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平成25年5月16日

科学技術振興機構(JST)
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慶應義塾大学
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磁気の波の重ね合わせを利用した新しい論理演算方式の原理を実証
—高性能、省電力の画期的コンピューターにつながる基盤技術の開拓—

ポイント

JST 課題達成型基礎研究の一環として、慶應義塾大学 理工学部の関口 康爾 専任講師と能崎 幸雄 准教授らは、薄膜化した金属磁性体を用いた磁気の波(スピン注1)波)による論理演算方式を考案し、その原理を初めて実証しました。

コンピューターの心臓部である中央演算装置(CPU)注2)を構成する論理演算素子注3)は、電流のオンとオフで作られる2種類のデジタル信号(1と0)によって作動しています。このため高速作動には、電気抵抗によって電流の一部が熱になり失われるといった問題が生じており、よりエネルギー損失が少ない新動作原理の確立が期待されています。

この解決手段の1つとして、スピン波で作動する演算素子を原理的に実証できれば、発熱もなくエネルギー損失の小さな新動作原理が確立すると考えられています。しかし、これまではCPU内の信号伝達にのみ部分的にスピン波を用いる演算素子の開発にとどまっており、スピン波の重ね合わせやその演算への適用は実現されていませんでした。

今回、ナノメートル級(ナノは10億分の1)の厚さの導電性磁性体(パーマロイ合金:NiFe)を用いて、新たな構造の「三端子素子」を考案し、スピン波を演算素子に適用する鍵となるスピン波の重ね合せを実現しました。この三端子素子に2つのスピン波を発生させ、それらのスピン波を制御して波の重ね合わせの状態を観測しました。その結果、波が強め合った状態(信号“1”に相当)と打ち消し合った状態(信号“0”に相当)が素子の中で起こっていることを確認しました。これは電気を使った従来の論理演算とは異なる、磁気的な現象であるスピン波を用いて論理演算ができることを初めて実証したものです。さらに、論理演算を7ギガヘルツ(GHz)の高周波信号で実現したことで、高速な演算時でも電気抵抗による発熱が極めて少ない新論理演算素子の実現が可能なことを示しました。

今回の成果は、論理演算素子の飛躍的な高速化・低消費電力化を可能にする新動作原理を実証したものです。本研究により実証されたスピン波による論理演算の原理を基盤に、今後コンピューターをはじめとする電子機器の飛躍的な性能向上と省電力化への応用展開が期待されます。本研究成果は5月17日付で科学雑誌「Applied Physics Express」においてオンライン公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「エネルギー高効率利用と相界面」
研究総括 笠木 伸英 (東京大学 名誉教授)
研究課題名 「超低電力マグノンデバイスの基盤技術創出」
研究代表者 関口 康爾(慶應義塾大学 理工学部 専任講師)
研究期間 平成23年12月〜平成29年3月

JSTはこの領域で、豊かな持続性社会の実現に向けたエネルギー利用の飛躍的な高効率化を実現するため、エネルギー変換・輸送に関わる相界面現象の解明や高機能相界面の創成などの基盤的科学技術の創出を目的として研究を推進しています。

<研究の背景と経緯>

高度情報化社会の基盤となっている電子情報機器の根幹である中央演算装置を構成する論理演算素子の低消費電力化を進めることは、喫緊の研究課題の1つです。電子機器の小型化とともにその低消費電力化や高速化が求められる中、電流を用いて演算を行う現行の論理演算素子の性能の限界が顕在化し、新しい動作原理に基づく演算素子の開発が求められています。その中で磁気を用いたデバイスは、電気信号ではなく磁気信号を活用するため、省電力につながる新動作原理を提案できると有望視されています。

一方、磁気を用いたエレクトロニクス素子開発では、DRAM(読み書き用半導体メモリー)と同等の高速性と記憶容量とともに、電源を切ってもデータが消えない性質(不揮発性)を有するMRAM(磁気抵抗メモリー)やSTT−RAM(スピン注入メモリー)などのメモリーが製品化されていますが、論理演算素子の製品化の例はありません。

この磁気を用いる論理演算素子に関して、数年前より理論的に実現が可能であることが報告され、また実験的にはこの論理演算素子を構成する機能の一部(信号伝達)だけにスピン波を用いて演算を行ったことが2008年に報告されています。ところが、その後、多くの研究者がスピン波を演算そのものに使う論理演算素子に挑戦してきたものの、「伝達方向が磁性体の磁化方向に依存しかつ直進性を有する」というスピン波の性質がネックとなり、スピン波を演算素子に適用する鍵となる「2つのスピン波の重ね合せ」を可能とする素子構造の設計は、これまで実現していませんでした。

例えば、磁気を用いた論理演算素子の実験的な研究報告では、スピン波が減損せずに伝達できるという特徴を持つ絶縁性の磁性体(イットリウム鉄ガーネット、YIG)を用いて、2つのスピン波をデバイス内部で伝達する機能は実現されていました。しかし、この研究では演算そのものは磁性体の外部でスピン波を電気信号に変換した後に足し合わせることで実現しており、演算そのものは現行の論理演算素子と同様に電気信号を用いるものでした。

