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平成25年7月25日

京都府立医科大学
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科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報課)

爬虫類の脳はスローペースで作られる
—哺乳類の脳巨大化の進化起源に迫る—

ポイント

JST 課題達成型基礎研究の一環として、京都府立医科大学の野村 真 准教授らは、爬虫類であるヤモリを用い、哺乳類などとの比較により、脊椎動物の脳のサイズを決定する発生メカニズムの一端を明らかにしました。脊椎動物の脳の大きさと細胞の増殖・分化率との因果関係を実験的に明らかにしたもので、我々哺乳類の脳が爬虫類などの祖先型の脳からどのようにして進化してきたのかという、長年の謎に迫る画期的な成果です。

脳の大きさは動物によって大きく異なります。特に人間などの哺乳類では、爬虫類に比べて大脳皮質と呼ばれる脳の外側の領域が大きく発達しています。こうしたサイズの違いは、進化の過程で獲得された形質であると考えられています。哺乳類は約2億5千万年前の三畳紀に爬虫類の一群から進化したと予測されており、現在生存している爬虫類の脳を解析することで、脳のサイズの進化の道筋が明らかになることが予測されていました。しかしながら、多くの爬虫類は飼育や繁殖が困難なため、脳の発生解析はほとんど行われていませんでした。

本研究グループは、爬虫類の中で最も飼育・繁殖が容易なソメワケササクレヤモリ注1)に着目し、大脳皮質の発生過程を詳細に解析しました。その結果、ヤモリでは哺乳類と比較して、単位時間あたりの幹細胞の増殖や神経細胞の分化のスピードが非常に遅いことが明らかとなりました。この低い神経分化率はノッチ(Notch)シグナル注2)と呼ばれる細胞間の情報伝達シグナルに依存していることが、実験的にノッチシグナルを改変しヤモリの神経分化率を変える再現実験で明らかになりました。興味深いことにヤモリにも哺乳類と同様の神経細胞が存在していることから、哺乳類の神経細胞の進化的起源が、非常に古いことも明らかになりました。

本研究は、京都府立医科大学の小野 勝彦 教授、後藤 仁志 助教と共同で行ったものです。

本研究成果は、2013年7月25日(英国時間)に英科学誌「Nature Communications」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「細胞機能の構成的理解と制御」
(研究総括:上田 泰己 理化学研究所 グループディレクター)
研究課題名 「進化的・構成的アプローチによる哺乳類型大脳皮質層構造の再設計」
研究代表者 野村 真(京都府立医科大学 准教授)
研究期間 平成24年10月~平成28年3月

JSTはこの領域で、分子の設計から個体システムの合成まで多岐にわたる構成的アプローチによって生命の理解と幅広い応用を目指します。上記研究課題では、爬虫類皮質の構成要素を人為的に改変し、試験管内、あるいは発生する胚の中で、爬虫類皮質を哺乳類型皮質に転換することを試みます。

<研究の背景と経緯>

動物の行動を司る脳の大きさは、動物の種類によって著しく異なっています。一般に、体のサイズの大きな動物ほど大きな脳を持つことが知られています。例えば、ヒトの脳の重量は平均して1.4Kgですが、シロナガスクジラの脳は7kgもあります。ところが、体重に対する脳の重量比を比較してみると、ヒトはクジラよりも相対的に大きな脳を持っています。様々な動物間で比較すると、哺乳類は体重に対して大きな脳を持っています。また鳥類も体重に対する脳の重量比が大きく、これらの動物における社会性の発達や高度な知性の獲得と非常に密接な関係があると考えられています。特に哺乳類の場合、大脳皮質と呼ばれる脳の領域が著しく拡大し、また異なる種類の神経細胞から構成される層構造を形成しています。こうした大脳皮質の拡大と層形成メカニズムが、進化の過程でどのように獲得されたのかは謎に包まれていました。

哺乳類は羊膜類注3)と呼ばれるグループに属し、約2億5千万年以上前に爬虫類の一群から進化したと考えられています(図1)。現在の爬虫類、特にトカゲ・ヤモリ類は体重に対して小さな脳を持っています。また哺乳類化石の研究から、哺乳類の祖先の脳は現在の爬虫類と同様に非常に小さかったことが推測されています。従って、現在生存している爬虫類の脳の発生過程を調べることで、哺乳類の進化の過程で起こった脳の拡大と複雑性の増加をもたらしたメカニズムが解明できると予測されていました。しかしながら、多くの爬虫類は繁殖期間が限られており、胚の操作も極めて困難であることから、脳の発生過程の研究はほとんど行われていませんでした。

そこで研究グループでは、爬虫類の中でも例外的に1年中繁殖が可能で、かつ多くの卵を産卵するマダガスカル産の地上性ヤモリ(ソメワケササクレヤモリ)に注目し、その大脳皮質の発生過程を詳細に解析しました。

<研究の内容>

・爬虫類の大脳皮質は非常にゆっくりと形成される

ヤモリの大脳皮質の発生過程における細胞分裂や細胞分化の割合を検討した結果、ヤモリの細胞は非常にゆっくりと分裂すること、また神経細胞の産生スピードも哺乳類や鳥類と比べて非常に遅いことが明らかとなりました。さらに、胚発生が完了する期間(60日)と比較して、大脳皮質の形成が産卵後わずか2週間ほどで終了することもわかりました(図2)。従って、爬虫類の脳は、単位時間あたりの神経細胞の産生率が非常に低く、これが爬虫類の大脳皮質が相対的に小さいことの要因の1つであると考えられます。

