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平成25年2月19日

東北大学 大学院理学研究科
東北大学 金属材料研究所
独立行政法人 情報通信研究機構
独立行政法人 科学技術振興機構

テラヘルツ光で電気分極の量子波の観測に成功
〜電子型有機誘電体における新しい準粒子の発見と光増殖効果〜

<概要>

東北大学 大学院理学研究科の岩井 伸一郎 教授、石原 純夫 教授、東北大学 金属材料研究所の佐々木 孝彦 教授、独立行政法人 情報通信研究機構 未来ICT研究所の齋藤 伸吾 主任研究員(当時)、寶迫 巌(ほうさこ いわお) 所長らの研究グループは、有機分子でできた誘電体において電気分極の集団が波として伝わる新しい粒子(準粒子注1))を発見しました。さらに、10兆分の1秒(100フェムト秒)という極めて短い時間幅の光パルスを用いて、この準粒子を増殖させることに成功しました。この結果は、今後、光の照射によって通常の絶縁体を強誘電体注2)に変えること(光誘起強誘電性)や誘電性と磁性の同時制御(オプトマルチフェロイクス)などへの展開が期待されます。

本研究成果は、平成25年2月22日(米国東部時間)発行(予定)の米国物理学会誌Physical Review Lettersに受理されオンライン版で近日中に公開されます。

本研究成果の一部は、JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「先端光源を駆使した光科学・光技術の融合展開」研究領域における研究課題「先端超短パルス光源による光誘起相転移現象の素過程の解明」(研究代表者:岩井 伸一郎)によって得られたものです。

<背景>

真空中の電子は、もっともよく知られた素粒子の一つですが、物質中においては、単独の粒子としてではなく、周りに存在するたくさんの電子や原子との相互作用によって集団的に運動します。このような多数の電子や原子の集団は、量子力学的(波としての性質を持つ)な粒子(準粒子)として理解することができます。例えば、原子の変位が波として伝わる音波(フォノン)や、磁気の波である(マグノン)などはその代表的な例です。物質ごとに異なる準粒子を発見することは、物質の電気的、磁気的な性質を、光、電場、磁場などの外場によって制御するために不可欠なことです。

強誘電体は、メモリやピエゾ素子などへの応用で広く知られています。従来の強誘電体では、電気の偏り(分極)が、原子やイオンの変位の向きが同じ方向に配列(秩序化)することによって生じていました。一方、最近注目されている電子型誘電体注3)では、通常の誘電体のように原子の移動や分子の配列ではなく、電子雲の変形によって分極が形成されているので、これまでより1000倍も速い制御が可能となります。しかし、この電子型誘電体において準粒子は見つかっていませんでした。

<研究内容>

本研究では、テラヘルツ光と呼ばれる光の周波数が1THz(テラヘルツ)程度の遠赤外線のパルス光(パルス幅〜1兆分の1秒(1ピコ秒))を用いて、電気分極の集団応答による準粒子を捉えることに成功しました。本研究で使用した物質は、有機パイ電子系注4)の誘電体κ−(BEDT−TTF)Cu(CN)注5)図1)です。テラヘルツ時間領域分光注6)図2)によって測定された光学伝導度スペクトル(図3(a)中の赤丸印、拡大図は、図3(b))は、1THz付近に特徴的なピークを持ちます。このピークは、これまでに電気的な測定によって得られた電気分極の温度依存性や、理論的に予測される準粒子の光電場の振動方向に対する依存性との一致から、図3(c)に示すように電気分極の集団が、波として一糸乱れずに伝わっていく新しい準粒子によるものであることがわかりました。通常この周波数領域にみられるのはフォノンによるピークですが、それに比べるとはるかに幅が広く、しかも中央部に、フォノンとの量子力学的な相互作用(干渉効果)を示す大きな窪みが見られます。

本研究では、さらに、この新たに見つかった準粒子が、近赤外光の照射によって増殖することを発見しました。このことは、以下に示すように、電気分極が、近赤外光の照射によって秩序化することを意味します。図3(d)に示すように、温度を下げると、電気分極の準粒子によるテラヘルツ応答の強度は増大し、低温で準粒子が増殖する、すなわち電気分極が秩序化している領域が大きくなり電気分極集団のドメインとして成長することを示しています。その模式図を図4(a)に示します。注目すべきことに、近赤外のフェムト秒パルス光をこの物質に照射した場合でも、準粒子によるテラヘルツ応答は増大することがわかりました。つまり、光の照射によって電気分極の集団が実効的に冷却され、図4(b)のように、温度を下げた場合と同様にこのドメインが成長するわけです。

