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平成25年6月7日

独立行政法人 理化学研究所
独立行政法人 科学技術振興機構

動物の体を相似形にするメカニズムを発見
—「大きなカエルも小さなカエルも同じ形になる」という長年の謎を解明—

本研究成果のポイント

理化学研究所(理研、野依 良治 理事長)は、アフリカツメガエル注1)を用いた実験で胚全体のサイズに合わせて、組織や器官のサイズを正しく調節するメカニズムを明らかにしました。この発見は、動物胚がその大きさの大小に関わらず全体の形を常に同じにする原理を明らかにし、長年謎だった発生現象を突きとめた画期的な成果です。これは、理研 発生・再生科学総合研究センター(竹市 雅俊 センター長)器官発生研究グループの猪股 秀彦 上級研究員(科学技術振興機構 さきがけ研究者 兼任)、笹井 芳樹 グループディレクターと、フィジカルバイオロジー研究ユニットの柴田 達夫 ユニットリーダーを中心とした研究グループによる成果です。

動物の体のサイズにはばらつきがあり、近縁種同士でも2倍以上異なる例があります。また同種同士でもサイズが違うことも多く知られています。しかし、一般的には、体のサイズに関わらず同種や近縁種であれば、頭、胴体、足などの大きさの比率は体のサイズに対して一定です。こうした現象は、スケーリング(相似形維持)注2)と呼ばれ、広く動物に共通して認められています。

脊椎動物の複雑な組織の形成は、初期胚の背側部分の組織(シュペーマン形成体注3))から分泌されるタンパク質「コーディン注4)」などの司令因子の濃度勾配によって決められています。濃度が高い領域では脳や背骨など背側の組織が、濃度が低い領域では造血組織など腹側の組織が形成されます。しかし、アフリカツメガエルの初期胚で人為的に腹側部位を切除して、シュペーマン形成体がある半分サイズの胚を成長させると、不思議なことに脳や腹部などの各組織も半分の体積に縮小し、相似形が保たれた2分の1サイズのオタマジャクシが生まれます。もし司令因子の濃度勾配によって組織が形成されるならば、半分サイズの胚では体のサイズに比べて大きな脳ができると考えられるため、意外な結果といえます。

この謎を解明するために、研究グループは脊椎動物のなかでも初期胚発生の研究が最も進んでいるアフリカツメガエルの初期胚を用いてコーディンの機能について詳細に調べました。その結果、たしかにコーディンの濃度勾配が直接的に各組織形成とそのサイズを決定していることを実証しました。また、初期胚内ではコーディンを分解する酵素によって、常に不安定な状態であることが分かりました。さらに、このコーディン分解酵素の働きを阻害する因子「シズルド」の濃度によって、コーディンの作用距離が調整されることも突き止めました。コーディンの安定化因子であるシズルドの濃度が胚の大きさに比例することで相似形が維持されていることを証明しました。

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の一環として行いました。成果は、米国の科学誌『Cell 』6月号に掲載されるに先立ち、オンライン版(6月6日付:日本時間6月7日)に掲載されます。

1.背景

脊椎動物などの高等動物の体は、頭、胴体、手足など多くの組織や器官から構成されています。これらの部位は互いに連携して働き、体全体の複雑な機能を維持しています。また、近縁種の間ではほぼ同じ器官で構成されており、基本的に同じ形をした相似形です(図1)。一方、動物の体のサイズは、近縁種の間でも大きく異なることが知られています。体のサイズの違いは、①受精卵や初期胚の元々の大きさや②発生過程の成長度合いに由来します。前者の例では、アフリカツメガエルとネッタイツメガエルがあります。アフリカツメガエルの受精卵は、ネッタイツメガエルと比べ約2倍大きく、成体も約2倍の大きさがあります。後者の例では、マウスとラットです。マウスとラットの受精卵は同じ程度の大きさですが、ラットのほうが成長度合いが大きく、成体になるとラットはマウスの3倍程度の大きさになります。

脊椎動物では、発生のごく初期に働くシュペーマン形成体という小さな組織によって、周囲の組織を背中、筋肉、腹部などの複雑な組織や器官に誘導、つまり発生運命を決めることが知られています。シュペーマン形成体は、将来背中の真ん中になる部位に存在し、「コーディン」と呼ばれるタンパク質などの司令因子を分泌します。分泌された司令因子は胚の中を拡散し、濃度勾配を形成します。この濃度勾配によって誘導される組織や器官が異なり、濃度が高い領域では頭あるいは背側の組織(神経組織や背骨の組織など)を、中程度の濃度では背中や腹部以外の組織(筋肉組織など)を、濃度が低い領域では腹側の組織(造血組織など)を形成します(図2)。シュペーマン形成体の司令因子は、近縁種であれば基本的にほとんど同じで、その活性も類似していると考えられます。もしこれらの司令因子が何も特別な制御をされずに拡散しているのであれば、近縁種の胚ではほぼ同じ大きさの神経組織や筋肉組織ができるはずです。しかし、実際にはそれぞれの胚のサイズに比例した大きさの組織を形成します。また、過去に行われた研究の1つに、初期胚の腹側部位を人為的に切除して、シュペーマン形成体がある半分サイズの胚を成長させる実験があります(図3)。すると、背側の組織に偏ることなく胚全体に対して各組織の比率が保たれた体積が2分の1サイズのオタマジャクシが生まれます。このように胚や受精卵のサイズが異なるのに、なぜ胚の各部位が調節され相似形を保つのかは不思議な現象であり、「スケーリング(相似形維持)問題」と呼ばれる生物学の長年の疑問でした(図1)。

