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平成25年4月1日

科学技術振興機構(JST)

東京大学 生産技術研究所

細胞の「ひも」が織りなす新しい医療
—立体細胞組織構築の材料となる細胞ファイバーを開発—

科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業ERATO「竹内バイオ融合プロジェクト」の竹内 昌治 リーダー(東京大学 生産技術研究所 准教授)と尾上 弘晃(同 助教、プロセス融合グループ グループリーダー)らは、細胞とコラーゲンの混合溶液を微小な管に流しながら固めて培養することで、マイクロスケールのファイバー形状(ひも状)の細胞組織を人工的に構築する方法を開発しました。

臓器や組織の置換を目指した再生医療研究では、人工的な3次元細胞組織を構築する技術の開発が求められています。これまでに、皮膚や軟骨、心筋、網膜など構造が比較的単純な細胞組織は人工的に作られ、一部は移植医療の現場で使われてきましたが、肝臓や膵臓のように多様な細胞が複雑な構造を形成している臓器を人工的に構築することは難しく、再生医療の実現に向けた究極的な目標の1つとなっています。このような臓器では、血管や神経を含む様々な種類の細胞が、数10〜数100マイクロメートルのオーダーで3次元的に微細配置されたセンチメートルサイズの構造を形成しており、体液の循環を利用して必要な生体分子の分泌やろ過などの複雑な機能を発揮しています。

このような機能を果たす人工組織を構築するためには、細胞を生きた状態のまま数10〜数100マイクロメートルの精度で配置して、センチメートルサイズの大きさまで集積することが必要ですが、今の段階ではそのような技術は存在しないのが現状です。今回研究グループは、様々な種類の細胞を直径およそ100マイクロメートル、長さ数メートルのファイバー状の組織に成形する方法と、そのファイバー形状の細胞組織をあたかも「ひも」のように扱い、3次元的に織ったり巻いたり束ねたりして組み上げることで、細胞の機能を維持した状態でセンチメートルサイズの3次元的な細胞組織を構築する方法を開発しました。また実際に、膵島細胞のファイバーを糖尿病疾患モデルマウスに移植することで、マウスの血糖値を正常化させることに成功し、ファイバー状の細胞組織は体内でも機能を発揮し、実際の移植にも応用できる可能性を示しました。

生体内には特に血管や神経、筋肉など繊維状の組織が多く含まれるので、今回の成果は様々な組織の構造を人工的に構築するための基盤技術として幅広い応用が期待できます。さらに、ES細胞注1)iPS細胞注2)MSC細胞注3)などに代表される多分化能を持つ幹細胞も、ファイバー状にしてから移植することで生着率が高まることが期待でき、糖尿病や神経損傷などの治療をはじめとした医療応用に幅広い貢献ができると考えられます。

本成果は、英国科学雑誌「NATURE MATERIALS」のオンライン版で2013年3月31日(英国時間)に公開されます。

<発表内容>

一般的に、何かモノを作る材料の形状として、「ひも」は絡めて太くしたり、編んでシートにしたり、二つの別の部品を繋いだりと使い勝手が良く、ナノスケールの機能材料(カーボンナノチューブなど)から衣服、建築物など、幅広いサイズの日常的なモノづくりの材料として基本的な形状です。血管や神経、筋肉をはじめとする生体の組織は「ひも」の形状をしているものが多いため、本研究グループでは、「ひも」を使ったモノづくりという考え方を組織工学に応用して、細胞組織構造体を構築するための部品(基本ユニット)としてファイバー形状の細胞組織「細胞ファイバー」の開発に取り組んできました。

本研究では、ファイバーの中心部(コア)をチューブ状の外殻部(シェル)が覆っている「コアシェル型」という構造を持つファイバーをマイクロ流体デバイス注4)を利用して作製しました(図1)。中心部であるコアには、細胞外基質注5)(Extracellular matrix:ECM)の成分であるコラーゲンやフィブリンに、細胞を高密度で混ぜたものを使用しました。外殻部であるシェルにはアルギン酸カルシウムゲル注6)という、機械的な強度が高いためファイバー形状を維持しやすく、細胞の養分や老廃物を通過することができる材料を用いました。このようなコアシェル型のファイバーは培養液中で培養すると、中心部(コア)で細胞が増殖し、ファイバー形状の細胞組織(細胞ファイバー)が形成されます。この細胞ファイバーの形成後、アルギン酸カルシウムゲルのみを溶かして取り去ることで、細胞とECMのみで構成されたファイバー状の細胞組織が得られます。