光の照射によって物質の電子の秩序が変化する現象は、光誘起相転移注7)と呼ばれ、将来の超高速光スイッチ応用などへの期待から精力的な研究が世界中で行われています。通常、光の照射は電子の有効温度を上昇させるため、秩序を融解させます。しかし、本研究で観測された準粒子の光増殖は、逆に光照射によって電子を冷却し、秩序を成長させることが可能であることを示しました。

このような特異な現象は、κ−(BEDT−TTF)Cu(CN)の電子が、柔らかくフレキシブルな性質を持っていることに由来します。理論的な解析により、このκ−(BEDT−TTF)Cu(CN)は、二つの異なる秩序状態が接する境界付近にあるため、電子が柔らかな状態にあることがわかってきました。この電子のフレキシブルな性質が、テラヘルツ光やフェムト秒光パルス光の刺激で増強され、電気分極集団の波(準粒子)としての振る舞いや秩序の増大などのこれまで知られていなかった光応答を導いていると考えられます。

<今後の展開>

“電子型誘電性”は、原子やイオンの変位を起源とする従来的な誘電性とは本質的に異なった原理による新しいタイプの誘電性です。そこでは、従来の誘電体には見られない、光を用いた電子(電荷とスピン)の複合した秩序(マルチフェロイクス注8))の新しい光、テラヘルツ応答現象の開拓や将来の超高速光メモリへの応用が期待されます。本研究で発見された、光による分極集団の冷却(秩序の増大)は、強誘電性だけでなく、超伝導や強磁性などの多重な秩序を光で制御する“超高速オプトフェロイクス”の開拓へつながることが期待できます。

本研究は、物質開拓(東北大学 金属材料研究所)、先端光計測(東北大学 大学院理学研究科、情報通信機構、科学技術振興機構)、理論解析(東北大学 大学院理学研究科)という異なる研究分野の研究者が連携することによって行われました。

<参考図>

図1

図1 κ−(BEDT−TTF)Cu(CN)の結晶構造

図2

図2 テラヘルツ時間領域分光の実験装置図

テラヘルツ光(紫線)電場の時間波形をゲート光(黒線)のEO(電気光学)検出法によって測定できる。さらに、励起光(赤線)照射後のテラヘルツ電場波形の変化を測定することもできる。この測定は、光励起−テラヘルツプローブ分光と呼ばれる。

図3

図3

  • (a)κ−(BEDT−TTF)Cu(CN)のTHz光領域の光学伝導度スペクトル。準粒子による1THzのピークを赤丸で囲んである。
  • (b)準粒子による1THz近傍のピークの拡大図。
    中央部にフォノンとの量子力学的な干渉(ファノ干渉)を示す窪みがある。
  • (c)電気分極の準粒子の模式図。電子の偏りが、反転しながら物質中を伝搬する。
  • (d)(b)のスペクトル強度の温度依存性。

準粒子による1THzのピークが、低温で増大することは、電気分極の集団からなるドメ インが成長することを示す。

図4

図4 テラヘルツ光で見る分極ドメイン(“電子の偏り”の秩序)

