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平成26年3月20日

神戸大学

科学技術振興機構(JST)

国際協力機構(JICA)

善玉ビフィズス菌を利用したC型肝炎の経口治療ワクチン候補の開発に成功

研究成果のポイント

独立行政法人 科学技術振興機構(JST)と独立行政法人 国際協力機構(JICA)が連携して実施する地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)注1)の一環として、神戸大学 大学院医学研究科の堀田 博 教授、白川 利朗 准教授らは、C型肝炎の標準治療法の治癒率を向上させることが期待できる新しい経口内服タイプの治療ワクチン注2)候補の開発に成功しました。

慢性C型肝炎症例では、標準治療法注3)でも30%程度が何らかの理由で効果が得られず、より有効な治療法の開発が望まれています。現在も新しい治療薬が開発中ですが、いずれもウイルス増殖を標的にした方法で、患者さん自身のC型肝炎ウイルスに対する特異的な免疫力を高めて治癒率の向上を図る治療法の開発はほとんどありませんでした。

本研究グループは、ヨーグルトなどに含まれる善玉ビフィズス菌を利用した経口内服という簡便な投与方法で、C型肝炎ウイルスに対する免疫力を高める経口治療ワクチン候補を開発しました。実際にマウスに経口投与すると、ウイルスに対する免疫力が高まることを確認しました。本治療ワクチン候補は、ビフィズス菌が本来持つプロバイオティクス注4)効果も同時に期待できます。また大量生産も可能で、常温保存性が高いなどの特長もあります。今後、必要な動物実験やヒトでの臨床試験を経て、安全・安心で、確実に治癒率の向上をもたらす併用治療薬として実証されれば、C型肝炎の治療に役立つことが期待されます。また、安価に生産が可能なことに加えて、治癒率の向上による全体の医療費削減につながれば医療経済上のメリットは大きく、高価な薬剤の普及が困難な開発途上国でも大きな恩恵が得られることが期待されます。

本研究は、インドネシア共和国を相手国としたSATREPSプロジェクトにおける研究項目の一つ「HCVワクチンの開発」で見出した技術を応用し、石川県立大学の片山 高嶺 教授と共同で行ったものです。

本研究成果の一部は、ワクチン専門科学誌「Vaccine」のオンライン速報版で近く公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)

研究領域 「開発途上国のニーズを踏まえた感染症対策研究」
研究課題名 「抗C型肝炎ウイルス(HCV)物質の同定及びHCVならびにデングワクチンの開発」
研究代表者 堀田 博(神戸大学 大学院医学研究科 教授)
研究期間 平成21年度~平成25年度

上記研究課題では、C型肝炎に有効な、インドネシア特有および日本の植物・微生物由来の抗ウイルス薬開発、ならびに遺伝子操作技術を用いたC型肝炎とデングウイルスに対するワクチン開発を進めました。

<研究の背景と経緯>

C型肝炎ウイルス(HCV)の慢性感染者はわが国に150万人以上、世界では1億8千万人以上と推測されています。本SATREPSにおいて共同研究を実施したインドネシアにおいても約700万人の慢性感染者がいると推定されていますが、現在用いられている治療薬がかなり高価なので、大多数の人に有効な治療が提供されていません。

C型肝炎の治療には、ペグインターフェロンとリバビリンの2者併用療法またはそれにNS3プロテアーゼ阻害剤を加えた3者併用療法が標準治療として用いられていますが、わが国に多いHCVジェノタイプ1bの感染では、2者併用療法で約50%、3者併用療法でも約30%の患者さんで治療が成功しないことが知られています。そこで、より有効な治療法の開発が求められています。

一方、C型肝炎の患者さんはHCVに対する細胞性免疫応答注5)が弱く、C型肝炎が慢性化しやすく治りにくい原因のひとつであると考えられています。そこで、患者さんのHCV特異的細胞性免疫を増強すれば、標準治療法による治癒率の向上が期待できます。これまでにも治療ワクチンとしてHCVに対する細胞性免疫を誘導する組換えウイルスの作製が報告されていますが、それらは生きた遺伝子組換えウイルスなので、遺伝子組換え生物に関する法律注6)による規制があり、直ちに臨床応用することはできません。すなわち、臨床レベルで患者さんのHCV特異的細胞性免疫を増強させる治療ワクチンは開発されていません。

