ポイント
- 優れた絶縁性と高効率な電流制御が可能な真空を絶縁体に利用
- ダイヤモンド固有の原理を電子放出源として応用
- スマートグリッドなどに大きく貢献する超高耐圧小型電力変換装置の開発に期待
JST 課題達成型基礎研究の一環として、産業技術総合研究所の竹内 大輔 主任研究員と物質・材料研究機構の小泉 聡 主幹研究員らのグループは、ダイヤモンド半導体注1)の特長を利用することにより、真空を用いた高耐圧パワースイッチ注2)を作製し、動作実証に世界で初めて成功しました。
電力系統への再生可能エネルギーの導入やスマートグリッド注3)構想を実現するためには、電圧・電流・周波数を変換、制御する小型大電力変換装置(複数のパワースイッチを組み合わせた装置)が必要です。しかし、これまで開発されてきたシリコンなどを用いたパワースイッチは、高電圧に耐えようとすると電力変換装置が巨大になってしまい、実用化に問題がありました。そのため、固体である半導体よりもさらに絶縁耐圧に優れる真空を利用した革新的な超高耐圧高効率小型パワースイッチの開発が期待されています。
真空をスイッチ素子に用いるには、スイッチがオンのときに真空に電流を流す電子放出源が必要です。本研究グループは、ダイヤモンドの表面を水素原子で覆うと、真空中に自由に電子が飛び出すことを明らかにしました。そこで、電子放出源の素材にダイヤモンド半導体を採用した真空パワースイッチ注4)を開発し、動作の検証を行ったところ、10kVの電圧でパワースイッチとして機能することを確認できました。今回の実験結果から100kVほどの高電圧に耐えられる真空パワースイッチを作ることができれば、理論的に従来の10分の1の大きさの大電力変換装置が可能になります。
将来、日本近海の洋上風力エネルギー導入や日本列島間での効率的な送電などを行う際に、この技術を利用することで、新しいエネルギー戦略に貢献することが期待されます。
本研究成果は、2012年のInternational Electron Devices Meeting(IEDM2012)のハイライトとしてオンラインで紹介され、2012年12月10日(米国東部時間)同会議で発表されます。
本成果は、以下の事業・開発課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発(ALCA)
開発課題名 |
「超高耐圧高効率小型真空パワースイッチ」 |
研究開発代表者 |
竹内 大輔(産業技術総合研究所 エネルギー技術研究部門 主任研究員) |
研究開発期間 |
平成24年10月~平成30年3月(予定) |
JSTは本事業において、温室効果ガスの排出削減を中長期にわたって継続的かつ着実に進めていくために、ブレークスルーの実現や既存の概念を大転換するような『ゲームチェンジング・テクノロジー』の創出を目指し、新たな科学的・技術的知見に基づいて温室効果ガス削減に大きな可能性を有する技術を創出するための研究開発を実施しています。
<研究の背景と経緯>
省エネルギーによって二酸化炭素の排出を抑制するためには、再生可能エネルギーを大量に導入したり、電力系統のスマートグリッド化によって電力をコントロールしたりする必要があります。例えば、日本近海の洋上風力エネルギーは膨大にあるといわれていますが、これを利用するためには洋上で100kV以上の高圧電力を安全で安定にコントロールできる超高耐圧高効率小型パワースイッチの開発が必須となります。さらに、得られた再生可能エネルギーを日本列島間で効率よく送電するためのスマートグリッド構想には超高電圧直流送電注5)が不可欠で、ここでも超高耐圧のパワースイッチの創出が大きな課題となっています。
従来のパワースイッチとして、シリコンなどを材料とする半導体デバイスが開発されていますが、高電圧に耐えるためには多数の素子を直列接続する必要があり、電力変換装置が巨大になってしまい、実用化に問題がありました。
そのため、固体である半導体よりもさらに優れた絶縁体が求められていました。真空は変電所などの遮断機やX線発生装置に用いられている優れた絶縁体です。また、電子の動きを邪魔しないため、電子源から十分な電子放出が自由に得られれば、わずかな電圧でも電流がよく流れます。そのため、電子放出をしない「オフ」状態と、電子放出を伴った「オン」状態を利用してスイッチを構成することができ(図1)、さらに真空中では電子を固体内よりも早く動かせるため、高速でのオン・オフが期待できます。
