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平成25年11月19日

科学技術振興機構(JST)
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慶應義塾大学
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針状ダイヤモンド電極でpHの簡便な生体内測定に成功

ポイント

JST 課題達成型基礎研究の一環として、慶應義塾大学 理工学部の栄長 泰明 教授らは、慶應義塾大学 医学部の佐谷 秀行 教授らと共同で、針状に加工した導電性のダイヤモンドを電極(ダイヤモンド電極注1))として用いることで、胃内部の水素イオン濃度指数であるpHを簡便にリアルタイムで測定することに成功しました。

pHの変化は、生体内のさまざまな生理学的状態や病理学的症状に影響を及ぼし、腫瘍組織でのpHの変化は腫瘍細胞の代謝の状態を反映することから、リアルタイムモニタリングが有用であると期待されています。しかし、従来のガラス電極では小型化が難しく壊れやすいなどの面があるため、簡便、迅速かつ高感度で、生体へのダメージが少ないpHモニタリングの方法が求められていました。

本研究グループは、ダイヤモンド電極を針状に加工し、直接胃の粘膜内に挿入することで、生体組織内でのpHを簡便に検出できる方法を開発することに成功しました。

胃炎、胃がん、胃酸過多、逆流性食道炎などの胃酸の状態に関連する症状を持つ患者において、リアルタイムに高感度でそのpHをモニターすることが可能になります。今後は、胃に限らず、食道や十二指腸をはじめ、さまざまな生体組織におけるpHモニターにも使用されることが期待されます。さらに、ワイヤレスのデータ取得システムと組み合わせることにより、従来電極では実現できないカテーテルに依存しない、患者にやさしいpHモニター法へ展開できると期待されます。

本研究成果は、2013年11月19日(英国時間)に英国Nature系オンライン科学誌「Scientific Reports」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「元素戦略を基軸とする物質・材料の革新的機能の創出」
(研究総括:玉尾 皓平 理化学研究所 研究顧問/グローバル研究クラスタ長)
研究課題名 「革新的環境改善材料としての導電性ダイヤモンドの機能開発」
研究代表者 栄長 泰明(慶應義塾大学 理工学部 教授)
研究期間 平成23年4月~平成28年3月

JSTはこの領域で、持続可能な社会の構築のために解決すべき資源・エネルギー・環境問題に元素戦略を共通概念とする物質科学・物性科学の観点から取り組み、既存の延長線上にない物質・材料の革新的機能の創出を目指します。上記研究課題では、レアメタルフリーである炭素材料「導電性ダイヤモンド」に着目し、環境問題を解決する次世代の革新的環境改善材料としての機能開発、機能解明からデバイス創製までを目指します。

<研究の背景と経緯>

水素イオン濃度の指数であるpHの変化は、生体内のさまざまな生理学的状態および病理学的症状に影響を及ぼします。特に、酸を分泌している器官である胃は、そのpHが胃の状態や異常を反映するため、pHの変化をリアルタイムでモニターすることは重要です。また、がんなど腫瘍組織では、代謝の過程で産生される乳酸などの物質によってpHが変化することが知られており、腫瘍の性質や状態を反映する指標となります。そのため、生体にできるだけダメージを与えずに、生体内のpHをモニターする方法の開発が期待されていました。

一方、これまでに研究グループは、ホウ素を含んだダイヤモンドを化学電極として用いた時に(ダイヤモンド電極)優れた特性(安定性、生体適合性に優れ、電極表面での物質の吸着も抑えられる)を持つことを見いだしており、次世代の電気化学センサーとして期待できることを報告しています。

そこで本研究では、マイクロサイズに加工したダイヤモンド電極を作製し(図1)、これを用いて生体内にて、直接pHを測定する方法の確立を目指して行いました。

<研究の内容>

(1)pHの測定

カーボン電極、白金電極などの通常の電極材料を用いると、水素発生が起こりやすく、水素の還元電流は水素イオン濃度に比例せず、pHを測定することはできません。そのため、従来のガラス電極では比較電極(参照電極)を用いて測定しており、pHの変化によって生じる比較電極における電位差を測定しています(pHの変化を間接的に観測)。

しかし、研究グループではこれまでに、ダイヤモンド電極はカーボンや白金の電極に比べて、電気化学反応への耐性がある(電位窓が広い)という特徴を持つため、水素発生が起こりにくく、水素の還元電流が水素イオン濃度、すなわちpHに関係するということを見いだしていますpHの変化を直接的に観測できるということは、簡便な方法により、リアルタイムに高感度でpH測定ができる可能性を示しています。

今回の研究では、溶液中のイオンの量を測るための装置(クロノポテンシオメトリー注2))により、-50nAの一定電流を流した時の電位差をモニターしたところ、pHが1~6の酸性の範囲で、pHの変化に応じた電位差の検量を行うことができました(図2)。