このような細胞ファイバーの作製法は非常に汎用性が高く、神経細胞や筋肉細胞、繊維芽細胞、上皮細胞、内皮細胞を含む、様々な種類の初代培養細胞や細胞株で、細胞ファイバーの作製に成功しました(図2)。また作製した細胞ファイバーは、各細胞の本来の機能を保持していることが、様々な面から確認されました。例えば、神経細胞で作製した細胞ファイバーは、ファイバー内で神経ネットワーク様の構造が構築され、神経シグナルがファイバー内を伝達することが確認されました。血管の内皮細胞で作製した細胞ファイバーは、細胞が血管様のチューブ構造を作ることが分かりました。筋肉の細胞で作製した細胞ファイバーは収縮運動をし、細胞ファイバー構造全体を動かしました。また、幹細胞で作製した細胞ファイバーは、分化を誘導する化学物質によってファイバー形状のまま分化誘導が可能でした。

さらに、細胞ファイバーは、生体の中に移植しても機能を発揮することも確認されました(図3)。ラットの膵臓から分離した膵島細胞で細胞ファイバーを作製し、これを糖尿病疾患モデルマウスの腎臓にカテーテルを用いて移植しましたところ、移植した膵島細胞のファイバーからインスリンが分泌され、糖尿病のため高血糖であったマウスの血糖値が、正常値範囲に回復しました(図4)。一方、同じ細胞数の膵島細胞を懸濁液のままマウスに移植しても血糖値を正常化できないことが確認され、細胞ファイバーの形状で移植することで膵島細胞がより効果的に機能していることが示唆されています。今回の実験では糖尿病をモデルとして細胞ファイバーの生体内での機能を実証しましたが、それ以外の病気や怪我の治療などにも今後応用が期待できます。

このような細胞機能を保持した細胞ファイバーは、培養液の中でまるで日常扱う「ひも」と同様の感覚で、織ったり巻き取ったり束ねたりすることで、数センチ大の3次元組織を作ることができます。研究グループでは、細胞ファイバーを織る「織機」を試作し、細胞ファイバーで布のような構造を持つ3次元組織を構築しました(図5)。また、糸巻きのように細胞ファイバーを巻き取り、らせん状に細胞が配置された筒様の3次元組織も作製することができました。3次元の細胞組織を「ファイバー(ひも)を利用したモノづくり」というユニークな発想で作成した例はなく、将来的には血管や神経のネットワークが張り巡らされた人工組織の構築に利用可能な基盤技術となることが期待できます。

<従来法との比較と今後の展開>

細胞でできたユニットを用いて3次元組織を人工的に作製する手法としては、温度応答性ポリマーを用いた細胞シートや、細胞の塊であるスフェロイドなどを用いる手法が一般的です。本研究の手法は、シートやスフェロイドなどと異なり、筋肉や神経などのファイバー(ひも)状の組織を構築するのに有効なアプローチであると考えられます。組織の機能を発現するひも状の細胞組織を、メートルスケールで作製でき、それらを「ひも」として自在に扱う技術は世界で初めてであり、従来の組織構築法と組み合わせることにより、より複雑で機能的な3次元組織を構築できると期待できます。

今後は、血管網などをこの技術によって作製し、それを用いて生体外で長期培養可能な3次元の人工組織の構築技術の確立を目指します。また移植医療への応用を目指して、iPS細胞から分化誘導された細胞を用いて3次元組織構築し、治療に役立てるための研究を展開していくことを考えています。

<参考図>

図1

図1

  • (A)ファイバー形状の細胞組織(細胞ファイバー)構築の概念図。
  • (B)作製した繊維芽細胞による細胞ファイバーの写真。
図2

図2 組織の形態と機能を発現する細胞ファイバーの例

  • (A)伸縮運動をする心筋ファイバー。
  • (B)管腔様構造を形成する血管内皮ファイバー。(緑:アクチン、青:細胞核)
  • (C)ファイバー長軸方向に配向した大脳新皮質細胞ファイバー。(緑:ニューロン)
  • (D)神経幹細胞からニューロンとグリア細胞に分化した神経幹細胞分化誘導ファイバー。(緑:ニューロン、紫:グリア細胞、青:細胞核)
図3

