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平成25年11月20日

科学技術振興機構(JST)
石川県立大学

少ない鉄でもよく育ち、鉄を効率的に貯めるイネ

ポイント

JST 課題達成型基礎研究の一環として、JST さきがけ研究者の小林 高範(石川県立大学 生物資源工学研究所 特任准教授)らは、イネの鉄欠乏応答と鉄蓄積を抑制する新規たんぱく質OsHRZ1、OsHRZ2を発見しました。

鉄は全ての動植物にとって生育に必須な元素の1つです。しかし世界の耕地面積の約3分の1を占める石灰質アルカリ土壌では、鉄が極めて溶けにくいために、植物は十分な量の鉄を吸収することができず、鉄欠乏となって生育が抑えられます。この問題を克服するために、植物の鉄欠乏応答を制御する分子メカニズムの解明が望まれていました。

小林研究者らは、鉄と結合するたんぱく質を探し、イネの新規たんぱく質OsHRZ1、OsHRZ2を発見しました。これらのたんぱく質の量を減らしたイネは、鉄が少ない時でも生育に影響が出にくく、通常のイネに比べて2〜4倍程度の鉄を種子と葉に蓄積しました。

この研究成果は、不良土壌における生産性向上や、可食部に鉄を多く含む作物の創製への応用が期待されます。HRZたんぱく質は鉄欠乏耐性と鉄蓄積の両方に効果を示すことが特徴であり、鉄欠乏が起こりやすい土地での鉄富化作物の栽培に極めて効果的であると期待されます。

本研究は石川県立大学の西澤 直子 教授、東京大学 大学院の中西 啓仁 特任准教授らと共同で行ったもので、2013年11月20日(英国時間)に総合科学誌「Nature Communications」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「二酸化炭素資源化を目指した植物の物質生産力強化と生産物活用のための基盤技術の創出」
(研究総括:磯貝 彰 奈良先端科学技術大学院大学 名誉教授)
研究課題名 「植物の鉄センシング機構解明による生産力の強化」
研究者 小林 高範(科学技術振興機構 さきがけ研究者)
研究実施場所 石川県立大学 生物資源工学研究所
研究期間 平成23年12月〜平成27年3月

JSTはこの領域で、植物の光合成能力の増強を図るとともに、光合成産物としての各種のバイオマスを活用することによって、二酸化炭素を資源として利活用するための基盤技術の創出を目指します。上記研究課題では、植物の鉄応答の分子メカニズムを解明することにより、不良土壌における生産性強化を目指しています。

<研究の背景と経緯>

人類の生存と活動は、植物の光合成機能による物質生産で支えられています。近年の世界人口の増加により、持続可能な食糧・エネルギー供給と二酸化炭素濃度の上昇抑制による地球環境の維持に向けての社会的要請が高まっています。

植物が生育し、二酸化炭素の固定と物質生産を行うためには17種類の元素が必須です。これらの必須元素の中でも、鉄は特に不足しやすい元素の1つです。植物は土壌中から鉄を吸収して利用します。土壌中に鉄は大量に存在しますが、石灰質アルカリ土壌では、鉄が極めて水に溶けにくい水酸化第二鉄となっているために、多くの植物は十分な量の鉄を吸収することができず、鉄欠乏となってしまいます。その結果、葉が黄色くなって光合成機能が低下し、生育が抑えられ、ひどい場合は枯死してしまいます。石灰質アルカリ土壌は世界の耕地面積の約3分の1を占めるため、農業・環境上の大きな問題となっています。

さらに、鉄は人間にとっても必須栄養素の1つです。世界保健機関(WHO)の報告によると、世界の人々の栄養障害のうちカロリー不足に次いで多いのが鉄欠乏で世界人口の半分以上が鉄欠乏性貧血に悩まされています。このため、鉄の栄養価を高めた作物の創製が望まれています。

土壌中の難溶性の鉄を吸収して利用するために、イネ、ムギ、トウモロコシ、サトウキビ、ソルガムなど主要な作物が属するイネ科植物は、ムギネ酸類と呼ばれる物質を体内で合成して根から土壌中に分泌することにより、鉄を水に溶けやすい「鉄−ムギネ酸類」複合体に変えて吸収します。また、吸収した鉄を葉など必要な場所に輸送するために必要なトランスポーターと呼ばれるたんぱく質も近年明らかになってきています。植物は鉄が足りなくなると、上に述べたようなムギネ酸類を合成するために必要な遺伝子群や、鉄の輸送に必要なトランスポーターの遺伝子群などの発現を誘導(スイッチオン)することにより、鉄を吸収して利用します。また、鉄が十分にある時には上記の遺伝子群を発現抑制(スイッチオフ)することにより、過剰な鉄を摂取しないようにします。このような植物の鉄欠乏応答性遺伝子発現制御(遺伝子スイッチ)のメカニズムを解明することは、植物による物質生産性の向上と人々の鉄栄養の改善のために重要です。

小林研究者らは、細胞内の鉄の多さや少なさを感知するセンサーのようなたんぱく質が存在すると考えました。そして、この鉄センサーたんぱく質は鉄と直接結合するという仮説のもと、現代生物学で用いられているいくつかの手法を組み合わせることにより、イネの鉄欠乏応答と鉄の蓄積を負に制御するたんぱく質OsHRZ1、OsHRZ2を発見しました。

