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平成24年9月14日

科学技術振興機構(JST)
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浜松医科大学
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株式会社島津製作所
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分子の分布を画像化できる「質量顕微鏡」で腹部大動脈瘤の病理変化を発見

ポイント

浜松医科大学 解剖学 瀬藤 光利 教授、同外科学 今野 弘之 教授、同外科学 海野 直樹 講師らの研究グループは、腹部大動脈瘤に栄養を届けるための血管が閉塞し、腹部大動脈の血管壁内を流れる血液量が少なくなっていることを発見しました。この研究成果は、JST 研究成果展開事業 先端計測分析技術・機器開発プログラムの一環として開発された「質量顕微鏡」を使用して得られたものです。

腹部大動脈瘤は、腹部にある大動脈の血管壁が腫れる疾患で、こぶのようになった腹部大動脈壁は正常な部位よりも脆く、破裂しやすくなります。腹部大動脈が破裂すると多量に出血するため8割以上が死に至り、突然死の原因の1つとしても知られています。腹部動脈瘤は50歳以上の男性の5%近くが罹患しているとされ、超音波撮像法やCTなどの画像診断で発見することが可能です。しかし、初期の腹部動脈瘤は自覚症状がないので、発見されないまま放置されて病状が悪化することもあります。

腹部大動脈瘤を引き起こす直接的な原因は分かっておらず、有効な内科的な予防法や治療法はありません。現在行われている治療は、手術で病変部分を取り除くか、ステントグラフトと呼ばれる血管補強材を腹部大動脈内に挿入するという外科的なものに限られていました。

今回、手術で切除した腹部大動脈瘤の病変部位を、瀬藤教授らの研究グループが開発した「質量顕微鏡」などを用いて分析した結果、こぶを形成している腹部大動脈壁では、血液由来の分子の含有量が少なくなっていることを発見しました。この結果から、病変部位では血液量が少なくなっており、十分な酸素や栄養が行き渡らず血管壁が脆くなっている可能性が示唆されました。この研究成果は、腹部大動脈瘤の形成メカニズム解明の糸口となるもので、血流を改善すれば腹部大動脈瘤の進行や手術後の再発を抑えられる可能性を示しています。また、血行を良くする運動や血管を詰まりにくくする薬剤で腹部大動脈瘤を予防できる可能性も示唆するものです。

本研究成果は、京都で開かれる国際質量分析学会で9月17日に発表されます。

本開発成果は、以下の事業・開発課題によって得られました。

事業名 研究成果展開事業 先端計測分析技術・機器開発プログラム

●機器開発タイプ

開発課題名 「顕微質量分析装置の開発」
チームリーダー 瀬藤 光利(浜松医科大学 解剖学講座 細胞生物学分野 教授)
開発期間 平成16〜20年度
担当開発総括 澤田 嗣郎(東京大学 名誉教授)

●プロトタイプ実証・実用化タイプ

開発課題名 「顕微質量分析装置の実用化開発」
チームリーダー 小河 潔(株式会社島津製作所 基盤技術研究所 主幹研究員)
開発期間 平成21〜23年度
担当開発総括 角山 浩三(JFEテクノリサーチ株式会社 顧問)

JSTはこのプログラムで、創造的・独創的な研究開発に資する先端計測分析技術・機器およびその周辺システムの研究開発を推進します。

<研究の背景と経緯>

腹部大動脈瘤とは腹部の大動脈が腫れる疾患で、こぶのようになった大動脈壁は正常部位よりも脆く、破裂しやすくなります。腹部大動脈が破裂すると多量に出血するため、8割以上が死に至る重篤な疾患です。腹部大動脈瘤は突然死をもたらす疾患の中でも代表的なものの1つで、アインシュタインや司馬遼太郎などの著名人の死因としても知られており、50歳以上の男性の5%近くが腹部動脈瘤を罹患していると考えられています。しかし、この疾患は自覚症状がないため、他の疾患の診察や健康診断などで測定した腹部エコーやCTなどの画像から偶然見つからない限り、見過ごされているのが現状です。さらに患者が死に至って初めて腹部大動脈瘤が発見される場合も多いため、病態の解明や、直接的な原因の解明が遅れていました。こうした理由により、現在行われている腹部大動脈瘤の治療は、手術で膨れた部分を取り除くか、ステントグラフトと呼ばれる血管補強材を腹部大動脈内に挿入するという外科的なものに限られ、内科的な予防法や治療法の確立は進んでいません。

