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平成26年2月27日

科学技術振興機構(JST)
株式会社豊田中央研究所

高価な金属錯体触媒の革新的再利用技術を確立
〜医薬品などの製造コストを低減〜

<ポイント>

JST 課題達成型基礎研究の一環として、株式会社豊田中央研究所(斎藤 卓 所長)の稲垣 伸二 シニアフェローの研究グループは、医薬品や化成品の合成に使用される金属錯体触媒注1)を回収して再利用できる全く新しい固定化担体注2)の合成に成功しました。

金属錯体触媒の多くは、反応液に溶けた状態で高い活性や選択性を示しますが、その反面、高価な触媒を反応後に回収・再利用することが困難でした。また、触媒から流出する金属が医薬品や化成品に混入することを避けるために、複雑な操作を必要としていました。そのため、触媒機能を損なうことなく、金属錯体を固定化して、回収・再利用を可能とする有効な固定担体が望まれていました。

本研究グループは、均一な細孔構造を持つメソポーラス有機シリカ注3)(PMO)を世界に先駆けて合成していました。今回、このPMOの細孔表面に金属錯体の構成要素である有機配位子(ビピリジン)注4)を規則的に配列した高表面積のメソポーラス有機シリカ(Bpy−PMOの合成に成功しました。この細孔表面に触媒である金属錯体を直接固定することもでき、金属錯体が溶媒に溶けた状態と同等以上の触媒活性を示すことを明らかにしました。さらに、固定化した金属錯体は、ろ過により簡単に分離・回収でき、繰り返し使用できることも確認しました。今後この技術は、医薬品などの製造コストの低減、金属不純物の混入防止技術に役立つことが期待されます。

本研究は、北海道大学 触媒化学研究センターの福岡 淳 教授、名古屋大学 物質科学国際研究センターの唯 美津木 教授、および国際基督教大学 アーツ・サイエンス研究科の田 旺帝 教授の協力を得て行いました。

本研究成果は、米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン速報版に2月26日(米国時間)に掲載されました。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 先導的物質変換領域(ACT−C)

研究領域 「低エネルギー、低環境負荷で持続可能なものづくりのための先導的な物質変換技術の創出」
(研究総括:國武 豊喜 公益財団法人 北九州産業学術推進機構 理事長)
研究課題名 「メソポーラス有機シリカを利用した生体模倣触媒に関する研究」
研究代表者 稲垣 伸二(株式会社豊田中央研究所 シニアフェロー)
研究期間 平成24年10月〜平成30年3月

上記研究課題では、ナノ空間構造を利用して酵素や光合成の機能のエッセンスを模倣した高効率な物質変換系の構築を目指しています。

<研究の背景と経緯>

金属錯体触媒は、根岸 英一 教授らのクロスカップリング反応や、野依 良治 教授らの不斉反応などノーベル賞の受賞対象になる独創的技術であるとともに、医薬品や化成品の合成触媒として工業的に幅広く利用されています。触媒の利用により、目的とする化合物を短時間、高収率で合成することができるため、化学プロセスには欠かせない存在となっています。しかし、金属錯体触媒は反応液に溶解するため、高価な触媒の回収・再利用が困難でした(図1a)。また、触媒から流出する金属が最終製品である医薬品や化成品に混入することを避けるために、金属の除去に複雑な操作を必要としていました。

そこで、金属錯体触媒を不溶性の担体に固定化して、回収・再利用を容易にする試みが、経済性や安全性のメリットに加え、環境負荷低減や資源有効活用のための化学技術、いわゆるグリーンケミストリーの観点で活発に取り組まれています。これらの中には触媒の回収・再利用に成功した例もありますが、多くは固定化後に金属錯体の触媒機能が低下するという問題があります。例えば、担体としてシリカゲルを用い、その表面に分子の紐(リンカー注5))を介して間接的に結合した金属錯体は、その活性部位が固体表面あるいは隣接する金属錯体と相互作用する不均一な環境にあるため、溶液に溶けた均一な環境と比較すると、触媒の活性や選択性が低下することが知られています(図1b)。また、担体からの金属錯体触媒の溶出を完全に防ぐことは、従来のリンカーを使った間接的な固定化技術では難しいことも分かってきました。このような背景のもと、金属錯体の固定に有効な新たな技術の創出が求められていました。

