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平成24年10月15日

科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報課)

東京大学 大学院理学系研究科
Tel:03-5841-7585(理学系広報室)

ゲノムを変異から守る小さなRNAが作られる仕組みを解明

ポイント

JST 課題達成型基礎研究の一環として、東京大学 大学院理学系研究科 生物化学専攻の濡木 理 教授、塩見 美喜子 教授、西増 弘志 特任助教、石津 大嗣 助教らの研究グループは、ゲノム(全遺伝子)を守る小さなRNA(リボ核酸)が作られる分子機構の一端を明らかにしました。

動物のゲノムには、トランスポゾン注1)と呼ばれる動く遺伝子が存在し、トランスポゾンが転移すると多くの場合ゲノムが損傷し、その結果さまざまな病気を引き起こすことが知られています。そのため、生物にはトランスポゾンの発現や転移活性を抑える仕組みが備わっており、その中でも遺伝情報を次世代へと正確に受け継ぐ必要のある生殖細胞では、小さなRNA(piRNA注2))がトランスポゾンによる損傷からゲノムを守る役割を担っています。このRNAは長い1本鎖RNAから作られることが分かっていましたが、どのように作られるかは不明でした。

本研究グループは、ショウジョウバエやマウスのpiRNAの産生に関わることが知られているたんぱく質のうち、「ズッキーニ(Zuc)たんぱく質注3)」に着目しました。まず、Zucたんぱく質は1本鎖RNAを切断するのに適した分子構造を持つことを明らかにしました。次に、生化学的な解析によって、Zucたんぱく質は1本鎖RNAを切断する酵素活性を持っていることを明らかにし、X線結晶構造解析の結果を裏付けました。さらに細胞生物学的な解析によって、Zucたんぱく質のRNAを切断する働きが、piRNAの産生、トランスポゾンの発現抑制に必須であることを明らかにしました。

piRNAの産生に必須な1本鎖RNA切断酵素の正体は長い間不明でしたが、本研究によってZucたんぱく質がその役割を担うことが示唆されました。ショウジョウバエやマウスではZuc 遺伝子の変異は不妊につながることが分かっており、ヒトを含む動物もZucたんぱく質を持っていることから、今後本研究成果が、ヒトや動物の不妊の発症機構の解明などに応用されることが期待されます。

本研究成果は、慶應義塾大学 医学部 塩見 春彦 教授、東北大学 大学院薬学研究科 青木 淳賢 教授との共同研究で得られ、2012年10月14日(英国時間)に英国科学誌「Nature」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「炎症の慢性化機構の解明と制御に向けた基盤技術の創出」
(研究総括:宮坂 昌之 大阪大学 未来戦略機構 特任教授)
研究課題名 「慢性炎症による疾患発症機構の構造基盤」
研究代表者 濡木 理(東京大学 大学院理学系研究科 教授)
研究期間 平成23年4月〜平成28年3月

JSTはこの領域で、炎症が慢性化する機構を明らかにし、慢性炎症を早期に検出し、制御し、消退させ、修復する基盤技術の創出を目指しています。上記研究課題ではたんぱく質の立体構造解析を通じて、慢性炎症のメカニズムを原子分解能レベルで解明することを目指しています。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「生命システムの動作原理と基盤技術」
(研究総括:中西 重忠 大阪バイオサイエンス研究所 所長)
研究課題名 「RNAサイレンシングが司る遺伝子情報制御」
研究代表者 塩見 美喜子(東京大学 大学院理学系研究科 教授)
研究期間 平成19年10月〜平成25年3月

JSTはこの領域で、小さなRNAによる遺伝子制御プログラムを理解することで、生命の分子設計図の解明を目指しています。上記研究課題ではRNAサイレンシング因子の機能を、生化学・細胞生物学および構造生物学・生物情報学の相互創出的解析を通じて解明することを目指しています。

