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平成25年1月17日

独立行政法人 理化学研究所
国立大学法人 山口大学
独立行政法人 科学技術振興機構

硫黄を含んだ代謝物を網羅的に解析する「S−オミクス」を確立
—タマネギを用いた測定で「S−オミクス」の有用性を実証—

本研究成果のポイント

理化学研究所(野依 良治 理事長)は、フーリエ変換型イオンサイクロトロン共鳴質量分析計(FTICR−MS)注1)を導入して、硫黄を含んだ二次代謝物注2)を網羅的に分析できる「S−オミクス」を確立しました。実際にタマネギの含硫黄二次代謝物イオンだけを測定したところ、67個のピークを抽出、22個の組成式を決定、6個の構造式を推定しました。S−オミクスの確立により、含硫黄二次代謝物を高速かつ高精度に特定できるようになります。これは、理研 植物科学研究センター(篠崎 一雄 センター長)メタボローム機能研究グループの中林 亮 特別研究員、斉藤 和季 グループディレクターらによる研究グループの成果です。

医薬品に用いられている化合物の多くは、植物などから得た天然化合物由来の二次代謝物をもとにして作られています。これらの多くはヘテロ原子(窒素、酸素、硫黄、ハロゲン原子)を持っていて、特に、硫黄を含む化合物は健康機能を示すため注目を集めています。これらの化合物を特定するには、クロマトグラフィー注3)などを用いた精製・単離の後、核磁気共鳴装置や質量分析計による解析が必要ですが、非常に長い時間と労力を要します。そこで、植物が持つ全低分子代謝産物(メタボローム注4))を網羅的に解析するメタボロミクス注4)によって、それら代謝物を効率的に発見・解析する分析系の確立が求められていました。

研究グループは、FTICR−MSの優れた検出ピーク分解能と、化合物の骨格である炭素の安定同位体注5)や、特徴的な天然存在比を示す硫黄の安定同位体を利用して、含硫黄二次代謝物を網羅的に測定できる分析系「S−オミクス」を確立しました。実際に、含硫黄二次代謝物を多く含むタマネギを用いてFT−MSで解析したところ、モノアイソトピックイオン注6)だけからなる67個のピークを抽出しました。次に、安定同位体13Cで標識したタマネギと非標識タマネギから取得したデータを比較して炭素数を同定し、22個の組成式を決定しました。最後に、MS/MS解析注7)により、抗炎症活性を有する6個の構造式を推定することができました。

S−オミクスは、その他のヘテロ原子を含む代謝物の分析にも展開可能なため、測定する植物種を増やすと幅広い代謝物の発見が期待できます。今後、目的代謝物の構造情報とゲノム情報を対応させることで、生合成に関連する遺伝子の特定が可能となります。代謝物の生合成機構を遺伝子レベルで解明できると、目的代謝物を多く生産する植物の品種改良などに貢献すると期待できます。

本研究成果は、JSTの国際科学技術共同研究推進事業(戦略的国際共同研究プログラム SICORP)などの一環として行われ、米国の科学雑誌『Analytical Chemistry』に近日掲載予定です。

1.背景

現在の医薬品に用いられている化学合成品あるいは半合成品の約20%は天然化合物由来の二次代謝物といわれています。そのなかで、ポリケチド、フラボノイド、アルカロイド、そして含硫黄二次代謝物は特異的な生物活性を有することから、ヒトにとって重要な天然化合物です。これらの多くは、炭素(C)、水素(H)、窒素(N)、酸素(O)あるいは硫黄(S)から構成されており、それぞれ安定同位体を持っているため、その天然存在比と質量の関係から、二次代謝物の組成式(各原子の構成割合)を決定することができます。

近年、生物中に存在する数百もの低分子代謝産物(メタボローム)を同時に検出できる質量分析計(MS)を利用した、メタボロミクスの手法が注目されています。MSが測定できる質量範囲、分析速度、精度、解像度といった点が飛躍的に向上していることから、有用物質探索への利用が期待されています。