・ヤモリでは神経細胞の産生率を制御する「ノッチシグナル」が強い

研究グループはさらに、ヤモリでは何故神経細胞の産生率が低いのか、その分子メカニズムを調べました。その結果、マウス(哺乳類)、ニワトリ(鳥類)と比較して、ヤモリでは細胞の運命をコントロールする「ノッチシグナル」が強い(活性化レベルが高い)ことが明らかになりました(図3)。以前の研究により、ノッチシグナルが活性化されると神経細胞の産生率が低下することが知られています。そこで研究グループはノッチシグナルを阻害する遺伝子を電気穿孔法注4)によって、ヤモリの脳へ導入することで、人為的にヤモリの神経細胞の産生率を増加させることに成功しました。これは、爬虫類の脳の遺伝子操作を行った世界で最初の報告です。

・哺乳類の大脳皮質を構成する神経細胞は爬虫類にも存在する

哺乳類の大脳皮質は異なる種類の神経細胞が積み重なった層構造を形成しています。こうした異なる神経細胞は、脳の発生時期に応じて産生されることがわかっています。研究グループは、ヤモリの大脳皮質にも哺乳類のような異なる神経細胞が存在するのかを検討しました。その結果、ヤモリの大脳皮質にも哺乳類大脳皮質と同様な種類の遺伝子を発現する神経細胞が存在し、こうした神経細胞は脳の発生時期に依存して産生されることもわかりました(図4)。

・予測される脳の進化のシナリオ

他の動物と比較して、ヤモリでは神経分化のスピードが非常に遅いことが明らかとなりました。この結果から、哺乳類や鳥類の進化の過程で、神経細胞の分化スピードが亢進し、こうした動物で脳が大きくなったことが推測されます。

またヤモリにも哺乳類と同様な種類の神経細胞が存在していました。最近の研究では、鳥類にも同様な神経細胞が存在することも明らかとなっています。従って、大脳皮質の層特異的な神経細胞は、哺乳類、爬虫類、鳥類を含む羊膜類の共通祖先で既に形成されていた可能性があります。これは、祖先型動物がどのような脳を持っていたのか、という謎に迫る画期的な発見です(図5)。

<今後の展開>

今回の研究成果によって、脳の巨大化をもたらした発生メカニズムの一端が明らかになりました。この研究により、哺乳類型の脳がどのようにして獲得されたのか、その進化原理の解明につながると期待されます。また、哺乳類の中でも、霊長類、特にヒトは体重に対して非常に大きな脳を持っています。本研究は、ヒトの脳がどのように巨大化してきたのかという進化学的な問題や、脳の発生が不全となる様々な遺伝子疾患に関する理解を深め、その原因解明と治療を目指した研究につながることが期待されます。

<参考図>

図1

図1 脊椎動物の系統関係

哺乳類、爬虫類、鳥類は羊膜類と呼ばれる動物のグループに属しており、これらは進化の過程で両生類から分岐したと考えられている。

図2

図2 ヤモリの大脳皮質の細胞はゆっくり分裂する

大脳皮質が形成される期間と細胞分裂の頻度をマウス、ヤモリ、トリで比較した。その結果、ヤモリでは大脳皮質の形成期間に対して細胞分裂の頻度が非常に低いことがわかった。

図3

図3 ヤモリの脳ではノッチシグナルの活性化が高く、神経分化がゆっくり進行する

(左)マウス、ヤモリ、ニワトリの大脳形成期における神経分化のスピードを比較した。その結果、ヤモリは他の動物と比較して神経分化が非常にゆっくり進行することがわかった。(右)ノッチシグナルが活性化されている細胞をこれらの動物で比較すると、ヤモリではノッチシグナル活性化細胞の割合が非常に高いことが明らかとなった。ノッチシグナルは神経分化を抑制する働きがある。

図4

図4 ヤモリ大脳にもマウス大脳皮質と同様な神経細胞が存在する

(左)マウスの大脳皮質は層特異的な神経細胞(紫、緑)から構成されている。ヤモリ(右)にも、同様な神経細胞のタイプが存在することがわかった。

図5

図5 脳の発生過程の変化が脳の進化に貢献した

羊膜類の共通祖先で、大脳の層特異的な神経細胞が産み出された。さらに、哺乳類と鳥類の進化の過程で神経細胞の産生が亢進して、これらの動物で脳が大きくなったと考えられる。

<用語解説>

注1) ソメワケササクレヤモリ
マダガスカル産の地上性ヤモリ。成体の体長は約20cmで、1年中繁殖が可能である。メスは1回の交尾で2個の卵を1週間おきに数ヶ月間産み続ける。
注2) ノッチシグナル
細胞膜上のタンパク質によって活性化されるシグナルで、細胞の運命の決定に重要な役割を果たしている。脳の発生においては、ノッチシグナルが活性化されると神経細胞の分化が抑制される。
注3) 羊膜類
哺乳類、爬虫類、鳥類を含む動物グループ。発生中の胚が羊膜と呼ばれる膜で保護されているためこの名称がついている。羊膜によって胚は乾燥から免れ、進化の過程で陸上での発生が可能になったと考えられる。
注4) 電気穿孔法
組織や細胞に電気パルスを与えることで細胞の外から細胞内に遺伝子を導入する方法。発生中の胚組織に効率よく外来遺伝子を導入することが可能である。

<論文タイトル>

“Changes in the regulation of cortical neurogenesis contribute to encephalization during amniote brain evolution”
(羊膜類の脳の進化過程において、皮質神経細胞の産生調節の変化が脳化に寄与した)
doi: 10.1038/ncomms3206

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

野村 真(ノムラ タダシ)
京都府立医科大学 大学院神経発生生物学 准教授
〒603-8334 京都府京都市北区大将軍西鷹司町13
Tel:075-465-7662 Fax:075-465-7651
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<JSTの事業に関すること>

川口 貴史(カワグチ タカフミ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
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