<研究の背景と経緯>

真核生物のゲノムにはトランスポゾンと呼ばれる動く遺伝子が存在します。トランスポゾンが、ゲノム上の別の位置に転移すると遺伝情報に変異が生じる可能性があるため、遺伝情報を次世代に正確に受け継ぐ必要のある生殖細胞では、トランスポゾンの発現や転移を抑えることが非常に重要です。生物にはトランスポゾンの発現や転移を抑える仕組みが備わっていますが、その仕組みに異常が生じると精子形成や卵形成の異常、不妊につながることが分かっています。

これまでの研究から、生殖細胞に発現しているpiRNA(PIWI−interacting RNA)と呼ばれる約30塩基から成る小さなRNAが、トランスポゾンの発現を抑えることで、生殖細胞のゲノムをトランスポゾンによる変異から保護する、つまりゲノムの品質を管理する役割を担っていることが明らかになっていました。piRNAは、ゲノムの特定の領域から作られる長い1本鎖のRNAがRNAを切断する何らかの酵素によって切断されることにより作られると考えられてきました。また、piRNAの産生にはズッキーニ(Zuc)たんぱく質を含むいくつかのたんぱく質が関わっていることが分かっていましたが、どのようなメカニズムでpiRNAが産生されるかは不明でした。

<研究の内容>

本研究グループは、ショウジョウバエのpiRNAの産生に関わるとされるいくつかのたんぱく質のうち、Zucたんぱく質の構造と機能を詳細に調べることにしました。まず、大腸菌を用いてショウジョウバエに由来するZucたんぱく質を大量に発現させ、高純度に精製し、結晶化することに成功しました。そして、大型放射光施設SPring−8の超高輝度マイクロビームを用いて微小なZucたんぱく質の結晶から高分解能のX線回折データを収集し、Zucたんぱく質の結晶構造を解明しました。その結果、Zucたんぱく質は1本のポリペプチド鎖から成る単量体が2つ集まった2量体を形成していることが分かり、2量体の界面に1本鎖RNAを切断するのに適した形の酵素活性部位を持つことが分かりました(図1)。さらに、これまでのGFP蛍光イメージングと呼ばれるたんぱく質の可視化技術の結果と一致して、Zucたんぱく質はミトコンドリア外膜に局在して働くのに適した形をしていることが分かりました。次に、精製したZucたんぱく質の酵素としての働きを調べたところ、1本鎖RNAを切断する酵素活性を持つことが分かりました(図2)。Zucの酵素活性部位の形から予想されたように、2本鎖RNAを切断しませんでした。さらに、Zucたんぱく質の酵素活性部位を改変した変異体酵素を作製し、ショウジョウバエの生殖細胞に導入し、piRNAの産生やトランスポゾンの発現量を調べたところ、Zucたんぱく質のRNAを切断する働きはpiRNA産生とトランスポゾンの発現抑制の両方に必須であることが分かりました。

以上のように、X線結晶構造解析から予想されるZucたんぱく質の働きが、生化学的および細胞生物学的な解析によるZucたんぱく質の働きと一致し、Zucたんぱく質は1本鎖RNAからpiRNAを産生する仕組みに必要不可欠なRNA切断酵素であることが示唆されました(図3)。

<今後の展開>

これまでの研究により、Zucたんぱく質を含む複数のたんぱく質がpiRNA産生に重要であることは分かっていましたが、個々のたんぱく質の機能はほとんど不明でした。本研究によってZucたんぱく質の機能が明らかとなり、piRNA産生の分子機構の一端が解明されました。今後、ほかのたんぱく質の詳細な機能を明らかにしていくことで、トランスポゾン抑制機構が解明されることが期待されます。さらに、トランスポゾンによる遺伝子変異の抑制に関わるたんぱく質の異常は、ショウジョウバエやマウスの研究から不妊につながることが分かっています。今後、ヒトのトランスポゾン抑制に関わるたんぱく質についても同様に研究が進むことによって、ヒトにおける不妊発症機構の解明、さらにはその不妊治療への応用につながることが期待されます。

<付記>

本研究の成果の一部は、文部科学省ターゲットタンパク研究プログラム(研究代表者:濡木 理、研究分担者:塩見 春彦)、科学研究費補助金の外部資金支援を受けて行われたものです。