<研究の内容>

研究グループは、金属錯体の触媒機能を損なうことのない新しい固定化担体の合成に成功しました。

まず、担体に固定した金属錯体の周りに、溶液中と同じような均一な環境を形成するため、均一な細孔構造を持つメソポーラス有機シリカ(PMO:Periodic Mesoporous Organosilica)に着目しました。PMOは、研究グループが1999年に世界に先駆けて合成に成功したナノ多孔体で、細孔壁内に有機基を持つこと、そして数nm〜数十nmの範囲で均一な細孔径を持つことを特徴としています。そして、細孔壁の有機基として、有機配位子を導入し、リンカーを介さず金属錯体を細孔表面に直接固定できれば、不均一な相互作用を低減できると考えました(図2)。

そこで、典型的な有機配位子である2,2’−ビピリジン(Bpy)を含む有機シリカ原料を、鋳型となる界面活性剤の中で縮重合させることにより、ビピリジン基を細孔壁内に導入したBpy−PMOの合成に成功しました(図3)。Bpy−PMOは、直径3.8nmの均一な細孔構造と、ビピリジン基が規則配列した均一な表面構造を持つことが確認されました(図4)。

このBpy−PMO粉末を金属錯体の溶液に分散したところ、細孔表面に種々の金属錯体を直接固定できることが分かりました(図5)。これまでに、ルテニウム、イリジウム、レニウム、パラジウムなどの金属錯体の形成を確認することができました。このような多様な金属錯体を細孔表面に直接固定可能なメソポーラス担体の合成は世界初となります。固定化した金属錯体のX線吸収微細構造(XAFS)解析については、北海道大学 触媒化学研究センターの福岡 淳 教授、名古屋大学 物質科学国際研究センターの唯 美津木 教授、および国際基督教大学 アーツ・サイエンス研究科の田 旺帝 教授の協力を得て行いました。

次に、Bpy−PMOによって固定化した金属錯体の触媒評価を実施しました。イリジウム錯体を細孔表面に直接固定したBpy−PMOについて、芳香族分子の直接C−Hホウ素化反応を行いました。この反応は、医薬品や化成品を合成するためのカップリング反応の原料を一段で合成する重要な反応です。その結果、今回の固定化触媒は直接C−Hホウ素化反応に高い活性を示し、12時間後の生成物の収率が94%と、溶解したイリジウム触媒の場合の80%に比べ高いことが判明しました(表1)。従来のリンカーを利用してシリカゲルに固定化したイリジウム触媒の場合は、収率が33%と大幅に低下しています。Bpy−PMOに固定したイリジウム触媒は、ろ過操作により簡単に回収することができ、さらに再利用ができることも確認しました(表1)。ろ過後の反応液中のイリジウム濃度を測定したところ、分析器の測定限界(1ppm)以下の濃度であることが判明し、Bpy−PMOを使用することで金属の混入を完全に防止できる可能性も示唆されました(図6)。通常、多孔体を担体に用いると、細孔内での分子の移動速度が遅くなるため、溶解した均一触媒よりも活性が低下する場合が多いのですが、PMOの細孔径は、他の多孔体よりも大きいため、基質や生成分子の拡散がスムーズで、活性低下が起こらなかったと考えられます。この点でも、PMOの構造的特徴が生かされたことになります。

<今後の展開>

今回、金属錯体の触媒機能を損なうことなく固定化できる新しい固定化担体、Bpy−PMOの合成に成功しました。本担体の利用により、ビピリジン系金属錯体触媒の回収・再利用が容易になり、資源を有効に活用可能な環境調和型の化学プロセスの構築に貢献すると考えます。また、ビピリジン系金属錯体を用いる医薬品や化成品の製造コストの低減など、製造する上での経済的なメリットも期待されます。課題としては、Bpy−PMOの量産技術の確立と製造コストの低減、耐久性向上などがあります。今後は、固定可能な金属錯体の種類を拡張するために、ビピリジン以外の有機配位子を導入したPMOの合成を目指します。

