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平成25年11月1日

京都大学
科学技術振興機構(JST)

神経幹細胞の多分化能及び分化決定メカニズムの解明と、その操作に成功
~再生医療研究への貢献に期待~

ポイント

京都大学の影山 龍一郎 教授(ウイルス研究所・iCeMS)、今吉 格 特定准教授(白眉センター・ウイルス研究所)らの研究グループは、神経幹細胞の多分化能と細胞分化制御において、分化運命決定因子が周期的に発現していることが重要であることを発見しました。この知見をもとに、マウスの神経幹細胞の増殖と神経細胞への分化を、光照射にて人工的に制御する技術を開発しました。

これらの研究成果が、「Science Express」に掲載されます。

なお、本研究は科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(CREST)、基盤研究(A)、若手研究(A)、新学術領域研究「大脳新皮質構築」、武田財団の支援を受けました。

本成果は、以下の事業・プロジェクトによって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「生命動態の理解と制御のための基盤技術の創出」
(研究総括:山本 雅 沖縄科学技術大学院大学 教授)
研究課題名 「細胞増殖と分化における遺伝子発現振動の動態解明と制御」
研究代表者 影山 龍一郎(京都大学 ウイルス研究所 教授)

1.研究の背景

神経幹細胞は、自己複製を行うことができ、かつ脳を構成する主要な3種類の細胞であるニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトを生み出す多分化能を持つ(図1)。神経幹細胞の自己複製と細胞分化制御機構の解明は、脳神経系の発生機構の解明につながるだけでなく、脳損傷や神経変性疾患に対する再生医療の実現に向けた基盤的知識になる。しかし、自己複製能(分化することなく、自分のコピーを作ることができる)と、多分化能(様々な細胞に分化できる)という全く異なる能力をどのようなメカニズムで神経幹細胞は保持しているのかは不明であった。また、神経幹細胞が細胞分化を行う際に、ニューロン、アストロサイト、及びオリゴデンドロサイトという3種類の選択肢の中から、どのように1つの選択肢を選んで分化していく(細胞分化運命決定)のかについてもよくわかっていなかった。

2.研究の内容

神経幹細胞の自己複製と細胞分化はbHLH型転写因子によって制御されている。神経幹細胞の未分化性の維持とアストロサイト分化を制御するHes1、ニューロン分化を制御するAscl1、オリゴデンドロサイト分化を制御するOlig2という3種類のbHLH型転写因子が重要な働きを担っていることが知られている。しかし、Hes1がどのようなメカニズムで幹細胞の未分化性維持とアストロサイト分化という相反する2つの機能を発揮するのかよくわかっていない。また、Ascl1やOlig2は、ニューロン分化とオリゴデンドロサイト分化以外に、神経幹細胞の増殖・維持にも重要であることが知られているが、この相反する機能をどのように制御しているのかも不明である。本研究では、ホタルの発光たんぱく質であるルシフェラーゼとbHLH型転写因子の融合たんぱく質が発現するような遺伝子改変マウスを作製し、bHLH型転写因子の発現動態を解析した。Hes1、Ascl1、Olig2の3種類のbHLH型転写因子について、ルシフェラーゼとの融合たんぱく質の発現動態を観察・解析した。

顕微鏡システムや画像解析法の至適化により、単一細胞レベルで、細胞分化運命決定因子であるbHLH型転写因子たんぱく質のリアルタイムイメージングに成功した。その結果、神経幹細胞においてHes1、Ascl1たんぱく質は2~3時間周期で、Olig2たんぱく質は5?8時間周期で周期的に発現(発現振動)していることが明らかになった(図2)。さらに、Hes1、Ascl1、Olig2のいずれかを欠損した神経幹細胞では細胞増殖が減少していたことから、bHLH型転写因子が発現振動を繰り返すことによって神経幹細胞の細胞分裂を促進することが示唆された。

次に、神経幹細胞に細胞分化を誘導して、Hes1、Ascl1、Olig2たんぱく質の発現動態をリアルタイムイメージングにて解析した。その結果、ニューロン分化の際にはAscl1が、アストロサイト分化の際にはHes1が、オリゴデンドロサイト分化の際にはOlig2がそれぞれ蓄積することが明らかになった(図3)。神経幹細胞からどれかの細胞種に分化運命決定が行われる際には、発現振動を繰り返していたHes1、Ascl1、Olig2たんぱく質のどれか1種類の発現レベルが上昇し、他の2種類のたんぱく質の発現が消失した。