そこで研究グループでは、初期胚の研究が脊椎動物で最も進んでいるアフリカツメガエルを用いて、スケーリングの制御メカニズムの解明に取り組みました。

2.研究手法と成果

(1)各組織やそのサイズを決めているのは司令因子「コーディン」

過去の研究から、シュペーマン形成体の作用が各組織への誘導だけでなく、それらのサイズも決めていることは知られていましたが、その作用を引き起こす決定的な司令因子が何であるかは分かっていませんでした。そこで研究グループは、アンチセンス核酸法注5)によってシュペーマン形成体から分泌される複数の司令因子の機能阻害実験を行いました。その結果、各組織の誘導とそのサイズの決定を担っているのは、主に「コーディン」によることを明らかにしました。

(2)コーディンは、生体内で非常に不安定

次にコーディンのタンパク質としての性質を解析しました。その結果、コーディンは試験管の中では分解されず安定ですが、胚の中では30分以内に半量が分解されるほど非常に不安定であることが分かりました。この現象を詳細に調べると、この不安定性はコーディンを特異的に分解する既知の分解酵素によって引き起こされることが分かりました。初期胚内でこの分解酵素の働きを阻害するとコーディンの量は増加し、コーディンの濃度が胚全体で高くなることで神経組織などが不相応に大きくなったオタマジャクシになることも分かりました。

(3)コーディンの作用距離は、分解阻害因子「シズルド」で調整

初期胚の中には、コーディン分解酵素だけではなく、その酵素の作用を阻害する分解阻害因子「シズルド」というタンパク質が存在することも知られていました(図4)。そこで、シズルドの濃度を初期胚の中で人為的に増やすと、コーディン分解酵素が抑制されて、コーディンの量が胚全体で増すことが分かりました。つまり、初期胚内では、シズルドが働くことでシュペーマン形成体から分泌されるコーディンが分解されずにより遠くまで到達し、作用する範囲が広がるということが判明しました。

(4)胚のサイズに応じてシズルドの濃度が変化することで相似形維持が可能になる

研究グループは、初期胚内でシズルドの濃度がどのように制御されているのかを調べました。アフリカツメガエルの初期胚から腹側を半分取り除き、人為的に2分の1サイズの胚をつくります。この胚を用いてシズルドのタンパク質量を調べたところ、その濃度は胚全体のサイズに比例して減少していました。その結果、胚全体のコーディンの量も減るため作用範囲も狭くなり、胚のサイズに比例した組織が形成されることが分かりました(図5)。また、アンチセンス核酸法を用いてシズルドの機能を阻害すると相似形維持は起きなくなりました。

さらに、研究グループは今回の実験で得られた結果をコンピューター上で数理モデルとして再構築したところ、胚のサイズに応じてシズルドの濃度が変化することでコーディンの濃度勾配を調整し、適切に組織形成するモデルを得ました。これは、実際の観察された現象を強く支持するものでした。

この研究成果は、動物の体「全体のサイズ」と、それを構成する各組織、器官の「局所のサイズ」がコーディンとシズルドという2つの因子間のバランスで決定されるという画期的な原理の解明です(図6)。

3.今後の期待

今回の研究成果では、長年の謎で、根本的な生物学的な問題であったスケーリング(相似形維持)の原理を、アフリカツメガエルの初期胚を用いて明らかにすることができました。

今後の課題は、今回明らかにした原理が他の動物種でも同様に働いているかどうかを明らかにすることです。特に、哺乳類などでみられる胚の成長を伴う体のサイズの変化における相似形の維持機構にも、こうした原理が働いているかどうかは発生学的に興味のある問題です。

また、これとは逆に動物種の「進化」の過程では相似形は維持されずに大きく変化することも知られています。例えば、キリンの首が長いのは、身体の大きさに「不釣り合い」に頸椎の骨のサイズが大きくなったためと考えられています。今後の相似形維持の研究の展開により、こうした「進化原理」のメカニズムの解明も期待できます。

