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平成25年1月4日

東京大学
科学技術振興機構(JST)

バクテリアの抗生物質適応能を高めるパーシスタンス現象の解明進む
〜70年信じられた定説を覆す確率的遺伝子発現による適応〜

<発表のポイント>

<発表概要>

バクテリアのクローン細胞集団(遺伝情報に細胞ごとのばらつきがなく均一な集団)に、抗生物質などの致死的なストレスを与えると、ほとんどの細胞が死ぬ一方で、遺伝的には同じ情報を持つにも関わらずごく少数の一部の細胞が長期間生き残り、抗生物質がなくなると再び増殖するという現象が一般的に起こります。この現象は「パーシスタンス」と呼ばれ、結核などの感染症治療では投薬効率の低下と関連する重要な現象であるにも関わらず、パーシスタンスがなぜ起こるのかについては、これまでほとんど解明されていませんでした。これは、細胞集団の中で起こる、ひとつひとつの細胞の状態変化を調べる技術がなく、解析できなかったためです。従来は「パーシスタンス現象は、集団内に成長も分裂もしないドーマント細胞が含まれていて、これが抗生物質投与下で生き延びるために生じる」という「ドーマント細胞仮説」が多くの研究者によって信じられてきました。

東京大学 大学院総合文化研究科・教養学部附属 複雑系生命システム研究センターの若本 祐一 准教授(JST さきがけ研究者 兼任)らは、クローン細胞集団に含まれるひとつひとつの細胞の抗生物質への応答を観察できるマイクロ流体デバイスを作製し、これを用いて、結核菌の近縁種であるMycobacterium smegmatis のパーシスタンス現象を1細胞レベルで解明することに成功しました。

その結果、抗生物質イソニアジドに対するパーシスタンス現象では、細胞の生存確率と細胞の成長率のあいだに相関はありませんでした。このことから、従来多くの研究者が信じてきた「ドーマント細胞仮説」を否定する結果を得ました。さらに、このパーシスタンス現象の原因が、イソニアジドの働きに必要な酵素KatGが細胞ごとに確率的に発現することから、KatGをほとんど持たない細胞が集団内に一定数現れるためであることを見出しました。

ドーマント細胞仮説を前提とした創薬の研究は今も行われていますが、この研究で得られた、細胞内で一般的に見られる確率的な遺伝子発現が、細胞の生存や集団の適応に重要であることを示唆するとともに、この結果を応用することで、感染症治療の効率化や投薬設計の改善などにも役立つことが期待されます。

なお、本研究はJST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)研究領域「生命現象の革新モデルと展開」(研究総括:重定 南奈子 奈良女子大学 名誉教授)における研究課題「バクテリアのパーシスタンス現象と原始的な表現型適応」の一環として行われました。

<発表内容>

同じ遺伝情報を持つバクテリアのクローン細胞集団に、抗生物質などの致死的なストレスを与えると、大多数の細胞が殺される一方で、一部の細胞が遺伝型を変えることなしに長期間生き延びるという現象が一般的に起こります。これは「パーシスタンス(persistence)」と呼ばれ、1944年にBiggerによって初めて報告され、その後も多くのバクテリア種と抗生物質の組み合わせで見つかっています。パーシスタンス現象は、結核などの多くの感染症で治療を長引かせ投薬の効率を下げる主因となっています。さらに、抗癌剤を投与された癌細胞の応答でも類似の現象が見つかっており、医学的に重要であるとともに、細胞の持つ高い環境適応能を考える上でのモデル現象として、基礎生物学的にも重要です。

パーシスタンスでは、生き残る細胞と死ぬ細胞とのあいだに遺伝型の差が見られません。したがって、遺伝子変異によって生じるいわゆる「薬剤耐性菌」とは異なり、その背景機構を遺伝学的に説明できず、これまでその研究はほとんど進んでいませんでした。

パーシスタンス現象の原因として、細胞集団の中に成長を停止した「ドーマント細胞」と呼ばれる特殊な状態の細胞がごく少数含まれ、これらが致死的ストレス環境を生き延びるのではないかという仮説が、現象の発見当初から提唱されていました。明確な直接証拠がないに関わらず、この仮説は70年近くものあいだ広く受け入れられてきており、パーシスタンスの原因がドーマント細胞であることを前提とした創薬の研究が今も行われています。

東京大学 大学院総合文化研究科・教養学部附属 複雑系生命システム研究センターの若本 祐一 准教授(JST さきがけ研究者 兼任)らは、独自に開発したマイクロ流体デバイスを用いて、結核菌の近縁種Mycobacterium smegmatis のパーシスタンス現象を、初めて1細胞レベルで計測することに成功しました。このデバイスを用いることで、同じ遺伝情報を持つクローン細胞間に見られる状態の差や、抗生物質に対する応答の違いを明らかにするとともに、抗生物質投与の前後での細胞の成長動態や細胞内部のタンパク質発現量の変化などの特徴を詳細に解析することに成功しました。

その結果、抗生物質イソニアジドに対するパーシスタンス現象では、細胞の生存確率と細胞の成長率のあいだに相関はなく、長年パーシスタンス現象のメカニズムとして考えられてきたドーマント細胞仮説を否定する結果を得ました。さらに、細胞内でイソニアジドの働きに必要な酵素KatGが、1細胞レベルでは確率的に発現し、その発現の有無に依存して、生存確率が変わることを明らかにしました。

細胞内の多くの化学反応では、反応に関わる分子が少ないことや、細胞内部の構造が不均一といった種々の要因から、一般的に細胞ごとに大きくばらつきます。研究グループの今回の成果は、確率的に進む細胞内の反応が結果として細胞ごとのストレスへの感受性の差を生み、ひいては集団の適応挙動や生存に重要であることを示唆しています。

以上の結果を受けて現在研究グループは、パーシスタンス現象を説明する、より一般的なメカニズムの解明を目指して研究を進めています。ここで開発した計測技術は、創薬の現場などで薬剤に対する細胞の応答を詳細に調べる重要なツールとなりうるとともに、そこから得られる知見は、感染症治療の効率化や投薬設計の改善などへ応用できる可能性もあります。

<発表雑誌>

雑誌名:「Science」
論文タイトル:Dynamic persistence of antibiotic-stressed mycobacteria
著者:Yuichi Wakamoto, Neeraj Dhar, Remy Chait, Katrin Schneider, FranÇois Signorino-Gelo, Stanislas Leibler, John D. McKinney.
doi: 10.1126/science.1229858

<問い合わせ先>

東京大学 大学院総合文化研究科・教養学部附属 複雑系生命システム研究センター
准教授 若本 祐一(JST さきがけ研究者 兼任)
Tel:03-5454-4356 Fax:03-5454-4356
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