<研究の内容>

小林研究者はこれまで、石川県立大学の西澤 直子 教授、東京大学 大学院の中西 啓仁特任准教授らとともに、イネが鉄欠乏になった時に発現が誘導される遺伝子を約1,000個見つけていました。そこで、これらの遺伝子で発現すると推定されるたんぱく質の配列の中から、鉄と結合する可能性がある配列を探索しました。

鉄と結合するたんぱく質の部分配列(ドメイン注1))にはいくつかが知られていますが、動物と微生物で鉄を結合することが知られているヘムエリスリンというドメインが2つのたんぱく質に存在することを発見しました。さらに、この2つのたんぱく質には他にも4種類のドメインが存在し(図1)、人間の鉄センサー分子として報告されているFBXL5とドメインの組み合わせが似ていることが分かりました。そこで、これらのたんぱく質をそれぞれOsHRZ1、OsHRZ2と命名して解析を行うことにしました。なお、OsHRZはOryza sativa Haemerythrin motif-containing Really Interesting New Gene (RING)- and Zinc-finger protein の略で、Os(Oryza sativa)がイネの学名を示し、HRZは特徴的なドメインの頭文字を取ったものです。

次に、OsHRZ1、OsHRZ2たんぱく質を大腸菌で作製して精製し、機能を調べました。まず、これらのたんぱく質が金属と結合するか調べたところ、たんぱく質1分子あたり2原子程度の鉄を結合することが分かりました。意外なことに、これらのたんぱく質は鉄だけでなく同程度の量の亜鉛とも結合していました。いくつかのドメインを削ったたんぱく質で実験を行ったところ、鉄と亜鉛は主にヘムエリスリンドメインと結合していることが分かりました。このことから、植物のヘムエリスリンドメインが実際に鉄(および亜鉛)と結合することが世界で初めて実証されました。

さらに、RNA干渉法という手法によりOsHRZ1、OsHRZ2のたんぱく質量を低下させた遺伝子組み換えイネ(HRZノックダウンイネ)を作りました。鉄を除いた水耕液でこのイネを栽培したところ、組み換えしていないイネよりも葉の黄化が遅く、鉄欠乏耐性を持つことが分かりました。さらに、石灰質アルカリ土壌を入れた鉢に植えて長期的な鉄欠乏耐性を調べたところ、組み換えしていないイネよりも葉の緑色を保ったまま生育し、草丈も高く(図2、左写真)、種子が実るまで鉄欠乏耐性を保つことが分かりました。最終的な種子の収量は、1.5倍〜2倍程度に上昇していました(図2、右上グラフ)。

HRZノックダウンイネは栽培時の鉄栄養条件に関わらず、種子と茎葉に高濃度の鉄を蓄積していました。特に、種子(玄米)においては市販の合成培土(鉄十分条件)と石灰質アルカリ土壌(鉄欠乏条件)の鉢植えで栽培したいずれの場合にも、組み換えしていないイネの2〜4倍程度の鉄を蓄積していました(図2、右下グラフ)。また、亜鉛も1.3〜1.5倍程度蓄積していました。野外隔離圃場で栽培した場合も同様に、玄米に平均3.8倍もの鉄と平均1.2倍の亜鉛を蓄積していました。また、白米にも平均2.9倍の鉄と平均1.2倍の亜鉛を蓄積していました。収量は組み換えしていないイネとほぼ同等でした。

また、HRZノックダウンイネの遺伝子発現パターンを調べたところ、鉄が十分にある時にはスイッチオフされているはずの遺伝子群が、HRZノックダウンイネではスイッチオンになっていることが分かりました。このために多くの鉄を体内に蓄積したり、鉄欠乏に耐性になっているのだと考えられます。以上のことから、HRZはイネの鉄欠乏応答と鉄蓄積を負に制御する新規因子であることが分かりました。HRZの機能のモデルを図3に示します。

これまでに知られていた植物の鉄欠乏応答の制御因子は鉄の蓄積には大きく関わらないものが多く、植物の鉄欠乏応答と鉄の蓄積の両方を大きく制御する因子の発見は今回のHRZが世界で初めてです。さらに、HRZはこれまでに知られていた植物の遺伝子発現の制御因子とは異なるドメイン構造を持っていて、異なるメカニズムで鉄欠乏応答と鉄の蓄積に関わっていると考えられます。このことはメカニズムの全容解明に向けて重要であるだけでなく、既知の鉄関連遺伝子と同時に操作することにより、より優れた鉄欠乏耐性・鉄富化作物の創製が可能になると考えられます。

<今後の展開>

今後は、HRZが鉄関連遺伝子の発現を制御する機構を明らかにすることにより、植物の鉄センシング機構の全容解明を目指します。また、より有用な鉄欠乏耐性・鉄富化植物の創製を目指し、他の遺伝子との組み合わせの効果を検討する予定です。鉄欠乏耐性に関しては、土壌pHが8〜9程度の石灰質アルカリ土壌で生育させても優良土壌で生育させた場合と同等のバイオマス量・作物収量が得られる植物の創製を目指します。イネだけでなく、バイオマス植物として優れているソルガムなどへの適用も検討します。鉄蓄積に関しては、白米を主食とする国々における鉄欠乏を回避するために、白米中の鉄含有量を10倍程度に増加させたイネの創製を目標とします。

