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平成25年7月25日

科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報課)

東京大学 大学院工学系研究科
Tel:03-5841-1790(広報室)

世界最軽量、世界最薄の柔らかい電子回路の開発に成功
〜羽毛よりも軽く、装着感のないヘルスケアセンサーへの応用が期待〜

ポイント

JST 課題達成型基礎研究の一環として、東京大学 大学院工学系研究科の染谷 隆夫 教授、関谷 毅 准教授、マーチン・カルテンブルンナー(Martin Kaltenbrunner) 博士研究員らは、世界最軽量(3g/m)で最薄(2マイクロメートル:マイクロは100万分の1)の電子回路の開発に成功し、タッチセンサー注1)に応用しました。

ヘルスケアや医療用途のセンサーや電子回路は、これまでシリコンを中心とした硬い電子素材で作られてきました。人の肌に直接触れる部分などについては、柔らかく違和感のない電子素材を活用することが期待されています。しかし、厚さが1マイクロメートル程度の極薄の高分子フィルムは、機械的な柔軟性に優れていますが、従来の半導体プロセスではセンサーや電子回路を直接作製することは困難で、その解決策が求められていました。

本研究グループは、厚さ1.2マイクロメートルの極薄の高分子フィルムに、厚さ19ナノメートル(ナノは10億分の1)のゲート絶縁膜注2)を作製する技術を確立し、世界最軽量で最薄の柔らかい有機トランジスター集積回路の作製に成功しました。このトランジスターは、超薄型であるにもかかわらず、驚くほど丈夫という特長を持っています。実際に、フィルムを折り曲げて曲率半径5マイクロメートルまでつぶしても、生理食塩水に浸しても、さらには2倍以上伸縮させても、電気的性能を維持し、機械的にも壊れません。そこで、この有機トランジスター集積回路を使って、柔らかいタッチセンサーシステムを試作しました。

今回の研究で、柔らかいセンサーの超軽量化・超薄型化が達成されたことにより、今後、装着感のない(人間が違和感を持つことの少ない)ヘルスケアセンサーシステム、ストレスフリーの福祉用の入力装置、医療電子機器用のセンサー、衝撃に強いスポーツ用のセンサーなど多方面への応用が期待されます。

本研究成果は、2013年7月25日(英国時間)に「Nature」誌で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。

戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究

研究プロジェクト 「染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクト」
研究総括 染谷 隆夫(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
研究期間 平成23年8月〜平成29年3月

上記研究プロジェクトでは、シリコンに代表される従来の無機材料に代わり、柔らかく、かつ生体との適合が期待できる有機材料に着目し、生体とエレクトロニクスを強く調和させ融合する全く新しいデバイスの開発の実現を目指しています。

<研究の背景と経緯>

日本では少子高齢化時代の本格的な到来を迎え、高齢者を含む全ての国民の生活の質(Quality of Life:QOL)の向上や、急増しつつある医療コストの軽減が急務の課題になっています。一方で、高速光通信ネットワーク通信網が整備され、スマートフォンなどモバイル情報通信端末が普及するなど、情報通信・エレクトロニクス分野は大きな発展を遂げました。この最先端の社会的情報基盤やエレクトロニクス技術を、ヘルスケア・医療分野に活用することで、少子高齢化社会の諸問題の解決につながることが期待されています。

エレクトロニクスは、これまでシリコンを中心とした硬い電子素材で作られており、ヘルスケアや医療用途のセンサーや電子回路もその技術を用いて発展してきました。今後、人との親和性が高いエレクトロニクスを実現するためには、人の肌に直接触れる部分などについて、柔らかい電子素材を活用することが期待されています。ヘルスケア用のセンサーや電子回路に柔軟性を与える手法については、薄型高分子フィルムにシリコン素子を埋め込む手法が検討されてきましたが、製造時や使用時に壊れてしまうため、軽量化や薄型化を進める上での障害となっていました。

こうした中、有機トランジスターと呼ばれる柔らかい電子スイッチは、印刷手法などの液体プロセスによって高分子フィルムの上に容易に製造できるため、大面積・低コスト・軽量性・柔軟性を同時に実現できると期待され、研究が活発に進められています。ところが、ガラス基板上と同程度の高い電気的性能を持つ有機トランジスター集積回路では、厚さ10マイクロメートルがこれまでの最薄で、さらなる薄膜化は困難とされていました。この理由は、厚さ1マイクロメートル級の高分子基材は表面が粗いため、その上に、ナノメートルの厚みの絶縁膜をピンホール(電子の通り道となる小さな穴)なく均一に形成することが不可能であったからです。また、表面の粗さを低減するために高分子基材にコーティングを施すと、かえって全体の厚みが増加してしまいます。そのため、柔軟性に富む極薄膜の高分子フィルム、特に厚みが10マイクロメートル以下の高分子フィルム上に、直接、柔らかい有機トランジスター集積回路を成膜する技術開発が待たれていました。

<研究の内容>

研究グループは、厚さ1.2マイクロメートルの極薄のポリエチレンナフタレート(PEN)という高分子フィルムに、世界で最軽量(3g/m)かつ最薄(2マイクロメートル)の高性能な有機トランジスター(電子スイッチ)の集積回路の作製に成功しました(図1)。この厚みはキッチン用ラップの1/5程度の薄さで、重量は1枚の印刷用紙に比べて約30分の1の重さに相当します。試作した有機トランジスター集積回路は、4.8×4.8cmの面積に144(12×12)個のセンサーが4mm間隔で配列されており、タッチセンサーシステムとして機能します。

