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平成24年10月1日

科学技術振興機構(JST)
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神戸大学 大学院医学研究科
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細胞間の相互作用で良性腫瘍ががん化する仕組みを解明

ポイント

JST 課題達成型基礎研究の一環として、神戸大学の井垣 達吏 准教授らは、がん組織で高頻度に認められるミトコンドリアの機能低下が周辺組織の悪性化(がん化)を促進することを発見し、その仕組みを解明しました。

これまでのがん化メカニズムの研究は、主にがん細胞で発見された遺伝子変異に注目して進められてきましたが、近年、細胞が分泌するたんぱく質ががん化を促進する機能を持つことが知られるようになり、細胞間の相互作用もがんの発生や進行に重大な影響を与えていると考えられるようになりました。しかし、生体内のがん組織において、細胞間の相互作用の仕組みを解明する研究は、その技術的困難さからほとんど進んでいません。

本研究グループは今回、細胞間の相互作用を生体内で解析することが可能なショウジョウバエを用いた実験系により、前がん状態の良性腫瘍の一部でミトコンドリア注1)と呼ばれる細胞内小器官の機能を低下させると、細胞外に少なくとも2種類のたんぱく質(炎症性サイトカイン注2)細胞増殖因注3))が分泌され、これらによってその周辺の良性腫瘍ががん化するという仕組みを世界で初めて明らかにしました。

本研究により、ミトコンドリアの機能障害やそれによって放出される炎症性サイトカインを標的とした、これまでにない新しいがん治療法確立のための研究・開発が期待されます。本研究成果は、2012年9月30日(英国時間)に英国科学誌「Nature」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「炎症の慢性化機構の解明と制御」
(研究総括:高津 聖志 富山県薬事研究所 所長)
研究課題名 上皮のがん原性炎症が駆動する非遺伝的腫瘍悪性化の分子基盤
研究者 井垣 達吏(神戸大学 大学院医学研究科 准教授)
研究実施場所 同上
研究期間 平成23年4月〜平成28年3月

JSTはこの領域で、炎症の慢性化機構という現象の実体解明に向けた研究を行い、それに基づき、がん・動脈硬化性疾患・アレルギー・自己免疫疾患などの炎症の慢性化が関与するさまざまな疾患の予防や治療、創薬につながる新たな医療基盤の創出を目指しています。本研究課題では、ショウジョウバエ遺伝学を駆使して、上皮における細胞間の相互作用を介してがんの悪性化に関与する炎症性の反応の実態と分子機構を明らかにし、その細胞間コミュニケーションを介した組織レベルのがん悪性化の基本原理の解明を目指します。

<研究の背景と経緯>

がん(悪性腫瘍)とは、腫瘍の中でも異常に増殖し、かつ周辺組織に浸潤したり(浸潤能)遠隔組織に転移したり(転移能)する細胞集団のことです。がんのほとんどは上皮組織に生じます。正常な上皮細胞に複数の遺伝子変異が起こることで前がん細胞となり、さらに前がん細胞が過剰に増殖して良性腫瘍が形成されます。良性腫瘍は、組織浸潤能・転移能を持たない細胞集団で、異常な増殖を起こすものの、発生した場所から移動することはありません。この良性腫瘍にさらに遺伝子変異が加わることで、組織浸潤能・転移能を持つがんが生じると考えられています(図1(1))。腫瘍が組織浸潤能・転移能を持つようになることを、腫瘍の悪性化(がん化)と呼びます。これまで、このような腫瘍のがん化を促すさまざまな遺伝子変異について多くの研究がなされてきましたが、近年、細胞が分泌するたんぱく質ががん化を促進する機能を持つことが知られるようになり、前がん細胞や正常細胞が互いに影響を及ぼし合うことによってもがん化が促進されると考えられるようになりました(図1(2))。しかし、生体内で細胞同士がどのように相互作用してがん化が促進するのか、その仕組みを解明する研究はこれまでほとんどなされていません。その理由として、細胞同士の相互作用とそれによるがん化のメカニズムを哺乳類の生体内で解析することが技術的にきわめて困難であったことが挙げられます。

