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平成25年9月2日

株式会社東京インスツルメンツ
学習院大学
早稲田大学
科学技術振興機構(JST)

カメラのように一瞬で画像が取得できる
「2次元多共焦点ラマン顕微鏡」の実用化に成功

JST 先端計測分析技術・機器開発プログラムの一環として、株式会社東京インスツルメンツ、学習院大学、早稲田大学の開発チームは、カメラのように一瞬で画像が取得できる「2次元多共焦点ラマン顕微鏡」を世界で初めて実用化しました。

共焦点ラマン顕微鏡は、ラマン分光法注1)を利用してレーザー光を物質に照射したときに発生する微弱なラマン散乱光を検出し、物質種の同定や化学結合の状態、分子や結晶の構造などの分析に使われています。また、共焦点光学系注2)を活かして透明な試料の内部までも非破壊で観察できるため、生きた細胞の新しい評価・観察手法としても注目され始めています。一般的なラマン顕微鏡は、一点に集光したレーザー光で測定したい面を走査してラマン信号を測定し、画像として描き出す必要があります。そのため、描画には10時間以上かかる場合もありました。最近では、レーザー光をライン状にして、より広範囲を走査する高速なラマン顕微鏡も普及しつつあります。しかし、一瞬でカメラのようにラマン画像を取得することはできないため、細胞内物質の代謝の様子や、結晶構造や化学反応の変化をリアルタイムに観察することができませんでした。

開発チームは、レーザーや試料を全く動かさず、一瞬でラマン画像を取得できる「2次元多共焦点ラマン顕微鏡」の実用化に成功しました。開発した顕微鏡は、レーザー光を21×21点、合計441点の格子点状(2次元)に分割して試料に照射して各点からのラマン散乱光を同時に測定し、441ピクセルの高空間分解能ラマン画像を1秒で取得できます。同じ画像を従来の走査方式の顕微鏡で観察するには、441秒(約7分)かかっていました。さらに、透明な試料であれば、その断面も測定できます。この成果は、長時間レーザーを照射することができない細胞などが時間的に変化する様子を、内部までリアルタイムで非破壊に観察可能とするものです。

本装置は、株式会社東京インスツルメンツが2013年9月より受注販売を開始します。また、2013年9月4〜6日に開催される「JASIS 2013」の同社ブースにて、実機の展示を行います。

本開発成果は、以下の事業・開発課題によって得られました。

事業名 研究成果展開事業(先端計測分析技術・機器開発プログラム)

●機器開発タイプ

開発課題名 「生細胞活性可視化診断用ラマン分光顕微鏡の開発」
チームリーダー M口 宏夫(採択時:東京大学 大学院理学系研究科 教授)
開発期間 平成20〜23年度
担当開発総括 澤田 嗣郎(東京大学 名誉教授)

●実証・実用化タイプ

開発課題名 「2次元多共焦点ラマン分光顕微鏡の実用化開発」
チームリーダー 河村 賢一(株式会社東京インスツルメンツ 商品開発室 室長)
開発期間 平成23〜25年度(予定)
担当開発総括 尾形 仁士(三菱電機エンジニアリング株式会社 社友)

JSTはこのプログラムで、創造的・独創的な研究開発に資する先端計測分析技術・機器およびその周辺システムの研究開発を推進します。

<開発の背景と経緯>

ラマン分光法は、古くから物質や分子の振動スペクトルを観測する手段として使われ、主に学術的な用途で分子構造、化学結合状態の評価に使われてきました。近年になり、光学顕微鏡技術との融合によって、数百nmといった局所の分光が可能になると同時に、データを画像化して直感的に把握できるようにするイメージング技術も普及したことで、工業製品の開発や検査(異物の検出など)や、さらに最近ではバイオテクノロジー、医療、創薬開発といった全く新しい分野でも使われるようになっています。特に細胞内物質の測定については、非侵襲で標識がいらない新しい観察手法としてラマン顕微鏡に注目が集まっており、ラマン分光法による病気診断の可能性など新規な研究が盛んに行われるようになっています。

その一方で、ラマン顕微鏡は非常に微弱なラマン散乱光を検出しなくてはならないため、その測定時間の長さが大きな課題となっています。現在、最も普及している一般的な共焦点ラマン顕微鏡の場合、試料又はレーザーを走査してラマン画像を描くため、測定条件によっては測定時間が10時間以上にも及ぶことも珍しくありません。最近では、高速化のためにライン状(1次元)のレーザービームを走査するラマン顕微鏡が登場していますが、やはり2次元イメージを得るためには試料又はレーザーの走査が必須となり、カメラのように一瞬で2次元ラマン画像を得ることはできません(図1)。