開発の決め手は、表面が粗い1マイクロメートル級の高分子フィルムに、厚さ19ナノメートルという極薄の絶縁膜を均一かつ密着性高く作ることに成功したことです。具体的には、陽極酸化法注3)を用いた独自の室温プロセスで、基材への密着性の高いアルミニウム酸化膜を高均質に形成する手法を確立しました。従来のプラズマ酸化法注4)によるアルミニウム酸化膜では、極薄の高分子フィルムがプラズマによって傷んでしまい、ピンホールが発生するという問題がありました。本研究は、プラズマのような高エネルギーのプロセスの利用を最小限にとどめ、主として陽極酸化法を用いて従来の問題を解決できました。

この有機トランジスター集積回路の耐久性を調べたところ、世界最薄であるにもかかわらず、驚異的に丈夫であることが明らかになりました。特に、フィルムを折り曲げて曲率半径5マイクロメートルまでつぶしても壊れず、紙のようにくしゃくしゃにつぶしても、1メートル以上の高所から落としても壊れません。また、生理食塩水(体液や汗と同じ成分)に2週間以上浸した後でも、顕著な電気特性の劣化は観測されませんでした。さらに、233%伸縮させても電気的・機械的な特性が劣化しないことも分かり、伸縮自在な集積回路を実現しました。このような柔らかいセンサーシステムは、丸みのあるところに装着させて、圧力や温度の変化を計測することが可能です。

本研究グループは、2011年に、厚さ1マイクロメートル級の高分子フィルム上に有機太陽電池を均一に形成することに成功しています。今回の研究で、世界で初めて、厚さ1マイクロメートル級の高分子フィルムの上に有機トランジスター集積回路が作製できるようになりました。

<今後の展開>

人間がその存在を感じることができないくらい薄くて軽量なエレクトロニクス(Imperceptible electronics)が実現されたことによって、ヘルスケア、医療、福祉など多方面への応用が促進されると期待されます。

例えば、センサーシステムの薄型化や軽量化が進み、身に着けても装着感を感じさせないセンサーによって、通常の生活をしながら、24時間ストレスなく生体情報の計測ができるようになると期待されます。

また、耐衝撃性に優れるセンサーとして応用することにより、運動中を含む日常のどのような場面でも生体からの情報(例えば、体温や心拍数)を計測できるようになります。さらに、先に開発された世界最軽量の太陽電池と組み合わせることにより、屋内外の光から電力を得て、半恒久的に健康をモニタリングできる自立型のヘルスケアセンサーなど新たな用途が拡大するものと期待されます。

<付記>

本研究は、オーストリアのヨハネス・ケプラー大学のジークフリート・バウアー(Siegfried Bauer) 教授のグループとの共同研究で進められました。

<参考図>

図1

図1 最軽量(3g/m)かつ最薄(2マイクロメートル)の柔らかいタッチセンサーシステム

羽毛よりも軽く、しなやかであるため、身につけても装着感のないセンサーとして用いることができる。

図2

図2 柔らかいタッチセンサーシステムの構成

図3

図3 人の手に貼ったセンサーシート

センサーシートは大変にしなやかであり、手のしわのような複雑な表面の形状に追従して、ぴったりと密着させることができる。

<動画> 最軽量(3g/m)かつ最薄(2マイクロメートル)の柔らかいタッチセンサーシステム

<用語解説>

注1)世界最軽量で最薄の柔らかいタッチセンサー
この重量(3g/m)と厚み(2マイクロメートル)には、基材、半導体素子、保護膜、センサー電極など全ての構成要素を含みます。ただし、電源ユニットと表示ユニットは外付けとなっているため、これらの値には含まれません。
注2) ゲート絶縁膜
トランジスターを構成する層の1つで、ゲートと呼ばれる制御用の電極とチャネルと呼ばれるキャリアが誘起される半導体層を隔てている絶縁性の薄膜のこと。
注3) 陽極酸化法
電解質溶液中に金属を浸し、金属を陽極として通電することによって、金属の表面に酸化物の皮膜を形成する手法のこと。
注4) プラズマ酸化法
高エネルギーによって電離した状態(プラズマ)に金属の表面を当てることによって、金属の表面に酸化物の皮膜を形成する手法のこと。

<論文タイトル>

“An ultra-lightweight design for imperceptible plastic electronics”
(超軽量で装着感のないプラスティックエレクトロニクス)
doi: 10.1038/nature12314

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

染谷 隆夫(ソメヤ タカオ)
東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻 教授
〒113-8656 東京都文京区本郷7−3−1
Tel:03-5841-0411/6756 Fax:03-5841-6709
E-mail:
URL:http://www.ntech.t.u-tokyo.ac.jp/

関谷 毅(セキタニ ツヨシ)
東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻 准教授
〒113-8656 東京都文京区本郷7−3−1
Tel: 03-5841-0413 Fax:03-5841-6709
E-mail:
URL:http://www.ntech.t.u-tokyo.ac.jp/

<JSTの事業に関すること>

中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3528 Fax:03-3222-2068
E-mail:

(英文)“Imperceptible electronics that are lighter than a feather”
The world’s lightest and thinnest flexible integrated circuits will produce stress-free wearable healthcare sensors