<研究の内容>
真空をパワースイッチに利用するためには、真空中に高効率かつ低電圧で大電流を流すための理想的な電子放出源注6)を実現する材料が必要です。従来の真空管の電子放出源であるフィラメントは、大電流を素早くオン・オフすると切れてしまい、信頼性、効率、応答性の面から、真空パワースイッチに使用することはできません。この問題を解決するために、本研究グループは真空への電子放出源の材料にダイヤモンド半導体を採用しました。
まず、ダイヤモンドの表面を水素原子で覆うと、外の真空よりもダイヤモンド中の自由電子のエネルギー位置が高くなり、真空中に自由に電子が飛び出すことができる「負の電子親和力注7)」をもつ面となることを、実験で実証しました。水素で覆ったダイヤモンドは、水素原子と炭素原子の強い共有結合で安定化しており、大気中でも安定していて、真空中では800℃の高温まで安定していることも明らかになっています。今回の研究では水素で覆ったダイヤモンドのPN接合注8)ダイオードを作製して、ダイオードをオンすると電子放出が起こる現象を発見しました。しかし、ダイヤモンドの誘電率は他の半導体材料に比べ小さいため、動き回れる電子の量が少なく室温動作で流れる電流はわずかであり、この段階では高耐圧真空スイッチとしての動作の検証は困難でした。
そこで、ホウ素を添加したp層とリンを高濃度に添加したn+層との間に、不純物の混入を極力低くした真性形の層(i層)を入れたPIN接合形注9)のダイヤモンドダイオードを開発し、電子放出源を作製しました(図2)。そして、このダイオードの真上から約100マイクロメートル離したところに陽極を置いて、真空パワースイッチとしての検証を行いました(図3)。ダイオードがオフのままであれば、真空は絶縁体として働くため、真空パワースイッチはオフ状態となって、陽極電圧を10kVまでかけても全く電流は流れません。一方、ダイオードに電圧をかけてオンにすると、ほぼ0V付近から電子放出電流が立ち上がって真空パワースイッチがオン状態になることを確認しました。
さらに詳細に動作を確認するために10kV高圧回路に組み込んでダイオード入力のオン・オフを行い、出力となる高圧回路側の電流と、負荷にかかる電圧の変化を測定しました(図4)。ダイオードをオンにすると、10kV高圧回路に電流が流れ、負荷にほぼ10kVの電圧が加わったことが観測できました。ダイオードへの入力電力は、ダイオード電圧23.6V、電流7mA、駆動時間0.5秒の積で、82.6mWであるのに対し、負荷への出力電力は、負荷電圧注10)9.64kV、電流48μA、駆動時間0.5秒の積で、231mWとなり、231/(82.6+231)=73.7%の電力伝達効率注11)が確認できました。これは、真空管で固体素子同様のパワースイッチングが可能であることを世界で初めて実証したことを意味しています。理論的には、100kV以上の場合、電力伝達効率99.9%を超える設計が可能であることが期待されます。真空を用いることで、このような100kV以上の耐圧設計が十分可能であることは、従来の固体素子のパワースイッチに比べて大きな優位性になっています。
なお、本研究のPIN接合ダイオード製作にあたっては、JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)における研究課題「超低損失パワーデバイス実現のための基盤構築」(研究代表者:山崎 聡 産業技術総合研究所 主幹研究員)からの協力を受けています。
<今後の展開>
ダイヤモンド半導体の優れた物性を生かした、室温で動作する真空パワースイッチの動作実証ができたことは、再生可能エネルギーやスマートグリッド技術を十分に活用できる電力系統の実現への第一歩といえます。今後は、さらに真空パワースイッチの特性を向上させて絶縁耐圧性や電力伝達可能性などにおける優位性を確認し、従来の10分の1以下のサイズの超高耐圧高効率小型パワースイッチの具体的な実用化へつなげていきます。
<参考図>
図1 真空パワースイッチの概念図
