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平成25年4月22日

東北大学 原子分子材料科学高等研究機構
東北大学 金属材料研究所
独立行政法人 日本原子力研究開発機構
学校法人 東邦大学
独立行政法人 科学技術振興機構

磁気の波を用いた熱エネルギー移動に成功
次世代電子情報・マイクロ波デバイスの省エネルギー技術開発に道

発表のポイント

東北大学 金属材料研究所の安 東秀 助教、東北大学 原子分子材料科学高等研究機構の齊藤 英治 教授(東北大学 金属材料研究所 教授、日本原子力研究開発機構 先端基礎研究センター 客員グループリーダー、兼任)、日本原子力研究開発機構 先端基礎研究センターの前川 禎通 センター長、東邦大学 理学部の大江 純一郎 講師らは、磁気の波(スピン波注1))を用いて熱エネルギーを望みの方向に移動させる基本原理の実証に成功しました。

近年、持続可能な社会の実現に向けた環境・エネルギー問題への取り組みが活発化する中で、クリーンで信頼性の高いエネルギー源の開発や、電子・マイクロ波デバイスの省電力化が求められています。これまでデバイスに情報を入出力する方法として電流やマイクロ波が用いられてきましたが、多くのエネルギーが熱として浪費され、この発熱によりデバイスの動作が不安定となる問題があるため、効率的な排熱方法の開発が望まれていました。

今回、安助教、齊藤教授らは、磁気の波(スピン波)を利用することで、熱エネルギーを望みの方向に移動させることができる基本原理を考案し、これを実証しました。この手法により、熱エネルギーを制御して熱源から離れた場所へ運び、デバイスからの排熱効率を上げることが可能となりました。今後、この手法を用いることで電子デバイス・マイクロ波デバイス中の発熱の問題が解決され、次世代省エネルギーデバイス技術の開発に貢献することが期待されます。

本研究の一部は、独立行政法人 科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST)の一環として、東北大学 原子分子材料科学高等研究機構、日本原子力研究開発機構、東北大学 大学院工学研究科、東邦大学、カイザースラウテルン工科大学(ドイツ)との共同で行われました。

本研究成果は、英国科学誌「Nature Materials(ネイチャーマテリアルズ)」のオンライン版(4月21日付:日本時間4月22日)に掲載されます。

<背景と経緯>

環境負荷が小さく高効率なエネルギー利用が求められている現代社会において、電子デバイスやマイクロ波デバイスの更なる省エネルギー化は不可欠であり、省エネ技術に対する取り組みが活性化し、新しいエネルギー変換原理に基づいたデバイスの開発が期待されています。この中でデバイスの微細化にともなう発熱によるデバイス動作の劣化が課題となっており、これを解決する新しい電子技術として「スピントロニクス」が注目を集めてきました。スピントロニクスは電子が持つ電荷の自由度に加えてスピン注2)(磁気)の自由度も積極的に利用するもので、電力の消費を伴わない電流のスピン版である「スピン流」によって駆動されるため、大幅に消費電力を低減した不揮発性磁気メモリーや量子情報伝送が実現できると期待されています。また、スピン流自身は原理的に発熱を伴わないため、デバイスの発熱問題も解決されると期待されていますが、これまでのところスピン流の生成効率は小さく、スピン流の生成には発熱を伴う電流やマイクロ波を使用するため、依然として発熱の問題は解決されていませんでした。

本研究ではスピン流の一種である、磁気の波(スピン波)を起源とするスピン波スピン流を用いて熱エネルギーを移動する新しい基本原理を見出し、実験・理論の両面で実証しました。 その基本原理とは、通常のマイクロ波加熱(図1(a))とは逆に、磁性体中に吸収されたマイクロ波エネルギーがスピン波によって試料中で運ばれ試料端で熱エネルギーに変換されるというものです(図1(b))。これは外部磁場の方向を調節する事で起こり、通常のマイクロ波加熱とは逆方向に温度勾配が生成されます。熱流から磁気の波を生成する現象として「スピンゼーベック効果注3)」が知られていますが、今回の実証はその逆過程に相当する、磁気の波で熱流を操作する現象を実現する原理の1つとなり得るものです。この原理によれば、熱エネルギーを望みの方向に移動してデバイスからの排熱効率をあげることができるため、スピントロニクスの次世代省エネルギーデバイス開発への応用が期待されます。

