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平成26年3月27日

科学技術振興機構(JST)
三菱電機株式会社
九州大学

低価格で短時間測定が可能な放射能分析装置を開発
—シンチレーターの放射能分析能力を飛躍的に向上—

ポイント

JST 先端計測分析技術・機器開発プログラムの一環として、三菱電機株式会社 先端技術総合研究所の西沢 博志 主席研究員と九州大学 大学院総合理工学研究院の渡辺 幸信 教授らの開発チームは、食品などに含まれる放射性核種を短時間に測定し、同時に低価格化を実現する放射能分析装置を開発しました。

福島第一原発事故後、食品などの放射性セシウムを計測するニーズが高まっており、測定の迅速化と装置の低価格化が求められています。しかし、放射能分析に通常用いられるゲルマニウム半導体検出器注1)は、測定対象となる放射性セシウムが微量な場合、測定に多くの時間を要することに加え、液体窒素による冷却が必要なため運用に要する費用が高く、また装置も高価でした。一方、汎用のヨウ化ナトリウムシンチレーター注2)はゲルマニウム半導体検出器よりも短時間で測定ができ、さらに冷却不要で安価という利点がありますが、放射能の分析能力に課題がありました。

今回開発チームは、ヨウ化ナトリウムシンチレーターに信号復元技術を適用した放射能分析装置を開発しました。放射能を分析するためには放射線のエネルギーを正確に識別することが必要です。従来不十分だったヨウ化ナトリウムシンチレーターのエネルギー識別性能を高めるため、放射線のエネルギーに応じた検出器の物理特性の違いを利用して、放射線のエネルギーを正確に復元する手法を新たに開発しました。

この手法により、食品中の放射性セシウム134、セシウム137からの放射線や自然放射線を高精度に識別し、短時間で放射能濃度を測定することを可能としました。例えば、2kgの一般食品の場合、検出下限25Bq(ベクレル)/kgを1分で測定できます。従来の一般的なゲルマニウム半導体検出器に比べて約10分の1の短時間で測定でき、さらに安価にこの測定性能を実現することができます。

開発した放射能分析装置は、平成26年4月より福島県内で実地試験を開始します。

本開発成果は、以下の事業・開発課題によって得られました。

事業名 研究成果展開事業 先端計測分析技術・機器開発プログラム 「放射線計測領域」実用化タイプ
開発課題名 「低価格・高速・高精度放射能測定装置の実用化開発」
チームリーダー 西沢 博志(三菱電機 先端技術総合研究所 センサ情報処理システム技術部 主席研究員)
開発期間 平成24年10月~平成26年9月(予定)
担当開発総括 平井 昭司(東京都市大学 名誉教授)

JSTはこのプログラムの放射線計測領域で、東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴う放射性物質の影響から復興と再生を遂げるため、行政ニーズ、被災地ニーズなどの高い高度な機器およびシステムの開発を行います。

<開発の背景と経緯>

福島第一原発事故後、食品などの放射性セシウムを計測するニーズが高まっています。自治体や農林漁業団体、流通業者などにおいては、農畜水産物をはじめ食品中に含まれる放射性物質の検査が実施されていますが、食の安全や消費者の信頼確保の観点から、より多くの食品について検査を実施していく必要があります。食品検査等にはセシウム134、セシウム137など、核種毎の濃度を知ることができる適切な分析機器を用いて測定する必要があり、核種分析能力の高いゲルマニウム半導体検出器が一般に使用されています。

しかし、ゲルマニウム半導体検出器は高価であるほか、液体窒素による冷却が必要なため運用の手間や費用もかかります。また、測定対象となる放射性セシウムが微量なため、より低い測定下限値で測定するためには、測定時間が長くなるという課題があります。また、より安価な汎用のヨウ化ナトリウムシンチレーターは、比較的高感度なためゲルマニウム半導体検出器よりも短時間測定が可能で、さらに冷却不要という利点もありますが、放射能の分析能力が不十分なため核種毎の分離・定量測定が困難という課題があります。このため、ゲルマニウム半導体検出器のような高い放射能分析能力と、ヨウ化ナトリウムシンチレーターのような安価で高感度という双方の特長を併せ持つ放射能測定装置の開発が望まれていました。