これらの基礎研究と応用研究によって将来的に創製される植物を利用することにより、石灰質アルカリ土壌など鉄欠乏が起こりやすい環境下での植物生産を高め、二酸化炭素の効率的資源化に貢献できると考えています。さらに、食糧増産、砂漠化の防止、鉄富化作物による世界の人々の栄養状態の改善といった多面的な貢献へとつながることが期待されます。

<参考図>

図1

図1 ヘムエリスリンドメインを持つたんぱく質のドメイン構造の比較

イネ、シロイヌナズナ、ヒトから見つかった、ヘムエリスリンドメインを持つたんぱく質のドメイン構造を模式的に示します。各ドメインを色付きの四角で示し、ドメインの名称を右に記します。

ヘムエリスリンドメインは、動物と微生物で鉄と酸素を結合することが知られていました。CHY−ジンクフィンガードメイン、CTCHY−ジンクフィンガードメインは転写制御、転写後制御、たんぱく質分解制御などに関わっている可能性が指摘されています。 RING−フィンガードメインやF−ボックスドメインは、たんぱく質のユビキチン化注2)を行ってたんぱく質の分解や活性を制御しています。

図2

図2 HRZノックダウンイネの生育特性

HRZノックダウンイネと、比較対象として非組み換えイネを、石灰質アルカリ土壌を入れた鉢で育てた時の生育特性を示します。

左の写真は、鉢に植えて28日後の植物体の様子です。石灰質アルカリ土壌では鉄が極めて水に溶けにくいために、非組み換えイネは鉄欠乏となって葉が黄色くなり、生育が抑えられています。一方、HRZノックダウンイネは葉が比較的緑色を保ち、草丈も高く、鉄欠乏耐性を示しました。

右上のグラフは、収穫時の1株あたりの種子重量です。HRZノックダウンイネでは種子の収量が1.5倍〜2倍程度に増加していました。

右下のグラフは、種子(玄米)中の鉄濃度です。HRZノックダウンイネでは鉄濃度が2〜4倍程度に増加していました。なお、鉄が十分に吸収できる優良土壌で生育させた場合にも、種子中の鉄はHRZノックダウンイネで2〜4倍程度に増加していました。

図3

図3 HRZによる鉄欠乏応答・鉄蓄積制御の分子メカニズムのモデル

植物は鉄が足りなくなると、何らかの形で鉄欠乏シグナルを感知することにより鉄の吸収と輸送に関わる一連の遺伝子の発現を誘導します。この鉄欠乏シグナルの実体は、細胞内の鉄と、亜鉛などの他の金属との濃度比ではないかと小林研究者らは考えています。HRZは鉄および亜鉛と結合することから、未同定の鉄センサー分子の候補と期待されます。HRZはユビキチン化活性を持つことから、何らかのたんぱく質をユビキチン化することにより、そのたんぱく質の分解または活性を制御していると考えられます。また、HRZはジンクフィンガードメインにより遺伝子の転写制御などを行う可能性もあります。これらのたんぱく質の分解・活性調節または遺伝子発現制御により、HRZは鉄の吸収・輸送・蓄積を負に制御していると考えられます。HRZノックダウンイネでは、HRZの発現量が低下して負の制御が弱まることにより、鉄欠乏耐性と鉄の蓄積が起こったものと考えられます。

<用語解説>

注1)ドメイン
複数のたんぱく質に共通してみられる特徴的な配列・構造・機能を持つ部分。
注2)ユビキチン化
たんぱく質にユビキチンと呼ばれる小さなたんぱく質を結合する反応。ユビキチン化されたたんぱく質は、多くの場合26Sプロテアソームと呼ばれる分子複合体によって選択的に分解される。これは不要なたんぱく質を細胞から除去するシステムである。この他にも、ユビキチン化によってたんぱく質が分解されるのではなく活性や細胞内局在などが変化する場合も多く知られており、いずれの場合もたんぱく質の機能に密接に関わっていると考えられている。

<論文タイトル>

“Iron-binding haemerythrin RING ubiquitin ligases regulate plant iron responses and accumulation”
(鉄結合性ヘムエリスリン・リング型ユビキチンリガーゼが植物の鉄応答と鉄蓄積を制御する)
doi: 10.1038/ncomms3792

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

小林 高範(コバヤシ タカノリ)
科学技術振興機構 さきがけ研究者(石川県立大学 生物資源工学研究所 特任准教授)
〒921-8836 石川県野々市市末松1−308
Tel:076-259-0579 Fax:076-227-7557
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

松尾 浩司(マツオ コウジ)、古川 雅士(フルカワ マサシ)、安達 澄子(アダチ スミコ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーション・グループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2063
E-mail:

(英文)Iron-efficient rice with improved growth under low iron availability and high iron accumulation