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平成24年10月8日

科学技術振興機構(JST)
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大阪大学
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多発性硬化症で傷ついた神経が自然に再生するメカニズムを発見

ポイント

JST 課題達成型基礎研究の一環として、大阪大学 大学院医学系研究科の村松 里衣子 助教、山下 俊英 教授らは、難病の多発性硬化症注1)で傷ついた脳や脊髄などの神経が自然に再生するメカニズムを明らかにするとともに、マウスを用いた実験で症状の改善を早めることに成功しました。

多発性硬化症は、脳や脊髄などの中枢神経が炎症により損傷し、手足のまひや視力の低下などの重篤な症状が現れる難病で、その症状は悪化と好転を繰り返します。中枢神経は、いったん損傷すると再生力が弱いため回復が難しいと考えられていましたが、近年、損傷を受けた神経細胞の軸索注2)が、わずかですが自然に再生することが分かってきました。そのため、多発性硬化症が好転する場合は、神経が再生したためであると考えられていますが、そのメカニズムは不明でした。

本研究グループは今回、多発性硬化症に類似する脳脊髄炎を起こすマウスを組織レベルで解析することにより、軸索の再生に先だって新しい血管ができることを発見し、さらに、血管が放出する「プロスタサイクリン注3)」という生理活性物質が軸索の再生力を高めることを明らかにしました。また、プロスタサイクリンの働きを強めることで、脳脊髄炎マウスの症状の回復にかかる期間を半分に短縮させることにも成功しました。

今回の研究成果は、血管に神経の再生力を高める働きがあることを初めて明らかにしたもので、多発性硬化症をはじめ中枢神経損傷に対する新たな分子標的治療薬の開発につながるものと期待されます。

本研究は、大阪大学 大学院医学系研究科の望月 秀樹 教授、刀根山病院の藤村 晴俊 臨床研究部長の協力を得て行われ、本研究成果は、2012年10月7日(米国時間)に英国科学誌「Nature Medicine」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」
(研究総括:小澤 瀞司 高崎健康福祉大学 健康福祉学部 教授)
研究課題名 「中枢神経障害後の神経回路再編成と機能回復のメカニズムの解明」
研究代表者 山下 俊英(大阪大学 大学院医学系研究科 教授)
研究期間 平成22年10月〜平成28年3月

JSTはこの領域で、脳神経回路の発生・発達・再生の分子・細胞メカニズムを解明し、さらに個々の脳領域で多様な構成要素により組み立てられた神経回路がどのように動作してそれぞれに特有な機能を発現するのか、それらの局所神経回路の活動の統合により、脳が極めて全体性の高いシステムをどのようにして実現するのかを追求します。またこれらの研究を基盤として、脳神経回路の形成過程と動作を制御する技術の創出を目指します。

上記研究課題では、脳の障害後に代償性神経回路が形成される分子メカニズムを解明するとともに、神経回路の再編成を促進することによって、失われた神経機能の回復を図る分子標的治療法の開発を行います。

<研究の背景と経緯>

多発性硬化症は脳や脊髄に生じた炎症により、神経が障害される難病で、手足のまひや視力の低下などの重篤な症状が現れ、その症状は悪化と好転を繰り返します。神経が損傷した場合、ほ乳類の脳・脊髄の神経回路では再生しにくいと考えられていました。その原因の1つに、神経細胞の軸索の再生力が低いことが知られています。しかし、近年、脊髄損傷や脳血管障害で、損傷を受けた神経細胞の軸索が、わずかですが自然に再生することが動物実験で分かってきました。また、多発性硬化症と類似した症状を起こす脳脊髄炎マウスでも、軸索が自然に再生する様子が報告されています。そのため、多発性硬化症が好転する場合は、神経が再生したためであると考えられていますが、そのメカニズムは不明でした。

一方、これまでの研究から多発性硬化症の病巣では新しい血管がたくさんできることが明らかになっています。また、一般的な話として、血管新生は組織を修復する働きがあると考えられていますが、血管新生が軸索の再生にどう影響するかは不明でした。

<研究の内容>

本研究グループは今回、多発性硬化症に類似する脳脊髄炎を胸髄の局所に起こすマウスを作製しました。このマウスは、手足の運動機能を制御する皮質脊髄路注4)という神経回路が傷害されます。まず、病巣の近くで起こる血管新生と皮質脊髄路の再生を時間ごとに観察しました。その結果、軸索の再生は、血管新生が生じた後に起こることが分かりました(図1)。

新生血管は、血管内皮細胞から構成されます。マウスから血管内皮細胞と皮質脊髄路を構成する神経細胞を採取し、培養実験を行うことで、神経突起の伸長への影響を観察しました。血管内皮細胞とともに神経細胞を培養すると、神経突起が長くなりました。そのメカニズムには、血管内皮細胞が分泌するプロスタサイクリンが神経細胞の表面にあるIP受容体に結合しcAMP注5)の合成を活性化することが重要でした(図2)。

さらに、マウスに脳脊髄炎を起こし、RNA干渉注6)薬によりプロスタサイクリンの働きを弱めたマウスを観察しました。薬を投与した14日後、通常では再生する皮質脊髄路の軸索の再生がブロックされました(図3)。脳脊髄炎を起こしたマウスは、四肢の運動に障害が現れ、それは時間がたつとともに自然に改善しますが、薬を投与したマウスでは症状の改善が遅れました。これは、RNA干渉薬がプロスタサイクリンの皮質脊髄路を再生させる作用を弱めたからと考えられます。さらに、プロスタサイクリンの作用を高める薬(IP受容体を活性化しcAMP合成を高める薬)を投与すると、皮質脊髄路の再生と症状の改善が促進しました(図4)。従って、血管には神経の再生力を高める働きがあり、そのメカニズムを増強することで症状の改善が早まることが分かりました(図5)。

