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平成25年5月14日

独立行政法人 海洋研究開発機構

独立行政法人 科学技術振興機構

独立行政法人 国際協力機構

現地での気象観測によるジャカルタ豪雨の原因とメカニズムを解明

<1.概要>

独立行政法人 海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦)地球環境変動領域の伍 培明 主任研究員らは、今年1月17~18日にインドネシアの首都ジャカルタ都心部に広範囲の洪水を引き起こした豪雨について、現地での気象観測データに基づいて、その原因とメカニズムを明らかにしました。具体的には、ドップラー気象レーダー注1)観測データを基本として、それに衛星データを加えて解析し、北半球から南半球に吹き込んだ冬季アジアモンスーン(季節風)、熱帯における顕著な対流活動であるマッデン・ジュリアン振動(MJO)注2)、および現地ジャワ島における海陸風循環注3)が重なって生じた対流によって豪雨が発生したことを解明しました。

本成果は、従来、予測が困難であった赤道地域の豪雨発生の要因を解明したものであり、熱帯の低緯度域の豪雨の予測精度の向上に寄与するとともに、それを基盤とした合理的・効果的な洪水対策の策定を促し、社会経済に大きな影響を及ぼす災害を効果的に防止・軽減するための基本情報など、広範な分野での活用が期待されます。

本研究は、独立行政法人 科学技術振興機構(理事長 中村 道治)および独立行政法人 国際協力機構(理事長 田中 明彦)から独立行政法人 海洋研究開発機構が受託した「地球規模課題対応国際科学技術協力」(SATREPS)注4)における研究課題「短期気候変動励起源地域における海陸観測網最適化と高精度降雨予測」の一環として実施したものです。また、本成果は、インドネシア技術評価応用庁(BPPT)(マルザン・イスカンダル長官)との共同研究によるものです。

本成果は、当該地域の豪雨の発生メカニズムを気象レーダーによる連続した観測データから科学的に解明した、初めての実証的成果です。この成果は、5月15~18日開催の日本気象学会2013年度春季大会、5月19~24日開催の日本地球惑星科学連合2013年大会で発表した後、5月27日付けで日本気象学会英文レター誌「SOLA」に掲載予定です。

<2. 背景>

インドネシアなど赤道周辺では、台風や低気圧・前線そのものが発生せず、天気図を用いて豪雨発生を予測することは不可能です。一方、インドネシアの首都ジャカルタは、数年に1回の頻度で数日間にわたる断続的な豪雨による広範囲の洪水が発生し、社会生活や経済活動に大きな影響を与えています。

海洋研究開発機構は、地球温暖化に伴う地球環境変化の予測と、豪雨など災害の軽減に役立てるために、これまで20年以上にわたってインドネシアの関係機関と協力して、現地での気象観測、共同研究などを実施してきました。特に、海洋研究開発機構が設置・運用などを行い、その後、インドネシア政府に移管され、BPPTにより運用、管理されているドップラー気象レーダー(以下、レーダー)は、高い機能・精度を有しており、その観測データは、日常の気象観測・予報に活用され、優れた信頼性を有しています。

<3. 成果>

本研究では、今年1月17~18日にジャカルタ都心部に洪水を起こした豪雨を対象として、レーダーによる当該地域の降雨分布の時間変化データ、海上風観測衛星(WindSat)注5)による海上風の風向・風速データ、ラジオゾンデによるジャカルタ上空における高層気象観測注6)データなどの観測データを解析し、豪雨発生前後の大気循環場の変化を調べました。

その結果、レーダー観測データ(図2)から、降雨を発生させる対流は夜間ジャワ海で発生し、東南東へ移動しながらジャワ島北西部の広範囲に多量の降雨をもたらしたことがわかりました。また、同期間の衛星観測による海上風分布データ(図3)から、冬季アジアモンスーン(季節風)の北風が赤道を越え、南半球のジャワ島まで到達しており、そこへ、この時期、周期的にインド洋から東進してきたマッデン・ジュリアン振動(MJO)がぶつかり、雲が活発に発生しやすい状態となっていたこともわかりました。また、局地的条件としてジャワ島北西岸の海陸風循環において、夜間の陸風が下層でモンスーンの北風との強い風の収束を創りだし、降雨を形成しやすくなっていることも見いだしました。

これらの解析結果から、今回の豪雨が生じた要因として、当該期間において赤道越え冬季アジアモンスーン(季節風)がジャワ島付近にまでに到達しており、インド洋から発達しつつ東進してきたマッデン・ジュリアン振動(MJO)がぶつかり、そこにジャワ島北西岸の海陸風循環の3つの要因が重なって活発な対流が発生したことが考えられます(図4)。

<4.今後の展望>

本研究成果によって、今回の豪雨の発生要因が解明されたことで、今後、これら成果を基盤として、さらに気象予報モデルを用いた研究も併せて行うことで、この地域の豪雨発生メカニズムのさらなる解明、予測が困難とされた熱帯低緯度豪雨の予測精度向上につながると期待されるとともに、それらからもたらされるデータによって、この地域における合理的・効果的な防災・社会インフラ整備の進展に寄与することが期待されます。

