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平成26年4月2日

独立行政法人 科学技術振興機構(JST)
東京大学 大学院薬学系研究科
星薬科大学 薬学部

ロジウム触媒の性能を超えるコバルト触媒の開発に成功
〜高効率・低コスト・低環境負荷な医薬品合成〜

ポイント

JST 課題達成型基礎研究の一環として、東京大学 大学院薬学系研究科の松永 茂樹 准教授、星薬科大学 薬学部の坂田 健 准教授らの研究グループは、安価なコバルト(Co)触媒注1)酢酸イオン注2)を組み合わせることで、希少で高価なロジウム(Rh)触媒を上回る触媒性能を実現することに成功しました。

医薬品合成における化学変換には、原料の狙った位置の炭素−水素結合だけを触媒の作用でうまく活性化注3)し、一段階で化学変換する方法が有効で、優れた触媒性能を示すロジウム触媒が広く産業利用されています。しかし、ロジウムは極めて希少で最も高価な金属であるため、ロジウムの代替となりうる安価で容易に入手可能な触媒の開発が望まれています。

本研究グループは、周期表上でロジウムと同族のコバルトに着目し、ロジウムだけが持つ炭素−水素結合の化学変換の触媒性能を、安価なコバルト触媒で代替する手法を探索しました。その結果、コバルトだけでは全く触媒性能がないのに対し、酢酸イオンと組み合わせることで、高い触媒性能を持つことが分かりました。理論計算注4)によるシミュレーションから、コバルト触媒と酢酸イオンが協力して働くことで初めて高い触媒性能が実現される様子も明らかになりました。また、ロジウム触媒と同様に、炭素−水素結合の化学変換の触媒性能を示すだけでなく、ロジウム触媒を用いた場合でも数段階の合成工程が必要な医薬品合成の有用分子を、原料から一段階で合成することにも成功しました。

本研究で開発された触媒設計の基盤技術は、触媒コストを数十分の1以下に削減できるだけではなく、ロジウム触媒よりも少ない工程数で医薬品開発に役立つ分子を得られるので、環境負荷の低減も可能となり、幅広く創薬研究に貢献することが期待されます。

本研究は、東京大学 大学院薬学系研究科の金井 求 教授と共同で行ったもので、研究成果は米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン速報版で近日中に公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 先導的物質変換領域(ACT−C)

研究領域 「低エネルギー、低環境負荷で持続可能なものづくりのための先導的な物質変換技術の創出」
(研究総括:國武 豊喜 公益財団法人 北九州産業学術推進機構 理事長)
研究課題名 「医薬品開発研究を先導する多彩な協同機能触媒系の創製と応用」
研究代表者 松永 茂樹(東京大学 大学院薬学系研究科 准教授)
研究期間 平成24年10月〜平成30年3月

上記研究課題では、汎用金属を用いた触媒の創製を通じて、医薬品などの生産に応用可能な有用化合物の効率的合成法の開発に取り組んでいます。

<研究の背景と経緯>

医薬品の効率的な合成のためには、触媒の利用が必要不可欠です。これまで頻繁に産業利用されてきたのは、優れた性能を持つロジウムやパラジウムなどの金属触媒が中心でした。医薬品の合成においては、原料の目的の位置の炭素−水素結合だけを化学変換することが必要です。通常、化学変換には複数の工程が必要ですが、ロジウム触媒は、一段階で炭素−水素結合を活性化し、化学変換することができます(図1:次世代クロスカップリング反応注5))。ロジウム触媒は、その優れた触媒性能によって、医薬品の合成工程を短縮することができるので、世界中で頻繁に利用されています。

しかし、ロジウムは産地が限られ価格が高騰している希少金属で、合成コストの削減と低環境負荷の観点からも、安価で入手が容易な金属で代替するための基盤技術の開発が早急に望まれています。本研究グループは、周期表上でロジウムの上に位置するコバルトが安価な代替触媒になると考えました。コバルト触媒原料の単価は、ロジウムと比較して百分の1以下です。一般に周期表上で同族の金属は類似した性質を示すとされますが、触媒性能という実用面からは必ずしも当てはまりません。そのため、コバルトはロジウムと同族に属すものの、炭素−水素結合を一段階で化学変換するための触媒活性を示さず、ロジウム触媒の性能をコバルトで単純に代替するのは困難でした。

<研究の内容>

本研究グループは、炭素−水素結合の化学変換には十分な触媒活性を示さないことが多い汎用金属に対して、高い触媒性能を持たせるための基盤技術開発に取り組みました。その結果、ロジウム触媒を単純にコバルト触媒に置き換えただけでは次世代クロスカップリング反応を触媒する性能がありませんが、コバルト触媒と適切な酢酸イオンを混ぜ合わせた場合には、目的の触媒性能が発揮されることが分かりました(図2)。

理論計算によるシミュレーションから、コバルト触媒と酢酸イオンが1:1で相互作用したときに新たな触媒が反応容器内で発生しており、コバルト触媒と酢酸イオンが同時に作用することで、原料の狙った位置の炭素−水素結合が効果的に活性化する様子(図3)を明らかにしました。

また、今回開発した触媒では、コバルトが本来持つ高いルイス酸性注6)やコバルト−炭素結合の分極注7)の大きさといった良い特性は残したまま、ロジウム触媒だけが本来持っていた炭素−水素結合を活性化する性能を併せ持つようになったことも分かりました。