<研究の内容>

神戸大学大学院医学研究科の堀田 博 教授、白川 利朗 准教授らは、石川県立大学の片山 高嶺 教授と共同で、HCVのNS3タンパク質注7)の一部を菌体表層に発現する組換えビフィズス菌を作製し、これをマウスに経口投与することによって、HCVに対する細胞性免疫を誘導することに成功しました。この組換えビフィズス菌は、遺伝子操作により、細胞性免疫を誘導するために必要なNS3タンパク質のCD4及びCD8エピトープ注8)を融合タンパク質として効率良く菌体表層に発現するように工夫してあります(参考図)。これを経口投与することにより腸に運ばれ、腸管関連免疫組織注9)を介して、全身性のHCV特異的細胞性免疫応答を誘導することが期待されます。実際、マウス動物実験により、細胞性免疫応答の指標になるインターフェロンγやインターロイキン12の産生が有意に増加することを証明しました。一方、ビフィズス菌はプロバイオティクスとしてヨーグルトなどの健康食品に用いられるほど安全性が高く、とても安全・安心なワクチン候補と考えられます。また、プロバイオティクスには病原微生物に対する全般的な抵抗力を高める効果があり、この点も本研究の狙い目であり、本治療ワクチン候補の利点です。しかもこの組換えビフィズス菌を加熱殺菌した場合でもHCV特異的細胞性免疫が誘導されることをマウス動物実験で証明しました。加熱殺菌した菌は遺伝子組換え生物に関する法律の規制を受けませんので、今回開発したNS3発現組換えビフィズス菌の加熱死菌は、C型肝炎治療の臨床応用に有利な特長をもっています。

<今後の展開>

今後は、動物実験により薬効・薬理試験や安全性試験を行い、ヒト以外の動物での効果や安全性を確かめる前臨床試験を行う必要があります。安全性については、前述のように、善玉菌として知られるビフィズス菌を利用し、しかもそれを加熱殺菌しているので、あまり大きな問題はないと考えられます。

これらの前臨床試験は、これまでに一部連携している国内企業及び海外とくにインドネシアの企業と連携して実施する予定です。また、本NS3発現組換えビフィズス菌の加熱死菌を、上記企業との連携で、シームレスカプセルに内包して飲みやすさや腸への到達性を向上させ、経口ワクチンとしての利便性や免疫効果を高めることも可能です。このことによって常温保存性も良くなり、わが国や欧米先進諸国だけでなく、開発途上国においても、利用できる可能性が拡大します。さらに、本ビフィズス菌の加熱死菌の大量生産は極めて安く実施することができ、シームレスカプセルに内包する技術も簡便で確立されているので、極めて安価な経口治療ワクチン候補の大量生産が可能です。常温保存可能なので製品の運搬・流通も極めて容易です。経済的負担が非常に少なく、治癒率の向上による医療費全体の削減にもつながり、医療経済上も大きな利点を持っています。

このように、善玉菌を利用した本経口ワクチン候補は、C型肝炎に対する現在の標準治療法の治療効果を向上させる、世界初の安全・安心な併用治療ワクチンとしての大きな可能性を秘めており、今後、C型肝炎モデル動物実験やヒトでの臨床試験により同様の効果が実証されれば、幅広く臨床応用されることが期待されます。

