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平成25年7月11日

東京大学
科学技術振興機構

脳の学習能力の源泉は“ダーウィニズム”
~大脳皮質の機能マップの面積が神経細胞の多様性と連動していることが明らかに~

ポイント

私たちの大脳皮質では、脳の領域ごとに、そこが担う機能が決まっています。これを図示したものが、脳内の機能マップ注1)です。しかし、機能マップが、脳の情報処理において、どうして必要なのか、また、どのように役立っているかはわかっていませんでした。

東京大学 先端科学技術研究センターの高橋 宏知 講師らは、ラットに音学習をさせた実験と情報理論による解析により、脳の機能マップの面積と神経細胞の多様性が連動して変化することを発見しました。学習途上のラットの聴覚野では、音に反応する神経細胞が増え、それに伴い、様々な音に反応する細胞が現れ、神経反応の多様性が増加しました。一方、学習終盤では、音に反応する神経細胞が減り、その多様性も減少しました。

これらの結果から、脳にとっての学習とは、多くの神経細胞を情報処理に参加させて、神経活動の多様性を増やすことで、効率的に解を発見することであると示されました。また、学習の効用とは、一旦、解を発見した後、無駄な神経活動を排除することで、効率的な情報処理を獲得することであることも示されました。このように、機能マップの面積は、神経細胞の多様性を反映していることが明らかになり、機能マップの理解が深まりました。

本研究の成果は、脳の動作原理に進化論の視点を取り入れた神経ダーウィニズムの仮説注2)を裏付けるもので、将来的に効果的な教育、創造性の涵養、リハビリなどの分野でより高い学習効果を発揮する方法論の確立に寄与することが期待されます。

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(さきがけ)の一環として行われ、2013年7月10日(米国東部時間)発行のオンライン科学誌「PLOS ONE」に掲載されます。

<発表内容>

私たちの大脳皮質には、様々な機能マップがあることが知られています。例えば、運動野や体性感覚野には、身体部位マップがあり、聴覚野には周波数マップがあります。これまでの研究で、重要な機能に対応する部位は、脳内では広い面積を獲得していることがわかっています。例えば手を司る脳領域は、臀部を司る脳領域よりも圧倒的に広いことや、手の領域はピアニストでは一般人よりも広いと言われています。このような機能マップが脳の情報処理においてどうして必要なのか、また、どのように役立っているかは謎でした。

機能マップの意義として、二つの仮説が挙げられます。第一の仮説は、重要な情報の表現は、必要以上に多くの神経細胞が冗長的に動員されることで、頑健な情報表現を実現している可能性です。第二の仮説は、神経細胞の情報表現は冗長的ではなく、むしろ、機能マップの面積が神経細胞の多様性を反映している可能性です。

東京大学 先端科学技術研究センターの高橋 宏知 講師らは、ラットの聴覚野を対象とし、上記の二つの仮説の妥当性を検証しました。ラットの聴覚野には明確な周波数マップがあります。各神経細胞は、特定の音の周波数に対する選択性を示し、その周波数選択性は部位ごとに異なります。本研究では、同じ周波数選択性を示す細胞を集めて精査したところ、各細胞の反応特性は様々であることがわかりました。そして情報理論による解析により、神経細胞の反応特性の多様性が機能マップ上の面積と密接に関係することを発見しました。すなわち、機能マップ上で広い面積を占める部位では、神経細胞の反応特性は豊かな多様性を示し、逆に、機能マップ上の狭い部位では画一的な細胞が多いことがわかりました。

聴覚野で広い面積を占め、豊かな多様性を示す部位は、高い周波数(超音波)領域でした。これは、ラットが超音波帯域でコミュニケーションしているため、その領域がラットにとって重要であるからだと示唆されます。

さらに、ラットに音に関わる学習をさせたところ、機能マップの面積が変化し、それに伴い神経細胞の多様性も変わることを示しました。興味深いことに、学習途上では聴覚野で音に反応する神経細胞が増え、それに伴い、細胞集団の多様性も増加しました。一方、学習終盤では音に反応する神経細胞が減り、その多様性も減じました。

これらの結果から、脳にとっての学習とは、多くの神経細胞を情報処理に参加させて、神経活動の多様性を増やすことで、効率的に解を発見することであると示されました。また、学習の効用とは、一旦、解を発見した後、無駄な神経活動を排除することで、効率的な情報処理を獲得することであることも示されました。