(a)温度変化による分極ドメインの成長。
(b)光照射後、ピコ秒時間スケールで起こる分極ドメインの成長。

図5

図5 ダイマーモット絶縁体の模式図

(a)通常の(電子が偏っていない)ダイマーモット絶縁体。

(b)ダイマー内電子が偏った状態。

κ−(BEDT−TTF)Cu(CN)の電子状態は(a)だが、極めて、(b)になりやすい状態にある。

<用語解説>

注1) 準粒子
物質中において、互い相互作用している多数の電子や原子からなる量子力学的な(波としての性質を持つ)粒子。原子集団の変位からなるフォノン(音波)のほか、スピン(電子の持つ磁気的な自由度)の集団運動によるマグノンなどが知られている。準粒子を電磁場で励起することによって、これらの集団運動を制御することが可能になる。
注2) 強誘電体
直流外部電場に対し導電性を示さない絶縁性物質は、電場に対して分極(電子の偏り)を生じる。このような非金属性物質は一般に誘電体と呼ばれる。電場がかかってなくても分極を示すものを焦電体、さらに、外部電場の向きを変えることで、分極の向きを反転(分極反転)できるものを強誘電体という。通常の誘電体では、原子やイオンの変位によって分極が生じる。 そのため、電場をかけることによって応力や変形が生じ、逆に応力を印可することによって電圧が生じる。これらの効果を圧電性と呼ぶ。
注3) 電子型誘電体
電子雲の変形が電気分極を形成している誘電体。通常の強誘電体は、応答速度を決める分極反転の時間スケールが、原子やイオンが動く速さによって制限される。しかし、電子型誘電体では、原子は変位せず、クーロン反発による電子の偏りによって分極が形成されるので、より速い応答が可能となる。本研究で扱った物質のほかいくつかの有機分子性化合物(TMTTF)AsF、α−(BEDT−TTF)、β’−(BEDT−TTF)ICl)や遷移金属酸化物(Fe、LuFe、Pr1−xCaMnO)が研究対象となっている。
注4) 有機パイ電子系
ベンゼンなどの有機分子を形成する化学結合は、分子の基本骨格を決めるシグマ結合とそれを補強するパイ結合からなる。シグマ、パイ、両者からなる化学結合が二重結合や三重結合である。シグマ結合の電子が、原子の周りに強く束縛されているのに対し、パイ電子は、多数の原子の周りに広がって動き回ることができる。この空間的に大きく広がったパイ電子が、分子の光学的性質や、電気伝導性、磁性、誘電性を決めている。有機パイ電子系は、このようなパイ電子軌道からなる物質群のことであり、炭素やケイ素からなる共役ポリマー(ポリアセチレン、ポリシラン…)のほかや電子供与体(ドナー)分子と、電子受容体(アクセプター)分子からなる電荷移動錯体などがある。
注5) κ−(BEDT−TTF)Cu(CN)
有機分子BEDT−TTF(ビスエチレンジチアテトラシアフルバレン)からなる二次元の電荷移動錯体は数多く存在するが、その中でκ型と呼ばれる物質は、ダイマー(分子の対)を単位とする格子構造持つことが知られている。ダイマー(=分子2個)あたりのクーロン反発エネルギーが、ダイマー間を動き回る電子の運動エネルギーよりも十分に大きい場合、電子はダイマー内の分子二つに均等に局在化し、動けなくなる(図5(a))。この状態はダイマーモット絶縁体と呼ばれる。κ−(BEDT−TTF)Cu(CN)は、このダイマーモット絶縁体の一種であるが、電子がダイマー内で偏った状態(図5(b))に極めてなりやすい、不安定な状態にあることが特徴である。このような、二つの異なる秩序状態(電子がダイマー内の二つの分子に均等に分布している状態と、偏っている状態)が接する境界付近にあるため、電子は不安定でフレキシブルな状態にある。このフレキシブルな状態が、従来とは異なる光応答を導いていると考えられる。
注6) テラヘルツ時間領域分光
近年のフェムト秒レーザーを用いた非線形光学技術の展開により、波長数十μ〜100μmの遠赤外の〜単一周期パルス(パルス幅〜1ピコ秒)の発生が可能になった。このようなテラヘルツパルス光を用いることにより、物質からの透過光や反射光を、時間軸上の電場波形として直接測定することができる。この時間領域分光と呼ばれる測定手法では、透過(反射)波の振幅だけでなく位相も測定できるので、クラマースクローニッヒの関係(線形応答理論における振幅と位相、あるいは実部と虚部の関係)のような仮定を用いることなく光学伝導度や誘電率を導くことができる。
注7) 光誘起相転移
光の照射によって、物質の色、電気伝導度、磁性などが非熱的に変化する現象。遷移金属酸化物、錯体や有機電荷移動錯体など様々な物質において報告されている。フェムト秒レーザーを光源として用いることにより、伝導性や磁性などの超高速(〜テラビット/秒)光スイッチの動作原理となることが期待されている。一種類の秩序しか存在しない系では、光の照射により電子のエネルギーやエントロピー(乱雑さ)が増加するため、秩序は融解するほかないが、複数の秩序が拮抗する物質では、一つの秩序を融解することにより、別の秩序を構築することも可能である。このことを利用すれば、強磁性や強誘電性、超伝導などの秩序を光によって創成することも期待できる。
注8) マルチフェロイクス
フェロイックとは、物質中の電気的、磁気的、弾性的な偏りが巨視的に向きをそろえ、長距離秩序を作っている様子を指す。異なる秩序がある場合をマルチ(多重)フェロイックと呼ぶ。 マルチフェロイクスの重要な性質は、秩序間の相互作用によって一つの秩序を外場で変調させたとき、別の秩序も変化することである。代表的な例として、磁場で強誘電性を制御する磁気誘電メモリなどがあげられる。

<掲載論文>

“Collective excitation of electronic dipole on molecular dimer in organic dimer-Mott insulator”
(有機ダイマーモット絶縁体におけるダイマー内電気双極子の集団励起)
doi: 10.1103/PhysRevLett.110.106401

<お問い合わせ先>

東北大学 大学院理学研究科
教授 岩井 伸一郎(いわい しんいちろう)
Tel:022-795-6423
E-mail:

東北大学 大学院理学研究科
教授 石原 純夫(いしはら すみお)
Tel:022-795-6436
E-mail:

東北大学 金属材料研究所
教授 佐々木 孝彦(ささき たかひこ)
Tel:022-215-2027
E-mail: