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平成25年10月9日

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副作用のないアルツハイマー病治療に向けての新技術
〜アミロイドβたんぱく質産生の仕組みを利用〜

ポイント

JST 課題達成型基礎研究の一環として、同志社大学 大学院生命医科学研究科の舟本 聡 准教授と同志社大学 大学院脳科学研究科の井原 康夫 教授らは、アルツハイマー病の原因と考えられるアミロイドβたんぱく質(Aβ)注1)を産生する酵素の特性を解明し、新しいAβ産生抑制方法を開発しました。

これまではAβの産生を抑制するために、主にAβ産生酵素(γセクレターゼ注2))そのものの働きを阻害する薬剤の開発が進められてきました。ところが、この酵素は生体内でさまざまなたんぱく質を分解する重要な働きがあるため、全般的な阻害は重篤な副作用を引き起こします。最近は、Aβの中で毒性の強いAβ42の産生だけを抑制する薬剤の開発も盛んに行われ、治験も実施されていますが、期待される成果には至っていません。そこで、Aβ産生を抑制する新しい予防・治療法の確立が望まれています。

研究グループは、γセクレターゼが切断するたんぱく質の特性(長さ)に着目し、γセクレターゼがAβのもととなるたんぱく質(C99)の先端部分を捕らえて切断することにより、Aβを産生することを明らかにしました。次に、C99の先端部分に結合するベプチド試薬(C99結合ペプチド)を開発し、その効果を検討したところ、γセクレターゼがC99の先端部分を捕らえることができず、切断できないことが分かりました。また、このペプチドはC99以外のたんぱく質切断には影響を与えないことも分かりました。これらの結果から、C99結合ペプチドは、Aβ産生を特異的に抑制できることを実験的に証明しました。さらに、このペプチドはAβの産生のみならず、C99自体の産生も特異的に抑制することが分かりました。1つの薬剤でAβ産生に関わる2つのたんぱく質切断を抑えることにつながり、まさに一石二鳥の効果をもたらすことができました。

この研究成果は、副作用の少ないアルツハイマー病予防や治療に役立つことが期待されます。また、従来のような酵素を標的とする手法とは異なり、酵素が切断するたんぱく質(基質)に着目した創薬アプローチは、がんなどのほかの疾患にも展開できる可能性を秘めています。

本研究は、ペプチドリーム株式会社の佐々木 亨 主任研究員と共同で行ったものです。また、本研究は同志社大学の西川 喜代孝 教授、高橋 美帆 助教、理化学研究所の西道 隆臣 チームリーダー、斉藤 貴志 副チームリーダーの協力を得て行いました。

本研究成果は、英国時間2013年10月9日(日本時間10月9日18時)に英国科学誌「Nature Communications」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「精神・神経疾患の分子病態理解に基づく診断・治療へ向けた新技術の創出」
(研究総括:樋口 輝彦 国立精神・神経センター 総長)
研究課題名 「分子的理解に基づく抗アミロイド療法および抗タウ療法の開発」
研究代表者 (同志社大学 大学院脳科学研究科 神経病理学 井原 康夫 教授)
研究期間 平成21年10月〜平成26年3月

JSTはこの領域で、少子化・高齢化・ストレス社会を迎えた日本において社会的要請の強い認知・情動などをはじめとする高次脳機能の障害による精神・神経疾患に対して、脳科学の基礎的な知見を活用し、予防・診断・治療法などで新技術の創出を目標にしています。上記研究課題では、アルツハイマー病治療・予防のためAβ産生抑制とタウ毒性の抑制技術の開発と病態の理解を目指しています。

産学共同シーズイノベーション化事業 顕在化ステージ

研究課題名 「特殊ペプチド化合物によるアミロイドβタンパク質特異的抑制法の開発」
プロデューサー (ペプチドリーム株式会社 内田 栄太郎 事業管理部長)
研究リーダー (同志社大学 大学院生命医科学研究科 神経病理学 舟本 聡 准教授)
研究期間 平成20年10月〜平成21年9月

JSTはこの研究課題で、アルツハイマー病原因物質であるAβ産生を抑制する特殊ベプチド化合物の創製の基盤研究を目指していました。

<研究の背景と経緯>

日本の認知症患者数は460万人にのぼると推計され、発症の前段階のいわゆる予備群も400万人ほど存在することが最近分かってきました(平成24年厚労省調べ)。そのなかでもアルツハイマー病は認知症の7割近くを占め、このままでは大きな社会的損失を生み出すことが予想されています。この傾向はほかの先進諸国にも見られ、アルツハイマー病の克服はもはや世界的重要課題と言っても過言ではありません。