そこで研究グループは、超高性能な質量分析計「フーリエ変換型イオンサイクロトロン共鳴質量分析計(FTICR−MS)」を導入して、炭素や硫黄の安定同位体を利用した含硫黄二次代謝物の分析系「S−オミクス」の確立を目指しました。また、このS−オミクスを用いて、硫黄を多く含むタマネギの二次代謝物を網羅的に解析し、高速かつ高精度な抽出とその組成式や構造式の解析に挑みました。

2.研究手法と成果

FTICR−MS(図1A)は検出ピークの分解能が極めて高く、検出したイオンの質量(分子量)を小数点以下4桁まで高精度に測定できます。実際にタマネギを解析したところ、全部で4,693個のピークを得ました。この中から、モノアイソトピックイオンからなる含硫黄二次代謝物のピークを見分けるため、硫黄の安定同位体の天然存在比(32Sが95.02%、34Sが4.29%)と、精密な質量の差(理論値で1.99579Da注8))を利用しました。その結果、67個の含硫黄二次代謝物由来のイオンのピークを抽出できました(図1B)。

次に、これらイオンの組成(図1C)を決定するために、安定同位体13Cで標識した環境下で栽培したタマネギと非標識(12C)のタマネギをFT−MSで比較解析しました。13Cで標識すると、その炭素数分だけ質量が増加するため、目的とする代謝物分子を構成している炭素原子の数が分かります(図1D)。この炭素原子の数をもとに組成候補を絞り込み、さらに、モノアイソトピックイオンのピーク(図1EのM)とそれ以外の同位体イオン(図1EのM+1、M+2)のピークの実測値と理論値とを比較した結果、22個の組成式の決定に成功しました(図1F)。

さらに、これら22個のモノアイソトピックイオンのピークに対してMS/MS解析を行ったところ(図1G)、6個の含硫黄二次代謝物の化学構造の推定に成功しました(図1H)。これらの代謝物はタマネギの催涙性因子の重要な中間体で、強い抗炎症活性を持つことが知られています(図2)。

3.今後の期待

今回、硫黄を含む代謝物の網羅的な分析系「S−オミクス」を確立し、人にとって有用な含硫黄二次代謝物を効率的に探索することが可能となりました。今後、S−オミクスを応用すると、他の植物種についても容易に探索することや、硫黄以外のヘテロ原子(窒素、酸素やハロゲン)を含む代謝物の分析が可能になるため、幅広い代謝産物の発見が期待できます。また、目的とする含硫黄二次代謝物の構造情報をゲノム情報と対応させることで、生合成に関連する遺伝子の特定が可能となります。代謝物の生合成機構を遺伝子レベルで解明できると、目的とする代謝物をより多く生産する植物へと品種改良することなどに貢献できます。

本研究は、独立行政法人 科学技術振興機構(JST)の国際科学技術共同研究推進事業(戦略的国際共同研究プログラム SICORP)の平成23年度採択課題「メタボロミクス:低炭素社会に向けた植物特異的代謝解明に資する基盤研究推進(研究代表者:斉藤 和季)」および戦略的国際科学技術協力推進事業(SICP)平成23年度採択課題「機能特性の詳細解析を可能にするネギ属野菜代謝物アトラスの開発(研究代表者:山口大学 執行 正義)」と植物科学最先端研究拠点ネットワーク注9)により行われました。

<参考図>

図1

図1 含硫黄二次代謝物の組成・構造解析「S−オミクス」の概要

FT−MSから得られるメタボロームのデータ(A)を用いて、67個の含硫黄二次代謝物由来のピークを抽出した(B)。次に、炭素の安定同位体を用いた測定で炭素数を決定し(D)、実測値と理論値を比較して(E)、22個の組成式を決定した(F)。最後にMS/MS解析(G)により6個の構造を推定した(H)。