図3 膵島細胞ファイバーの移植

  • (A)マイクロカテーテルによりマウス腎臓皮膜下に膵島細胞ファイバーを移植している様子。
  • (B)20cmの膵島細胞ファイバーが移植された様子。図中の矢印は、移植された膵島細胞ファイバーを示す。
図4

図4 膵島細胞ファイバーの移植による糖尿病マウスの血糖値の推移

膵島細胞ファイバーを移植後、マウスの血糖値が正常値領域に落ち着いていることが分かる(図の黒ドット)。また、移植15日後に移植したファイバーを除去すると、再び血糖値の上昇が確認された。また、細胞ファイバーと同じ細胞数の膵島細胞を懸濁液のままマウスに移植しても、血糖値を正常化できないことより(図の白ドット)、細胞ファイバーの形状で移植することで膵島細胞がより効果的に機能していることが示唆される。

図5

図5 細胞ファイバーによる3次元細胞組織の構築。

  • (A)細胞ファイバーを織る「織機」の模式図。
  • (B)細胞ファイバーを織ることによる布様の細胞組織。
  • (C)細胞ファイバーの巻き取りの模式図。
  • (D)細胞ファイバーを巻き取ることによる筒様の細胞組織。

<用語解説>

注1) ES細胞
胚性幹細胞(Embryonic Stem Cells)のこと。マウスの場合は受精後3.5日目の胚盤胞の内部細胞塊から、培養により得られる。体外培養により無限に増殖し、生殖細胞を含むほぼ全ての組織の細胞に分化することができる。
注2) iPS細胞
人工多能性幹細胞(induced Pluripotent Stem Cells)のこと。皮膚などの体細胞に特定の因子を導入することにより作製される。ES細胞(注1参照)のように、無限に増殖し、生殖細胞を含むほぼ全ての組織に分化することができる。ES細胞と異なり、あらゆる個体の体細胞から作製が可能であり、自家移植により免疫拒絶を起こさない細胞である。
注3) MSC細胞
間葉系幹細胞(Mesenchymal Stem Cells)のこと。間葉系に属する細胞(骨細胞、心筋細胞、軟骨細胞、腱細胞、脂肪細胞など)に分化することができる。間葉系幹細胞は間葉系組織のある全ての組織に存在すると考えられているが、その中で骨髄間葉系幹細胞は、骨髄穿刺で容易に採取でき、培養技術も確立されている。
注4) マイクロ流体デバイス
半導体の作製工程において利用される微細加工技術を利用して作成された、マイクロスケールの微小流路を有するデバイスの総称。小さな空間に液体を流すため、少ないサンプル量での検査や合成など、バイオ研究や化学工学への応用研究が盛んに行われている。
注5) 細胞外基質
生物において、細胞の外に存在する超分子構造体であり、細胞の振る舞いを変化させることができる動的かつ機能的な物質である。細胞外マトリックスとも呼ばれる。多細胞生物の場合、細胞外の空間を充填する物質であると同時に骨格的役割、細胞接着における足場の役割、細胞増殖因子などの保持・提供する役割などを担う。
注6) アルギン酸カルシウムゲル
アルギン酸カルシウムゲルは、アルギン酸がカルシウムイオンによって架橋されることでできるハイドロゲルである。アルギン酸は、褐藻などに含まれる多糖類で食物繊維の一種であり、食品の添加物として工業的に利用されている。医療の分野では、歯科材料や手術糸などに利用されているほか、細胞のカプセル化の材料として研究用途に利用されている。

<発表雑誌>

雑誌名:英国科学雑誌「NATURE MATERIALS」のオンライン版
論文タイトル:Metre-long cell-laden microfibres exhibit tissue morphologies and functions
doi: 10.1038/nmat3606
著者:Hiroaki Onoe, Teru Okitsu, Akane Itou, Midori Kato-Negishi, Riho Gojo, Daisuke Kiriya, Koji Sato, Shigenori Miura, Shintaroh Iwanaga, Kaori Kuribayashi-Shigetomi, Yukiko T. Matsunaga, Yuto Shimoyama, Shoji Takeuchi

<お問い合わせ先>

<研究内容に関すること>

竹内 昌治(タケウチ ショウジ)
東京大学 生産技術研究所 准教授
〒153-8505 東京都目黒区駒場4−6−1
Tel:03-5452-6650 Fax:03-5452-6649
E-mail:

坂本 祥純(サカモト ヨシズミ)
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町ビル
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