がん細胞に生じる遺伝子変異は多様ですが、その中でも細胞内でエネルギー生産を担うミトコンドリアという構造体の機能低下を招く遺伝子変異は、多くのがんに共通して生じていることが知られています。しかし、ミトコンドリアの機能低下とがんの発生、進行との関係は、ほとんど分かっていませんでした。

<研究の内容>

本研究グループは今回、細胞間の相互作用を生体内で解析することが可能なショウジョウバエをモデルとして用いました。ショウジョウバエでは近年、生きた個体内で複数の細胞集団に異なる遺伝子操作を行う「遺伝的モザイク法」の技術が確立されており、生体内で細胞同士の相互作用を解析することが可能です。

本研究により、次のことが明らかになりました。前がん状態の良性腫瘍中のある細胞の中で、Ras(ラス)注4)遺伝子の活性化とミトコンドリア機能低下が同時に起こると、細胞内のストレスを感知する情報伝達経路が活性化し、細胞外に2種類のたんぱく質(炎症性サイトカイン、細胞増殖因子)が放出されます。放出されたたんぱく質は良性腫瘍内の他の細胞を刺激し、細胞増殖能、組織浸潤能・転移能を増加させることでがん化を招きます。

本研究の成果は、がん細胞中のミトコンドリア機能低下ががん化やがんの進行にどのように関わっているかを示した点、しかもその具体的な仕組みを解明した点、さらにこれを生体中で証明した点で、世界で初めてです。

本研究の詳細は、以下の通りです。

まず、細胞同士の相互作用によって起こるがん化のメカニズムを明らかにするため、生きたショウジョウバエ個体の上皮組織において、細胞が自分自身ではなく周りの細胞の増殖を促進するようになる遺伝子変異を探索しました。ヒトのがんの約3割で活性が高まっているがん遺伝子Rasをショウジョウバエの上皮組織で活性化させると、良性腫瘍が形成されます。この良性腫瘍に約3000種類の遺伝子変異をランダムに1つずつ導入し、良性腫瘍が変化する様子を観察しました。その結果、ミトコンドリア呼吸鎖注5)の機能障害を起こすような遺伝子変異が良性腫瘍に導入されると、その良性腫瘍自身ではなく近隣細胞の増殖能が高まることを発見しました(図2)。さらにこのとき、近隣細胞においてもRas遺伝子の活性が高まっていると、それら近隣細胞は悪性化(がん化)して浸潤・転移能を獲得することが分かりました(図3)。

ミトコンドリアの機能障害が近隣細胞のがん化を促す仕組みを明らかにするため、次にこの現象を引き起こすのに必要な遺伝子の探索を行いました。具体的には、Rasの機能亢進とミトコンドリアの機能障害を同時に持つ細胞の中でさまざまな遺伝子の機能を不活化し、周辺組織のがん化が起こらなくなるものを探索しました。その結果、stat と呼ばれる遺伝子が不活化すると周辺組織のがん化が起こらなくなることを突き止めました。statは細胞の増殖を促すたんぱく質で、アンペアード注6)(哺乳類ではIL−6(インターロイキン注7)−6))と呼ばれる炎症性サイトカインによって活性化されることが知られています。実際、Rasの機能亢進とミトコンドリアの機能障害を同時に持つ細胞の中でアンペアード遺伝子の発現が高まっており、この細胞内でアンペアードの発現を抑制すると周辺細胞のがん化が起こらなくなりました。

さらに、アンペアード遺伝子の発現が高まる仕組みについて解析を行った結果、Rasの機能亢進とミトコンドリアの機能障害を同時に持つ細胞では酸化ストレスを起こす活性酸素種が大量に産生され、これによって細胞ストレスに応答するJNKと呼ばれるリン酸化酵素が活性化することが分かりました。

さらに、JNKとRasが同時に活性化するとHippo(ヒポ)経路注8)と呼ばれるがん抑制経路が不活性化されることも分かりました。ヒポ経路は通常、アンペアード遺伝子や分泌性の細胞増殖因子ウィングレス注9)(哺乳類ではWnt(ウィント))遺伝子の発現を抑制しています。