なお、本研究では、神経活動と刺激音情報の間で相互情報量を計算し、それを利用して多様性を評価しました。情報理論の観点から、神経細胞の反応の特性を適切に定義できたことが本研究の発見につながりました。

以上の結果から、機能マップの面積は神経細胞の多様性を反映しているという第二の仮説が正しいことが裏付けられました。また、脳は、学習プロセスにおいてその多様性を利用していることも示唆されます。大脳皮質の細胞集団は、機能マップに基づいた共通入力を得た後、各細胞の独自の情報処理により多様な神経細胞を創出します。したがって、機能マップは多様性の生成に効率的な機構である可能性があります。

生物が直面した問題を解決するときの基本戦略は、試行錯誤です。例えば、ダーウィンの進化論に端を発したように、生物の進化でも、私たちの免疫システムでも、DNAの突然変異による多様化と自然選択が基本的なメカニズムでした。約30年前から、脳の情報処理の原理も同様ではないかという仮説が提案されており、この脳の動作原理に進化論の視点を取り入れた仮説は神経ダーウィニズムと呼ばれています。

本研究は、この神経ダーウィニズム仮説の妥当性を裏付けるものです。特に、脳の発達メカニズムとしてだけでなく、成熟した脳において、学習のメカニズムとしても実装されていることを世界で初めて示しました。本研究の成果は、将来的に効果的な教育、創造性の涵養、リハビリなどの分野でより高い効果を発揮する方法論の確立に寄与することが期待されます。

なお、本研究はJST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「脳情報の解読と制御」研究領域の研究課題「情報理論と情報縮約による適応的デコーディング」(研究者:高橋 宏知)の一環として得られました。

<参考図>

図1

図1 大脳皮質の機能マップに関する二つの仮説

面積が広い領域では、二つの可能性が考えられます。

  • 仮説1:多くの細胞は、重要な情報に関わる特定の反応特性を示す。
  • 仮説2:様々な反応特性の細胞がいる。
図2

図2 音学習による聴覚野の周波数マップの変化

  • 聴覚野には周波数マップがあり、各部位は特定の音の高さ(特徴周波数)に反応します。
  • ラットの場合、20kH以上(ラットの鳴声の音域)の音に反応する部位が広い面積を占めます。
  • 周波数マップは音学習により柔軟に変化します。純音提示中にスイッチを入れると報酬が得られる課題をラットに課しました。
  • 学習序盤では、純音提示にかかわらず、ラットはスイッチを入れます(試行錯誤)。そのとき、周波数マップ(すなわち、脳内で音に反応する領域)は大きくなりました。
  • 学習終盤では、正しい行動(純音提示中にスイッチを入れる行動)だけが出現し、機能マップは小さくなりました。学習により、周波数マップ内の特徴周波数の分布も変わります。
  • このような周波数マップの変化は、神経反応の多様性と連動しています。
図3

図3 神経反応の多様性

  • 音の周波数と音圧を変化させて、様々な純音に対する聴覚野の神経細胞の反応を調べました。
  • 多くの神経細胞は、比較的限られた音にしか反応しない(図の右側)ことがわかりました。
  • ただし、高い周波数領域や学習序盤など、広い面積を占める部位では、様々な音に反応する細胞(図の左側)が増えることがわかりました。これは、広い面積を占める部位では、神経細胞の反応特性が豊かな多様性を示すことを意味しています。

<用語解説>

注1) 脳の機能マップ
脳の領域ごとに、そこが担う機能を示した図。巨視的には、運動、視覚、聴覚に関連する領域は「運動野」、「視覚野」、「聴覚野」などと分類できる。さらに、これらの各領野は具体的な機能に細分化される。例えば、運動野は、手を司る手領域や足を司る足領域などに細分化できる(身体マップ)。聴覚野は、音の高さ(周波数)に応じて、担当機能を細分化できる(周波数マップ)。
注2) 神経ダーウィニズムの仮説
脳の動作原理はダーウィンの進化論と同様、多様性と自然選択の結果であるという進化論の視点を取り入れた考え方。1971年にリチャード・ドーキンスにより初めて唱えられ、1987年にジェラルド・モーリス・エデルマンにより体系的な理論が発表された。

<発表雑誌>

雑誌名:「PLOS ONE」
論文タイトル:Response variance in functional maps: Neural Darwinism revisited
著者:Hirokazu Takahashi, Ryo Yokota, Ryohei Kanzaki
doi: 10.1371/journal.pone.0068705

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