株式会社東京インスツルメンツは平成23年より学習院大学 岩田 耕一 教授、早稲田大学 M口 宏夫 教授と共同で、ラマン画像を一瞬で観測できる、2次元多共焦点ラマン顕微鏡の製品化を目指して開発を行いました(図2)。本開発は、JST 先端計測分析技術・機器開発プログラム(機器開発タイプ)において、M口 宏夫 教授を中心に世界で初めて実証実験に成功した2次元多共焦点ラマン顕微鏡の試作機と関連特許注3)を基にして、高性能化と実用化開発を行いました。またM口 宏夫 教授のグループは、本開発においても2次元多共焦点ラマン顕微鏡を使って生きた細胞の観測を行い、その有用性を報告しています。

今回開発したラマン顕微鏡は、レーザー光を21×21点、合計441点の格子点状(2次元)に分割して試料に照射し、各点からのラマン散乱光を同時に測定します(図1)。そのため、試料やレーザー光を走査することなく、一瞬でラマン画像が得られ、逐一変化する化学反応や、レーザー光で損傷しやすい細胞の観察を高速に行うことができます。

<開発の内容>

今回開発した2次元多共焦点ラマン顕微鏡は、レーザー光を特殊なビームスプリッターで21x21点、合計441点の格子点状(2次元)に分割して試料に集光照射します(図3)。100倍の対物レンズを使った場合、500nm間隔で正確に並んだ21x21点(観測視野10×10μm)のビームが試料に一斉照射され、各点からのラマン散乱光は、共焦点光学系を経て全て同時に分光器に導かれます。しかし、分光器に入射する光は、必ず点、又は線状でなければスペクトルを観測できません。そのため2次元多共焦点ラマン顕微鏡では、2次元に配列した21x21点のラマン散乱光を1次元へ変換するために、超高密度・高精度次元変換バンドル光ファイバーを新たに開発しました(図4)。バンドルファイバーの入射側は21x21本、分光器に接続される出射側は縦2列(220+221本)にファイバーが配列しています。各測定点のラマン散乱光は入射側から対応するファイバーに入射します。出射側を縦2列とすることで、CCD検出素子の受光面には、左右にそれぞれ221本と220本のスペクトルが投影され、合計441本のスペクトルの同時観測を可能にしています。また、今回新たに開発した低収差・高効率のイメージング分光器を使うことで、スペクトル同士の情報が混じり合うこと(クロストーク)を防ぎ、高いコントラストのスペクトル像が得らます(図5)。超高密度・高精度次元変換バンドル光ファイバーを使うことで、21x21測定点からの散乱光を空間的に分離し、さらにスペクトル間のクロストークを起こさずに観測することができるため、正確なスペクトル観察と高精度のラマン画像が可能となりました。今回用いた次元変換バンドル光ファイバーは、外径65μmの細径光ファイバーが70μm間隔で2次元的に高精度に並ぶ画期的なバンドルファイバーです。

また、2次元多共焦点ラマン顕微鏡の共焦点光学系を活かすことで、透明試料内部を立体的に観察することができます。さらに、ラマン散乱光検出の妨げとなる蛍光の影響を抑制する効果も得られます。

<まとめ>

一瞬で2次元ラマン画像を描画できる2次元多共焦点ラマン顕微鏡は、従来のラマン顕微鏡では困難であった逐一変化する化学反応や物質、生きた細胞などの変化をリアルタイムで立体的に観測できるため、これまでの常識を越えた新しい研究や開発に寄与すると期待されます。

本装置は、株式会社東京インスツルメンツより「多共焦点ラマン顕微鏡 Phalanx−R」として、研究開発機関向けに2013年9月より受注販売を開始します。

<参考図>

図1

図1 各種共焦点ラマン顕微鏡の比較

2次元多共焦点ラマン顕微鏡は、一回の露光で441点のラマン強度を得られるので、一瞬でラマン画像を描画できます。従来型の顕微鏡は、一回の露光で一つの集光点のみ、ライン走査型では1ラインのラマン強度しか得られません。そのため従来機でラマン画像を取得するには、レーザー光を試料上に走査させる必要があります。

図2

図2 2次元多共焦点ラマン顕微鏡(倒立型顕微鏡タイプ)