左が理想的なオフ状態と、右が真空中の電極間が十分な数の電子で満たされたオン状態。オフでは真空空間が高電圧を絶縁し、オンでは真空が電子で満たされて電流が流れる状態になる。真空は電子の流れにとって抵抗がないため、原理的にはスイッチに残るオン電圧をゼロにすることが可能である。
図2 高濃度不純物層(n+層)を使った
ダイヤモンドPINダイオード形電子源の模式図
ダイヤモンドの誘電率は他の半導体材料に比べ小さいため、動き回れる電子の量が少なく、単純なPNダイオードでは室温での動作では流れる電流はわずかである。そこで、ホウ素を添加したp層とリンを高濃度に添加したn+層との間に、不純物の混入を極力低くした真性形の層(i層)を入れたPIN接合形のダイヤモンドダイオードを開発した。 n+層からは室温でも多くの電子をi層に注入でき、電気的に中性となることから正孔も多く入り、抵抗がほぼゼロになるので、全体として大電流を流せるダイオード形電子放出源が開発できた。
図3 真空パワースイッチの電子放出特性(左)と動作の様子(右)
(左)ダイオードがオフ(IG=0mA)では、真空には全く電流が流れないが、ダイオードに電流を流していくと、真空に電流が流れる。陽極電圧がほぼゼロから電流が立ち上がっている。(右)真空スイッチがオンの状態を上から見た様子。ダイオードがオンすると可視光が発光するが、ダイオード全体が光っていることから、固体内部を均一に電流が流れていることが分かる。電子放出も、集中することなく光っている全体から起こっていると考えられる。
図4 出力となる10kV高圧回路側の電流(IA)と負荷の低電圧側電圧(VA)の変化
ダイオードがオフの時、負荷の低電圧側の電圧(VA)は約10kVで高圧回路の起電力10kVにほぼ等しく、負荷に電圧がかからない。ダイオードをオンにすると、10kV高圧回路に電流(IA)が流れて負荷の低電圧側の電圧(VA)が一気に低下し、負荷にほぼ10kVの電圧が加わったことが観測できる。ここでは、ダイヤモンドPINダイオードへの入力電力に対して、およそ3倍の出力電力が負荷抵抗に伝達でき、10kVで効率74%のスイッチができている。なお、実際の応用では、負荷と真空スイッチの位置は逆にして使用するが、実証実験では電気回路の動きとして全く同じで、かつ簡便であるため、図4のようにして観測した。
<用語解説>
- 注1) ダイヤモンド半導体
- ダイヤモンドは元素周期表では第IV族の炭素だけからできており、電子部品の主役である第IV族のケイ素(シリコン)と同じ結晶構造を持つ。そのため、ケイ素と似た半導体としての性質を持っている。しかし、不純物や格子欠陥の少ない高品質のダイヤモンドがなかったことから、半導体としてのダイヤモンド研究は進んでいなかった。しかし、1980年頃に化学気相合成法により高品質なダイヤモンドが人工的に合成できるようになったことから急速に半導体としての研究が進み、深紫外線発光LEDやトランジスターが作製できるようになった。パワーデバイスの素材として要求される絶縁耐圧や熱伝導率といった特性は、シリコン(Si)や炭化ケイ素(SiC)、窒化ガリウム(GaN)よりも優れている。
- 注2) パワースイッチ
- 電圧・電流・周波数を変換、制御するための素子。現在は半導体素子が主流である。基本的な動作原理はメモリーやマイクロコンピューターなどと同じであるが、高耐圧・大電流を制御することができるものをパワースイッチという。パワースイッチの半導体材料としてはシリコン(Si)が通常用いられているが、耐電圧・電流容量・耐熱性・動作速度などの面で、利用可能な性能はほぼ限界に近くなってきている。
- 注3) スマートグリッド
- 効率的なエネルギー利用のために情報・通信技術(IT)とともに、パワースイッチや蓄電技術を駆使して構成される新しい電力網のこと。
- 注4) 真空パワースイッチ
- 真空の電子放出源から電子を放出しない「オフ」状態と電子放出を伴った「オン」状態を利用することにより、オン・オフ切り替えが可能で、効率よく電力(パワー)を伝達できる真空スイッチング素子のことを指す。真空では、電子放出源から十分な電子放出が自由に得られれば、わずかな電圧でもよく電流が流れ、また電子を固体内よりも早く動かせることから、固体素子同様のパワースイッチングが可能となると考えられてきたが、動作を実証するために必要な電子源となるものがこれまでなかった。