図2

図2 推定した6個のタマネギ含硫黄二次代謝物の構造

<補足説明>

注1) フーリエ変換型イオンサイクロトロン共鳴質量分析計(FTICR−MS)
強い磁場の中で電荷を持つイオン粒子が円運動(サイクロトロン運動)することを利用した質量分析計。100万以上の分解能と1ppm以下の質量精度の測定が可能。
注2) 二次代謝物
生物は、生理活性に必須な有機化合物(物質)を自身が持つ生合成経路で生み出す。これを一次代謝物と呼ぶ。それに対し、生命維持に必ずしも必須ではない有機化合物の総称を二次代謝物と呼ぶ。生物種によって特異的な代謝物が多いことから、最近では特異代謝物とも呼ばれる。しばしばヒトに有益な生物活性を有する。
注3) クロマトグラフィー
物質を分離・精製する方法で、物質の吸着力、質量、電荷、溶解度、疎水性などの性質の違いを利用する。移動相の種類によってガスクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィーというように分類される。
注4) メタボローム、メタボロミクス
ゲノム(genome)の−omeはラテン語で全体や総体という意味を表す。ゲノム(genome)が細胞内の全遺伝子(gene+ome)を指すように、メタボローム(metabolome)は細胞内で合成された全低分子代謝産物(metabolite+ome)の総体を指す。しかし、植物における総代謝物質は20万〜100万種と考えられている。現状の技術では全ての代謝物質を網羅することは不可能なため、現在は、検出可能な全代謝物質という意味で使われている。メタボロミクスとは、このメタボロームを網羅的に測定・解析することを意味する。NMR(核磁気共鳴)装置を用いた方法、キャピラリー電気泳動やクロマトグラフィーと質量分析装置を組み合わせた方法などがある。
注5) 安定同位体
原子番号(陽子数)が同じで,質量数(陽子と中性子の数の和)が異なる原子を互いに同位体という。そのうち、安定に存在するものを安定同位体といい、放射線と呼ばれる粒子やエネルギーを放出して他の原子に変わる同位体を放射性同位体という。安定同位体の13C、15N、17O、34Sといった原子核は、天然存在比が低いものの安全な同位体核であるため、これらを含んだ化合物を生物に取り込ませることができる。
注6) モノアイソトピックイオン
天然には、天然存在比がもっとも多い同位体(主同位体)に、例えば、Hの99.985%、12Cの98.9%、14Nの99.634%、16Oの99.762%、32Sの95.02%などが存在する。これら主同位体だけで構成される代謝物イオンのことをモノアイソトピックイオンという。
注7) MS/MS解析
モノアイソトピックイオンを質量分析装置中で開裂させ、部分的な構造情報を持つイオンを得る手法。
注8) Da
ダルトン。微小な質量を示す単位。静止して基底状態にある自由な炭素12(12C)原子の質量の12分の1と定義されている。
注9) 植物科学最先端研究拠点ネットワーク
持続的食料生産や有用なバイオマス増産および二酸化炭素の固定化・資源化など、循環型社会に貢献しグリーンイノベーションに資する植物科学研究を推進する研究基盤ネットワーク(http://www.psr-net.riken.jp/)。

<原論文情報>

Ryo Nakabayashi, Yuji Sawada, Yutaka Yamada, Makoto Suzuki, Masami Yokota Hirai, Tetsuya Sakurai, Kazuki Saito
“Combination of Liquid Chromatography-Fourier Transform Ion Cyclotron Resonance-Mass Spectrometry with 13C-labeling for Chemical Assignment of Sulfur-containing Metabolites in Onion Bulbs”
Analytical Chemistry,
doi: 10.1021/ac302733c

<報道担当・問い合わせ先>

<問い合わせ先>

独立行政法人 理化学研究所 植物科学研究センター メタボローム機能研究グループ
グループディレクター 斉藤 和季(さいとう かずき)
TEL: 045-503- 9488  FAX:045-503- 9489

横浜研究推進部 企画課
TEL: 045-503-9117  FAX:045-503-9113

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<報道担当>

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独立行政法人 科学技術振興機構 広報課
TEL:03-5214-8404 FAX:03-5214-8432

(英文)S-omics, a Practical Profiling Method for Comprehensive Analysis of Sulfur-containing Metabolites
- Demonstrating the Effectiveness of S-omics by Measuring Metabolites in Onions -