腹部大動脈瘤の病態について、詳細を明らかにすることができれば、身体的な負担の少ない内科的な予防法や治療法の確立へ道が開ける可能性があります。

今回、手術で切除した腹部大動脈瘤について瀬藤教授が中心となって開発した「質量顕微鏡」(図1)で腹部大動脈壁の分析を行った結果、こぶを形成している部位とこぶを形成していない部位では血液量に違いがあることを発見しました。

<研究の内容>

質量顕微鏡法を用いると、組織などに含まれるさまざまな分子の質量を測定するだけにとどまらず、それら何百もの分子それぞれの分布をそれぞれ画像として一度に測定することが可能です。

今回研究グループは、手術で取り出した30例の腹部大動脈瘤について、腹部大動脈壁に含まれる分子の分布画像を質量顕微鏡で測定し、血液中に含まれる色素ヘモグロビンの構成分子(ヘムB)の含有量を比較しました。致死的な破裂の可能性が年間10%以上といわれている5センチメートル以上の大動脈瘤とそれ以下のものを比較した結果、5センチメートル以上の病変部では、ヘムBの含有量が約半分となっていることを発見しました(図2)。ヘムBの含有量は血液量に比例することから、この結果は、こぶを形成している腹部大動脈壁では流れる血液量が少なくなっていることを示しています。今回得られた結果は、病変部位の観察と指標分子の分布測定を行うことのできる質量顕微鏡を利用しなければ得られなかったものです。

この結果を受け、腹部大動脈壁の内部を走る血管について、こぶのある部位とない部位において、その形状に違いがあるかを観察しました。その結果、こぶのある腹部大動脈壁では、そこに血液を供給する細い血管が狭くなっていることを発見しました(図3)。

これらの結果から、こぶを形成した腹部大動脈壁内部では血流が少ないために十分な酸素や栄養が行き渡らず、大動脈壁が脆くなっている可能性が示唆されました。

<今後の展開>

最先端の計測分析装置である質量顕微鏡を用いた今回の研究により、腹部大動脈瘤の病変部位では大動脈壁に栄養を届ける血管が狭くなり、血流量が少ない状態であることが確認されました。この病態情報から、血流を改善すれば、軽度の腹部大動脈瘤の進行や手術後の再発を抑えられる可能性が示唆されました。同様に、ストレッチなどの局所の血行を良くする運動や、炎症を抑え血管を詰まりにくくする薬剤で腹部大動脈瘤を予防できる可能性があります。

今回の研究成果を受けて浜松医科大学血管外科 海野 直樹 講師の研究グループを中心に、腹部大動脈瘤の新たな治療方法の開発に向けた臨床研究を進め始めています。具体的には、他の循環器疾患の治療に用いられるような循環改善薬を、腹部大動脈瘤の術後の再発防止に用いることが可能かどうかの臨床研究を実施しています。さらに、腹部大動脈瘤の内科的治療に有効となりうる薬剤の探索を行い、今後の治療につなげることを目指しています。

<質量顕微鏡の概要>

浜松医科大学と島津製作所を中心とした開発チームは、光学顕微鏡により試料(生体組織など)の観察・分析対象を決め、そこに含まれる分子について大気圧下での質量分析が可能な「質量顕微鏡」の実用化開発を進めてきました。

従来の質量分析法では、試料となる生体組織を破砕して得られた混合液体に何らかの前処理が必要です。そのため、ある分子が特定部位に高濃度で局在しているのか、組織全体に低濃度で一様に含まれているのか分かりませんでした。質量顕微鏡では、組織切片にレーザーを照射して含有分子をイオン化し、検出します。そのため、組織のごく一部に病気を示す特定の分子が局在している場合でも、その分布を画像として検出することが可能です。さらに本装置には、島津製作所の田中 耕一 氏が開発し、2002年のノーベル化学賞を受賞したソフトイオン化法を発展させたマトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)法が応用されています。MALDI法の特徴により、レーザーを照射するスポットに含まれる複数の分子を同時にイオン化して分析できることから、組織の違いによる含有分子の違いやそれらの分布の違いも一度に画像として測定し、比較することができます。この装置は、MALDI法を応用した実用段階の装置として世界最高となる5マイクロメートル以下の空間分解能を誇っており、光学顕微鏡像に対応した分子の分布状態を明らかにすることができます。