- 注5) 直流送電
- 海中の送電や、400kmを超える長距離送電では、現在の交流ではなく、直流で送電する方が損失が少ないことや、600~800kmを超える場合はコストが安くなることは1970年代に明らかになっている。100kVを超える送電電圧での直流送電と直流・交流の変換が高効率にできれば、西日本と東日本の周波数の違いに関わらず送電が可能となるため、電力系統におけるスマートグリッド構想の実現において大変重要な技術要素である。
- 注6) 理想的な電子放出源
- 従来の真空管や蛍光灯で用いられている熱電子源は、熱損失が極めて大きく、高速でのスイッチ動作は不可能であった。一方、電界で固体内部から電子を引き出す電界放出形電子源(冷陰極)は損失は小さいが、引出電界に極めて敏感なため、電流が集中しやすく、動作が不安定となってしまい、特に高電圧スイッチとしては、開発が大変困難であった。真空パワースイッチにとっては、この両者の弱点を克服する、室温で自発的に電子放出できる電子源が「理想的」といえる。
- 注7) 電子親和力
- 金属、半導体、絶縁体など、あらゆる材料は、材料の中の自由電子のエネルギーの位置が外(真空)よりも低い状態が安定である。その自由電子のエネルギーの位置(伝導帯底)から見た真空の位置(真空準位)までのエネルギーの壁は、原子や分子の場合と同様に、「電子親和力」と呼ばれる。ダイヤモンドは、自由電子にとって、材料の中のエネルギーの位置が外よりも高くなるため、「負の電子親和力」を持つと呼ばれる。
- 注8) PN接合
- 正孔を伝導キャリアとするp形半導体と自由電子を伝導キャリアとするn形半導体の領域が接する界面をPN接合と呼ぶ。電圧をかけてオンすると、電子と正孔がそれぞれ接合を超えて拡散し、それらが互いに再結合して電流が流れる。半導体デバイスのさまざまな機能をもたらす源となる。
- 注9) PIN接合形
- PN接合よりもさらに両キャリアの再結合をバランスよく、かつ大きな領域で得るために、間に極めて高品質な同半導体材料の真性形(i形)を挟んだ構造をPIN接合と呼ぶ。再結合によって効率よく発光する場合は、発光ダイオード(LED)として利用できる。ダイヤモンド半導体においては、i形層で電子と正孔が結合した自由励起子を形成しやすく、この自由励起子の生成を介した深紫外線発光とともに電子放出特性が確認されていることから、デバイス開発において重要な構造とされる。
- 注10) 負荷電圧
- 負荷にかかる電圧で、スイッチがオンした場合、電源電圧が伝わるのが理想。本実証実験では、陽極電圧の簡便な測定の為に、10GΩの大きな抵抗を用いた分圧回路を用いている。その影響で、オフ時の陽極電圧は9.80kVであり、オン・オフの変化の速度は1秒程度に制限されている。無負荷では、オン・オフは少なくとも0.001秒未満である。また、オン時の電子放出電流は、負荷とのバランスで決まる。
- 注11) 電力伝達効率
- スイッチに入る全電力に対して、出力できる電力の割合。理想的なスイッチならば100%であるが、スイッチ動作による損失は必ずあり、100%より小さくなる。通常、損失は熱になり、発電所規模の巨大なシステムでは、大きな問題となる。
<論文名>
“A 10kV Vacuum Switch with Negative Electron Affinity of Diamond p-i-n Electron Emitter”
(負性電子親和力を持つダイヤモンドp-i-n形電子源を利用した10kV耐圧真空スイッチ)
doi: 10.1109/IEDM.2012.6479000
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
産業技術総合研究所 広報部 報道室
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<JSTの事業に関すること>
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科学技術振興機構 環境エネルギー研究開発推進部 低炭素研究担当
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