<今後の展開>

神経回路の形成についての研究は、神経系の細胞間の関係に着目したものがほとんどです。本研究は、血管と神経という異なる種類の細胞間の関係から神経回路の形成を解明するという新しいコンセプトを提示するものであり、今後の神経回路研究に新しい方向性を提案するものです。今回の研究成果から、プロスタサイクリンが多発性硬化症の治療薬開発に有望な標的分子であることが分かりました。今後、脳・脊髄のさまざまな疾患の後遺症に対して分子標的治療薬になる可能性へ、検証が期待されます。

<参考図>

図1

図1 血管新生の後に軸索が再生する

順行性トレーサー(BDAという物質)で皮質脊髄路を緑色に標識し、新生血管マーカー(CD105)を赤色に染色した。写真は、脳脊髄炎の直後に血管が新生し、その後に軸索再生が生じたことを示している。再生した軸索は、脊髄介在神経細胞(右下写真)と接続していた。

図2

図2 血管内皮細胞が産生するプロスタサイクリンが軸索伸長を促進する

左図は、体外で培養した神経軸索の伸長を測定する実験の結果である。プロスタサイクリン合成酵素(PGIS)の働きを失わせた血管内皮細胞は、軸索の伸長を促進する作用が低下している。このことは血管内皮細胞が産生するプロスタサイクリンが軸索の伸長を促進することを示している。

右図は、プロスタサイクリンがcAMP経路を活性化することで軸索の伸長に関与することを示した結果である。

図3

図3 皮質脊髄路のIP受容体が、軸索が自然に再生する際に重要である

RNA干渉薬であるIP受容体siRNAをマウスの脳内に投与することでプロスタサイクリンの働きを弱めたマウスでは、皮質脊髄路の再生が抑制された。さらに脳脊髄炎の症状を行動試験によって定量化したところ、誘導後の時間経過に伴う症状の自然回復が薬を投与したマウスでは遅延した。このことから、IP受容体が軸索再生と神経症状の回復に必要であることが示唆される。

図4

図4 プロスタサイクリンの作用を強めると軸索再生が加速する

脳脊髄炎マウスにプロスタサイクリンの作用を高める(IP受容体を活性化しcAMP合成を高める)薬を投与すると、軸索再生が促進し、四肢まひ症状も軽快した。プロスタサイクリンが脳脊髄炎の治療分子標的になる可能性を示している。

図5

図5 本研究の概要:脳脊髄炎後、脊髄内の血管新生が皮質脊髄路の再編成を導く

  • 上図 左、健常時:後肢を支配する皮質脊髄路は、腰髄の神経細胞と結合する。
  • 中央、脳脊髄炎直後:皮質脊髄路が脱落し(緑点線)後肢の運動障害が起こるとともに、血管新生が生じる。
  • 右、脳脊髄炎の数週間後:残存する皮質脊髄路が、新しい神経回路を形成することで、運動機能が自然回復する。
  • 下図 病変の新生血管から産生されるプロスタサイクリンが、神経細胞のIP受容体に作用し、cAMP合成の活性化を介して軸索の再生を促す。

<用語解説>

注1) 多発性硬化症
中枢神経の自己免疫疾患。脳、脊髄、視神経で病変が起こり、運動機能障害、感覚障害、視力低下などの症状が再発と寛解を繰り返しながら進行する。日本では厚生労働省特定疾患に指定されている。
注2) 軸索
神経細胞から伸びる突起状の構造物。神経活動を伝える働きを持っている。
注3) プロスタサイクリン
プロスタグランジンの一種で、プロスタグランジンIの別称。血小板の凝集や血管拡張作用を持つ生理活性物質。プロスタサイクリンの受容体は、7回膜貫通型のIタイプprostaglandin (IP)受容体。
注4) 皮質脊髄路
大脳皮質の運動野から脊髄に走行する軸索。自分の意思による運動(随意運動)を制御する主要な神経回路。前肢と後肢を支配する脳部位が異なり、本研究では、後肢の運動を制御する皮質脊髄路の再生と運動機能の改善を評価した。
注5) cAMP
サイクリックAMPと呼ばれる。神経細胞の生存や成長を促す機能を持つ細胞内シグナル物質の1つ。
注6) RNA干渉
2本鎖RNAが相同な塩基配列を持つメッセンジャーRNAと特異的に対合し切断することで、遺伝子の発現を抑える現象。

<論文名>

“Angiogenesis induced by CNS inflammation promotes neuronal remodeling through vessel-derived prostacyclin”
(新生血管が放出するプロスタサイクリンは神経回路の再生を促進する)
doi: 10.1038/nm.2943

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

村松 里衣子(ムラマツ リエコ)
大阪大学 大学院医学系研究科 助教

山下 俊英(ヤマシタ トシヒデ)
大阪大学 大学院医学系研究科 教授
〒565-0871 大阪府吹田市山田丘2−2
Tel:06-6879-3661 Fax:06-6879-3669
E-mail:(村松)
(山下)

<JSTの事業に関すること>

石井 哲也(イシイ テツヤ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3524 Fax:03-3222-2064
E-mail:

(英文)Identification of the mechanism of spontaneous restoration of the injured neuronal network in multiple sclerosis