図4のように、従来法では(1)ロジウム触媒による炭素−水素結合の化学変換、(2)その後の汎用金属などを利用した化学変換と、医薬品合成に重要な有用分子を得るまでには、ロジウム触媒と汎用金属を使い分けた数段階の合成工程が必要でした。しかし、コバルト触媒と酢酸イオンを組み合わせた新しい触媒を利用することで、たった一段階で向精神薬などの有用分子であるN−縮環インドール注8)に化学変換することに世界で初めて成功しました。この結果は、安価なコバルトの代替利用で触媒コストを数十分の1以下に抑えて合成することに成功しただけではなく、工程数がロジウム以上に短くなるためロジウム触媒を超える幅広い応用範囲を示す新しい触媒が開発できたことを意味します。

<今後の展開>

今回、コバルトと酢酸イオンのように、それぞれ単独では触媒しない反応であっても、両者を併用することで高い触媒性能を実現できることが明らかとなりました。この手法はコバルトと酢酸イオンに限らず、幅広く応用可能な触媒設計の基盤技術であり、さまざまな安価な金属を駆使した高性能な触媒開発に利用できると期待されます。

医薬品の開発にかかる期間は10年以上、開発費用は数百億円以上とも言われています。今回開発した技術により、合成工程を大幅に短縮するとともに、目的の有用分子を高収率で得ることが可能になりました。創薬研究を加速すると同時に、医薬品を従来よりも低コストに、また環境への負荷をかけずに医薬品を合成することを実現し、産業および環境の観点でも持続可能な医薬品製造プロセスの構築に貢献すると期待されます。

<参考図>

図1

図1 炭素−水素結合の活性化による化学変換
次世代クロスカップリング反応

従来の合成法では、原料の炭素−水素結合を炭素−ハロゲン結合や炭素−ホウ素結合などに化学変換(目印の導入)し、その後、目印を利用してパラジウム触媒などでクロスカップリングさせるという複数工程が必要であった。目印の導入工程を必要とせず、炭素−水素結合から一段階で化学変換する「次世代クロスカップリング反応」の開発が、現在、世界中で研究されている。しかし、ロジウムなどの希少で高価な金属触媒の利用が必須であることが多い。

図2

図2 安価なコバルトと酢酸イオンの組み合わせでロジウムを代替可能

ロジウムを単純に同族のコバルトに置き換えるだけでは目的とする炭素−水素結合を活性化する触媒性能は実現できない。コバルト触媒に酢酸イオンとして酢酸カリウムを加えることで新しい触媒が反応容器内で発生し、ロジウムと同様の炭素−水素結合を活性化する触媒性能が実現された。コバルト触媒原料の単価はロジウムと比較して百分の1以下と低く、触媒調製にかかる全てのコストを含めても触媒コストを数十分の1以下に削減可能となった。

図3

図3 理論計算によるシミュレーションモデル

コバルト触媒(中央上部)と酢酸イオン(左下部)が原料(右下)に対して同時に作用することで、狙った位置の炭素−水素結合だけが活性化される様子が明らかとなった。

図4

図4 コバルトと酢酸イオンを利用した有用分子の一挙合成例

コバルト本来の高いルイス酸性、コバルト−炭素結合の分極の大きさといった特性に、ロジウムの炭素−水素結合の活性化という触媒性能が合わさることで、わずか一段階で向精神薬の開発などへの適用が期待される有用分子を低コストで合成することが可能になった。

<用語解説>

注1) 触媒
特定の化学反応を進行させやすくする分子。
注2) 酢酸イオン
酢に含まれるカルボン酸(酢酸)のカルボキシル基がプロトン(H)を放出し、負電荷を帯びたもの。今回の研究では安価な酢酸カリウムを酢酸イオンとして利用している。
注3) 活性化
化学反応を起こさせるために、化学物質の反応性を高めること。
注4) 理論計算
高性能コンピューターを駆使し、化学物質の性質を調べるために極小レベルで物質の挙動を検証する手法。
注5) クロスカップリング反応
2つの異なる分子同士を化学結合させる反応。「パラジウム触媒によるクロスカップリング反応」は2010年のノーベル化学賞の受賞対象研究である。
注6) ルイス酸
酸の一種で、電子対を受け取る能力のある物質のこと。
注7) 分極
化学結合における電荷の偏り。コバルトが少し正の電荷を帯び、炭素が少し負の電荷を帯びているためロジウムではできない化学変換が可能となった。
注8) N−縮環インドール
インドールとはアミノ酸の一種であるトリプトファンなどにも含まれる窒素原子を含む環状化合物。N−縮環インドールとは、インドールの窒素原子を起点にして環状構造がさらに追加された分子のこと。医薬効能などが期待される重要な構造として創薬研究で利用される。

<論文タイトル>

“Pyrroloindolone Synthesis via a Cp*CoIII-Catalyzed Redox-Neutral Directed C-H Alkenylation/Annulation Sequence”
(コバルト触媒による酸化還元を経ない直接的な炭素−水素結合のアルケニル化/環化反応を利用したピロロインドロン合成)
著者:Hideya Ikemoto,Tatsuhiko Yoshino,Ken Sakata,Shigeki Matsunaga,Motomu Kanai
掲載誌:Journal of the American Chemical Society
doi: 10.1021/ja5008432

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

松永 茂樹(マツナガ シゲキ)
東京大学 大学院薬学系研究科 准教授
〒113-0033 東京都文京区本郷7-3-1
Tel:03-5841-4830 Fax:03-5684-5206
E-mail:

<JST事業に関すること>

中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3528 Fax:03-3222-2068
E-mail:

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432

(英文)Novel Cobalt Catalyst Superior to Rhodium Catalysts - Highly Efficient, Low-Costing, and Environmentally-friendly Medicine Synthesis -