JSTトッププレス一覧 > 共同発表

平成24年9月10日

東京大学 生産技術研究所
科学技術振興機構
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)

光パルス照射で磁気の波の発生と伝播制御に成功

ポイント

東京大学 生産技術研究所の佐藤 琢哉 助教、黒田 和男 教授(当時、現在は宇都宮大学 特任教授/東京大学 名誉教授)、志村 努 教授らの研究グループは、東北大学 原子分子材料科学高等研究機構の齊藤 英治 教授ら、ウクライナ科学アカデミーのボリス・イワノフ 室長と共同で、磁石に光パルス注1)を照射するだけで磁気の波(スピン波)を発生させ、さらに光のスポット形状を変えることで波の伝播方向を制御することに成功しました。

電子のスピン注2)自由度を利用する新しい技術“スピントロニクス”において、スピン波注3)は情報を伝達する媒体としての役割が期待されています。また、そのスピン波を用いたスイッチング素子を実現する上で、スピン波の伝播方向を制御する技術が望まれています。

本研究では磁性体に円偏光注4)パルスを照射することで瞬間的にスピン波を発生させ、それを時間・空間分解して観測することに成功しました。さらに発生したスピン波の源は、照射する光パルスのスポット形状に依存し、それを利用してスピン波の伝播方向が制御できることを理論的・実験的に実証しました。光パルスのスポット形状がスピン波の源を決定するというこの発見は、計算機ホログラム注5)による種々の形状の光スポットで自在にスピン波を時空間制御する技術につながり、スピントロニクスにおける光−磁気スイッチング素子への展望が拓かれます。

本研究成果は、英国の科学雑誌「Nature Photonics」10月号(9月9日オンライン版発行)に掲載されます。

本研究成果の主たる部分は独立行政法人 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「光の利用と物質材料・生命機能」研究領域(研究総括:増原 宏 奈良先端科学技術大学院大学 物質創成科学研究科 特任教授/台湾国立交通大学 講座教授)における研究課題「フェムト秒光波制御による超高速コヒーレントスピン操作」(研究者:佐藤 琢哉)の一環でなされました。また一部は、科学研究費補助金の助成によります。

<発表内容>

①現代の情報社会を支えるエレクトロニクスでは、電子の持つ電荷の自由度やその流れ(電流)が情報を担ってきました。しかし電流に伴う発熱が避けられず、デバイスの高密度化が限界に達しつつあります。一方、電子が持つもう1つの自由度であるスピンを積極的に利用しようという技術をスピントロニクスといい、盛んに研究されています。個々の電子スピンは方向をもち、ある軸の周りに歳差運動注3)します。その集団運動(スピン波)は、電流と違って原理的には発熱の問題がないことから、新しい情報媒体として期待されており、スピン波の伝播に関する制御技術の確立が望まれてきました。これまでスピン波は微細加工されたアンテナからのマイクロ波か、スピン偏極電流によって誘起されてきました。しかし、一旦アンテナや電極が加工され、磁場が印加されると、スピン波の伝播特性を直接変えることはできませんでした。

②佐藤助教らは、図1に示すように、約100フェムト秒(フェムトは1000兆分の1)のパルス幅を持つ光パルスを磁性体に集光することでスピン波を発生させる方法を提案しました。光パルスを用いることで、超高速にスピン波を誘起できます。光スポットを自在に動かし、スポット形状を成形することで、より自由度の高いスピン波制御が可能になります。また別の光パルスでスピン波を検出することにより、高い空間分解能(1〜10マイクロメートル(マイクロは100万分の1))、時間分解能(100フェムト秒)での測定ができます。

まず光アイソレータ注6)として広く使われている鉄ガーネット単結晶に、面内に強さ1キロエルステッドの磁場を試料表面と平行に印加します。試料表面に高強度の円偏光パルス(ポンプ光)を直径50マイクロメートルの円形スポットに集光すると、逆ファラデー効果注7)によりスポット内でスピン歳差運動が始まります。その様子を時間遅延をつけた低強度の直線偏光注4)パルス(プローブ光)のファラデー回転角注7)を測定することで時間分解測定します。また歳差運動は、ポンプ光のスポット外にもスピン波として2次元的に伝播していきます。ポンプ光に対するプローブ光の相対位置を試料上でスキャンすることで、スピン波伝播を時間・空間分解して観測することにも成功しました(図2左)。スピン波の波長は200〜300マイクロメートル、群速度は約100キロメートル毎秒でした。ポンプ光パルス照射によって誘起されたスピン波の初期状態の空間分布は光パルスのスポット形状によって決まる、というモデルに基づいたシミュレーションは、実験結果をほぼ完全に再現することができました(図2右)。

このモデルに基づくと、スピン波の伝播方向を制御するには、試料表面での光スポット形状を最適化すればよいことが予想されます。そこで、ポンプ光の集光レンズの前側焦点面に長方形の開口を挿入し、試料表面でのスポット形状を楕円形にしました。さらに、楕円の長軸が印加磁場に平行・垂直のとき、スピン波は磁場に対して垂直・平行方向に伝播することを実験およびシミュレーションで実証しました(図3)。このように、光のスポット形状に依存して波の伝播方向を制御することに成功しました。

③微細加工が必要なマイクロ波や電流を一切使わず、空間成形された光パルスのみでスピン波を発生させ、その伝播方向が制御可能になったことで、スピントロニクスの設計自由度が大きく広がることが期待されます。本成果は、例えば計算機ホログラムによる種々の形状の光スポットで自在にスピン波を時空間制御する技術につながり、スピントロニクスにおける光−磁気スイッチング素子への展望が拓かれます。