<研究の内容>

今回の研究では、図2に示した実験により、スピン波による熱エネルギー移送の現象を実証しました。図2(a)に示した実験系では、直径4ミリメートルの絶縁体である磁性ガーネット(YFe12:YIG)注4)多結晶円盤にマイクロ波と磁場を印加して、磁気の波(スピン波)を励起します。この際、磁場とマイクロ波周波数を調整することにより、YIG試料中に表面だけを伝搬する表面スピン波注5)を励起することができます。この結果、下面で励起された表面スピン波は試料右方向へ伝搬した後、試料端で熱エネルギーを放出することを発見しました。このことは試料温度を赤外線カメラで観測することにより確かめられました(図2(b))。また、磁場の印加する方向を反転することにより、表面スピン波の伝搬方向も反転し発熱の位置を反転させることができることも確認されました。以上の成果は、表面スピン波を用いて所望の方向に熱エネルギーを移送できるということを示しています。

<原理の説明>

磁性ガーネット(YFe12:YIG)中に励起された表面スピン波は、非相反注6)な磁気の波(スピン波)です。このため、試料の上面と下面で、それぞれ一方向、且つ、互いに逆向きに伝搬するという性質を持ちます。この性質により、試料表面を一方向に伝搬した表面スピン波は、試料端で逆向きに反射することができません(図3)。十分な厚みの試料中では、上面と下面の表面スピン波間の飛び移りも抑制することができ、結果として、試料端でスピン波の持つエネルギーが熱エネルギーとして放出されます。この原理を用いて、今回、望みの方向に熱エネルギーを移送できることが明らかになりました。

<今後の展開>

環境負荷の小さなエネルギー技術や新しい次世代電子情報・マイクロ波デバイスの開発において、発熱を抑える問題は、現在のエレクトロニクスの最重要課題の1つです。本研究で実証された磁気の波を用いた熱エネルギー移送法の発見は、新原理による熱輸送法を提案するもので、省電力デバイス開発等に貢献すると期待されます。

また、本研究で明らかになった物理原理は、磁気の波(スピン波)と熱との相互作用を利用するもので、近年、スピンと熱との相互作用に基づく新現象を開拓し注目を集めているスピンカロリトロニクス注7)の分野にも深く関連し、今後の進展が期待される研究成果です。

本研究の一部は、JSTの戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の「プロセスインテグレーションによる機能発現ナノシステムの創製」研究領域(研究総括:曽根 純一 物質・材料研究機構 理事)の研究課題「スピン流による熱・電気・動力ナノインテグレーションの創出」(研究代表者:齊藤 英治)の一環として実施されました。

<参考図>

図1

図1 スピン波−熱エネルギー移送の原理

スピン波−熱エネルギー移送の原理
(a)通常のマイクロ波加熱。
(b)スピン波−熱エネルギー移送の概念図。

試料の奥で吸収されたマイクロ波エネルギーがスピン波によって試料手前へ運ばれ、試料手前の端で熱エネルギーに変換される。この結果、通常のマイクロ波加熱とは逆方向に温度勾配が生成される。

図2

図2 表面スピン波を用いたスピン波−熱エネルギー移送

多結晶ガーネット(YIG)円盤の試料中において(a)下面左で励起された表面スピン波は、一方向にしか伝搬できないため、右端まで伝搬した後、戻る(反射)ことができずに試料の右端でスピン波の移送したエネルギーが熱エネルギーとして放出される。(b)この際に生じる発熱が赤外線カメラにより観測された。印加する磁場の方向を反転することで表面スピン波の伝搬する方向を変えて、発熱の場所を右端から左端へと変えることができる。このように、YIG円盤の試料中において表面スピン波による熱移送の現象が発見された。

図3

図3 表面スピン波の励起と非相反性

  • (a)適当な周波数のマイクロ波と静磁場を印加してガーネット(YIG)円盤中に表面スピン波を励起する。
  • (b)表面スピン波は、その非相反性より、試料の上面と下面で、それぞれ一方向、且つ、互いに逆向きに伝搬する。下面左で励起された表面スピン波は一方向にしか伝搬できないため戻る(反射)ことができない。また、十分な厚さの試料(ここでは厚さ0.4ミリメートル)を用いることにより下面のスピン波から上面のスピン波への飛び移りもおこらず、結果として、試料の右端でスピン波の移送したエネルギーが熱エネルギーとして放出される。また、下面の表面スピン波をより強く励起しておくことにより、一方向にのみ熱エネルギーを移送できる。