ルシフェラーゼとbHLH型転写因子の融合たんぱく質の発現動態の観察結果から、Hes1、Ascl1、Olig2などの細胞分化決定因子は、神経幹細胞にもすでに発現しており、発現振動を繰り返すことで神経幹細胞の増殖を促進すると考えられた。一方、細胞分化誘導時にはどれか1種類のbHLH因子の発現が上昇し、細胞分化を促進することが明らかになった。神経幹細胞は、複数の細胞分化決定因子をオシレーションさせることで、多分化能を備えつつも未分化性を保持して自身のコピーを作る(自己複製する)と考えられた。

上記の結果から、同一因子が発現動態を変えることによって神経幹細胞の増殖を活性化したり、特定の種類の細胞に分化誘導することが示唆された。たとえば、Ascl1は発現振動すると神経幹細胞の増殖を活性化し、蓄積するとニューロン分化を誘導すると考えられた。そこで、光応答性の転写因子であるGAVPOのコドンをヒト化したhGAVPOを用いて、光照射依存的にAscl1の発現動態を人工的にコントロールできる実験系を開発した(図4)。3時間ごとに青色光を照射することでAscl1のオシレーションを、30分ごとに青色光を照射することでAscl1の蓄積を神経幹細胞に誘導できた。

神経幹細胞に青色光照射を行い、Ascl1の3時間周期の発現振動を誘導したところ、細胞増殖(自己複製)が促進された。一方、Ascl1の蓄積を誘導したところ、ニューロン分化が誘導された。すなわち、従来用いられてきた外来性のたんぱく質や化合物を投与することなく、青色光の照射パターンを変えるだけで、神経幹細胞の増殖やニューロン分化を自在にコントロール可能な技術開発に成功した。この技術は、今後再生医療研究に貢献することが期待される。また、光照射による神経幹細胞の増殖・分化を制御する実験技術は、マウス脳内の神経幹細胞にも適応できる可能性があり、今後の実用化に向けて開発を推進したいと考えている。

3.波及効果

本研究は、自己複製能と多分化能の両立という神経幹細胞を幹細胞たらしめている根幹のメカニズムを明らかにした。Hes1たんぱく質は、神経幹細胞だけではなく、万能細胞(ES細胞・iPS細胞)や造血幹細胞・皮膚幹細胞などほとんどの幹細胞で発現が確認されていることから、本研究で見いだされた細胞分化決定因子の発現振動による制御機構は、他の種類の幹細胞においても普遍的に使用されているメカニズムであると考えられ、幹細胞研究全体への幅広い波及効果が予想される。

4.今後の予定

神経幹細胞の自己複製とニューロン分化誘導を「光」で制御できる技術は、脳損傷や神経変性疾患に対する再生医療研究に貢献することが期待される。また、光照射による神経幹細胞の増殖・分化コントロール技術は、脳内の神経幹細胞にも適応できる可能性がある。

<参考図>

図1

図1

神経幹細胞は、自己複製を行うことができ、かつ多分化能を持つ。

図2

図2

自己複製する神経幹細胞において、Hes1、Ascl1、及びOlig2の発現は発現振動する。

図3

図3

神経幹細胞から分化運命決定が行われる際には、発現振動を繰り返していたHes1、Ascl1、Olig2たんぱく質のどれか1種類の発現レベルが上昇し、他の2種類のたんぱく質の発現が消失する。

図4

図4

光応答性の転写因子hGAVPOを用いたAscl1の人工的発現誘導系。hGAVPOは青色光の照射により2量体を形成し、UASの下流に配置したAscl1の発現を誘導する。

図5

図5

光遺伝学的発現操作技術を用いて、Ascl1を3時間周期で発現振動(オシレーション)させたところ、細胞増殖が促進された。一方、Ascl1を蓄積発現させたところ、ニューロン分化が誘導された。

<論文タイトル>

“Oscillatory control of factors determining multipotency and fate in mouse neural progenitors”
(神経幹細胞において多分化能と運命を決定する因子の発現振動による制御)
doi: 10.1126/science.1242366

<お問い合わせ先>

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影山 龍一郎 教授
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(英文)Oscillatory control of factors determining multipotency and fate in mouse neural progenitors