図3

図3 試料表面に照射された21x21のビームスポット

図4

図4 超高密度・高精度次元変換バンドル光ファイバー

(左)外観 (中)入射面 (右)出射面

図5

図5 CCD検出器受光素子上のスペクトル画像

左に221本、右に220本分のスペクトルが投影されます。
挿入写真は、スペクトル画像の一部を拡大した像です。スペクトル間のクロストークはありません。

図6

図6 ポリスチレンビーズの2次元ラマン画像

試料:ポリスチレンビーズ(直径3μm)
測定時間:1秒     対物レンズ:100倍
測定点数:441点    励起レーザー波長:532nm

1000cm−1に観察されている、ポリスチレンのラマンピーク(青矢印で表示)を利用してラマン画像を描いています。露光時間1秒で、試料やビームは一切走査していません。赤い点の部分は、ラマン散乱強度が強いことを示しています。

図7

図7 グラフェンの2次元ラマン画像

試料:グラフェン
測定時間:10秒     対物レンズ:40倍
測定点数:441点    励起レーザー波長:532nm

グラフェン片を露光時間10秒で観察。光学顕微鏡像に441点のビームスポットが見えています。本ラマン画像は、1600cm−1のグラフェンに関連したラマンピーク(ラマンスペクトル内に青矢印で表示)の強度で描画しています。

図8

図8 ラマン画像をタイリングして広範囲のグラフェン片を観察

試料:グラフェン  対物レンズ40倍
測定時間:17分  励起レーザー波長:532nm
測定点数:28,224点

測定点441点のラマン画像を8x8枚、合計64枚の画像を測定し、それらをタイルを敷き詰めるようにつなぎ合わせて(タイリング)、広範囲を観察しています。

図9

図9 試料走査と組み合わせて測定した、高精細なラマン画像

試料:シリコンウエハー
測定時間:20分        対物レンズ:40倍
測定点数:28,224点    励起レーザー波長:532nm

測定点の隙間を埋めるように試料を走査して測定した、高精細なラマン画像です。試料走査するため測定時間が長くなりますが、一本のビームで走査する場合よりも1/441の時間で観察可能です。測定点数が多くなり、表面の細かな傷や汚れが明瞭に観察できています。表面の凹凸は、共焦点効果によって観察されます。また、タイリング機能を使って、広い範囲を観察しています。

図10

図10 多孔質ポリマーフィルムのラマン画像

試料:多孔質ポリマーフィルム
測定時間:140分       対物レンズ:40倍
測定点数:11,664点    励起レーザー波長:532nm

ポリマーフィルム内部の組織構造を観察しています。光学顕微鏡では、粒子状に見えている部分の構造は分かりませんが、ラマンイメージでは、内部が暗く(ラマン散乱強度が弱い)観察されおり、内部が空洞の泡状組織であることが分かります。

<用語解説>

注1)ラマン分光法
物質に光を照射すると、様々な要因で散乱光が発生しますが、その散乱光のなかには入射した光と異なる色(波長)の光が僅かに含まれています。この僅かに色(波長)が変化した光がラマン散乱光と呼ばれています。光の色(波長)変化は、物質を構成する分子の振動によって発生するため、ラマン散乱光を解析することで物質の結晶構造や分子の結合状態など豊富な情報が得られます。ただし、ラマン散乱光は非常に微弱な光のため、検出には高感度な検出器が必要となります。
注2) 共焦点光学系
共焦点光学系では、観察する測定試料上の1点は、結像する1点でのみ光が得られます。対物レンズの焦点位置(共焦点面)からの光が結像する点(共焦点)にピンホールを置くことで、焦点以外の光は遮断され、焦点位置の光のみを高感度に受光できます。2次元多共焦点ラマン顕微鏡ではピンホールを使わずに、バンドルファイバーがピンホールの役割も担っています。
図
注3) 特許名称:多焦点共焦点ラマン分光顕微鏡
出願番号 特願2011−106752
出願日 平成23年5月11日
出願人 M口 宏夫、株式会社東京インスツルメンツ
発明者 M口 宏夫、奥野 将成

<お問い合わせ先>

<開発内容に関すること>

河村 賢一(カワムラ ケンイチ)
株式会社東京インスツルメンツ 商品開発室
〒134-0088 東京都江戸川区西葛西6−18−14
Tel:03-3686-4711 Fax:03-3686-0831
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

久保 亮(クボ アキラ)、菅原 理絵(スガワラ マサエ)
科学技術振興機構 産学基礎基盤推進部 先端計測室
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3529
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ホームページURL:http://www.jst.go.jp/sentan/