アルツハイマー病は、脳内のアミロイドβたんぱく質(Aβ)の凝集、蓄積が原因で発症すると考えられています(アミロイド仮説注3))。Aβは、アミロイド前駆体たんぱく質(APP)がβセクレターゼ注4)とγセクレターゼの2種類の酵素によって、2段階に切断されてできる40個のアミノ酸から成るたんぱく質断片です(図1)。従って、これら2つの酵素活性を抑制することが、アルツハイマー病の予防・治療の最も効果的な方法と考えられます。ところが、これらの酵素は生体内で重要なたんぱく質分解も担っているため、単なる酵素活性の阻害や酵素の欠損では、生体に重篤な障害を引き起こすことが分かってきました。

最近、有望な抗Aβ療法として、毒性の強いAβ42産生だけを抑制するγセクレターゼモジュレーター注5)が注目されています。しかし、治験では期待した効果が得られないケースや、家族性アルツハイマー病変異を持つγセクレターゼにはほとんど効果がないこと、アルツハイマー病脳のγセクレターゼではAβ42の産生抑制能が高くないことなどが報告されています。

従って、抗Aβ療法に関して新しい発想にもとづいた治療・予防戦略が必要です。研究グループは、γセクレターゼそのものを標的とするのではなく、γセクレターゼが切断するたんぱく質(基質注6))に着目し、新しい抗Aβ療法の開発に取り組むこととしました。

<研究の内容>

本研究グループは、Aβ産生だけの抑制を実現させる糸口として、まずγセクレターゼが基質を認識するメカニズムの解明に取り組みました。さまざまなたんぱく質がγセクレターゼの基質となる条件は、①Ⅰ型膜タンパク質注7)であること、②細胞外ドメイン注8)が分解酵素による切断を受けること、が知られています。しかし、さまざまな種類の基質が存在する中で、γセクレターゼがどのように基質を認識するかについてはよく調べられていませんでした。

APPはセクレターゼによる切断の違いによって、細胞外ドメインが長いC99と短いC83の2種類に分解され、このうちC99がさらにγセクレターゼによって切断されるとAβになることが分かっています(図2A)。これらについて、γセクレターゼによる切断効率を調べると、C83の切断効率がC99よりも5倍ほど高く、切断されやすいことが分かりました(表1)。

C83はC99よりも細胞外ドメインが短い基質であることから、ほかの代表的な膜たんぱく質でγセクレターゼの基質である(NotchとAPLP2注9))についても細胞外ドメインの長さが異なる基質を調製し、切断効率を調べました(図2BとC)。その結果、これらの分子においても、細胞外ドメインの短い基質で切断効率が約5倍高いことが分かりました(表1)。この結果から、細胞膜内で働くγセクレターゼが基質の細胞外ドメインの長さを識別し、そのドメインの短い方の基質を選択的に切断すると考えられました。

さらに、γセクレターゼの基質選択性を検証するために、C99の長い細胞外ドメインをNotchに、Notchの短い細胞外ドメインをC99に交換させたキメラ基質を調製し、γセクレターゼとの結合や切断効率を検討しました(図3)。その結果、Notchの短い細胞外ドメインを持つキメラ型C99はγセクレターゼとの結合が上昇し、さらに切断効率も上昇することが分かりました(図4)。一方、C99の長い細胞外ドメインを持つキメラ型のNotchはこの酵素との結合が弱まり、結果的に切断効率も顕著に低下することが分かりました。

これらの結果により、γセクレターゼは基質の細胞外ドメインを認識して、短い細胞外ドメインの基質を効率良く切断することを世界で初めて証明することができました(図5)。

次に、γセクレターゼが基質の細胞外ドメインを認識して切断することが判明したので、C99基質の細胞外ドメインに特異的に結合するペプチド試薬を創製し、C99とγセクレターゼの結合を抑制することにより、Aβ産生だけを抑制する方法の確立を目指しました。mRNAディスプレー法注10)を利用することで、C99細胞外ドメインに特異的に結合するペプチド試薬(C99結合ペプチド)を得ることができました(図6)。実際に試験管内でC99結合ペプチドの効果を検討したところ、C99とγセクレターゼの結合を抑制したのに対し、Notchとこの酵素の結合には影響を与えることなく、γセクレターゼによるC99の切断を特異的に抑制しました(図7)

