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平成25年10月3日

科学技術振興機構(JST)
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大阪大学
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「進化の機能」を持った人工細胞の作成に成功

ポイント

JST 課題達成型基礎研究の一環として、大阪大学 大学院情報科学研究科 四方 哲也 教授の研究チームは、生物の特徴である「進化する能力」を持つ人工細胞注1)を作り出すことに世界で初めて成功しました。

生物の機能を人工的に再構築した人工細胞の作成は、新たなテクノロジーとして近年大きな注目を集めています。しかし、従来の人工細胞は生物の大きな特徴である進化する能力を持っておらず、その応用範囲は限定されていました。

研究チームは、RNAからなる人工ゲノムと数十種類のたんぱく質などを細胞サイズの油中水滴注2)に封入した人工細胞を作成しました。この人工細胞内では、ゲノムRNAから遺伝情報が翻訳され複製酵素が合成されます。そして、合成された複製酵素により元のゲノムRNAの複製が起こります。さらに、この人工細胞を、栄養(たんぱく質合成に必要な酵素・アミノ酸など)を含んだ油中水滴と人為的に融合・分裂をさせることにより、天然の細胞と同じように際限なくゲノムの複製を続けることに成功しました。また、この人工細胞を長期に培養した結果、複製エラーによりゲノムRNAに突然変異が蓄積し、より複製しやすいゲノムRNAが自然選択により進化することを見いだしました。これはダーウィンが提唱した進化のメカニズムを持った人工細胞が誕生したことを意味しています。

生物の進化はいまだに多くの謎に包まれています。その一因は、進化の直接観察が難しいことにあります。本研究で作成した人工細胞は、その進化を試験管内で再現し直接観察することができるため進化過程の詳細な理解に役に立つと期待されます。また、この人工細胞を基盤としてさらに多くの能力を進化させていくことにより、天然の生物に頼らないより効率的な食糧や薬剤の生産に貢献できると期待されます。

本研究成果は、2013年10月3日(英国時間)に英国科学誌「Nature Communications」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・プロジェクトによって得られました。

戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究

研究プロジェクト 「四方動的微小反応場プロジェクト」
研究総括 四方 哲也(大阪大学 大学院情報科学研究科 教授)
研究期間 平成21年10月〜平成27年3月

上記研究課題では、細胞の特性を持つ動的微小反応場を実験的に創造することを通じて、生物学、化学、物理学、工学の融合により新領域を切り開く人材の育成を目指します。

<研究の背景と経緯>

生物は、過酷な環境にも適応して増殖することができ、多種多様で複雑な化合物を作ることができるなど、人工物では達成できないような驚くべき能力を持っています。これらの能力を人類が利用しやすいかたちで取り出すテクノロジーとして、人工細胞の作成が近年大きな注目を集めています。生物の持つ驚くべき能力は、その多くは進化によってもたらされたと考えられています。しかし、その重要性にもかかわらず、これまでに進化する能力を持つ人工細胞を作成することができていませんでした。その主な理由は、進化するために必要な性質(複製能、遺伝性、多様性を生み出す機構、細胞サイズの反応場)を同時に満たす反応システムの構築が困難だったことにあります。今回、四方教授らの研究グループは、独自に開発したRNAの自己複製反応システムと、その反応システムの機能を保ったまま微小な区切られた構造に封入する技術を用いて、自発的に進化する能力を持つ人工細胞の作成に挑戦しました。

<研究の内容>

研究チームは、遺伝子をコードした人工ゲノムRNAとたんぱく質の翻訳に必要なたんぱく質群を細胞サイズの油中水滴に封入した、人工細胞モデルを構築しました。

ゲノムRNAにはRNAからRNAを複製する酵素の遺伝子がコードされています。研究チームは、このRNAゲノムを数十種類のたんぱく質を含む水溶液とともに油の中で激しくかき混ぜました。その結果、水溶液は約2マイクロメートル(マイクロは百万分の1)の細胞状の水滴として油中に分散しました。この細胞状の各水滴を37度で反応させると、その中ではRNAゲノムにコードされた遺伝子から複製酵素が翻訳され、そして翻訳された酵素は元のゲノムRNAを複製することを見いだしました。この天然の細胞と同じサイズを持ち、天然の細胞と同様に遺伝子の翻訳とゲノム複製機構を持つ水滴を、研究チームは人工細胞と位置づけました。