<研究の内容>

本研究では、磁性体の内部で2つのスピン波を直接足し合わせを実現するために、将来的な微細加工を念頭に導電性の磁性体(パーマロイ合金、NiFe)を用い、その両端のそれぞれに高周波信号を加えることで磁性体内部に2つのスピン波を起こし、磁性体の中心部でこの2つのスピン波を衝突させ、足し合わせることができる素子構造(三端子素子)を新たに考案しました。

この素子に位相の異なる2つのスピン波を発生させ、それらのスピン波の重ね合わせ状態を観測しました。すなわち、図1に示した素子の両端に高周波電流を加えるとその磁場により2つのスピン波が生じ、それらが素子の中央部で衝突します。この衝突時に生じる信号を検出することで、波の重ね合わせ状態を詳細に調べました。その結果、衝突時にスピン波の位相が一致するように2つの磁場を入力した場合には、図2(a)上の波形に示すように大きな信号(誘導電圧信号)が得られました。一方、スピン波の位相を180度ずらして入力した場合には、図2(a)下の波形に示すように信号が消滅することを観測しました。この結果は、2つのスピン波がその位相の違いにより、スピン波が強め合った状態(信号“1”に相当)と打ち消し合った状態(信号“0”に相当)が素子の中で実現していることを示します。

この現象は、スピン波として入力した2つの信号の位相を変えることで、素子内部で加算、または減算された信号が得られることを示すものであり、スピン波を用いて、加算減算の論理演算が初めて実現できたことを示しています。

また、この図2(a)に示した実験では7GHzの高周波電流を用いており、この高周波領域の信号でも作動することを確認しました。さらに、2つのスピン波の位相差を連続的に変化させると、図2(b)に示すように信号強度は連続的に変化することが示されました。これはスピン波の重ね合せ安定であることを示しており、種々の応用用途への適用が可能なことを示唆しています。

本論理演算素子は電子ではなくスピン波を用いていることから、その消費電力が極めて小さくなることが期待されます。現時点ではスピン波の生成やその検出に電気配線を使用していますが、今後、電流発振や電界効果による高効率なスピン波の生成方法や、現行の電気を用いる論理演算素子とは異なる新しい磁気デバイスの集積方法が開発されれば、消費電力が大きく低下した論理演算装置の実現が期待できます(図3)。

<今後の展開>

本研究は、単一の素子で磁気演算の原理を実証したものであり、画期的な成果です。

本技術を発展させて、実用的な論理演算装置を実現するためには、スピン波を効率的に発生させる方法、現行と異なるスピン波が取り扱える新しい回路の集積化技術の開発やスピン波により発生する電気ノイズへの対策などのさまざまな技術開発が必要ですが、これらの課題を克服することで、今回実証したスピン波を利用した新しい論理演算方法は、現行の論理演算素子を凌駕することが期待されます。

<付記>

本研究は、慶應義塾大学 大学院理工学研究科 修士課程2年の佐藤 奈々 氏の協力を得て行いました。

<参考図>

図1

図1 スピン波の重ね合せを起こさせる「三端子素子」の概念図

左右の電極に加えられた高周波電流により生じた磁場によってスピン波1、スピン波2が生じ、これらのスピン波が中央で衝突することで、スピン波の重ね合せが起きる。その状態を中央の電極を用いて誘導起電力として観測する。

図2

図2 観測された7GHzのスピン波の重ね合わせ状態

  • (a)2つのスピン波が強め合った場合の信号(constructive)と打ち消し合った場合の信号(destructive)。
  • (b)2つのスピン波の位相差を連続的に変化させた場合に起きた重ね合せ状態として観測された信号の振幅。
図3

図3 既存研究および技術と本成果の比較概念図

黄色が電気エネルギー(電流)、青色が磁気エネルギー(磁気の波(スピン波))を表す。既存の演算装置は全て電流を使用しているのに対し、Schneiderは2008年に演算の前後の信号伝達をスピン波で実現した。今回、5年間進展がなかった演算部分に至るまでを一貫してスピン波で行うことに成功した。

<用語解説>

注1) スピン
スピンとは電子の自転運動であり、自転運動による微小な磁石としての性質。スピン波は、スピンの集団運動であり、個々のスピンのコマ運動(歳差運動)が空間的にずれて波のように伝わっていく現象。
注2) 中央演算装置(CPU)
コンピューターの信号処理装置で、プログラムによって作動し、数値計算、論理演算、機器制御などの処理を行う。
注3) 論理演算素子
コンピューターの中央演算装置を構成し、デジタル信号“1”、“0”を使って論理演算を行う素子。

<論文タイトル>

“Electrical Demonstration of Spin Wave Logic Operation”
(スピン波論理演算処理の電気的実証)
doi: 10.7567/APEX.6.063001

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

関口 康爾(セキグチ コウジ)
慶應義塾大学 理工学部 専任講師
〒223-8522 神奈川県横浜市港北区日吉3−14−1
Tel:045-566-1677 Fax:045-566-1677
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

古川 雅士(フルカワ マサシ)、木村 文治(キムラ フミハル)、水田 寿雄(ミズタ ヒサオ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2064
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(英文)Demonstration of basic logic operation using spin wave interference