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平成25年1月22日

独立行政法人 物質・材料研究機構
独立行政法人 科学技術振興機構

水素の大量製造を可能にする光触媒の理論設計に成功
—太陽光を利用して水から水素を取り出す技術の促進に期待—

概要

1.独立行政法人 物質・材料研究機構(理事長:潮田 資勝) 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(拠点長:青野 正和)、梅澤 直人 主任研究員、葉 金花 ユニット長、レルンチャン・パクプン 博士研究員、オウヤン・シュシン 博士研究員らの研究グループは、太陽光を利用して水から水素を生成できる光触媒注1)の理論設計に成功した。

2.光触媒の開発は、研究者の直感に基づいて進められてきたため、系統的に活性を向上させることが困難であった。それゆえ、見通しよく開発を進めるための設計指針の構築が待たれている。計算機を用いた模擬実験を実施することで有望な材料を選定し、理論主導で開発を進める試みが世界中でなされているが、成功例は少ない。

3.チタン酸ストロンチウム(SrTiO)は光触媒としての応用が期待されているが、太陽光の大部分を占める可視光を吸収できない。そこで、Crなどの遷移金属注2)ドープ注3)することで可視光吸収を増幅する試みがなされている。近年、遷移金属の価数を安定化するために他の元素を共ドープする研究が進められているが、ドープ種の選定に明確な指針が存在しない。

4.今回、計算科学を駆使して様々な元素とCrを共ドープした場合の電子状態の変化から最適な組み合わせを検討した。その結果、SrTiO中に伝導電子を生成する能力の高いLaをCrと共にドープした場合に最も活性が高くなることが予測された。実際、この材料の水素発生効率が高いことが実験的に確認され、理論の正当性が実証された。

5.水素は環境に優しいエネルギー源として期待されており、効率的に水素を製造できる技術の開発が待たれている。本研究から、光触媒の開発に理論設計が有効であることが実証され、更に活性の高い材料の開発に向けて新たな道を切り開いた。環境・エネルギー問題の解決に大きく貢献できるものと期待される。

6.本研究成果の一部は、JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「元素戦略と新物質科学」研究領域(研究総括:細野 秀雄 東京工業大学 教授)における研究課題「ユビキタス元素を用いた高活性光触媒の開発」(研究者:梅澤 直人)の一環として得られたもので、英国の科学雑誌「Journal of Materials Chemistry A」で近日中に公開される。

<研究の背景>

酸化チタンに代表される光触媒は、防汚・抗菌などの環境浄化を目的とした商品に広く応用されているが、次世代エネルギー源として期待されている水素を光水分解によって大量に製造できる程の強い触媒活性は実現できていません。その原因として、光触媒の開発は研究者の直感に基づいて進められており、明確な設計指針が存在しないことが挙げられます。計算機を用いた模擬実験を実施することで有望な材料を選定し、理論主導で開発を進める試みが世界中でなされていますが成功例は少なく、開発を促進する信頼性の高い設計指針の構築が待たれています。

SrTiOは光照射下での高い安定性や光還元力の強さから、太陽光のみを利用した水素製造を可能にする光触媒として期待されています。しかし、その光吸収端は紫外光領域に位置しており、太陽光の大部分を占める可視光を有効に利用できていません。そこでクロム(Cr)などの遷移金属をSrTiO中にドープすることで吸収端を可視光領域に調整する研究が行われてきました。ところが、多くの遷移金属は環境に応じて価数が変化するため、試料の作成方法によっては光水分解反応を妨げます。そこで近年、他の元素を遷移金属と共にドープすることで価数を安定化させる研究が盛んにおこなわれています。共ドープ種として有望な元素をあらかじめ予測できれば、材料探索の負担が大幅に軽減され、光触媒の開発が促進されるものと期待されます。