今回、三菱電機株式会社 先端技術総合研究所の西沢 博志 主席研究員と九州大学 大学院総合理工学研究院の渡辺 幸信 教授らの開発チームは、ヨウ化ナトリウムシンチレーターの放射能分析能力を改善するため、信号復元技術を適用した放射能分析装置を新たに開発しました。これにより、従来は不可能だった放射能分析に要する時間の短縮と装置の低価格化を同時に実現しました。

<開発の内容>

今回開発した放射能分析装置は、食品などの試料を入れる2リットルのマリネリ容器注3)、大型のヨウ化ナトリウムシンチレーター、遮蔽体、測定回路ユニットから構成されています(図1)。測定回路ユニットには、ヨウ化ナトリウムシンチレーターの出力を信号復元処理するプログラムが搭載されています。

放射能を分析するためには放射線のエネルギーを正確に識別することが必要です。従来不十分だったヨウ化ナトリウムシンチレーターのエネルギー識別性能を高めるため、放射線のエネルギーに対する検出器の物理特性の違いを利用して、放射線のエネルギーを正確に求める信号復元技術を開発しました。信号復元技術の概要は以下のとおりです。

放射性核種から出る放射線(ガンマ線)のエネルギーは、本来は核種ごとに一定の値で決まっています。しかし、一般にガンマ線を放射線測定器で測定すると、検出器の物理特性のため測定結果はさまざまなエネルギーの値を示すことが知られています。そのため、検出したい核種に固有のエネルギーに対応する信号を狙っても一部のガンマ線しかとらえることができず、効率良く測定することが困難でした。さらに、ヨウ化ナトリウムシンチレーターではエネルギー測定結果のゆらぎ幅が大きいため、近接したエネルギーを区別することができず、核種ごとの放射能を分析する能力が不十分でした(図2図3)。ガンマ線のエネルギーを正確で効率的に求める方法として、放射性物質からのガンマ線のエネルギーと測定結果の関係をあらかじめデータベースに記憶しておき、このデータベースを用いて測定結果をガンマ線のエネルギーに戻す信号復元技術が開発され、空間線量の算出など、一部で利用されていました。しかしこの方法では精度が低く、食品中の放射能を分析するには不十分でした。

今回、当開発チームは放射線の物理挙動解析とシンチレーター中の光線追跡を組み合わせた独自の解析シミュレーション技術を用いて演算精度を高め、食品中の放射能分析に適用することに成功しました。

開発した信号復元技術を搭載した放射能分析装置プロトタイプに、セシウム134と137が含まれた「玄米標準認証物質注4)」を充填して放射能濃度を測定した結果、セシウム134と137に相当するエネルギーを明確に分離して測定できることを確認しました(図4)。放射能の測定値は標準物質の認証値に対して±10%以内で一致し、核種ごとの放射能測定が可能なことを実証しました。

本装置は高感度な大型のヨウ化ナトリウムシンチレーターを用いており、一般的なゲルマニウム半導体検出器のおよそ10分の1の時間で測定することができます。例えば、2kgの一般食品の場合、検出下限25Bq/kgを計測時間1分で測定できます。ゲルマニウム半導体検出器の導入が費用面やメンテナンス面で困難な場合でも、放射性セシウムを測定するためのシステムを安価に導入することが可能です(表1)。

<今後の展開>

平成26年4月よりプロトタイプの実証試験を被災地(福島県)にて開始します。製品発売は平成26年度中を予定しています。また、検査試料の準備作業にかかる負担を減らすために、少量試料(数百ミリリットル)での測定にも対応できるようにするなどの改良開発を同時に進めます。