<用語解説>

注1) スピン波
スピンの集団運動であり、個々のスピンのコマ運動(歳差運動)が波となって伝わっていく現象である。この現象を用いて情報を伝達することができることが齊藤教授らにより示されている(関連論文1)。
注2) スピン
電子が有する自転のような性質。電子スピンは磁石の磁場の発生源でもあり、スピンの状態には上向きと下向きという2つの状態がある。物質中のスピンの正味の流れがスピン流である。齊藤教授らが2006年に発見した「逆スピンホール効果」を利用するとスピン流を電気的に検出することができる。
注3) スピンゼーベック効果
温度差を付けた磁性体中にスピン流の駆動力(スピン圧)が生成される現象。齊藤教授らのグループにより発見され、スピントロニクス分野において、汎用性の高いスピン駆動源としての応用が期待されるとともに、逆スピンホール効果と結合することで発電素子としての応用の可能性が示唆されている(関連論文2)。
注4) 磁性ガーネット単結晶
組成式がRFe12(R:希土類元素、Fe:鉄、O:酸素)で表わされる化合物。本研究では希土類元素をイットリウム(Y)としたイットリウム鉄ガーネット(YFe12)を用いた。
注5) 表面スピン波
スピン波の一種であり、試料の表面に局在し一方向にのみ伝搬する性質を持つ。また、表面スピン波の持つ非相反性より、試料の上面と下面では逆向きに伝搬する。
注6) 非相反性
方向性を持つ現象のことであり、ここでは、ある方向に伝搬する波(スピン波)の性質と逆向きに伝搬する波(スピン波)の性質が異なる現象である。
注7) スピンカロリトロニクス
電荷・熱・スピンの相互作用に基づく新原理を開拓する分野である。

<論文名・著者名>

“Unidirectional spin-wave heat conveyer”
T. An, V. I. Vasyuchka, K. Uchida, A. V. Chumak, K. Yamaguchi, K. Harii, J. Ohe, M. B. Jungfleisch, Y. Kajiwara, H. Adachi, B. Hillebrands, S. Maekawa, and E. Saitoh,
doi: 10.1038/nmat3628

<関連論文>

磁性絶縁体へのスピン波スピン流注入に関する論文:

1. Y. Kajiwara, K. Harii, S. Takahashi, J. Ohe, K. Uchida, M. Mizuguchi, H. Umezawa, H. Kawai, K. Ando, K. Takanashi, S. Maekawa, and E. Saitoh,
“Transmission of electrical signals by spin-wave interconversion in a magnetic insulator,” Nature 464 (2010) 262-266.
doi: 10.1038/nature08876

スピンゼーベック効果に関する論文:

2. K. Uchida, S. Takahashi, K. Harii, J. Ieda, W. Koshibae, K. Ando, S. Maekawa, and E. Saitoh,
“Observation of the spin-Seebeck effect,” Nature 455 (2008) 778-781.
doi: 10.1038/nature07321

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

安 東秀(アン トウシュウ)
東北大学 金属材料研究所 助教
〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2−1−1
Tel:022-215-2023
E-mail:

齊藤 英治(サイトウ エイジ)
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構 主任研究者
東北大学 金属材料研究所 教授
〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2−1−1
Tel:022-215-2021
E-mail:

前川 禎通(マエカワ サダミチ)
日本原子力研究開発機構 先端基礎研究センター センター長
〒319-1195 茨城県那珂郡東海村白方白根2-4
Tel:029-282-5093
E-mail:

大江 純一郎(オオエ ジュンイチロウ)
東邦大学 理学部 物理学科 物性理論教室 講師
〒274-8510 千葉県船橋市三山2−2−1
Tel:047-472-9189(代)
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

古川 雅士(フルカワ マサシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3531 Fax:03-3222-2066
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<報道担当>

中道 康文(ナカミチ ヤスフミ)
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構 広報・アウトリーチオフィス
〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2−1−1
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東北大学 金属材料研究所 事務部 総務課 庶務係
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