(2)生体内(in vivo)測定

 健常なマウスの胃にダイヤモンドマイクロ電極を挿入し、-50nAの一定電流を流し、その間の電圧を測定し、酸性のpHであることを確認しました。100秒経過後、胃内部に少量のリン酸緩衝液(PBS、pH=7.45)を注入したところ、大きくその電位が変化しました(図3)。これはpH値が増大し、中性側へ変化したことを示しています。図2の検量線を用いることで、pH値を知ることもでき、生体内でpHの直接測定、刺激などによる変化をリアルタイムに高感度で測定できることが分かりました。

(3)胃酸分泌を阻害するパントプラゾールによる生体内でのpH変化のモニター

パントプラゾールは、胃酸分泌を阻害する薬です。この胃酸分泌の阻害によって、胃内部のpHが酸性側から中性側へ上昇をします。そこで、胃のpHに対する、パントプラゾールの影響を評価するために、5匹のマウスを5日間にわたり体重1kg当たり40mgのパントプラゾールで処置しました。はじめに、5匹の未処置のマウスの胃のpHを測定し、次に、パントプラゾールによる処置を行ったマウスの胃のpHを同様に測定しました。その結果、処置を行ったマウスの胃内の記録された電位が、未処置のマウスの記録された電位の絶対値よりも高かったことから、パントプラゾールが胃のpHの上昇をもたらしたことが確認されました(図4)。

<今後の展開>

胃炎、胃がん、胃酸過多、逆流性食道炎などの疾患では、胃酸分泌の異常がそれらの病態の重症度を評価する重要な要素となります。

本装置を用いることにより、リアルタイムに高感度で胃壁のpHをモニターすることが可能になります。

また、胃に限らず、食道や十二指腸をはじめ、さまざまな生体組織におけるpHモニターにも使用されることが期待されます。さらに、この方法とワイヤレスのデータ取得システムと組み合わせることにより、従来電極では実現できない、カテーテルに依存しない、患者にやさしいpHモニター法となると期待されます。

これまでの私たちの研究成果から、ダイヤモンドマイクロ電極は、材料としての安定性に優れ、炭素材料であることから生体適合性に優れています。さらにダイヤモンド構造により、電極表面での物質の吸着も抑えられるという特徴などもあり、次世代の生体計測に欠かせない材料となり得ることが期待されます。今回の成果により、このような生体における物質の直接測定に応用できる可能性を示すことができました。今後は、pHのみならず、医学生物学的に物質動態の測定が求められる物質においても、ダイヤモンドマイクロ電極を用いた測定の可能性を探ることや、超高感度化を目指した電極設計を行っていくことで、さらに「簡易で高感度な病態診断法」の開発につながる可能性が期待されます。

<付記>

本研究は、佐谷 秀行 慶應義塾大学 医学部 教授(JST 戦略的創造研究推進事業(CREST)「人工多能性幹細胞(iPS細胞)作製・制御等の医療基盤技術」研究領域(研究総括:須田 年生(慶應義塾大学 医学部 教授))における研究課題「人工癌幹細胞を用いた分化制御異常解析と癌創薬研究」)との共同研究で行われました。

<参考図>

図1

図1

ダイヤモンドマイクロ電極の走査型電子顕微鏡(SEM)写真。先端の直径は約20μm。

図2

図2

pHを変化させた際のクロノポテンシオメトリー(A)と、それぞれのpHにおける電位の検量線(B)。pH1~6の範囲で良好な検量線が得られている。

図3

図3

健康なマウスの胃におけるクロノポテンシオメトリー測定。-50nAの一定電流を流した時の電圧をモニター。100秒経過後、胃内部に0.1Mリン酸緩衝液(PBS、pH=7.45)を注入したところ、大きくその電位が変化し、pHが変化したことが分かる。

図4

図4

胃酸分泌を阻害するパントプラゾールによる処置の前後でのpHの変化を示したクロノポテンシオメトリー測定。未処置のマウス(実線)のpHが、パントプラゾールによる処置を行ったマウス(点線)のpHよりも低いことが分かる。

<用語解説>

注1)ダイヤモンド電極
 本来絶縁体であるダイヤモンドに、不純物としてホウ素を添加することで導電性を付与し、これを電極として利用したもの。電極材料として従来利用されている炭素電極、白金電極などに比較して、水溶液中での電位窓が広い、バックグラウンド電流が小さいなどの優れた電気化学特性を持つため、センサー、水処理をはじめとした応用が期待されている。耐久性など、ダイヤモンド本来の物理化学特性も兼ね備えるため、次世代の新しい電極材料として期待されている。
注2)クロノポテンシオメトリー
一定電流を流し、その際に観測される電位の時間変化をモニターする方法。ここでは、観測される電位が、pHを反映している。

<論文名>

“In vivo pH monitoring using boron doped diamond microelectrode and silver needles: Application to stomach disorder diagnosis”
(ダイヤモンドマイクロ電極と銀針を用いたin vivoによるpHモニタリング:胃の疾病診断への応用)
doi: 10.1038/srep03257

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

栄長 泰明(エイナガ ヤスアキ)
慶應義塾大学 理工学部 教授
〒223-8522 神奈川県横浜市港北区日吉3-14-1
Tel:045-566-1704 Fax:045-566-1697
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

古川 雅士(フルカワ マサシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
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(英文)In vivo pH monitoring using boron-doped diamond microelectrode