しかし、天然の細胞とは異なり、この人工細胞内のゲノム複製反応は栄養の枯渇によりすぐに停止してしまいます。従って、この人工細胞が進化することはありませんでした。そこで研究チームは、さらに細胞融合によりこの人工細胞に栄養を供給することを試みました。栄養となるたんぱく質群を含んだ水滴を外から添加し、人工細胞とともにかき混ぜることにより、人工細胞と栄養を含む水滴を融合させました。その結果、人工細胞は大きくなりますが、さらにかき混ぜることで、細胞は元のサイズに分裂しました。この細胞の融合と分裂を繰り返すことにより、半永久的に人工細胞内でゲノムRNAの自己複製を継続することに成功しました。

研究チームは、この人工細胞中でのゲノムRNAの複製を長期間繰り返しました。その結果、複製中に生じたエラーによりゲノムRNA中に突然変異が起こり、自然にゲノムRNAの多様性が生まれました。そして多様な性質を持つゲノムRNAの中に、より自身のコピー(子孫)を多く残すことができる適者が生まれると、その変異体は次第に元のRNAを駆逐していくことを発見しました。人工細胞の成長と分裂を継続的に50世代行うと、複製能力が約100倍に上昇し、ゲノムRNAには38個の変異が蓄積していました。これはまさにダーウィンの提唱した進化のメカニズムがこの人工細胞でも起きたことを意味しています。すなわち天然の細胞のように継代するだけで自発的に進化する能力を持つ人工細胞の作成に世界で初めて成功しました。

<今後の展開>

本研究で作成した人工細胞は、進化するための必要最低限の能力しか持っていません。この状態は、原始生命が初めて進化する能力を獲得した状態とよく似ています。今後、この人工細胞をさらに進化させることにより、原始生命がどうやって複雑な生命体へと進化することができたのかを、実験的に明らかにすることができると期待しています。この研究により、いままで謎に包まれていた生命の初期進化について新しい知見が得られると考えられます。

また、進化する能力を持つ人工細胞は、有用物質の生産などの効率化にも貢献できると考えています。現在、人類は食糧や薬剤の生産の多くを天然の生物に頼っています。しかし、天然の生物はいまだ解明されていない部分が多く、またその複雑さのために人間の都合に合わせて制御することが困難です。これに対し人工細胞は、全て既知物質から組み上げられているため、制御が容易で、自在にデザインすることができます。ここで構築した人工細胞を基盤にして、さまざまな遺伝子を導入し、その機能を進化させていくことにより、天然の生物より効率よく有用物質を生産できる人工細胞の作成につながると期待されます。

<参考図>

図

人工細胞におけるゲノムRNAの進化

油中水滴に封入されたゲノムRNAは自身にコードされた複製酵素により自己複製する(A)。この自己複製を、栄養を持った水滴との融合と分裂を繰り返すことにより、長期間継代した(B)。その結果、複製の中で複製エラーにより突然変異が導入されたことにより、変異型のゲノムRNAの中に元のRNAよりもより多くの子孫を残すものが現れ、その後の細胞の分裂とランダムな選択過程を経るにつれて元のRNAを駆逐するようになった。この過程を繰り返した結果、ゲノムRNAの複製能力は元の約100倍まで進化した(C)。融合直後の人工細胞の顕微鏡写真(D)。写真に写っている全ての輪、あるいは点は、サイズの異なる人工細胞である。

<用語解説>

注1)人工細胞
はっきりした定義は成されていないが、一般的には細胞の機能の一部を人工的に再構成した細胞状の構造を人工細胞と呼ぶことが多い。本研究の人工細胞は、細胞の機能のうち、ゲノム複製、遺伝子翻訳、微小区画構造が人工的に再構成されている。
注2) 油中水滴
適切な界面活性剤の存在下で、水溶液を油の中で激しく混ぜると水溶液は微小な水滴として油の中に散らばる。この油の中の水滴は長期間安定で、内部でさまざまな反応を起こさせることができる。

<論文タイトル>

“Darwinian evolution of a translation-coupled RNA replication system in a cell-like compartment”
(翻訳が共役したRNA複製システムの細胞様区画内におけるダーウィン進化)
doi: 10.1038/ncomms3494

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

四方 哲也(ヨモ テツヤ)
大阪大学 大学院情報科学研究科 教授
〒565-0871 大阪府吹田市山田丘1−5
Tel:06-6879-4151 Fax:06-6879-7433
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
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(英文)Darwinian evolution of a translation-coupled RNA replication system in a cell-like compartment