さらに、最近の理研発生・再生科学総合研究センターの研究によって、ヒトES細胞・iPS細胞から眼杯などの「臓器のもと」を自己組織化する技術が開発注)されましたが、正しい形とサイズで形成する制御原理はまだ不明な部分もあり、相似形維持に関する基礎的知見の積み重ねが必要です。今後、自己組織化技術を用いて次々世代の再生医療の切り札として期待されている立体臓器形成技術のさらなる進展にもつながることを期待します。

なお、本研究はJST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「細胞機能の構成的な理解と制御」研究領域(研究総括:上田 泰己 理化学研究所 生命システム研究センター グループディレクター)における研究課題「動物胚の頑強な相似性を保証する発生場スケーリングのシステム制御機序」(研究者:猪股 秀彦)の一環として行われました。

注)2012年6月14日プレスリリース

Hidehiko Inomata, Tatsuo Shibata, Tomoko Haraguchi, and Yoshiki Sasai. "Scaling of Dorsal-Ventral Patterning by Embryo Size-Dependent Degradation of Spemann's Organizer Signals". Cell, 2013,
doi: 10.1016/j.cell.2013.05.004

<参考図>

図1

図1 胚は体の大きさに影響されずに相似形を維持している

  • ①小さな星型を拡大すると、もとの大きな星型と同一の図形となるが、変な星型を拡大しても大きな星型に戻ることはできない。
  • ②オタマジャクシの胚も小さな星型と同様に胚のサイズに応じて相似形を維持する必要がある。もし相似形を維持できないと変な形のオタマジャクシの胚が発生する。
図2

図2 コーディンの濃度勾配により異なる組織が形成される

  • ①シュぺーマン形成体より、分泌・拡散するコーディンが胚の中に濃度勾配をつくる。
  • ②コーディンの濃度によって異なる組織(背側、中間、腹側)が形成される。
図3

図3 コーディンの濃度勾配が胚のサイズに応じて適切に調節される

  • ①腹側を半分切除すると、相似形を維持した2分の1サイズのオタマジャクシの胚が発生する。
  • ②相似形を維持するためにはコーディンの濃度勾配を胚のサイズに応じて適切に調節し、急な勾配を構築する必要がある。
図4

図4 コーディン濃度勾配はコーディン分解酵素と分解阻害因子シズルドで調節される

  • ①コーディン分解酵素は、コーディンを分解し、シズルドはコーディン分解酵素を抑制する。
  • ②シズルドはコーディン分解酵素を抑制してコーディンの濃度勾配を調節する。
図5

図5 シズルドがコーディンの濃度勾配を調節しスケーリングを保証する

胚の大きさに比例してシズルドの濃度が変化する(胚が大きいとシズルドの濃度が高くなる)。シズルドは濃度に応じてコーディンの分解を調節し(胚が大きいと分解は小さくなる)、コーディンの濃度勾配の傾きを調節する(胚が大きいとコーディンの濃度勾配の傾斜が緩勾配を形成する)。これに応じて背側・中間・腹側が形成され、スケーリングが保証される。

図6

図6 人為的にシズルドの量を変えると背側・中間・腹側の正しい比率が崩壊する

人為的にシズルドの量を過剰にすると頭が大きい胚となり、逆にシズルドの量を減らすと頭が小さい胚となる。正しい比率で組織が発生するにはコーディンとシズルドのバランスが重要である。

<用語解説>

注1) アフリカツメガエル
アフリカツメガエルの卵は大きく(直径約1.1mm)、一度に大量の卵を産卵するため、昔から発生学のモデル動物として使用されている。イギリスの生物学者 ジョン・ガードンはアフリカツメガエルを用いてクローン技術の開発を行い、2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。
注2) スケーリング(相似形維持)
図形の相似と同様に、異なる大きさの2つの胚の一方を拡大または縮小したときに、他方の胚と同じ形になること。アフリカツメガエルでは、胚の腹側を半分切除すると、2分の1サイズの相似形を維持したオタマジャクシが形成されることが知られている。
注3) シュペーマン形成体
両生類(カエルやイモリ)の初期胚に存在する、将来、脊索(背骨の中心)になる部分。ドイツのハンス・シュペーマンらによる移植実験により、その部分が中枢神経系など体の背側の発生の司令塔であることが証明されて、「形成体(オーガナイザー)」と名付けられている。シュペーマンはこの功績により、1953年ノーベル医学・生理学賞を受賞した。また、哺乳類にも原始結節という同様の機能をもった形成体が存在する。
注4) コーディン
シュペーマン形成体から分泌される背側誘導因子。分泌性タンパク質で、胚の中を拡散し濃度勾配を形成する。1994年に理研発生・再生科学総合研究センター笹井らによって、アフリカツメガエルを用いて発見された。
注5) アンチセンス核酸法
特定の遺伝子の機能を阻害する方法。その遺伝子の相補的な配列をもつ短いRNA(アンチセンスRNA)を胚の細胞に微量注入することでRNAからのタンパク質合成経路を阻害する仕組み。モルフォリノという化学修飾をして安定性を増したRNAを用いることが多い。

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