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平成26年2月20日

九州大学
科学技術振興機構(JST)

リソソーム酵素カテプシンSの末梢リンパ組織での働きが
神経障害性疼痛の慢性化に関与

九州大学 歯学研究院の中西 博 教授らの研究グループは、神経障害性疼痛注1)の慢性化に二次リンパ組織注2)である脾臓における樹状細胞注3)のリソソーム酵素カテプシンS注4)の働きによる抗原特異的なCD4T細胞注5)の活性化が重要であることをマウスによる研究で明らかにしました。活性化したCD4T細胞は脊髄後角注6)へ浸潤し、インターフェロン−γ(IFN−γ)注7)を産生分泌することでミクログリア注8)の活性化をさらに深化させることが疼痛の慢性状態への移行に極めて重要であることを突き止めました。この研究成果は、神経障害性疼痛の慢性化メカニズムを理解するうえでの新たな知見を付け加えるとともに、カテプシンSを標的とした新しい神経障害性疼痛治療薬開発への可能性を提示するものです。

なお、本研究は、独立行政法人 科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の一環として行われ、本研究成果は、2014年2月19日(米国東部時間)に米国神経科学会誌『Journal of Neuroscience』にオンライン掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「炎症の慢性化機構の解明と制御に向けた基盤技術の創出」
(研究総括:宮坂 昌之 大阪大学 未来戦略機構 特任教授/フィンランドアカデミー FiDiPro 教授)
研究課題名 「脳内免疫担当細胞ミクログリアを主軸とする慢性難治性疼痛発症メカニズムの解明」
研究代表者 井上 和秀 (九州大学 大学院薬学研究院長)
研究期間 平成22年度〜平成27年度

<研究の背景>

神経系における損傷または機能障害によって起こる神経障害性疼痛は、モルヒネも奏効しない難治性疼痛として知られています。近年、神経障害性疼痛の慢性化において、リンパ球の一種であるT細胞が関与することが示唆さてれてきました。しかし、その詳細なメカニズムについては不明な点が多く残っています。リソソーム酵素カテプシンSは抗原提示細胞注9)の一種である樹状細胞において、抗原提示を行うMHCクラスII分子注10)に結合しているインバリアント鎖注11)の最終段階の分解に関与し、抗原提示機能の発現に重要な役割を担っています。中西教授らの研究グループはこれまでカテプシンS欠損あるいは脳移行性のないカテプシンS特異的阻害剤Z−Phe−Leu−COCHO(Z−FL)が、神経障害性疼痛の発症にはほとんど影響することなく慢性化を有意に抑制することを見いだしていました。

<研究の内容>

このような背景から、研究グループは、カテプシンSが二次リンパ組織での抗原提示によるT細胞の活性化に関与し、神経障害性疼痛の維持・慢性化において重要な役割を担っている可能性を検討しました。神経障害性疼痛モデルマウスは脊髄神経を腰神経レベルで切断することで作成しました。野性型マウス(DBA/2系統)では神経障害に伴い、二次リンパ組織である脾臓の肥大化が認められ、IFN−γを発現したCD4T細胞(Th1細胞)の増大が確認できました。また、脾臓に分布する樹状細胞においてカテプシンSが増大することが明らかとなりました。一方、カテプシンS欠損マウス(DBA/2系統)ではこれらの変化やインバリアント鎖の最終段階の分解は生じず、神経障害性疼痛の維持・慢性期における疼痛の有意な緩和が認められました(図1)。また、野生型マウスにおける脾臓摘出によっても神経障害性疼痛の維持・慢性化が有意に抑制されました。

次に神経障害性疼痛を発症した野性型マウスの脾臓よりCD4T細胞を単離し、神経障害5日目のカテプシンS欠損マウスあるいは脾臓を摘出した野生型マウスに腹腔内投与を行いました。その結果、投与直後から3日間に渡ってこれらのマウスにおいて疼痛の有意な増強が認められました。さらに免疫組織化学的解析の結果、IFN−γを発現したT細胞の神経障害側の脊髄後角への浸潤が確認できました(図2)。これは末梢神経障害に伴って血液脊髄関門注12)の透過性が一過性に増大するという報告と一致します。さらに、脊髄後角に浸潤したTh1細胞がIFN−γの産生分泌により脊髄ミクログリアを刺激し、ミクログリアの活性化をさらに深化させている可能性を検討しました。IFN−γ受容体の下流シグナルであるSTAT1注13)のリン酸化を調べた結果、リン酸化STAT1はミクログリアの核に局在することが認められ、転写因子としての活性化が確認できました(図3)。

