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平成25年6月14日

九州大学
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科学技術振興機構(JST)
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世界最大のパラジウムナノシート分子の合成に成功

九州大学 先導物質化学研究所の永島 英夫 教授らの研究チームは、触媒などに優れた効果を示す金属であるパラジウムがナノシート状に配列した、ナノ金属シートとして明確な構造を持つ世界最大の分子の合成に成功しました。はしご状の構造を持つケイ素化合物(ラダーポリシラン)とパラジウム錯体の反応により達成されたもので、X線結晶構造解析で11個のパラジウム原子が、折れ曲がり構造をしたナノシート構造を構築しており、6つのケイ素原子がパラジウムの接着材の役割を果たしていることを明らかにしました。ナノサイズの構造が明確なパラジウム化合物として、その触媒機能などへの応用が期待されます。

本研究は、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「元素戦略を基軸とする物質・材料の革新的機能の創出」研究領域の一環として行われました。研究成果は、2013年6月14日(金)(米国東部時間)に英科学会誌オンラインジャーナル『Nature Communications』(国際学術雑誌Nature姉妹紙)で公開される予定です。

<背 景>

ナノテクノロジーの分野で、精密に構造制御されたナノ物質の特殊な機能が注目を集めています。グラフェンに代表されるシート状に原子が配列した物質は、一般にグラファイトや雲母などこれらが層状に重なった物質を一枚のシートにはがす手法(トップダウン手法)で作られますが、構造が明確な単一の分子として取り出すことは困難です。一方、分子を作る合成技術(ボトムアップ手法)でナノシートを作る試みは、精密構造を作り出せる利点はありますが、大きな分子を作ることに難しさがあります。パラジウムは触媒に用いられる金属で、単独のパラジウム原子を含む錯体やパラジウム粒子がさまざまな化学品の合成用触媒や、自動車排ガス浄化など環境保全用触媒に用いられています。パラジウム触媒のナノ構造を制御すると高い活性や選択性など、触媒機能が制御できるのではないか、という期待が持たれますが、ナノシート状のパラジウムを作るにはトップダウン手法を使える原料がなく、また、ボトムアップ手法ではこれまで5つのパラジウム原子を含むシートがその最大のものでした。より大きな、かつ、ユニークな構造を持つパラジウムナノシート分子の合成は、化学の世界の挑戦的な課題です。

<内 容>

本研究では、ラダーポリシラン注1)テンプレート注2)とする、金属ナノシートの新しい合成法を開発しました。本研究の概念図を図1に示しますが、ラダーポリシランがパラジウム原子を平面上に配列させるテンプレートとして機能すると共に、ケイ素原子がパラジウム原子同士を連結する“糊(接着材)”として機能し、折れ曲がり構造を持つナノシートを構築しています。

本研究では、まず、ラダーポリシラン(1)は6つのケイ素原子がはしご状に配列した分子構造を持っています。この化合物とイソシアニド配位子注3)を持つ有機パラジウム錯体注4)との反応を行うと、7つのパラジウムがケイ素とケイ素の間に入り込み、さらに4つのパラジウムが結合して、全体で11個のパラジウム原子を含む分子(2)が得られます(図2)。化合物(2)の分子構造はX線結晶構造解析で明らかにされました[図2(a)、(b)]。化合物(2)は11個のパラジウム原子と6個のケイ素原子からなる折れ曲がり構造(バタフライ構造)を持つナノシートで、バタフライの胴にあたる場所にパラジウム原子3個[Pd(1)、Pd(2)、Pd(3)]が存在して、蝶番の役割を果たしています。化合物(2)の折れ曲がりの角度は37.7度です。この構造は、折り紙に例えると簡単に理解できます。すなわち、図3のように11個のパラジウム原子と6つのケイ素原子を配列して1枚のシートを作ります。

次に、3つのパラジウム原子[Pd(1)、Pd(2)、Pd(3)]を軸として折り畳むと(2)の構造になります。この化合物(2)において、4つのシリレン注5)状のケイ素原子(図1図2内、青色の原子)は11個のパラジウムと同じ平面内に存在し、パラジウム間を連結するための“糊”として機能し、全てのパラジウムは結合を持ってつながっています。一方、シリリン注5)状のケイ素原子(図1・(図2内、水色の原子)は、ナノシート平面から約0.8Å程度外れた位置に存在しており、“糊”としての役割とともに、ナノシートの平面構造を下から支える役割も担っています。また、化合物(2)は全部で10分子のイソシアニド配位子を持ちますが、そのうち2つのイソシアニド配位子は、蝶番の部分の3つのパラジウム[Pd(1)、Pd(2)、Pd(3)]間を架橋することで、全体の折れ曲がり構造を安定化しています。この化合物(2)のナノシート平面の面積は約1.04平方ナノメーターであり、これまでに知られている中で最大の金属ナノシート構造を持っています。

また、化合物(2)のイソシアニド配位子(CNBu)を、メシチル基を持つイソシアニド配位子へと交換すると、パラジウム原子の配列が変化した、新しいナノシート(3)へと変換できることも分かりました[図2(c)、(d)]。化合物(3)も11個のパラジウム原子と6つのケイ素原子を含むナノシート構造を形成していますが、バタフライ構造の折れ曲がりの角度が47.7度と、より広がった構造をしています。この場合も、ケイ素原子が“糊”として働き、全てのパラジウム原子は結合を持ってつながっています。

