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平成25年2月27日

科学技術振興機構(JST)
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筑波大学
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発電中の高分子太陽電池の劣化の原因を解明

<ポイント>

JST 課題達成型基礎研究の一環として、筑波大学 数理物質系の丸本 一弘 准教授は、高分子太陽電池注1)に光を照射して蓄積する電荷の状態を解明し、それが特性の劣化と明らかな相関があることを、世界で初めて観測しました。

有機薄膜太陽電池の一種である高分子太陽電池は、現在主流のシリコン系太陽電池(変換効率20~25%)よりも低コストで軽く、柔軟性のある次世代太陽電池として注目されており、最近では、変換効率も11%まで向上し、実用化が期待されています。これまで、高分子太陽電池に光を照射すると、酸素や水分がない状態でも、太陽電池の素子注2)の特性が劣化することが知られており、これは、素子内部に蓄積された電荷が原因と考えられてきました。しかし、これまでの電気的測定などの手法では電荷が蓄積した場所を特定することはできず、また、電荷の蓄積と特性劣化との相関も証明されていなかったため、高分子太陽電池の耐久性向上の手がかりがつかめませんでした。

今回、電子スピン共鳴(ESR)注3)法と専用の疑似太陽光照射光源を用いて、実際に太陽電池を駆動させる同じ条件下で蓄積された電荷の数を精密に測定し、さらに太陽電池特性を同時に計測する手法を開発しました。この計測の有利な点は、電荷が蓄積した場所を分子レベルで解明できるだけでなく、電荷の蓄積と特性の劣化との相関を、素子を駆動したままリアルタイムで高精度に直接測定できるところです。その結果、高分子材料中に電荷が蓄積され、蓄積量が多くなるほど劣化するという明らかな相関があることも分かりました。

この解析手法により、これまで推測にしか過ぎなかった高分子太陽電池の特性を劣化させる電荷の蓄積が分子レベルで解明され、またその相関を調べることにより電荷の蓄積を改善するための明確な指針が得られました。さらにこの手法は、高分子太陽電池をはじめ、有機トランジスターや燃料電池などのあらゆる有機系デバイスにも適用が可能です。今後、本手法が企業や研究者に広く活用されて、素子作製時に電荷の蓄積を生じない工夫を行うことで、劣化を未然に防止し、さらなる耐久性の改善が可能となり、効率向上をはじめとする高分子太陽電池の研究開発および実用化の加速に大きく貢献できます。

研究成果は、2013年2月27日(現地時間)にドイツ科学雑誌「Advanced Materials」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 さきがけ(個人型研究)

研究領域 「太陽光と光電変換機能」
(研究総括:早瀬 修二 九州工業大学 大学院生命体工学研究科 教授)
研究課題名 「有機薄膜太陽電池の劣化機構のミクロ解明と耐久性向上」
研究者 丸本 一弘(筑波大学 数理物質系 准教授)
研究実施場所 筑波大学 数理物質系
研究期間 平成21年10月~平成25年3月

この研究領域では、化学・物理・電子工学などの幅広い分野の研究者の参画により異分野融合を促進し、次世代太陽電池の実用化につながる新たな基盤技術の構築を目標として、理論研究から実用化に向けたプロセス研究に渡る広域な研究を対象とするものです。

<研究の背景と経緯>

高分子太陽電池は、軽く、柔軟性があり、従来の太陽電池に比べて安く大量生産できる特長もあるため、次世代の太陽電池として世界中で注目されています。最近、変換効率も11%に達し、実用化が期待されています。太陽電池の実用化のためには耐久性の向上が重要な課題です。これまで、高分子太陽電池に光を照射すると、酸素や水分がない状態でも、太陽電池の素子の特性が劣化することが知られており、これは、素子内部に蓄積された電荷が原因と考えられてきました。しかし、これまでの電気的測定などの手法では電荷が蓄積した場所を特定できず、また電荷の蓄積と特性の劣化との相関も証明されていなかったため、高分子太陽電池の耐久性向上の指針が得られませんでした。

丸本准教授らは、電子スピン共鳴法(ESR法)を用いた新しい手法を開発し、最近、その手法を用いて、太陽電池の素子を作製時に、光を照射していない状態でも素子中に電荷が発生し、それが特性を劣化させていることを明らかにしました。

さらに今回、光を照射した状態で素子のふるまいを調べる研究に用いて、素子内の電荷が蓄積した場所を特定し、特性の劣化との相関の解明を目指しました。この解明は、直接的に素子の耐久性の向上に役立つと考えられますが、蓄積された電荷の数を、光を照射した時に高い精度で連続的に測定することは困難でした。

<研究の内容>

通常のESR信号の測定では、ESR装置の安定性の問題のため、高い精度で再現性のあるESR信号の測定ができません。今回、光を照射した状態でESR信号を測定する時に、標準試料を同時に測定する工夫により、素子中に蓄積された電荷の数をリアルタイムで精密に計測することが可能となりました。さらに、電荷の蓄積と特性の劣化に明らかな相関があることを、世界で初めて観測しました。