C99はAPPからβセクレターゼによる切断(β切断)で産生されることから(図1)、C99結合ペプチドのβ切断抑制能についても検討したところ、C99結合ペプチドはAPP特異的にβ切断をも抑制することが分かりました(図8)。

また、C99結合ペプチドを培養細胞に添加しても、Aβ産生を特異的に抑制することが分かり、さらに、C99結合ペプチドを正常なマウスの腹腔に投与した場合も、対照群と比較して有意に脳内Aβ量が低下することも分かりました(図9)。以上の結果から、C99の細胞外ドメインを標的としたC99結合ペプチドが、Aβ産生抑制に有効であることが分かりました(図10)。

<今後の展開>

今回の研究により、酵素ではなく基質をターゲットとすることで、基質特異性を維持しながら効果的にAβ産生を抑制することができました。しかも、1種類のペプチド試薬で2種類のAβ産生に関わるAPP切断を抑制することができ、まさに抗Aβ療法に一石二鳥の効果をもたらします。今回得られたC99結合ペプチドに改良を加えて脳移行性やC99との親和性を高めて、副作用の少ないアルツハイマー病の予防・治療に役立てることが期待されます。また、このC99結合ペプチドの機能を模倣する低分子化合物のスクリーニングなども視野に入れて、副作用の少ない治療・予防薬の開発に貢献することを目指します。

本研究で示した阻害剤創製アプローチは、従来のような酵素を標的とする手法ではなく、基質をターゲットとするもので、がんなどのほかの疾患にも適応可能で、副作用の少ない治療・予防薬の開発にも期待ができます。

<参考図>

図1

図1 アミロイドβたんぱく質(Aβ)はアミロイド前駆体たんぱく質(APP)の2段階の切断により産生される

Aβの細胞外領域がβセクレターゼによって切断(β切断)され、膜に残ったC99がγセクレターゼによってさらに切断(γ切断)されて、Aβが作られる。

図2

図2 比較したγセクレターゼ基質

3種類の膜たんぱく質についてのN末端の長さの異なる基質。APP由来基質(A)。Notch由来基質(B)。APLP2由来基質(C)。点線はC末端側の切断部位を示す。

図3

図3 細胞外ドメインを交換したC99とNotchのキメラ基質

C99由来領域を黒、Notch由来領域を赤で示す。矢印はC末端側の切断部位を示す。

図4

図4 C99−Notch間キメラ基質のγセクレターゼとの結合と切断

図3の各キメラ基質とγセクレターゼとの結合を調べた(A)。それぞれの基質とγセクレターゼを4℃で保温し、基質に結合しているγセクレターゼ量を検討した。細胞外ドメインの短い基質ほどγセクレターゼと顕著に結合している。各キメラ基質の切断(B)。細胞外ドメインの短い基質ほどγセクレターゼにより顕著に切断を受ける。

図5

図5 γセクレターゼ基質選択性モデル

γセクレターゼは基質の細胞外ドメインのN末端側を捕捉すると考えられる。Notchなどの細胞外ドメインが短い基質のN末端はγセクレターゼからの距離が短いので、この酵素に容易に捕捉され切断される(左図)。一方、C99などの細胞外ドメインが長い基質のN末端は酵素から離れているので、捕捉されにくく結果として切断を受けにくい(右図)。

図6

図6 C99結合ペプチド

mRNAディスプレーで得られたC99結合ペプチド(A)。共通したアミノ酸配列を赤で示す。AのC99結合ペプチドによるAβ産生抑制(B)。ペプチド#1、#2、#4が顕著なAβ産生抑制を示した。

図7

図7 C99結合ペプチドによる基質特異的阻害

C99結合ペプチド#4はC99特異的にγセクレターゼとの結合を抑制する(A)。C99結合ペプチド#4はC99特異的にγセクレターゼによる切断を抑制する(B)。

図8

図8 C99結合ペプチドによるAPP特異的β切断抑制

C99結合ペプチド存在下で、βセクレターゼとAPPまたはシアル酸転移酵素を反応させて、切断断片産生の影響を調べた。APPのβ切断はC99結合ペプチドの存在で抑制されたが、シアル酸転移酵素のβ切断には影響を与えなかった。

図9

図9 培養細胞・マウスにおけるC99結合ペプチドの効果

APPとNotchを発現するCHO細胞にC99結合ペプチドを添加して、産生されるAβ量とNotch切断断片(NICD)量を検討した(A)。C99結合ペプチドは濃度依存的なAβ産生抑制を示したが、NICD産生には影響を与えなかった。Lはγセクレターゼ阻害剤L685458 。C99結合ペプチド#4をマウス腹腔に投与(150 mg/kg/d)すると、脳内のAβ量が減少した(B)。