<参考図>

図1

図1 開発した放射能測定装置のプロトタイプ

図2

図2 放射線検出器の構成

図3

図3 開発した信号復元技術の概要

■信号復元技術の詳細について

放射性核種の測定では、その核種から出るガンマ線のエネルギーEpを同定して測定する必要があります。しかし、一般的に放射線測定器では、その物理特性上、ガンマ線のエネルギーが一定の値であっても測定されるエネルギーは必ずしもガンマ線のエネルギーに一致せず、さまざまな値として測定されることが知られています。そのため、エネルギーEpとして同定できる信号がごく一部に限られるため、すべての信号が利用できず非効率でした。また、ヨウ化ナトリウムシンチレーターでは、エネルギー測定結果のゆらぎ幅が大きく近接したエネルギーの信号が重なり合うため、核種の識別が困難でした。

開発した信号復元技術は、ガンマ線のエネルギーと測定結果の関係をあらかじめデータベースに記憶しておき、このデータベースを使って測定結果をガンマ線のエネルギーに戻す処理を行うものです。これを放射能分析に適用するには、データベースの正確さと演算精度が重要なポイントとなります。当開発チームは独自の放射線解析シミュレーション技術により精度を高め、放射能分析に適用することに成功しました。これにより、ガンマ線のエネルギーを正確かつ効率的に求めることができるようになりました。

図4

図4 玄米認証標準物質とプロトタイプによる測定結果例

「玄米認証標準物質」をマリネリ容器に充填し測定した結果を、従来のヨウ化ナトリウムシンチレーターでの測定結果と比較して示します。開発した信号復元処理のエネルギー分析幅は10キロ電子ボルト(keV)[=0.01メガ電子ボルト(MeV)]であり、従来では不可能だったセシウム134(0.605および0.796MeV)とセシウム137(0.662MeV)の分離測定が可能となりました。なお測定結果には、自然放射線のカリウム40(1.461MeV)やタリウム208(2.615MeV)のピークも見られます。

表1 従来の測定器との比較

表1

<用語解説>

注1) ゲルマニウム半導体検出器
放射線が半導体に当たることで生じる電子正孔対を電気信号として取り出す検出器。エネルギー分解能が優れているためガンマ線のエネルギー分析に用いられている。動作させるには液体窒素などによる冷却が必要。
注2) ヨウ化ナトリウムシンチレーター
放射線が当たると蛍光(シンチレーション光)を発する物質の1つ。ガンマ線の測定に広く用いられている。
注3) マリネリ容器
放射能測定に用いられる容器。検出感度を高めるため、容器の底にあるくぼみに検出器をはめ込んで測定する。
注4) 玄米標準認証物質
放射能測定の信頼性を向上させるために開発された、放射性セシウムを含む玄米の標準認証物質。
JST 先端計測分析技術・機器開発プログラム「放射線計測領域」の一環として、武蔵大学 薬袋 佳孝教授を中心に開発され、(公社)日本分析化学会が領布している。

<参考文献>

※1)放射能測定シリーズ20「空間γ線スペクトル測定法」(文部科学省),発行所:日本分析センター(平成2年)

<お問い合わせ先>

<開発内容に関すること>

三菱電機株式会社 先端技術総合研究所
〒661-8661兵庫県尼崎市塚口本町八丁目1番1号
Fax:06-6497-7289
ホームページ:http://www.MitsubishiElectric.co.jp/corporate/randd/inquiry/index_at.html

<JST 先端計測分析技術・機器開発プログラムに関すること>

久保 亮(クボ アキラ)、菅原 理絵(スガワラ マサエ)
科学技術振興機構 産学基礎基盤推進部 先端計測室
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3529
E-mail:
ホームページ:https://www.jst.go.jp/sentan/

<報道担当>

三菱電機株式会社 広報部
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