図

原子(緑色)が光の定在波で作られた光格子(茶色)の中で捕獲されている。光格子は「魔法波長」と名づけられた特別なレーザー波長で構成されている。光格子の一区画ごとに原子を入れ、隣の原子との相互作用を排除する。

図2

図2 実験装置の概要

  • a. コア直径40μm(マイクロメートル)、長さ32mmの中空ファイバーに魔法波長の光格子(赤い波線)を形成し、その中にストロンチウム原子(青い丸)を捕獲した。中空ファイバー中で光格子を1次元的に構成する。隣あうストロンチウム原子の間隔は魔法波長の半分(約0.4μm)になる。
  • b. 使用した中空ファイバーの断面図。中央部分が中空になっている。
図3

図3 中空ファイバー中での原子の捕獲寿命測定の結果

32mm長の中空ファイバーにおいて広範囲で350〜500ms(ミリ秒)の寿命が得られた。

図4

図4 1次元光格子中で原子を拡散させる

ファイバーに原子を導入した直後は、横方向の原子の広がりは小さく、複数原子が捕獲されている格子が存在する(上図)。このような格子では原子どうしの相互作用が起こる。原子をいったん光格子から解放して原子を拡散させた後、再び原子を光格子に捕獲し直すことで、1格子あたりの原子数をほぼ1個以下にまで低減した(下図)。

図5

図5 (上)原子数と線幅の関係。(下)原子数と周波数シフトの関係

ファイバー中の原子数を増加させると、原子どうしの相互作用によって、スペクトルの線幅が増加(上図の赤丸)するとともに、周波数シフトが起こる(下図の赤丸)。これに対し、図4下のように、ファイバー中で原子を拡散させて光格子に原子を1個ずつ並べると、細いスペクトル線幅を保ち、周波数シフトを起こさずに、原子数を増加させることができる(青丸)。原子数は、横軸の光学深度に比例して増大する。

図6

図6 中空コアファイバー中で観測された原子スペクトル

原子どうしの相互作用を取り除くことで、自然幅に迫る7.8kHzのスペクトル線幅を観測した。

<用語解説>

注1) フォトニック結晶ファイバー
フォトニック結晶では、光などの波長程度の一定の周期構造を作ることで、周期の幅に対応した波長の電磁場が伝播できなくなるフォトニックバンドギャップを作ることができる。この効果を利用したフォトニック結晶ファイバーは、コアを波長程度の構造の誘電体で囲み、コアに光を閉じ込めることができる。
注2) 光格子時計
2001年、香取 秀俊 東京大学 大学院工学系研究科 准教授(当時)が考案した次世代の原子時計。まず、「魔法波長」と呼ばれる特別な波長のレーザー光を干渉させて作った微小空間(光格子、図1)に、レーザー冷却された原子を1つずつ捕獲し、原子どうしの相互作用が起きないようにする。次に、これらの原子にレーザー光を当て、吸収する光の振動数(共鳴周波数)を精密に測定する。この光の振動を数えて、1秒の長さを決める。光格子全体には多数の原子を捕獲できるので、それらの原子の共鳴周波数を一度に測定して平均をとることで、短時間で時間を決めることができる。
注3) レーザー冷却
光子の運動量を使って、原子の運動量を制御することで、原子を冷却する技術。光格子が捕獲できる原子の温度は10μK(マイクロケルビン)程度であるため、あらかじめ原子の温度をそれ以下の温度に冷却する必要がある。
注4) 魔法波長
原子に光が当たると、光の電場の影響での(原子の)電子状態のエネルギーが変化する。これを光シフトという。この光シフト量は、一般に、電子状態によって異なるため、2つの電子状態間の共鳴周波数が変化する。ところが、特定の波長・偏光を選ぶと、2状態の光シフトを等しくし、光シフトしない共鳴周波数を観測できる。このような、原子の共鳴周波数を変えない波長を魔法波長と呼ぶ。
注5) 自然幅
外部環境の影響がないときの、原子本来の共鳴スペクトル線幅。
注6) 原子時計
1955年に、イギリスのエッセンらが発明。セシウム原子の放射の振動を9,192,631,770回数える時間の長さを1秒と定義する。
注7) 原子の共鳴スペクトル
原子は量子力学によって定まる飛び飛びのエネルギー準位を持つ。これらのうち、2つの準位間のエネルギー差に相当する周波数を原子の共鳴周波数と呼ぶ。このような共鳴周波数付近の光を原子に照射すると、原子は光を吸収して、エネルギーの高い状態に励起される。このような励起確率を光の周波数に対して測定したものを共鳴スペクトルという。このスペクトルの中心を精度よく測定することで、原子の共鳴周波数を求める。

<論文タイトル>

“Lamb-Dicke spectroscopy of atoms in a hollow-core photonic crystal fibre”
(中空フォトニック結晶ファイバー中の原子のラムディッケ分光)
doi: 10.1038/ncomms5096

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

香取 秀俊(カトリ ヒデトシ)
東京大学 大学院工学系研究科 物理工学専攻 教授
〒113-8656 東京都文京区本郷7丁目3番1号 工学部6号館
Tel:03-5841-6845 Fax:03-5841-6859
E-mail:

<JST事業に関すること>

中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3528 Fax:03-3222-2068
E-mail:

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432

東京大学 大学院工学系研究科 広報室
Tel:03-5841-1790

理化学研究所 広報室
Tel:048-467-9272

(英文)“A step forward to miniaturizing "optical lattice clocks"
A technique allowing high-precision portable-clocks will open up clocks’ new applications in the future.”