図10

図10 C99結合ペプチドの作用機序

C99結合ペプチドはC99に特異的に結合し、γセクレターゼとの結合を抑制し、その結果として、C99切断(Aβ産生)を抑制する。一方、C99結合ペプチドはNotchなどのほかの分子には結合しないので、これらの基質の切断には影響を与えない。

表1

表1 各基質の切断効率の比較

3種類の膜たんぱく質において、アミノ末端の短い基質(C83、V1711、R678)の切断効率(Vmax/Km)は、アミノ末端が長い基質(C99、ΔE、M664)のそれよりも約5倍高いことが分かった。

<用語解説>

注1) アミロイドβたんぱく質(Aβ)
アルツハイマー病脳に見られる約40個のアミノ酸から構成されるペプチド。42個のアミノ酸からなるAβ42は、Aβ40よりも毒性や凝集性が高く、これが真の原因と考えられている。
注2) γセクレターゼ
たんぱく質分解酵素の一種で、Aβ産生酵素の1つ。Aβ産生に関わるAPPの第2段階の切断(γ切断)を触媒する。APP以外に多くの基質が報告され、γセクレターゼのノックアウトマウスや活性阻害でさまざまな障害が報告されている。
注3) アミロイド仮説
アルツハイマー病の発症機序に関する仮説で、まずAβの蓄積や細胞毒性が生じて、それが原因となりタウタンパク質の凝集と毒性を引き起こし、結果的に神経細胞が機能不全を起こしアルツハイマー病が発症するというもの。
注4) βセクレターゼ
たんぱく質分解酵素の一種で、Aβ産生酵素の1つ。Aβ産生に関わるAPPの第1段階の切断(β切断)を触媒する。APP以外に多くの基質が報告され、最近ではβセクレターゼのノックアウトマウスでさまざまな障害が報告されている。
注5) γセクレターゼモジュレーター
γセクレターゼの切断部位を変調させる薬剤の総称。一般には、毒性の高いAβ42の産生を抑制する薬剤を示す場合が多い。γセクレターゼによるC99切断を変調させて、Aβ42をさらに短いAβ38に変換すると考えられている。Notch切断には影響しないことが知られている。
注6) 基質
酵素によって何らかの影響を受ける物質の総称。本研究の場合は、たんぱく質切断酵素のγセクレターゼやβセクレターゼによって直接的に切断されるたんぱく質を示す。
注7) Ⅰ型膜タンパク質
膜に存在するたんぱく質の一種で、一回膜貫通ドメインを持ち、細胞外側にアミノ末端を、細胞質側にカルボキシル末端を突出されているものの総称。APPもその1つ(図1参照)。
注8) 細胞外ドメイン
特に膜たんぱく質で細胞外の領域に突出している領域(図1参照)。
注9) NotchとAPLP2
γセクレターゼによって切断を受けるⅠ型膜たんぱく質。γセクレターゼによるNotchの切断は、細胞の分化などに必須なことが知られている。APLP2はAPP−like protein 2(APP様たんぱく質2)の略で、APP類似たんぱく質の1つ。これらの切断断片には毒性などの報告はない。
注10) mRNAディスプレー法
アミノ酸をコードするランダムな塩基配列を含むDNAライブラリー(1011種類以上)を鋳型に無細胞系翻訳を行い、合成されたたんぱく質(またはペプチド)とターゲット間の親和性を利用して、ターゲットに結合するcDNA配列を得る方法。翻訳されるたんぱく質はリンカーによりmRNAと結合した状態で維持される。従って、たんぱく質は常に自身の遺伝情報を保持しているので、その塩基配列を解析することでスクリーニングで得られたアミノ酸配列を得ることができる。

<論文タイトル>

“Substrate ectodomain is critical for substrate preference and inhibition of γ-secretase”
(基質の細胞外ドメインはγセクレターゼの基質選択と活性阻害に重要な部位である)
doi: 10.1038/ncomms3529

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

舟本 聡(フナモト サトル)
同志社大学 大学院生命医科学研究科 神経病理学 准教授
〒610-0394 京都府京田辺市多々羅都谷1−3
Tel:0774-65-6136 Fax:0774-65-6135
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<JSTの事業に関すること>

川口 貴史(カワグチ タカフミ)
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〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
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