また、本研究グループはすでにPMOが光を集めて細孔内に濃縮する光合成と同様な機能を持つことを見いだしており、二酸化炭素の還元光触媒機能を持つ金属錯体を細孔表面に固定することで、二酸化炭素を効率的に変換可能な人工光合成系の構築も期待されます。それに向けた研究も本プロジェクトで実施していきます。

<参考図>

図1

図1 研究の背景

均一触媒と従来の固定化触媒には課題があるため、金属錯体触媒の新しい固定化法の開発が求められている。

図2

図2 新しい固定化法

均一な細孔構造を持つメソポーラス有機シリカの細孔表面に有機配位子を導入し、リンカーを使うことなく金属錯体を直接固定できれば、不均一な相互作用を低減できる。

図3

図3 Bpy−PMOの合成方法

ビピリジンを含む有機シリカ原料を界面活性剤水溶液中で縮重合することで、有機シリカ/界面活性剤複合体が生成し、そこから界面活性剤を抽出することで、Bpy−PMOが得られる。

図4

図4 Bpy−PMOの表面構造

Bpy−PMOの細孔内には、ビピリジン基が規則配列した均一な表面構造が形成されている。

図5

図5 Bpy−PMO表面でのイリジウム錯体の直接形成

Bpy−PMO粉末を金属錯体([Ir(OMe)(cod)])の溶液に分散するだけで、細孔表面にイリジウム錯体を直接固定できた。

表1

表1 ベンゼンの直接C−Hホウ素化反応の収率と再利用性

Bpy−PMOを固定化担体とした場合、特異的に高い収率(94%)が得られた。さらに、均一系や他の担体の場合は、繰り返し使用ができなかったのに対し、Bpy−PMOの場合、少なくとも4回の繰り返し使用ができた。ろ過は空気中で行った。

図6

図6 反応液をろ過した後のろ液の写真

担体なしの均一系触媒の場合、ろ液は着色していたが、Bpy−PMOを担体に用いた場合、ろ液は無色透明になった。元素分析の結果、Bpy−PMOを用いた場合のろ液中のイリジウム濃度は、検出限界(1ppm)以下であった。

<用語解説>

注1)金属錯体触媒
中心の金属とそれを取り囲む配位子からなる化合物の中で触媒機能を持つもの。配位子は孤立電子対を持っており、この基が金属と配位結合し、錯体を形成する。種々の触媒機能が報告されているが、その機能は一般的に中心金属の種類とそれを取り囲む配位子の性格により決まる。
図
注2)固定化担体
触媒活性を示す物質などを固定する土台となる物質のこと。
注3)メソポーラス有機シリカ
さまざまな分子が入ることのできる無数の孔(直径:2〜30nm)が規則的に並んだ多孔性の固体で、孔の壁の中に有機基が組み込まれている。有機基の種類に応じ、多様な機能を孔の壁および壁表面に付与できる。
S. Inagaki, S. Guan, Y. Fukushima, T. Ohsuna, O. Terasaki, J. Am. Chem. Soc. 121, 9611 (1999).
S. Inagaki, S. Guan, T. Ohsuna, O. Terasaki, Nature 416, 304 (2002).
注4)有機配位子
金属錯体の配位子の中で、有機化合物である配位子のこと。
注5)リンカー
金属錯体と担体を結ぶ分子の紐。炭化水素鎖を使う場合が多い。
図

<論文タイトル>

“A Solid Chelating Ligand: Periodic Mesoporous Organosilica Containing 2,2'-Bipyridine within the Pore Walls”
(固体キレート配位子:2,2’−ビピリジンを骨格に導入した規則性メソポーラス有機シリカ)
J. Am. Chem. Soc. doi: 10.1021/ja4131609

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

稲垣 伸二(イナガキ シンジ)
株式会社豊田中央研究所 シニアフェロー
〒480-1192 愛知県長久手市横道41−1
Tel:0561-71-7393 Fax:0561-63-6507
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3528 Fax:03-3222-2068
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<報道担当>

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株式会社豊田中央研究所 知的財産部 技術広報室
〒480-1192 愛知県長久手市横道41−1
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(英文)Innovative recycling technology of costly metal complex catalysts
- To reduce the manufacturing cost of medicines etc -