以上の結果より、二次リンパ組織である脾臓における樹状細胞のカテプシンSの働きにより、抗原特異的に活性化したTh1細胞の脊髄後角への浸潤、ならびにIFN−γを介した脊髄後角ミクログリアの活性化のさらなる深化が、疼痛の慢性状態への移行に極めて重要であることが明らかとなりました(図4)。

<効果・今後の展開>

本研究は、神経障害により二次リンパ組織(脾臓など)の樹状細胞におけるカテプシンSに依存したIFN−γ陽性CD4T細胞(Th1細胞)の活性化が引き起こされ、活性化したTh1細胞の脊髄後角への浸潤によりIFN−γを介した脊髄後角ミクログリアの活性化状態のさらなる深化が引き起こされることを明らかにしました。このことからカテプシンSの二次リンパ組織での働きが神経障害に伴う疼痛の慢性状態への移行に極めて重要であることが示唆されます。今回の研究成果はカテプシンSが神経障害性疼痛に対する治療薬開発における新たな標的分子となることを提示するものです。一方、神経障害に伴う二次リンパ組織における免疫応答にはマウス系統間での差異が認められ、C57BL/6系統マウスでは神経障害に伴うTh1細胞の活性化は認められませんでした。

このように末梢神経障害に伴って脾臓のような二次リンパ組織において分化した成熟T細胞は末梢血中に移出し、脊髄を含む体組織に浸潤すると考えられます。そこで今後、神経障害性疼痛を発症した患者の末梢血におけるT細胞サブセットの詳細な解析を行うとともに、カテプシンS特異的阻害剤ならびに免疫抑制剤の神経障害性疼痛に対する治療薬としての有効性について検討を行う予定です。

<参考図>

図1

図1 カテプシンS欠損マウスにおける神経障害性疼痛の有意な緩和

PWT(g):機械刺激に対する疼痛閾値;+/+;野生型マウス;CatS-/-;カテプシンS欠損マウス
ipsi:神経障害側後肢への機械的刺激;contra:反対側後肢への機械的刺激
p〈0.05;**p〈0.01;***p〈0.001;野生型マウスの疼痛閾値との比較)

図2

図2 神経障害側の脊髄後角へのT細胞の浸潤

ipsi:神経障害側;contra:反対側;IFN-γ:インターフェロン-γ;CD3:T細胞の表面マーカー

図3

図3 末梢神経損傷に伴うミクログリア核内におけるリン酸化STAT1の局在

Iba1:ミクログリアのマーカー;GFAP:アストロサイトのマーカー
NeuN:ニューロンのマーカー;pSTAT1:リン酸化STAT1

図4

図4 カテプシンSの神経障害性疼痛の維持・慢性化における役割についての模式図

<用語解説>

注1)神経障害性疼痛
神経系における損傷または機能障害によって起こる持続的な痛み。
注2)二次リンパ組織
リンパ球の抗原提示による活性化に関与する脾臓やリンパ節などの組織。
注3)樹状細胞
抗原提示細胞として機能する免疫細胞の一種。
注4)カテプシンS
単核食細胞に特異的に発現するリソソーム性システインプロテアーゼの一種。
注5)CD4T細胞
MHCクラスII分子に提示される抗原を認識し、活性化されるリンパ球の一種。
注6)脊髄後角
末梢知覚神経から送られてくる痛覚情報を上位中枢へ中継する脊髄の部位。
注7)インターフェロン-γ(IFN−γ)
T細胞などが産生分泌するサイトカインの一種。
注8)ミクログリア
脳脊髄に存在し免疫機能を担う中枢神経中のグリア細胞の一種。
注9)抗原提示細胞
抗原をT細胞に提示することでT細胞を活性化させる細胞。
注10)MHCクラスII分子
抗原提示細胞のエンドソーム内に存在するタンパク分子で、抗原を結合すると細胞膜表面に移行し、 CD4T細胞に抗原を提示することで活性化させる働きをもつ。
注11)インバリアント鎖
MHCクラスII分子が抗原以外のペプチドと結合するのを防ぐために結合したペプチド。
注12)血液脊髄関門
血液から脊髄への物質の移行を制限する機構。
注13)STAT1
IFN−γ受容体の活性化によりリン酸化され、核内に移行して転写因子として働くタンパク分子。

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

中西 博(ナカニシ ヒロシ)
九州大学 大学院歯学研究院 教授
Tel:092-642-6413 Fax:092-642-6215
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

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<報道担当>

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