なおJSTでは平成23年度から、先端計測分析技術・機器開発プログラムで開発した試作機を外部研究者にも解放し、共同利用を促す取り組み「開発成果の活用・普及促進」を行っています。「質量顕微鏡」もその一環として、さまざまな分野の研究者らに活用していただいています。詳細については、JSTや各機関のホームページをご覧下さい。

課題名「顕微質量分析装置の活用・普及促進」(チームリーダー:早坂 孝宏 浜松医科大学 特任助教)

<付記>

本研究は、以下の支援を受けて実施しました。

文部科学省 科学研究費補助金(新学術領域研究)「脂質マシナリーの可視化」、研究代表者:瀬藤 光利 

<参考図>

図1

図1 瀬藤教授のグループが島津製作所と共同して開発した質量顕微鏡 外観

図2

図2 質量顕微鏡法の概念図

質量顕微鏡法では、観察したい組織の切片の表面にマトリックスを散布したものを試料とする。そのため、通常の病理画像を観察するときのように試料を確認した後、特に観察したい部位を狙ってレーザーを照射することが可能となる。

レーザーを照射すると照射点に含まれる分子が一度にイオン化される。それらを質量分析すれば、各レーザーの照射スポットごとに含まれる分子のプロファイルを得られる上に、それぞれの分子を同定することができる。

従って、観察したい試料をレーザーで走査すれば、イオン化された分子の分布を知ることができる。

図3

図3 程度の異なる腹部大動脈瘤の壁内におけるヘムB含有量の違い

質量顕微鏡法で腹部大動脈瘤に含まれる分子が検出された。左の列は従来の顕微鏡による病理画像、中央の列は細胞膜を構成する一般的な脂質(POPC)を、右の列は血液を示す分子(ヘムB)を、それぞれ質量顕微鏡で画像化したもの。上段はこぶを形成していない腹部大動脈壁、下段はこぶを形成している腹部大動脈壁の画像を示す。

病理画像(左)と脂質の分布(中央)は、こぶの有無に関わらず大きな違いは見られなかった。

一方、ヘムB(右)は、こぶを形成していない部位(上段)では多く存在していたが、こぶを形成している腹部大動脈壁(下段)ではほとんど見られなかった。

図4

図4 腹部大動脈瘤における、こぶの形成の有無に応じて見いだされた血管形状の違い

腹部大動脈壁で血液の量が減っていたことを手がかりにして腹部大動脈壁に血液を送る血管の形状を観察した。こぶを形成していない部位を流れる血管(上段)は中が広く開通しているのに対し、こぶのある部位を流れる血管(下段)では血管の壁が厚くなり、血液が通るところが極端に狭くなっている。

<タイトル>

“Diagnostic application of Imaging Mass Spectrometry”
(イメージング質量分析の診断応用)

<お問い合わせ先>

<研究内容に関すること>

瀬藤 光利(セトウ ミツトシ)
浜松医科大学 解剖学講座 細胞生物学分野 教授
〒431-3192 静岡県浜松市東区半田山1−20−1
Tel:053-435-2292 Fax:053-435-2468
E-mail:
ホームページURL:http://www.hama-med.ac.jp/mt/setou/ja/

<質量顕微鏡に関すること>

株式会社島津製作所 広報室
〒604-8511 京都市中京区西ノ京桑原町1
Tel:075-823-1110 Fax:075-823-1348
ホームページURL:http://www.shimadzu.co.jp/

<JSTの事業に関すること>

久保 亮(クボ アキラ)、菅原 理絵(スガワラ マサエ)
科学技術振興機構 産学基礎基盤推進部 先端計測室
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3529 Fax:03-5214-8496
E-mail:
ホームページURL:http://www.jst.go.jp/sentan/