<参考図>

参考図

<用語解説>

注1) SATREPS
地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS,サトレップス)とは、科学技術と外交・国際協力を相互に発展させる「科学技術外交」の一環として、独立行政法人 科学技術振興機構(JST)と独立行政法人 国際協力機構(JICA)の連携により、地球規模課題解決のために日本と開発途上国の研究者が共同で研究を行う3~5年間の研究プログラム。日本国内など、相手国内以外で必要な研究費についてはJSTが委託研究費として支援し、相手国内で必要な経費については、JICAが技術協力プロジェクト実施の枠組みにおいて支援する。国際共同研究全体の研究開発マネジメントは、国内研究機関へのファンディングプロジェクト運営ノウハウを有するJSTと、開発途上国への技術協力を実施するJICAが協力して行う。
JSTホームページ:https://www.jst.go.jp/global/about.html
JICAホームページ:http://www.jica.go.jp/activities/schemes/science/index.html
注2) 治療ワクチン
感染症を予防する通常のワクチン(予防注射)と異なり、慢性に感染している患者さんに投与し、その病原体に対する特異的な免疫力を高めることによって、単独で、または、標準治療法と併用して、治癒率を向上させるワクチンのこと。ウイルス感染以外に、癌に対するペプチドワクチンも治療ワクチンの一種と考えることができる。
注3) C型肝炎の標準治療法
ペグインターフェロンとリバビリンの2者併用療法またはそれにNS3プロテアーゼ阻害剤を加えた3者併用療法。
注4) プロバイオティクス
腸内菌細菌叢のバランスを改善することにより人に有益な作用をもたらす微生物のこと。いわゆる“善玉菌”。代表的なものとして、ヨーグルトに含まれるビフィズス菌などの乳酸菌があげられます。
注5) 細胞性免疫
T細胞が主体となる免疫応答のこと。ウイルス感染や癌に対する免疫応答で重要な働きをします。
注6) 遺伝子組換え生物に関する法律
正式名称は「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」。生物多様性を確保するために、遺伝子組換え生物等の使用等を規制することにより、カルタヘナ議定書を遵守し、また、人類の福祉および国民の健康で文化的な生活の確保に寄与するための法律。カルタヘナ法とも呼ばれます。
注7) NS3タンパク質
C型肝炎ウイルスのタンパク質のひとつ。ウイルス遺伝子の複製やタンパク質の成熟に重要な働きをします。また、抗原性が強く、高い抗体誘導活性を持っています。しかし、細胞性免疫誘導能は患者さんによって異なり、NS3タンパク質に対して強い細胞性免疫を誘導できる患者さんは感染しても慢性化することなく治癒することが多いことが知られています。
注8) CD4及びCD8エピトープ
CD4 T細胞及びCD8 T細胞が認識する抗原特異的アミノ酸配列のこと。エピトープは抗原決定基とも呼ばれます。
注9) 腸管関連免疫組織
腸粘膜内にパイエル板とよばれるリンパ組織があり、多数のT細胞、B細胞や樹状細胞が集まっています。経口摂取されて腸に到達した抗原は、腸粘膜上皮と共に粘膜面に存在するM細胞と呼ばれる抗原取込み細胞に取込まれ、粘膜下に存在するパイエル板の樹状細胞に提示されます。抗原を取込んだ樹状細胞は活性化され、その抗原に特異的なT細胞やB細胞を活性化します。このようにして活性化されたT細胞やB細胞は、腸管粘膜のみならず気道粘膜にも移動し、粘膜免疫系を活性化するとともに、全身免疫系をも活性化します。

<論文タイトル>

“Oral Administration of Genetically Modified Bifidobacterium Displaying HCV-NS3 Multi-Epitope Fusion Protein Could Induce an HCV-NS3-Specific Systemic Immune Response in Mice”
(C型肝炎ウイルスNS3タンパク質由来の多エピトープ融合タンパク質を発現する遺伝子組換えビフィズス菌の経口投与によりマウスにHCV-NS3特異的全身免疫を誘導し得た)
doi: 10.1016/j.vaccine.2014.03.022

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

堀田 博(ホッタ ハク)
神戸大学 大学院医学研究科 教授
〒650-0017 兵庫県神戸市中央区楠町7丁目5-1
Tel:078-382-5500 Fax:078-382-5519
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

科学技術振興機構 国際科学技術部 地球規模課題国際協力室
TEL:03-5214-8085 FAX:03-5214-7379
E-mail:

<JICAの事業に関すること>

国際協力機構 広報室 報道課
TEL:03-5226-9780 FAX:03-5226-6396
E-mail:

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432

(英文)Development of an oral therapeutic vaccine candidate for treatment of chronic hepatitis C using probiotic Bifidobacterium bacteria