本研究では、高分子太陽電池で標準的に使われている有機材料を用いて素子を作製しました。正電荷を運ぶ高分子材料のポリヘキシルチオフェン(P3HT)、負電荷を運ぶフラーレン誘導体(PCBM)、正電荷の取り出し層材料のPEDOT:PSSを用いました。

まず、光を照射している状態でESR信号を測定し、電荷が蓄積した場所を解析しました。光を照射した状態では、徐々にESR信号が増加します(図1)。得られたESR信号の 値( =2.0022)とESR信号の線幅Δppの値(Δpp=0.25mT)から、高分子材料中に電荷が蓄積されていることが分かりました。これは従来の電気的測定などでは知ることができない直接的な結果です。

次に、このESR信号から蓄積された電荷の数を求めると同時に、素子特性(短絡電流密度)も測定しました(図2)。その結果、光を照射する時間が増加するにつれて蓄積された電荷の数は増加し、同時に、特性が劣化しました。つまり、電荷の蓄積と素子の特性とは明らかに相関することが分かり、高分子材料中の電荷蓄積が特性の劣化を起こしていることが明らかになったのです(図3)。

<今後の展開>

今回の解析手法の開発により、これまで推測にしか過ぎなかった、高分子太陽電池の特性を劣化させる電荷の蓄積が分子レベルで解明され、またその相関を調べることにより、電荷の蓄積を改善するための明確な指針が得られました。今後、この手法が、大学・研究所・企業などで新しく開発された太陽電池素子や有機材料に広く活用されることによって、従来の電気的測定などでは不可能であった素子劣化の迅速な問題解決が可能となります。その解析結果を踏まえて、素子作製時に電荷の蓄積を生じない工夫が行われることで、劣化を未然に防止し、さらなる耐久性の向上を目指すことが可能となり、効率向上をはじめとする高分子太陽電池の研究開発および実用化の加速に大きく貢献できます。

さらに、太陽電池以外の有機トランジスターや燃料電池などのあらゆる有機系デバイスへ適用できることが分かっており、原理的には、無機系デバイスにも適用できる可能性があります。これから、この手法を幅広く応用する検証を進めることで、将来的には、より広範なデバイスの特性の向上に役立つことが期待されます。

<参考図>

図1

図1 高分子太陽電池のESR信号の光照射下の増加

光を照射するとESR信号が徐々に増加していることが分かる。また、ESR信号の値(=2.0022)とESR信号の線幅Δppの値(Δpp=0.25mT)から、高分子材料中に電荷が蓄積されていることが分かる。

図2

図2 高分子太陽電池の電荷蓄積と特性劣化との関係

赤丸のデータは、図1のESR信号から求めた蓄積された電荷の数を示す。青線のデータは、ESR測定と同時に測定された素子特性(短絡電流密度)を示す。光照射の時間が増加するにつれて蓄積された電荷の数は増加し、同時に、特性が劣化した。電荷蓄積と素子特性とは明瞭に相関することが分かる。これにより、高分子材料中の電荷蓄積が特性の劣化を起こしていることが分かる。

図3

図3 高分子太陽電池で光を照射した時の電荷の蓄積

光を照射した時に、高分子太陽電池の高分子材料中に電荷が蓄積し、これが素子の特性を劣化させている。

<用語解説>

注1) 高分子太陽電池
正電荷を輸送する材料に共役高分子を用いた有機薄膜太陽電池の一種。電子を輸送する材料には、フラーレン誘導体が用いられることが多いが、電子輸送性の共役高分子や金属酸化物などが用いられることもある。印刷プロセスによる大量生産が適用できるため、安価な太陽電池として注目を集めている。
注2) 素子
一般には装置の機能発現に関わる最少構成単位を指す。ここでは、太陽電池の発電部を担う単位で、有機層と電極から構成される。
注3) 電子スピン共鳴(ESR)
電子の持つ自転の自由度(スピン)を用いた磁気共鳴現象を指し、スピンに磁場と電磁波を加えた場合に生じる。核磁気共鳴(NMR)の電子版である。分子が電荷を持つとスピン(フリーラジカル)を生じる場合が知られており、そのスピンに磁場を加えて電子エネルギーを分裂させ、その分裂幅に等しいエネルギーを持つ電磁波(マイクロ波)が吸収される現象を利用している。

<論文名>

“Direct Observation of Hole Accumulation in Polymer Solar Cells During Device Operation using Light-Induced Electron Spin Resonance”
(高分子太陽電池における素子動作時の正孔蓄積の光誘起電子スピン共鳴による直接観測)
doi: 10.1002/adma.201204015

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

丸本 一弘(マルモト カズヒロ)
筑波大学 数理物質系 准教授
〒305-8573 茨城県つくば市天王台1-1-1
Tel:029-853-5117 Fax:029-853-4490
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

木村 文治(キムラ フミハル)、古川 雅士(フルカワ マサシ)、川添 菜津子(カワゾエ ナツコ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
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(英文)Elucidation of the deterioration mechanism of polymer solar cells generating electricity