また、本研究成果は、レーダー観測の有用性を合理的に示したものであり、東南アジアなど急速に成長しつつある経済圏における自然災害に対して、社会生活・経済活動を維持・発展させる防災・減災システム体制を構築していく上で、レーダーなどを効果的に用いた気象観測システムの構築・整備が優位な方策であることを示唆するものです。

<参考図>

図1

図1

インドネシアの首都ジャカルタ(Jakarta)は、今年1月15~18日に降った豪雨のため大規模な洪水に見舞われた。1月17~18日の間、腰の高さまで冠水した市中心部では交通が麻痺した。(左)洪水時(平成25年1月17日福田千秋SATREPS当課題JICA業務調整員撮影)、(右)通常の様子(同)。

図2

図2

海上風観測衛星(WindSat)による平成25年1月17日の海上風分布。フィリピン海から南シナ海にかけては強い北東風、ジャワ海では北よりの風が観測され、冬季アジアモンスーン(季節風)に伴う北風が赤道を越え、南半球のジャワ島へ到達していることがわかる。

図3

図3

ジャカルタに設置されたドップラー気象レーダーによる平成25年1月15~17日の降雨分布の時間変化。地図の中心(十印)がレーダー設置点を示す。またジャワ島の地形を等高線500メートル間隔で示している。

図4

図4

赤道越え冬季アジアモンスーンとMJOによる今回の豪雨の発生メカニズムの概念図。豪雨は赤道越え冬季アジアモンスーンの北風、MJOによる西風と夜間の陸風循環が重なったことによって引き起こされた。

<用語解説>

注1) 気象レーダーは、発射した電波が雨滴で反射して戻ってくる方向や時間から雨滴の位置を測り、戻ってきた電波(レーダーエコー)の強さから雨の強さを観測する。 また、ドップラー気象レーダーは、雨滴の位置や強さに加え、戻ってきた電波の周波数のずれ(ドップラー効果)を利用して、雨を吹き流す風を観測することができる。
注2) マッデン・ジュリアン振動(Madden-Julian Oscillation:MJO)とは、熱帯赤道域上空で対流活動が活発な領域(大気循環場)が約1~2ヵ月かけて東に進んでいく現象である。その周期は30-60日程度で、「振動」のように繰り返し発生している。「30-60日振動」や「赤道季節内変動」とも呼ばれるが、最初(1972年)に発表したマッデン(Madden)とジュリアン(Julian)の名前をとって呼ばれることが多い。
注3) 陸と海を比べると、熱容量が小さい陸の方が海より、暖まりやすく、また冷えやすい。海岸地域では、日中はより高温となる陸上大気が上昇したあとを埋めるように地表付近では海から陸へ向かう風(海風)、上空では陸から海へ海風反流という風が吹き、また夜間は地表付近では海上大気の方が高温となるので陸から海へ向かう風(陸風)、上空では海から陸へ陸風反流という風が吹く。このように1日を周期として海風と陸風が交代する風系を海陸風循環と呼ぶ。
注4) SATREPS(Science and Technology Research Partnership for Sustainable Development)は、開発途上国のニーズをもとに、将来的な社会実装の構想を持つ国際共同研究を政府開発援助(ODA)と連携して推進することによって、地球規模課題の解決および科学技術水準の向上につながる新たな知見を獲得することを目的としている。また、その国際共同研究を通じて、開発途上国の自立的研究開発能力の向上と課題解決に資する持続的活動基盤の構築を図る。
注5) 海上風観測衛星(WindSat)シリーズは、2003年以来アメリカ海軍研究所(US Naval Research Laboratory)が継続して打ち上げており、マイクロ波の海面による散乱を受信し、これを分析することで、海上風の風向、風速を測定する。海上風データは25kmごとの空間分解能を有する。
注6) ラジオゾンデによる高層気象観測は、上昇するゴム気球に吊り下げられたセンサの測定値をラジオ電波で地上に送信させて、地上から高度約30kmまでの大気の状態(気圧、気温、湿度、風向・風速など)を観測する。

<論文情報>

タイトル:The Effects of an Active Phase of the Madden-Julian Oscillation on the Extreme Precipitation Event over Western Java Island in January 2013
doi: 10.1523/JNEUROSCI.4032-12.2013
著者名 :伍 培明1, Ardhi A. Arbain2, 森 修一1, 濱田 純一1, 服部 美紀1,Fadli Syamsudin2, 山中 大学1

所属:1.独立行政法人 海洋研究開発機構 地球環境変動領域 熱帯気候変動研究プログラム
2.インドネシア技術評価応用庁(BPPT)

URL:https://www.jstage.jst.go.jp/browse/sola/

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

独立行政法人 海洋研究開発機構
地球環境変動領域 熱帯気候変動研究プログラム モンスーン水循環研究チーム
主任研究員 伍 培明(ゴ バイメイ)
Tel:046-867-9253

<報道について>

独立行政法人 海洋研究開発機構
経営企画部 報道室 菊地 一成
Tel:046-867-9193

<SATREPSについて>

独立行政法人 科学技術振興機構
国際科学技術部 地球規模課題国際協力室 岩城 拓
Tel:03-5214-8085

<国際協力について>

独立行政法人 国際協力機構
広報室 報道課
Tel:03-5226-9780