<参考図>

図1

図1 ZucのX線結晶構造

  • (左図)リボンモデル。Zucは2量体を形成し、2量体界面に酵素活性部位を持つ。2つの単量体を緑色と黄緑色で示した。RNA結合に関わる亜鉛結合ドメインを黄色で示し、亜鉛イオンを灰色の球で示した。ZucはN末端の膜貫通へリックスを介してミトコンドリア外膜に結合していると考えられる。
  • (右図)分子表面モデル。プラスに帯電した表面を青色で示し、マイナスに帯電した表面を赤色で示した。基質である1本鎖RNAは酵素活性部位の溝に結合し切断されると考えられる。1本鎖RNAを模式的にマゼンタ色の線で示した。酵素活性部位の溝の幅は狭いことから、2本鎖RNAは結合できないと考えられる。
図2

図2 ZucのRNA切断活性

精製したZucたんぱく質と放射性同位体により標識した合成RNAを混合し反応させたのちに、ポリアクリルアミドゲル電気泳動により解析した。野生型Zucは1本鎖RNAを切断したのに対して、酵素活性部位に変異を持つZucは1本鎖RNAを切断しなかった。

図3

図3 piRNA産生モデル

piRNAクラスターと呼ばれるゲノム領域からpiRNA前駆体が転写される。piRNA前駆体は何らかのRNaseによって切断され、数百塩基長のpiRNA中間体が産生される。piRNA中間体はさらにZucによって切断され、約30塩基長のpiRNAが産生される。Yb bodyと呼ばれる顆粒構造体中において、Armiたんぱく質やYbたんぱく質の働きにより、PIWIたんぱく質注4)にpiRNAが組み込まれる。Piwi−piRNA複合体は核に移行し、トランスポゾンの発現を抑える。

<用語解説>

注1) トランスポゾン
真核生物のゲノムに存在する転移因子。動く遺伝子とも呼ばれる。トランスポゾンの転移は遺伝情報を破壊する可能性を持つ一方で、生物進化に寄与したとも考えられている。
注2) piRNA
生殖細胞に発現する約30塩基長のRNA。piRNAはたんぱく質の設計図として働かないRNA(非コードRNA)で、その多くはトランスポゾンに相補的な配列を持ち、PIWIたんぱく質(注4参照)と結合しトランスポゾンの発現を抑える機能を持つ。
注3) ズッキーニ(Zuc)たんぱく質
ズッキーニ遺伝子はもともと、雌不妊の原因遺伝子としてショウジョウバエの遺伝学的スクリーニングにより同定された。その後の研究により、ズッキーニたんぱく質はpiRNAの産生に関わることが示されていたが、その機能はよく分かっていなかった、ズッキーニ遺伝子に変異を持つショウジョウバエの卵が野菜のズッキーニのような伸びた形態をとることから命名された。
注4) PIWIたんぱく質
piRNAと結合しトランスポゾンの発現を抑える機能を持つたんぱく質。動物は複数のPIWIたんぱく質を持ち、例えば、ショウジョウバエは3種類のPIWIたんぱく質(Piwi、Aub、Ago3)を持つ。Piwi 遺伝子はもともと、生殖幹細胞の形成維持に必須な遺伝子としてショウジョウバエの遺伝学的スクリーニングにより同定された。Piwi 遺伝子の変異は生殖機能不全を引き起こすことから、iwi(−element nduced wimpy testis)と命名された。

<論文タイトル>

“Structure and function of Zucchini endoribonuclease in piRNA biogenesis”
(piRNA生合成に関わるZucchiniエンドリボヌクレアーゼの構造と機能)
doi: 10.1038/nature11509

<お問い合わせ先>

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東京大学 大学院理学研究科 生物化学専攻
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石井 哲也(イシイ テツヤ)
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横山 広美 准教授/広報室副室長
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(英文):Molecular mechanism of the biogenesis of small RNAs that protect the genome from invading genetic elements