本研究成果のきっかけとなったのは、国に認定された国公私立大学の研究者たちの共同研究の場、「物質・デバイス領域共同研究拠点」(北大、東北大、東工大、阪大、九大の5つの大学の5つの研究所が、ネットワークを組んで設置した拠点)で、群馬大学の久新 荘一郎 教授と九州大学 先導物質化学研究所の永島 英夫 教授、砂田 祐輔 助教の新しい機能性ケイ素化合物を開発する共同研究です。この中で、久新教授が提供したラダーポリシランと永島教授らの有機金属化学技術を融合させた結果、この構造ができる可能性が偶然見出し、その後、永島教授のJST−CRESTの元素戦略プロジェクトの中で元素の特性を活用した化合物として研究を完成させました。

<効 果>

パラジウムは触媒としての機能の宝庫ですが、これまでは1つのパラジウムを含む分子触媒か、巨大なパラジウム粒子の表面を使う触媒が使われてきました。最近、数ナノメーターのパラジウム粒子の触媒作用が注目され、高い活性や優れた触媒機能が報告されていますが、そのナノ構造が明確なものはごく少数に限られています。この手法を適用することで、従来の合成法と比べてより簡便にかつ高収率で金属ナノシート分子を合成すること、および、金属上の配位子を変えることで、金属ナノシート内の金属配列などの分子構造を自在に制御することができるようになり、新しい触媒機能の発現が期待されます。

また、一般に1〜3個のパラジウム原子を含む分子は黄色〜赤色、5個のパラジウムを含むシート状化合物は暗褐色であり、一方、多数のパラジウムから成るナノ粒子は黒色であることが知られています。今回合成したパラジウムナノシート(2)、(3)は、いずれも暗緑色を呈していることから、核数の少ない分子状化合物とナノ粒子の中間に位置する従来にない電子構造を持つことが考えられ、これに基づく特異な機能を発現することが期待されます。

<今後の展開>

ナノサイズ〜ナノ以下のサブナノサイズを持つ金属集合体は、そのサイズに依存した特異な反応性を示すため、触媒としての応用が期待されていますが、従来法では、大きさの整ったそれらの金属集合体のみを選択的に合成する手段はなく、未解明の分野です。今後は本研究成果を応用し、他のラダーポリシランをはじめとするさまざまなオリゴシランをテンプレートとして利用し、多様なパラジウム数・分子構造を持つ、ナノ〜サブナノサイズを有するパラジウムナノシートへ展開します。特に、サブナノサイズの構造が明確な金属集合体を合成用触媒や環境用触媒に応用する研究はこれまでなく、高い活性や新しい機能を持つ触媒への展開を目指します。また、今回のパラジウムナノシートがパラジウム化合物にしては珍しい暗緑色をしていることは、触媒としての応用に加えて、その特異な性質を活用した光・電子機能性材料としての応用の可能性を秘めており、ナノテクノロジーの幅広い分野への展開が期待できます。

<参考図>

図1

図1 本研究の概念図

図2

図2 パラジウムナノシートの合成と構造

図3

図3 パラジウムナノシート(2)の合成の模式図

<用語解説>

注1) ラダーポリシラン
ケイ素−ケイ素結合からなるポリマーをポリシランと総称するが、ラダーポリシランは、その構造が4つのケイ素(Si)から形成される四角形状の構造を持つユニットが複数連結し、はしご状の構造を形成した化合物である。今回使用したラダーポリシランは、その小さなユニットである2つの4員環が接合した分子である。
注2) テンプレート
「鋳型」のこと。本研究では、ラダーポリシランを複数のパラジウム原子を平面上に精密に配列させるための鋳型として用いて、ナノシートを合成している。
注3) イソシアニド配位子
CN−Rで表される構造を持つ化合物の総称。一酸化炭素(CO)と同じ電子構造を持つ。主に炭素(C)から金属に対して結合し、有機金属錯体を形成する。本研究では、置換基(R)として、ターシャリーブチル基[Bu:−C(CH]もしくはメシチル基(−2,4−6−C)を持つものを用いている。
注4) 有機パラジウム錯体
金属に有機化合物が配位している分子を有機金属錯体という。本研究では、イソシアニド配位子が2つ配位した有機パラジウム錯体Pd(CNBu)を原料として用いている。
注5) シリレン、シリリン
ケイ素化合物は、一般に4つの置換基を持つSiRと表される構造を有することが知られている。一方、特異なケイ素化学種として、ケイ素上に2つの置換基を持つSiRと表される化学種をシリレン、ケイ素上に1つの置換基を持つSiRと表される化学種をシリリン、と総称し、本研究ではこれらを“糊”として用いている。また、本研究の場合はケイ素上の置換基(R)として、イソプロピル基[−Pr:−CH(CH]を持つものを用いている。

<お問い合わせ先>

<研究内容に関すること>

永島 英夫(ながしま ひでお)
九州大学 導物質化学研究所 教授
Tel:092-583-7819、7821 Fax:092-583-7819
E-mail:

砂田 祐輔(すなだ ゆうすけ)
九州大学 導物質化学研究所 助教
Tel:092-583-7819、7821 Fax:092-583-7819
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<JSTの事業に関すること>

古川 雅士(ふるかわ まさし)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
Tel:03-3512-3531 Fax:03-3222-2066
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