また、今回実証された原理は、スピン波のみならず、光で誘起可能なあらゆる波に対して適応可能であるため、例えば弾性波の方向制御も期待できます。

<付記>

本研究は、東京大学 生産技術研究所の佐藤 琢哉 助教、黒田 和男 教授(当時、現在は宇都宮大学 特任教授/東京大学 名誉教授)、志村 努 教授、照井 勇輝 大学院生(現株式会社ニコン)、守谷 頼 助教、東北大学 原子分子材料科学高等研究機構の齊藤 英治 教授、東北大学 金属材料研究所の安藤 和也 助教、ウクライナ科学アカデミー磁性研究所のボリス・イワノフ 室長の共同研究として行われました。

<参考図>

図1

図1

スピン波の発生とその伝播方向の制御方法。開口を通ったポンプ光がレンズによってガーネット試料に集光される。時間遅延をつけたプローブ光がスピン波を検出する。スポット形状が楕円の場合、楕円の長軸に垂直方向にスピン波が伝播する。

図2

図2

直径50マイクロメートルの円形ポンプ光パルスが原点に集光された、1.5ナノ秒後のスピン波の波形(左:実験、右:シミュレーション)。

図3

図3

長径280マイクロメートル、短径70マイクロメートルの楕円形ポンプ光パルスが原点に集光された、1.5ナノ秒後のスピン波の振幅マップのシミュレーション(楕円の長軸が磁場と垂直(左図)、平行(右図))。左右の図で、スピン波がそれぞれ磁場に平行、垂直方向に伝播している。

<用語解説>

注1) 光パルス
短時間のみONとなる光。パルスの時間幅が短いほど、スペクトル幅が広くなる性質があります。
注2) スピン
例えて言うと、電子は自転と公転をしており、自転に基づく角運動量をスピン(角運動量)と呼びます。スピンが整列することが、磁石の性質の起源になっています。電子が持つスピンの自由度を積極的に利用してエレクトロニクスに応用する技術をスピントロニクスといいます。
注3) スピン歳差運動とスピン波
1つの電子スピンは、静磁場の中にあるとその方向を向きます。そこにマイクロ波(高周波磁場)を印加すると、ある共鳴周波数においてマイクロ波のエネルギーが吸収されて静磁場の周りにスピンが歳差運動を始めます。
ある1つの電子スピンが歳差運動を始めると、スピン間の相互作用によって周りの電子スピンも同じ周波数で歳差運動を始めます。ここで隣の電子スピンとの間で位相ずれを持ちながら歳差運動が伝播するとき、有限な波長を持った波動となり、これをスピン波といいます。
身近な例として、多数の方位磁石を平面に整列させると、すべての磁石は地磁気の方向に揃います。そこで1つの磁石の向きを少しだけ傾けてすぐに手を放すと、磁石は地磁気の方向を中心として振動(歳差運動)します。その振動は周りの磁石にもスピン波として伝わっていきます。
図3
注4) 直線偏光と円偏光
光は電磁波であり、電場と磁場は光線の進行方向と垂直に振動します。電場面の振動方向が一定であるとき直線偏光といいます。振動方向が伝播に伴って円弧を描くとき円偏光といいます。
注5) 計算機ホログラム
コンピュータ上のシミュレーションによって作成されたホログラム(干渉パターン)のことを計算機ホログラムといいます。
注6) 光アイソレータ
ファラデー効果を利用して、光を一方向だけに伝え、途中で反射して戻ってくる光を遮断するような素子を光アイソレータといいます。
注7) ファラデー効果と逆ファラデー効果
物質に磁場をかけたとき、その磁場方向に物質に入射した直線偏光光線の偏光面が、磁場の大きさに比例して回転する磁気光学効果をファラデー効果と呼びます。逆に、物質に円偏光の光線が入射するとき、物質中に光線と平行に磁場が発生する効果を逆ファラデー効果と呼びます。特に円偏光パルスを照射すると、パルス状の磁場が発生するため、スピン歳差運動やスピン波を超高速に誘起することができます。

<発表雑誌>

雑誌名:Nature Photonics 10月号
論文タイトル:Directional control of spin wave emission by spatially shaped light
著者:Takuya Satoh, Yuki Terui, Rai Moriya, Boris A. Ivanov, Kazuya Ando, Eiji Saitoh, Tsutomu Shimura and Kazuo Kuroda
doi: 10.1038/NPHOTON.2012.218

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

佐藤 琢哉(サトウ タクヤ)
東京大学 生産技術研究所 助教
科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 さきがけ研究者 兼任
〒153-8505 東京都目黒区駒場4−6−1
Tel:03-5452-6137 Fax:03-5452-6140
E-mail:

志村 努(シムラ ツトム)
東京大学 生産技術研究所 教授
〒153-8505 東京都目黒区駒場4−6−1
Tel:03-5452-6139 Fax:03-5452-6140
E-mail:

齊藤 英治(サイトウ エイジ)
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)/金属材料研究所 教授
〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2−1−1
Tel:022-215-2021
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

原口 亮治(ハラグチ リョウジ)、木村 文治(キムラ フミハル)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町ビル
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2067
E-mail:
さきがけの領域のWebページ:http://www.jst.go.jp/kisoken/presto/research_area/ongoing/34raisha.html