したがって、ヒポ経路が不活性化することでアンペアード(IL-6)やウィングレス(Wnt)の発現が高まり、これらが周辺細胞に作用してがん化を促すことが分かりました。さらに、ウィングレス(Wnt)は細胞増殖の亢進を、アンペアード(IL-6)は細胞増殖の亢進と悪性化(浸潤・転移能の付与)の両方を引き起こすことが分かりました(図4)。このようなRasの機能亢進とミトコンドリアの機能障害を同時に持つ細胞は死ににくく、長期に渡ってアンペアード(IL-6)やウィングレス(Wnt)を産生・分泌し続けると考えられることから、これら分泌性たんぱく質による慢性的な刺激が周辺細胞のがん化を促すものと考えられます。

以上のように、良性腫瘍の中のある細胞にミトコンドリアの機能低下が起こると、その細胞が分泌性たんぱく質を産生・放出し、これによってその近隣の良性腫瘍が悪性化(がん化)することが初めて分かりました(図5)。この研究は、ショウジョウバエをモデルとして用いることで初めて成し得たものです。本研究により、これまで難題であった前がん細胞同士の相互作用によるがん化のメカニズムの1つが初めて明らかとなりました。

<今後の展開>

がん組織でミトコンドリアの機能が低下していることは10年以上も前から知られていましたが、その意味はこれまでほとんど不明でした。今回明らかになったミトコンドリアの機能低下によるがん化の仕組みは、例えば悪性度が高いことで知られる膵臓がんで重要な役割を果たしている可能性が考えられます。なぜなら、膵臓がんではミトコンドリアDNAにコードされるミトコンドリア呼吸鎖複合体遺伝子に高頻度に変異が入っていることが知られており(すなわちミトコンドリアの機能が低下していると考えられており)、また、膵臓がんの約9割はRas遺伝子の活性が高まっていることも分かっているからです。

これまでのがん治療は、がん細胞をいかに生体から除去するかに主眼が置かれてきましたが、そのような戦略では、がんの最大の脅威である再発や転移に対して大きな効果を発揮することができませんでした。

今回明らかとなった細胞間の相互作用を介したがん化のメカニズムは、遺伝子変異の蓄積によるがん化のメカニズムとは異なり、がんの再発や転移における腫瘍の悪性化メカニズムに重要な役割を果たしている可能性が考えられます。

今後、ショウジョウバエで明らかになったメカニズムを哺乳類の実験系で確認することで、ミトコンドリア機能障害やそれによって炎症性サイトカインや細胞増殖因子が放出される機構、すなわち前がん細胞同士の相互作用を標的とした、これまでにない新しいがん治療法の確立が期待されます。

<参考図>

図1

図1 がん化のメカニズム

  • (1)正常細胞が遺伝子変異を蓄積することで前がん細胞となり、前がん細胞が過剰に増殖して良性腫瘍が形成される。この良性腫瘍にさらに遺伝子変異が起こることで悪性化し、がんが生じると考えられる。
  • (2)一方、正常細胞が遺伝子変異により前がん細胞となった後、周辺の細胞と互いに影響を及ぼし合うことによってもがん化が起こると考えられているが、その仕組みはほとんど分かっていない。
図2

図2 周辺細胞の増殖を促す遺伝子変異の探索

  • (1)ショウジョウバエの上皮組織(水色)の一部の細胞でRasの活性を高めると、良性腫瘍(緑色)が形成される。
  • (2)この良性腫瘍にさらにミトコンドリアの機能障害を起こすような変異が加わると、周辺細胞の増殖能が高まる。
図3

図3 ミトコンドリア機能障害は周辺の良性腫瘍を悪性化する

  • (1)ショウジョウバエ幼虫の複眼前駆組織(上皮組織の一種)にRas遺伝子を導入してその活性を高めると、良性腫瘍が形成される。この場合、良性腫瘍は眼組織内に留まり、神経組織へ浸潤・転移することはない。
  • (2)このRasを活性化した良性腫瘍の中の一部に、Rasの活性化と共にミトコンドリアの機能低下を同時に起こした細胞集団を導入すると、周辺のRasのみを活性化した良性腫瘍が悪性化(がん化)して神経組織へと浸潤・転移することが分かった。
図4