<成果の内容>

SrTiOにCrをドープした材料の水素発生効率は、Crが低価数のときに高くなることが知られています。これは、光水分解反応を阻害する電子捕獲が抑制されることが原因です(図1)。そこで本研究では、Crと共に他の元素をドープすることでフェルミ準位注4)を引き上げ、低価数Crを安定化する方法を試みました。密度汎関数理論注5)に基づく電子状態計算を用いて、様々な元素をSrTiO中にドープしたときのフェルミ準位の位置を調べることで、Crと共ドープした場合に最も活性の高くなる組み合わせを検討しました。その結果、SrTiO中に伝導電子を生成する能力の高いLaをドープした場合に、フェルミ準位の大幅な上昇が見込まれ、低価数Crの濃度が高くなることが予測されました(図2a)。我々の実験から、LaとCrを共ドープしたSrTiOは、他の元素を共ドープした場合よりも可視光照射下での水素発生効率が高いことが確認され、理論予測の正当性が実証されました(図2b)。

<社会への波及効果と今後の展開>

水素は温室効果ガスを排出しないクリーンなエネルギー源として期待されており、太陽光のみを用いて大量に水素を製造できる光触媒の開発が待たれています。本研究から、最先端の計算科学を駆使することで、材料開発を効率的に進められることが実証されました。理論主導の材料開発がより一般的なものとなり、新規材料の開発が促進されることで環境・エネルギー問題の解決に大きく貢献できるものと期待されます。なお、本研究グループでは計算科学を用いた材料設計を本格的に取り入れており、酸化チタンの光触媒活性を最大限に引き出すための表面方位を見いだすことにも成功しています(米国の科学雑誌「Chemistry of Materials」にて近日中に公開)。

<備考>

本研究の一部は、文部科学省 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の支援を受けて行われました。

<参考図>

図1

図1 フェルミ準位の位置がCrの価数と光触媒活性に与える影響

(a)フェルミ準位が低いときには、高価数Crに起因する非占有軌道が光励起電子を捕獲するため活性が低下する。(b)フェルミ準位を高くして非占有準位を取り除く(低価数Crを安定化する)ことで、水分解反応が促進される。

図2

図2 水素発生効率の理論予測と検証実験

(a)各種元素をドープした場合のフェルミ準位の位置とCr濃度の関係。光触媒活性を促進する低価数Crの濃度は、SrをLaで置換した場合にもっとも高くなることが理論的に予測された。(b)Crと各種元素をSrTiO中に共ドープした試料を水中に入れて可視光を照射した場合の水素発生実験。LaとCrを共ドープした場合に最も活性が高い事が確認され、理論の正当性が実証された。

<用語解説>

注1) 光触媒
光を照射することにより触媒作用を示す材料。本研究では、太陽光に多く含まれる可視光を照射することで得られる触媒作用を利用して水を分解している。
注2) 遷移金属
周期表で第3族から第11族の間に存在する元素の総称
注3)ドープ、共ドープ
母体となる材料(本研究ではSrTiO)の格子位置の元素を外から与えた他の元素(本研究ではCrやLa)で置換する操作。2種類の元素を置換する場合を特に共ドープと呼ぶ。
注4)フェルミ準位
電子が占有しているエネルギー準位のなかで最高位のエネルギー。SrTiOのような半導体の場合には、エネルギー準位の存在しない禁制帯中に位置し、異種元素をドープすることでその位置を制御することができる。
注5)密度汎関数理論
分子や固体などの電子系の全エネルギーを電子密度から計算できることを保証する厳密な理論。

<掲載論文>

題目:Theoretical Design of Highly Active SrTiO3-based Photocatalysts by a Codoping Scheme towards Solar Energy Utilization for Hydrogen Production
著者:P. Reunchan, S. Ouyang, N. Umezawa, H. Xu, Y. Zhang, and J. Ye
雑誌:Journal of Materials Chemistry A (2013)
doi: 10.1039/C2TA00450J

<お問い合わせ先>

<研究内容に関すること>

梅澤 直人(うめざわ なおと)
独立行政法人 物質・材料研究機構 環境再生材料ユニット 主任研究員
TEL:029-860-4547 FAX:029-860-4958
E-mail:
URL:http://www.nims.go.jp/units/erm/project_1/Umezawa/umezawa_jp.htm

<JSTの事業に関すること>

木村 文治(きむら ふみはる)、古川 雅士(ふるかわ まさし)
独立行政法人 科学技術振興機構 戦略研究推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町ビル
TEL:03-3512-3525 FAX:03-3222-2067

<報道担当>

独立行政法人 物質・材料研究機構 企画部門 広報室
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