図4 ミトコンドリア機能障害が周辺細胞のがん化を促進するメカニズム

  • (1)Rasのみが活性化した状態ではがん抑制経路であるヒポ経路(Hippo経路)が働いており、これにより炎症性サイトカイン(Upd:アンペアード)や細胞増殖因子(Wg:ウィングレス)の発現が抑えられている。
  • (2)一方、Rasの活性化と共にミトコンドリアの機能障害が起こると、ストレスに応答するたんぱく質JNKが活性化する。JNKとRasの両者の活性が高まるとHippo経路が不活性化し、これによって抑制が解除されたUpdやWgが大量に産生・放出されて周辺細胞のがん化を促進する。
図5

図5 今回明らかになったがん化促進の仕組み

良性腫瘍の中のある細胞にミトコンドリアの機能低下が起こると、その細胞が分泌性たんぱく質を産生・放出し、これによってその近隣の良性腫瘍が悪性化(がん化)する。

<用語解説>

注1) ミトコンドリア
全ての真核細胞の細胞質中にある細胞小器官で、生命維持に必要なエネルギーを合成している。がん組織ではミトコンドリアの機能低下が高頻度に認められるが、どのようにがんの発生や進行に関わるのか、その意味やメカニズムはこれまでほとんど分かっていなかった。
注2) サイトカイン
一般に細胞同士のコミュニケーションは、細胞表面分子を介する直接的な細胞同士の接触や可溶性分子を介して行われている。この細胞間情報伝達分子が「サイトカイン」である。サイトカインは分子量がおおむね1万〜数万程度のたんぱく質であり、ホルモンのように産生臓器は明確ではなく、産生されたサイトカインの大部分は拡散によって周辺の標的細胞に作用する。また、サイトカイン同士でその産生や作用を制御する。このうち、特に組織の炎症を促すたんぱく質群を、「炎症性サイトカイン」と称する。
注3) 細胞増殖因子
細胞の増殖を促す一連のたんぱく質群の総称。細胞から分泌され、これを受け取った細胞が増殖を亢進する。
注4) Ras(ラス)
ヒトのがんの約3割で活性が高まっているがん遺伝子産物。膵臓がんでは約9割で活性が亢進している。Rasの活性が高まると細胞の増殖能や運動能が高まることが知られている。
注5) ミトコンドリア呼吸鎖
ミトコンドリアの内膜に存在するたんぱく質複合体で、電子伝達系を介してATPを産生する。活性酸素種の産生にも深く関与する。
注6) アンペアード
ショウジョウバエの炎症性サイトカインの1つで、哺乳類のインターロイキン6(IL−6)に相当する。炎症反応時に細胞から産生・放出される他、細胞の増殖にも深く関与するたんぱく質。
注7) Hippo(ヒポ)経路
がんに対して抑制的に働く細胞内シグナル伝達経路。通常、細胞増殖を抑制し、なおかつ細胞死を促進することで細胞ががん化するのを防いでいる。したがって、この経路が不活化するとがん化が促進すると考えられる。
注8) インターロイキン
リンパ球やマクロファージなど、免疫担当細胞が産生するサイトカインの1種。細胞の活性化、分化、増殖、および細胞間の相互作用などに関与している。現在、20種以上が同定され、慢性関節リウマチ(IL−1)、アレルギー疾患(IL−5)など、さまざまな病態との関与が示唆されている。
注9) ウィングレス
ショウジョウバエの分泌性の細胞増殖因子の1つで、哺乳類のWnt(ウィント)に相当する。発生やがんに深く関与するたんぱく質。

<論文タイトル>

“Mitochondrial defect drives non-autonomous tumor progression through Hippo signaling in Drosophila
(ミトコンドリア機能障害はがん抑制経路Hippo経路を介して周辺の良性腫瘍を悪性化する)
doi: 10.1038/nature11452

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

井垣 達吏(いがき たつし)
神戸大学 大学院医学研究科 遺伝学分野
〒650-0011 兵庫県神戸市中央区楠町7−5−1
Tel:078-382-5835 Fax:078-382-6905
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

原口 良治(はらぐち りょうじ)、木村 文治(きむら ふみはる)、眞後 俊幸(しんご としゆき)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2067
E-mail:
URL:http://www.jst.go.jp/kisoken/presto/
http://www.jst.go.jp/kisoken/presto/research_area/ongoing/43ensyo.html

(英文)Identifying the mechanism of cancer progression by cell-cell communication